結局、静香姉とはこれといって進展がないまま一カ月が過ぎた。もちろん、仲が悪いとか喧嘩したとかいうわけではない。むしろ、仲は前世のときかそれ以上に良くなっているが、その先がないのだ。
(…やっぱり静香姉は、俺を弟というフィルターを通してでしか見てくれてないな)
11年培われてきたその感覚はほんの数ヶ月で抜けるものではないだろうから、これからまた長い時間をかけてそのフィルターを溶かしていくしかないだろう。俺は長耳族、静香姉は不死だ。時間の猶予は幸いにして豊富にある。
その一方で、俺の幼馴染であるルディことルーデウス・グレイラットの捜索は大きな進展を見せた。というのもリヴィン兄妹がたまたま行った冒険者ギルドで情報を掴んできたのだ。俺は学食でその2人と話す。
「泥沼のルーデウス、か…」
「うん。龍を仕留めたとか聞いたけど…。そんな人と本当に知り合いなの?」
アーノスくんが怪訝そうに俺を見る。彼らはルディに会ったことがなかったか。
「実際に見てみないことには何とも言えないけど、名前は少なくとも間違いない。それより学校生活は問題ないか?」
レフィアちゃんは笑顔で頷く。
「レード先生が教えてくれたおかげで、ついていけてるよ!」
「それはよかった。最近いろいろ忙しくて会えなくて申し訳なかったからさ」
静香姉とイチャイチャしまくってるとはとても言えない。付き合ってることはもうバレてるかもしれないが。
「とにかく、これで生徒会に行かなくちゃいけなくなったな」
「またお仕事?」
「仕事っていうか連絡に近いかな」
俺はこうして学食を後にして生徒会室に向かう。今なら全員揃っているはずだ。そう思っていた矢先、シルフィ姉とばったり会った。
「レード? どうかしたの?」
「朗報だ。ルーデウス・グレイラット、いやルディが見つかったんだ」
「本当!?」
シルフィ姉の耳が跳ね上がり、目を輝かせて喜ぶ。
「どこまで事実かは分からないけどな。とりあえず、中で話そうか」
こうして俺とシルフィ姉は中に入った。すでにアリエル王女とルーク先輩はいた。
「…何か喜ばしいことでもあったのですか?」
喜び全開の俺とシルフィ姉を見て、アリエル王女が聞く。
「ルディ、ルーデウス・グレイラットの手がかりがありまして。どこにいるのか、だいたい把握できました」
俺は『泥沼のルーデウス』について話した。俺とシルフィ姉は確信しているが、2人はそうではないらしい。まあ、噂だけだしその内容も客観的に見たら胡散臭いものばかりだしな。
「本物なら、ぜひとも力を借りたいのですが…」
「きっとルディだよ」
「俺は2年前まで彼と旅をしてました。聞き及んだ情報と違いはないかと」
もっとも龍を仕留めたというのは俺は知らないことだが。もしかして、こっそりオルステッドに復讐を果たしたとかではなかろうか。
そんな冗談はさておき、アリエル王女とルーク先輩はまだ疑ったままだ。
「しかし、そんな方が我々に手を貸してくださるでしょうか。そのルーデウスというのはボレアスの人間なんでしょう?」
俺はアリエル王女の戦局について詳しくないが、ルーク先輩のいるノトスは王女の味方だが、ボレアスは第一王子派であり、いわゆる政敵というやつらしい。
「俺の知る限りルーデウスはそういうことには無頓着な人間ですがね…」
「それにボクが頼めばきっと…」
ルーク先輩が鼻で笑ったように言う。
「お前の胸でノトスの男を釣れるわけがないだろう」
確かにシルフィ姉はそっちの面は貧相だ。美少年と勘違いしてしまう人も多いくらいには。それを知っていたのか頬を膨らませる。その様子が可愛らしくて俺も思わず吹き出してしまう。
「レードまで…」
「ごめんよ、シルフィ姉。でも、そういう意味じゃないんだろう?」
「じゃあなんだ? 正体を明かすつもりじゃないだろうな?」
