ルディことルーデウスと友達になってから1年が経過した。驚くべきことに、彼はまだシルフィ姉を男の子と思い込んでいるらしい。俺が何度か口が滑ってシルフィ姉と言ってしまうことがあったが、その度に難聴系主人公を発動するのか、なぜかまったく聞こえていなかった。
とはいえ、四六時中遊んでるというわけではない。午前中はルディと一緒にパウロさんに剣術を教えてもらってるのだ。
シルフィ姉を助けた日、家に帰ったルディがパウロさんに頼んでみたらしい。俺としてもありがたい提案だったので、共に練習させてもらうことにした。
そうして1年間、パウロさんを師匠とし教えを受けているのだ。
パウロさんの剣には重みがある。それは物理的にも心理的にも、である。冒険者時代から長年の経験の重さは俺の細腕で受け止めきれるものではない。そのため俺は防御に徹し、隙を見てカウンターをぶつけるという戦術を取ることにした。ただまあ、その隙を見つけるというのがなかなかに難しいが…。
「ハァッ!」
パウロさんの木刀が俺を掠める。避けるときに一番大事なのは下半身。つまり足捌きだ。上半身だけを使った動きでは、一撃躱せてもそのあとが続かなくなる。
「あっぶなああ!」
思わず声が溢れる。俺はもう一撃が来る前に相手に急接近する。ゼロ距離ならリーチの短い自分の方が力を伝えやすい。
しかし、俺の木刀がパウロさんに届くことはなかった。ゼロ距離に持ち込む前に足に一撃もらってしまったからだ。
結果的につんのめって、顔からこける俺。ルディたちが見てるのに少し恥ずかしいな。そんな俺にパウロさんが言う。
「よく避けたな、今の。やっぱりレードには水神流の適正が高そうだな」
「間に合いませんでしたか…。懐に入れば一撃入れれると思ったんですが」
俯く俺にパウロさんは笑って答える。
「そりゃそう簡単に一撃入れられたら堪らないさ。こっちにもルディの父親としての威厳ってものがあるからな」
ここで休憩ということになり、俺はルディとシルフィ姉のところに行く。
「よく躱せるね、父さんの剣」
ルディが呆れ半分尊敬半分のような表情で言う。
「相手の動きをよく見れば、自然と身体が動くようになったんだよ。パウロさんが剣を持てば速い一撃がくるのは確定だから、それに合わせて自分の身体を動かすんだよ」
「避けるの?」
とシルフィ姉が聞く。ちなみに彼女は剣術訓練には参加していない。
「避けて相手を弱らせる。と言ってもパウロさんがスタミナ切れ起こしたところ見たことないんだけどね」
むしろ俺の方が先に疲れて足が止まってしまう。それは大人と子どもの差なのだから仕方ないのだろう。
ちなみにルディとは何度か戦うことがある。彼の武器である魔術を使われるとかなり勝つのは難しい。とはいえ、それ抜きなら負けることはあまりない。彼は剣メインの戦闘より魔術メインのそれの方が向いているのだろう。
「よし、それじゃあ、戻るね」
いつかは勝ちたい。そう思いながら俺は再び木刀を握った。
午後からは実質フリータイムとなり、3人で夕方まで遊ぶ。といっても実際には、ルディに俺とシルフィが魔術について教えを請うのだ。
「シルフ、レード。魔力総量には限界があるって言葉があるけど、俺は正直それを信じてない。使えば使うほど伸びるものだと思ってる」
最初の授業でルディは教本をめくりながら言った。
「シルフは火系が苦手みたいだが、レードは苦手とかそういうのはあるのか?」
シルフィ姉は昔、手に火傷を負ったことでそれがトラウマになり苦手になったようだ。が、俺はそこまで苦手意識はない。しかし、
「正直、治癒魔法は俺は向いてないかもしれない」
パウロさんとの訓練で怪我したところに何度か使ってみたことがあるが、どうにも治り方が中途半端なのだ。
「まあ、そういうのがあるのは仕方ない。原因とか分かったりするか?」
「そもそも血とか傷を見るのがあまり好きじゃないんだと思う。ぶっちゃけ、自分でもなぜ苦手なのかって聞かれたら分からないけど」
前世が病院暮らしだったため、そういうのに敏感なのだ。とはいえ、それだけが理由とは思えないが。
そんな中、シルフィ姉がルディに聞く。
「でも、この教科書にルディが使ってたお湯を出すやつ書いてないよね?」
「書いてあるじゃん。水滝(ウォーターフォール)と灼熱手(ヒートハンド)」
「どういう意味だ?」
「2つ同時に使うんだよ」
一つの口で2つ同時にって無理じゃね…?
「どうやってやるの?」
シルフィ姉が聞く。
「えっと。呪文を詠唱しないで水滝(ウォーターフォール)を出して、それを灼熱手(ヒートハンド)で温めるんだ」
理屈は分かった。が、無詠唱でできるものなのだろうか。
「それ、教えて?」
「俺も気になるな」
「分かった。詠唱中に魔力が指先に集まる感じを詠唱しないでやってみるんだ」
簡単に言えばイメージが重要、とのことだ。シルフィ姉はあっさりクリアしたが、俺はなかなか上手くいかない。
「…うーん、難しいな」
俺が眉を顰めていると、ルディが励ましてくれた。
「別に無理にできなくても大丈夫さ。それに、レードも詠唱すればある程度は使えるだろう?」
俺はこの1年間で中級に届くかどうかのところまでは成長できている。1年の成果では上出来だろう。
「それはそうだけど、無詠唱の魔術はサブウェポンとして使えそうだし」
姉は水弾を無詠唱で飛ばしているが、俺には魔力の流れを感じるというのがなかなか上手くいかない。
「まあ、ゆっくり覚えていけばいいさ」
ルディがそう言ったところで、頭上から水滴が溢れてきた。それは一気に強い雨となった。
「消さないの?」
「消せるけど、作物が育たないだろ? 天気が悪くて困ってるって言われない限りやらないよ」
俺たちは濡れ鼠になりながら、グレイラット家に戻るのだった。
グレイラット邸では、メイドのリーリャさんがタオル準備してくれていた。どうやら雨が降って戻ってくることを予期していたようだ。さらにいえばお湯の準備もできているらしい。
風邪をひいても治癒魔法があるから大丈夫ではあるが、非常にありがたい。俺とシルフィ姉は挨拶をして2階に上がった。
そして、俺とルディが服を脱ぐ。しかし、このとき俺はうっかり忘れていたのだ。この部屋に女の子が一人いることを。
「どうした? 脱がないと風邪引いちゃうぜ?」
「う、うん…」
シルフィ姉は恥ずかしがりながらもルディにより上着を脱がされている。一方、俺はお湯にタオルを漬け込んで、身体を拭きまくる。身体を温めることに集中していたため、背後に意識が向いていなかった。
一方、ルディはシルフィ姉のズボンも脱がそうとしている。もちろん、彼女は拒絶しているが、隙を見て脱がされてしまった。
(あ、ヤバい…)
俺は急いでシルフィ姉にタオルを被せようとするが、そう思った頃には彼女の悲鳴が響き渡っていた。泣き叫ぶ姉、呆然とするルディ、呑気に身体を拭く俺。
「ルーデウス、なにやってるんだ…」
そんな状況を見たパウロさんは硬直していた。いや、ほんと俺もルディも何やってんだろうな。そう呆れるしかなかった。
ほんと何やってんだろうね、この弟()