第39話 入学試験
俺がラノア魔法大学に入学して一年が過ぎた。ここで学んだことはそれなりにあるが、なにより大きいのは大事な存在を見つけたということだろう。
そんな俺は今日も静香姉のベッド上で目を覚ます。最近は自分の部屋にいるよりもここにいる時間の方が長いくらいだ。
「…そういえば今日じゃない?」
「ん? 何が?」
「ルーデウスとかいう人が来るって話よ」
俺は自分で以前言っておきながら忘れかけていた。ジーナス教頭にはそれとなく俺のことを伝えてほしいと思っていたが、もう聞いただろうか。
「…ちょっくら様子見に行こうかな。静香姉はどうする?」
「私は別に…」
確かに人混みとかあまり好きそうじゃないし、無理強いしなくてもいいだろう。別にここで会わなくても俺がいれば遅かれ早かれ会うことになる気がする。
そうして俺は外に出て、ルディを探すことにした。アテはないが、ジーナス教頭と一緒にいるのではないだろうか。
(…ん? ここは四年生が授業中か?)
シルフィ姉たちがいる学年だ。今日は攻撃魔術を用いた模擬戦を行なっているらしい。特殊な治癒魔法陣が用意されているため、怪我してもすぐ回復するのだという。
「…ゲータ先生! フィッツ君をお借りしてもよろしいですか!?」
ぼんやり模擬戦闘の場面を眺めているとジーナス教頭の声が聞こえた。ルディを案内しているようだ。そして俺も物陰から彼の姿を見る。
最後に会った時より背が高くなり、大人びたような気がする。しかし、その目はどこか暗い色を纏っているように見えた。俺と別れたときも悲しみのドン底だったし、あれから苦労があったのだろうか。
「ルッ…!」
シルフィ姉は思わずルディと言いかける。別に俺としては言っても何一つ問題ないし、ルディも喜ぶと思うが、彼女としてはそういうわけにもいかないらしい。
「はじめまして、ルーデウス・グレイラットです。来期からあなたの後輩になります。何か至らないところがあればご指導ご鞭撻の程お願いします」
ルディはたぶんシルフィ姉だとは気づいていないようだ。彼女と別れたのは10年くらい前だし気づかなくても致し方ないか。シルフィ姉はひとしきり混乱したのち
「フィッツです。よろしく」
と短めに答えた。そして、彼から距離を取り魔法陣の中に立つ。ジーナス教頭は魔法陣を発動させている。どうやら模擬戦を行うようだ。入学試験といったところだろうか。ルディなら余裕で合格しそうだけど。
ルディは杖を構える。『傲慢なる水竜王』と呼ばれるルディの相棒だ。たしか10歳の誕生日にエリスからもらったとか言ってたな。
そんなルディに対して、シルフィ姉も杖を出す。かつてルディにもらったもので、初心者用の杖だが愛着が強いらしく使い続けているようだ。もっともシルフィ姉の魔術の才能は相当なものだし、変える必要もないのだろう。
「では、はじめ!」
「『乱魔』!」
ジーナス教頭の号令と同時にルディが叫ぶ。シルフィ姉の杖から魔術は出ずに、彼女は驚いたように杖の先を見る。
(…『乱魔』。完成させてたか)
かつて馬車で練習していたときは全然使えていなかったが、2年も経てばできるようになるのか。とはいえオルステッドのような化け物が使ってた技ができるようになるあたり、彼のスペックはやはりチート級なのだろう。
「……なんで!」
「さて、なんででしょう」
焦るシルフィ姉にそう軽く笑ったのち、無詠唱で岩砲弾を作り出す。小さなサイズのそれはまるで銃弾のような勢いで放たれ、シルフィ姉の頬を掠めて、耐魔レンガの壁に突き刺さった。
衝撃に尻餅をついたシルフィ姉が聞く。
「い、今の…どうやってやったの…?」
「乱魔という魔術です。知りませんか?」
シルフィ姉は首を横に振る。辺りの人間も何が起こったのか、というような表情だ。しばらく睨み合いというか見つめ合いが続いたのち、ルディはシルフィ姉に近づいて、手を握り笑顔で言う。
「ありがとうございます先輩! 新入生である僕に花を持たせてくださったんですね!」
「えっ?」
その後、ルディは耳元で何かを囁いた。俺の距離では何を言ったのかわからないが、シルフィ姉は身震いして頷いていた。おそらく告白はされていないだろう。
そうして、ルディは文句なしで合格となり、ジーナス教頭とともに教室を後にしたところで授業は終了となった。
生徒が全員部屋から出ても、シルフィ姉は呆然と自分の手を眺めていた。俺は彼女に近づく。
「…ルディ」
「凄かったな、アイツ」