俺にはあっさり明かしてくれたが。いや、俺の場合が特別なのかもしれない。俺の方はこちらが確信して近寄ってきたから、隠せなかっただけなのだろう。
「特別にルーデウスさんになら正体を明かしてもいいですよ」
アリエル王女が提案する。シルフィ姉は驚いたように彼女を見る。
「でも、それが原因で計画が失敗したら」
「シルフィには今まで頑張ってもらいましたし、感動の再会くらいはさせてあげたいのです。それに、レードがいたら時間の問題かもしれません」
「でも」
「それで計画が失敗してしまうならそれだけのことです」
確かに、俺はうっかりシルフィ姉の正体を言ってしまうかもしれない。
「それに籠絡するなら幼馴染の方が都合が良いでしょう?」
「…ありがとう、アリエル様」
シルフィ姉は恭しく頭を下げる。
「俺はどうするべきですかね?」
「この件はシルフィに任せましょう。これまで通りフィッツでお願いします。それに、嘘をつくのはお得意でしょう?」
「俺のことをよく分かってますね。さすが、アリエル王女」
どことなく腹黒いものが見え隠れしているがお互い様だ。
そういうことなら俺から余計な口出しをすべきではないだろう。ルディの相談に乗ってやるくらいならできるかもしれないが。
「つまり、あと数ヶ月で新入生が来るらしいよ」
俺は相変わらず炬燵で温まる静香姉に言う。猫は炬燵で丸くなるというが、この姉もそういう性質があるのだろうか。こちらに身を寄せてくる彼女は非常に愛らしい。
「…そう。私には関係ないって言いたいけど、そういうわけにはいかないみたいね」
「というと?」
「オルステッドは言っていたわ。彼が鍵になる存在だと」
それは異世界から来た人間だからというわけだろうか。しかし、オルステッドの言い様だと、ルディの存在を出会う前から知っておりそれを前提とした未来が見えているかのようだ。
「静香姉はどう思う? ルディについて」
「私だって彼のことを詳しくは知らないわ。というか、あなたの方がよく知っているでしょう? 幼馴染なんだし」
「もしかして、嫉妬してくれてる?」
不服そうに静香姉が言う。姉と弟、幼馴染という立場の差はあるが、付き合いの濃さは大きく変わらないのだ。
「嫉妬なんか今更しないわよ。…だって、私にはあなたがいるし、私の恋人はあなただけでしょう?」
それは破壊力が強すぎる。そんな顔されたら、俺まで照れてしまう。
ここで、俺はこの前、ルーク先輩やアリエル王女に相談したことを思い出した。こういう流れなら、薬とかに頼らなくてもいけるんじゃないか。
「なんか下心みたいなのが見えるんだけど」
静香姉が俺を睨みつける。それには敵意とかマイナスな気持ちは含まれていない。
「それは否定できないなぁ…」
「そういう気持ちがあるなら、いいわよ」
「いいとは?」
静香姉は俺から目を背けるように続ける。
「だから、そういうことをできるって言ってるのよ」
「…マジ?」
目を丸くするのは俺の方だった。向こうから言ってくれるパターンは想定していなかったため頭が真っ白になってしまう。
「どうしたのよ。何か言ってほしいんだけど…」
「何をって言われてもな…。本当にいいのか? 俺は弟なんだよ?」
「中身はでしょう? 外は少なくともそうじゃない」
「静香姉はそういうことをした経験が?」
「ないわ。レード、あなたもないわよね?」
それも問題だ。両者未経験でそういうことをするのは嫌な予感がする。ああ、こういうことこそルーク先輩に聞いておくべきだった。
(ここで引くのは男が廃るよな…)
同じ考えを持っていたのは俺だけではなかったらしい。立ち上がったタイミングはほぼ同じだった。
「…2人で行こうか」
「…ええ」
俺は静香姉の手を取って寝室に向かう。炬燵で暖まったその手をギュッと握りしめて。そして、その先に待っていたのはまさしく天国と言うべきものだった。
R18にはさせない