生徒会に入ってから3ヶ月くらいが過ぎた。季節は秋になり、肌寒くなりつつある。ラノアの冬は厳しいと聞くし、そろそろ長袖の準備をしなくてはいけないだろう。
魔法陣で静香姉の部屋と寮を行き来できるようになったため、登下校は劇的に楽になった。しかし、その静香姉の部屋も冬場は寒くなる。そこで俺は炬燵を作ってみた。
「で、どう? 暖かい?」
「暖かいわ。でも、これどう動いてるの?」
「俺の魔術だよ。冷気を遮断して熱を生み出す魔道具を偶然見つけてね。そこに俺の火魔法を使ったんだ」
この世にこんな便利なものがあるとは。もっとも電気がない時点で、日本生まれの我々にとってはかなり不便ではあるが。
「ということは、あなたがいないとこれは使えないってこと?」
「ある程度熱は籠るだろうから、しばらくは大丈夫だろうけどね。少しは外で動かないとダメだよ?」
「こんなの作っといてよく言うわね」
前世はそれほどでもなかったが、今の姉は引きこもり適正がめちゃくちゃ高い気がする。もちろん、意味があって引きこもってるのだから止めるつもりはないが、食っちゃ寝の繰り返しの姉の姿は正直見たくはない。
それを察してくれたのか静香姉はため息をつく。
「前から思ってたけど、あなたは過保護すぎるのよ。ますます帰りにくくなるじゃない」
「そりゃそうかもしれないけどさ…」
そう言う静香姉の身体は炬燵で蕩けているように見える。みかんとかがあれば持ってきてあげようか。そんなことを思ってしまう俺は、やはり相当甘いのだろう。
「そういえばさ。最近、リニア先輩たちを見かけないんだけど、何かあったのかな?」
普段は何かしらの授業に出ているはずの彼女たちを最近は見かけない。
「確か獣族には戦闘をして番になる文化があるらしいわ」
「つまり、それを避けるために引きこもってると」
「ええ。去年もそうだったから」
獣族の姫なのだから、彼女たちにも立場というものがあるのだろう。もっとも彼女たちのことを除いても学校中がどこかソワソワしてるような雰囲気がある。この時期は男女問わず、性的に襲われる危険性があるという。
「まあ、あなたならそもそも心配はいらないでしょうね。返り討ちにできるだろうし」
「俺はそういうの何もないなぁ…。でも、静香姉はなるべく外では俺から離れないでよ?」
「だからこそ、外に出たくないのよ」
と俺の方に擦り寄ってくる。中には腕試しや武者修行で決闘を挑んでくる女子もいるらしいが、俺が静香姉と付き合ってるのは校内でも有名なので、今のところ申し出はない。シルフィ姉曰く、俺にはどうせ勝てないと思われているとのことだが。
とりあえず、俺としては厄介ごとに巻き込まれないのならそれでいい。
「そろそろ行かなくちゃな」
「生徒会の仕事?」
「まあ、軽く相談に乗るだけだけどね。もしかしたら、今回の獣族のことも話があるかもな」
俺からも聞きたいことがあるが。
「あなたがいなくなったら、この部屋が冷えるじゃない」
「俺は暖房器具じゃないんだけどな…。なるべく早めに戻るから、待ってて」
半ば強引に俺は外に出る。ちょっと不満げな静香姉の顔もどこか可愛いと思いながら。
「お邪魔します」
俺は生徒会室のドアをノックして中に入る。そこで待っていたのはアリエル王女とルーク先輩だ。
「ようこそ。お茶でも淹れましょうか?」
「では、遠慮なく」
俺は机に置かれた紅茶を飲む。王族が飲む茶なだけあって、味覚が強くない俺でも割と違いがわかる。
「今日はシルフィ姉はいないんですね」
「彼女は授業中です。それに、心配しなくても大丈夫ですよ。あの子は強いですから」
未だに男の子と思われているシルフィ姉が獣族に襲われてグヘヘみたいな展開になったならば、俺は魔剣流の本気をぶつけなくてはならない。そうなったら、この学園の治癒魔法ではどうにもならない可能性もある。しかし、幸いにしてそのような悲劇は避けられたようだ。
「安心しました。アリエル王女は…。大丈夫ですよね、そのための俺なんですから」
「ええ。遠慮なくその名を使わせてもらってますわ」