乱魔なんて早々できるものじゃないし、あの魔術の精度も凄まじい。今の俺が魔剣流込みで戦っても勝てるかどうか自信がない。
「レード。来てたんだね」
「ああ。ちょっと様子を見にな。さっきなんて言われたんだ?」
「このことの御礼はあとでちゃんとするって…」
つまりもう一度会える確約ができたのだ。さぞ嬉しそうな表情をしているだろうと、思ってシルフィ姉の顔を見たところ、その瞳からは涙が溢れていた。
「シルフィ姉!?」
「…られてなかった」
「え?」
「覚えてもらえてなかったっ!」
そうして凄い勢いで俺に飛びつき、滝のように涙を流し始める。こんな風にシルフィ姉が泣くのは久しぶりだ。俺と再会したときは静かに泣いていたし。
「…ここだとアレだし、一度生徒会室に行くか」
アリエル王女とも話さないといけないしな。俺の声にシルフィ姉は抱きついたまま涙ながらに頷いた。
生徒会室まで歩いているうちに少し落ち着いたのか、涙は流さなくなった。しかし、その表情は暗い。
「その、アレだ。目も見えてないし、髪の色も変わったんだから、気づかなかっただけなんじゃないのか」
俺のしどろもどろのフォローにも何も答えない。本格的に凹んでいるのだろう。俺からすれば静香姉やノルンちゃんから忘れられるようなものだ。そう考えると確かに耐えがたい。
そうして生徒会室に入ると開口一番にシルフィ姉が呟く。
「はじめましてって言われた…。ルディはボクのことなんて覚えてないんだ…」
「シルフィ…」
事実か再確認するように、アリエル王女は俺の方を見る。俺としても事実じゃないと思いたいが、ルディの挨拶は少し離れた俺のところまで聞こえてきた。
「本当に忘れられたのか? 顔を見せて、名前を名乗ってから嘆いたらどうだ?」
ルーク先輩が聞く。俺もそれに賛成だ。しかし、シルフィ姉はネガティブモードなので悲しそうに抗議する。
「それでダメだったらどうするのさ!」
「そのときは仕方ないだろ」
「仕方ないで済ませないでよ」
ルーク先輩はため息をつく。そうして、しばらくの沈黙ののち彼が告げる。
「自分は奴を引き込む事には反対です。アリエル様」
「そうですね、私もそう思います。ですが、強いのは確か…ひとまず保留にしましょうか」
なんで、と憤慨するのはシルフィ姉。彼女はルディがいかに凄いか熱弁するが、その言葉は2人にはあまり効果がないようだ。そんな姉の代わりに俺が聞く。
「万が一にも敵に回ったらどうしますか?」
「そのときはあなたがいるでしょう? 魔剣流の創始者であるあなただったらその強いルーデウスにも対抗できるでしょう?」
「アリエル王女。あなたはもしかしてそれを予期して俺を引き込んだんですか?」
もしそうだとして、絶対に俺が断れないであろうシルフィ姉を使って頼んだのなら、腹黒いにも程がある。というか、俺も勝てる自信はないし、そもそもルディと戦いたくないんだが。
「そこまでは考えてませんでしたが、ルーデウスにちょっと怒りがあるのは事実ですね」
「怒り?」
「はい。私は目下、ルーデウスという男に憤りを覚えています」
「自分もです。シルフィが忘れられているというのであれば、強くとも裏切る可能性の高い相手を仲間に引きいれるわけにはいきません」
なるほど。2人がここまではっきり怒りを露わにするのはシルフィ姉との信頼の表れなのだろう。シルフィ姉はここまでルディの存在を支えにしてアリエル王女の護衛を務めてきた。ルディとの感動的な再会を期待していたのだ。それが忘れられていたともなれば、2人も思うところがあるようだ。
「…なんなんだよ。皆してルディの事を悪く言ってさ」
「もちろん、シルフィが正体を明かしたいと思ったら、その時は構いませんよ」
むくれるシルフィ姉にアリエル王女が告げる。
「ちなみに俺は…」
「あなたからのルーデウスへの接触は認めます。ですが、シルフィに関しては彼女に任せなさい」
逆らったら分かってますね、と裏に書かれてそうな笑顔で答える。俺はため息をつきたい気持ちを抑えながら頷く。
(ルディとの仲を取り持ちつつ、正体を明かさない、か…)
俺が一言、ルディにシルフィ姉がフィッツ先輩であることを告げれば解決すると思っていたが、アリエル王女が彼を信頼していない以上そうではないらしい。全部ほったらかして、四六時中静香姉とイチャイチャするか、とも考えたが、姉と俺の幼馴染だし、ルディは俺の姿を見たら間違いなく接触してくる。そういうわけにもいかないだろう。
どうやら2年生になる俺は相当面倒くさいポジションに置かれてしまったようだ。
次回からルディ、本格登場!