ルディのロキシーさん人形を粉々にしたリニア先輩とプルセナ先輩の最終的な処分はとりあえず保留ということになった。
「…というわけでさ、こういうのってどうすればいいのかな」
俺はベッドの上でいつものように静香姉に聞く。ルディの方はシルフィ姉に聞いているだろう。
「私に聞かれても…」
「まあ、そうなるよね。静香姉の現代日本知識に期待したけど、俺のとそう変わらないしな」
俺より数年長く生きてるだけだ。むしろちょうどいい罰を知ってる方が怖い。
「それにしてもルーデウスといったかしら? かなりヤバいわね」
ルディの名誉のためにパンツ信仰に関しては隠したまま話したが、女子2人を拉致監禁してる時点で立派な犯罪だ。
「…あれでも俺の幼馴染なんだよ」
「レードがそれでいいなら、私からは何も言わないわ。それはそれとして、なんかさっきから卑猥な空気を感じるわね」
「…バレた?」
10年以上付き合いがあるからこそわかる勘なのかもしれない。
「言っておくけど、絶対嫌だから」
「やっぱりそうだよなぁ…」
2人にしたときのようにとはいかないようだ。まあ、冷静に考えたら確かにそうなのだが。
「どうしてもって言っても…」
「ええ。ダメね。無理矢理やったら口聞かないから」
それは非常に困る。静香姉が好きすぎる俺にとってはあまりにも大きなダメージだ。
「そっか…。まあ、それは置いとくとして、やっぱり今回の件はルディに判断を委ねるか」
「それがいいんじゃない? そもそもレードはなんの被害も受けてないんでしょう?」
その通りだ。これはもともとザノバ王子とルディが受けたことであって、俺は偶然2人に巻き込まれたというだけだ。だとすれば、俺が積極的に意見を言う必要もない。
「話は変わるけど、あなたの姉に私のことは話した?」
「…まだ。なんていうか、決断ができてなくて」
早めに話した方がいいというのはわかっているのだ。
「怖い、のかもしれないな」
「怖い?」
「ああ。俺たち幼馴染の関係が壊れるのが」
ルディとの関係が変わる可能性は低いと思うが、問題はシルフィ姉の方だ。俺と違って、静香姉は正真正銘の家族の仇だ。それが自分と付き合ってて、さらに姉を自称しているとなると…。
「…嫌な予感しかしねぇ」
一応、万が一の歯止めとしてルディが今回はいる。彼がなんとかシルフィ姉を支えてくれればありがたいのだが。とはいえ、そこまで任せるというわけにもいかない。そもそもルディはフィッツ先輩の正体を知らないわけだし。
「ここまで来ると姉思いというかシスコンね…」
「今更だろ。それにこの感情は静香姉が植え付けたものだし」
「私は普通に接してたつもりなんだけどな…。確かにあなたは今では考えられないくらい病弱だったから、世話は焼いたけど」
それが案外良くなかったのかもしれない。まあ、だとしても付き合おうという発想になるのは自分でもおかしい話だと思うが。
そして、翌日。俺はルディとシルフィ姉の3人で部屋に向かった。本来なら女の子のシルフィ姉は男子寮に入れないが、フィッツ先輩の姿なら問題ないようだ。
「うっわ…」
部屋の惨状に思わず声が溢れる。というのも、全体的に湿っており、便と思しき匂いが部屋中に広がっていたのだ。
(静香姉を連れて来なくて正解だったな。どっちみち誘っても来ないと思うけど)
「ルーデウス君…。2人とも反省してるみたいだし、もう許してあげていいんじゃないかな。君はスカっとしてないかもしれないけど、丸一日身動き取れないって結構きついよ? 男子寮には飢えた男が一杯いるから、二人だって怖かっただろうし」
「そうニャ」
「足音が聞こえるたびにもうダメだって思ったの…」
実際には男子寮とはいえ、そこまで飢えた男はいなかったはずだが。とにかく2人は反省しているように見える。ルディの子分となって働くとか言ってるし。
「なあ、ルディ。ロキシーさんの件は分かるが、これ以上やっても報復とかあったら面倒なんじゃないか?」
「確かに報復はなぁ…」
解放された2人を横目に言う。
「ニャ!? そんなこと考えてないニャ!」
「そうなの! 余計なこと言うななの!」
俺の言葉に慌てふためく2人。なんかちょっと面白いリアクションだな。
「ボスは頭のおかしい鬼畜野郎ニャ、次負けたら何されるかわかんニャいのに、誰がそんな事するんだ!」
俺が言い返そうとするのを制して、シルフィ姉が言う。
「ちょっと反省が足りないね」
「フィッツ、お前は関係ないニャろ?」
「そうなの…ファックなの…」
その言葉にショックを受けたような表情になる。ちょっとその言い方は俺もイラッときてしまった。ルディもそうだったのだろう。
「そこに正座!」
「今すぐ俺の練習相手になるか、ルディの指示に従うかどっちがいい?」