「まあ、シルフィ姉がいないならちょうどいい。少し俺の方から、お2人に相談があるのですが、よろしいでしょうか?」
ルーク先輩が眉を顰める。
「アリエル様だけでなく、俺にもか?」
「はい。男性側の意見も必要ですので」
俺が話したのはいわゆる恋愛相談だ。静香姉との関係をどう進展させるかがテーマである。シルフィ姉がいたらまずいのは、静香姉が彼女の仇のような存在であると知られないためだ。
「…それは難しいな。アリエル様はどうお考えで?」
「そうですわね…。そのサイレントとはもともとどのような関係で?」
前世からの姉と弟とは言うわけにもいかない。というか、言ったところで信じてもらえないだろう。
「転移事件のあとで知り合った幼馴染のようなものです。俺は彼女の別名のナナホシ・シズカから静香姉と呼んでいますが、まさに姉と弟のような関係なんです」
ようなものではなく、実際には本当にそうなのだが。とはいえ半分くらいは事実なので、そこまで心苦しさはない。
「ですが、向こうは俺のことを弟としてでしか見てくれなくて、それでお2人に相談しようかなと」
「なるほど…。彼女に男らしさをアピールすればいいのでは? 守ってもらいたいと思われるんだ」
ルーク先輩が提案する。
「男らしさを?」
「ああ。お前は名前がラノアに響くくらいには強いだろう? 彼女にそれを見せつけるのはどうだ?」
その提案にアリエル王女も頷く。
「いい考えですわね、ルーク。ちなみに、サイレントはどれほど強いのでしょうか? あまりに強かったら、あなたのそれが際立ちません」
「…戦闘力というか、強さで言うなら、ラノアで一番弱いかもしれません」
魔力もないし、剣術もできない。その方面ではある意味よくこの5年間生きてこれたな、というのが正直な感想だ。この世界で最初に出会ったのがオルステッドというのは、最大の幸運だったのだろう。静香姉の口ぶりから察するに、オルステッドは彼女がどこにいつ来るのかを知っていたようだが…。
「なら、彼女をピンチに遭わせて、そこを颯爽とあなたが救う。というのはどうでしょうか?」
思案に耽る俺にアリエル王女が告げる。
「…そんな簡単にいくでしょうか」
そもそもピンチというのが俺には思い浮かばない。というか、そういう状況にしてオルステッドを呼ばれたらラノアが火の海になりかねない。ついでに俺が死ぬ危険性すらある。
「なら、別の方法を考えるか。それこそ、薬を盛るとか」
「薬を?」
ルーク先輩はニヤリと笑って続ける。
「俗に言う、媚薬というやつだ。流通量が多いわけではないが、一応ラノアでも買うことができる。金貨100枚ほどだが、レードなら買えるだろう?」
確かに金貨100枚なら出せる。安い買い物とは言えないが、悪い選択肢ではない。
「なるほど…。アリエル王女はどう思いますか?」
「貴族は子を残さなくてはなりません。そうした場合、薬を盛るということで解決することもあります。しかし、個人的には前者の提案の方が良く思えますね…」
問題はどうそのピンチに遭わせるかだが。あんまりやり過ぎるとラノアがこんがり焼け野原になるかもしれない。
「…一応、最後の手段があるが、聞くか?」
ルーク先輩がしばらく間を置いたのち言う。
「なんでしょうか?」
「はっきり言ってしまうんだ。そういうことをしたい、と」
それを告げたら静香姉はどんな表情をするだろうか。驚いて仕方なく許してくれるか。それとも、失望の表情で拒絶してくるか。前者ならともかく後者なら耐えられない。
黙っている俺にアリエル王女が優しく言う。
「どの選択をしようと、我々はあなたに協力しますよ。何かあればぜひとも申し上げてください」
「…ありがとうございます。今日はこの辺りで失礼します。向こうが待っているので」
俺は一礼して部屋を後にする。その際、ルーク先輩が小声で呟いた。
「…俺たちが何かしなくても、問題なさそうだな」
案外、その通りなのかもしれない。
炬燵とかって、無職転生の世界でも普通にありそう