俺とルディに同時に脅され、ビクビクしながら座り込む。シルフィ姉が小さな瓶と筆を取り出した。
「フィッツ先輩。それは…?」
「ある部族が体に文様を残すときに使う塗料を使ったんだ。特殊な詠唱をすれば、一生跡になって残るやつ」
なんでシルフィ姉がそういうのを持っているかは別として、これを使われたら男女関係なくダメージがあるだろう。そして顔や体にシルフィ姉はいろいろ書き込む。曰く、簡単には消えない上、魔術を使えば一生残すことも可能だという。
「今日のところは帰ってもいいけど、明日は一日その顔で過ごすこと。そしたら消してあげるよ。けど、体の方は半年は消さないから、そのつもりで!」
「わかったって、ほんと勘弁ニャ」
「……ぐすん」
シルフィ姉から釘を刺され、2人は涙目で部屋を後にした。
「んじゃ、俺も先に学園戻るわ」
「もう授業は終わってるだろ?」
「ちょっとトレーニングしたくてね」
シルフィ姉はまだもうしばらくルディと一緒にいるようだし、ここは若い2人に仲良くしてもらうことにしよう。そう思った俺は、出る直前シルフィ姉の耳元で囁く。
「ねえ、フィッツ先輩」
「ん?」
「ルディの部屋、楽しみなよ?」
そう言ったとき、シルフィ姉の顔に朱が差したように見えた。せっかくルディと触れ合えるチャンスなのに、この様子じゃ恥ずかしくて何もできなくなるかもしれないな。
ほくそ笑みながら、俺はルディの部屋を後にした。学園に戻りながらぼんやり考える。
(…せっかく仲良くできそうなのに、シルフィ姉との関係が壊れるのは嫌だな)
そんなふうに気を抜いてしまっていたからだろう。曲がり角で人にぶつかってしまった。
「あっ、すみません…」
目の前にいたのは長い金髪を縦ロールにした美女であった。長耳族らしい耳が小さく揺れる。
「あら、こちらこそごめんなさい」
「突然失礼かもしれませんが、もしかしなくても、長耳族ですか?」
種族がたくさんいるこの学校だとしても、長耳族は俺とシルフィ姉以外この学校で見かけたことがなかった。
「あなたも、そうなのですわね」
「はい、まあ…」
というか、目の前の人に関してなんとなく既視感のようなものを感じる。会ったことはないが、もしかして彼女は俺が知ってる人なのではないか。
「私に何か?」
「何か、と言われたら難しいですね…。どこかでお会いしたことってありますかね?」
目の前の女性は少し考えたのち答える。
「会ったことは、ないですわね。ですけれど、聞いたことはあるかもですわ。あなたは噂のレードでしょう?」
「誰からって聞くまでもないですよね。俺はそこそこ名が売れてますし」
「ルーデウスからですわ」
思わぬ名前に俺が驚く。
「ルディの知り合いですか?」
「知り合いどころか、ここに一緒に来ましたわ。私の名前はエリナリーゼ・ドラゴンロード。以後お見知りおきを」
エリナリーゼ…。どこかで聞き覚えがある。だが、そんな昔のようには感じない。数年前の記憶だ。
「…もしかして、パウロさんと知り合いなんですか?」
「…あんなのは知りませんわ」
舌打ちとともに答える。これは間違いなく知ってるようだ。
「場所を変えて話しましょうか」
「そうですわね」
こうして俺はエリナリーゼさんと中庭のベンチに向かった。すでに夕方になっており、人通りは少なくなっている
「エリナリーゼさん。パウロさんとはどういう関係なんですか?」
「昔のパーティメンバーってだけですわ。あなたこそ、どこでパウロと…」
「師匠です。もうブエナ村で出会ってから10年近く経つのか…」
思えばこれもルディの紹介だったな。懐かしさに耽る俺にエリナリーゼさんはハッとしたような表情で目を見開く。
「エリナリーゼさん?」
「な、なんでもありませんわ。彼は私のことを何と?」
「そこまでしっかりは聞いてないので…」
パウロさんも話したがらなかったしな。ギースさんにもそこら辺を聞いておきたかったが、それを聞く前にふらふらとどこかへいなくなってしまった。
「そうですの…。そろそろ私も行きますわ」
「夜になるのでお気をつけて。なんならお送りしましょうか?」
「あら。紳士ですのね。でも、この時間帯に女子寮に入るのはダメですわね」
それをきっかけでルディが初日にやらかしてたな。
「そういえばそうか。分かりました。ならここでお見送りさせていただきます」
「レードこそお気をつけて。と言いましても、あなたでしたら大丈夫ですわね」
そう軽く微笑んで金髪を揺らす彼女は去っていった。
(…見た目とは裏腹に優しそうな方だったな)
見た目は真逆であるはずなのに、どこかシルフィ姉と似たような雰囲気を感じた。その既視感の正体はそう遠くないうちに明らかになるのだ。
エリナリーゼさんは孫には手を出しません