ルディが魔王バーディガーディに対して、杖を構える。バーディガーディの方は先に手を出しては来ないようだ。しかし、ルディの顔は本気だ。出力全開の魔術をぶっ放そうとしてるに違いない。
「では、行きます」
「うむ、来い!」
膨大な魔力によってルディの杖から放たれたのはかつて龍神オルステッドに対して使ったものと同じ岩砲弾だ。しかし、その岩砲弾は俺が見たことがある中で一番強い。以前、シルフィ姉との対戦で使った岩砲弾が銃弾であるならば、今バーディガーディに使ったのは爆弾と言い表すのが相応しいだろう。
(あんなん使われたら、普通生きてないよな…)
水流堅守だって容易く貫通するだろうし、実際に戦うとなったら、彼が魔術を発動させる隙を作ってはいけない。
そんな凄まじい一撃を喰らったバーディガーディの周囲に煙が立ち込める。観客たちはルディに対して驚嘆と畏怖の視線を向けていた。それもそのはず、バーディガーディは下半身は数十メートル先までぶっ飛ばされ、上半身と腕は粉々になってしまっていたのだ。
「え…?」
ルディが恐る恐る振り返る。その先には一回り以上小さくなったであろう、バーディガーディが立っていた。
「フハハハハ! 我輩大復活!」
意気揚々と声を上げるバーディガーディ。それを見た周囲に安堵の空気が流れる。
「死ぬかと思ったぞ! 戦わなくて正解だったな! 本気で戦えば、ここら一帯が荒野になる所であるからな!」
マジか。でも、バーディガーディの方も余裕がありそうだし、ルディもここが学園じゃなかったら、もっと強い魔法を放てそうだ。
「貴様の勝ちだ、ルーデウスよ! 勇者を名乗ってもよいぞ!」
「それは遠慮しておきます」
「ではせめて勝鬨を上げよ! フハハハハ!」
いつのまにかバーディガーディの腕はくっついていた。さすが不死魔王といったところである。人間ならとっくに出血多量でお陀仏だ。
その腕で軽々とルディを持ち上げる。
「勝ったどぉぉぉおおおお!」
野次馬は静かにしている。とここで、俺が拍手を送ってやった。シルフィ姉もそれに倣っているが、そうしているのは2人だけだ。
「ノリの悪い連中だな。我が輩が一発殴れば盛り上がるか?」
ルディの前に拳を突き出そうとしたところで、声がかけられる。
「待たれよ、バーディ殿! 名のある方とはいえ、これ以上校内で暴れられたら困りますぞ」
一年以上、魔法大学に通っているが、顔と名前が一致しない。おそらく、お偉いさん方だ。事情聴取ということで、バーディガーディは校内に消えていった。
「お疲れ様、ルディ。凄まじい魔術だったな」
「レードこそ。怪我はないか?」
俺たちが図書室に戻ろうとしていたところで、ルディはジーナス教頭に呼び止められて、職員室に向かっていった。
「ルディ、カッコよかったなぁ…」
人が離れていったところで呟いたのはシルフィ姉だ。
「だな。魔王すら倒してしまうんだもんな」
シルフィ姉は卑屈になりがる節がある。ルディくらい強いレベルの人を見せつけられたら、自分なんてと思ってしまう気持ちも正直分からなくもない。だが、そんなんでは正体を明かすことなどできないだろう。
そう思って見たら、意外にも彼女は興奮の表情を浮かべていた。この顔はどこかで見たことがある。そうだ、ルディが初めて無詠唱魔術を披露してくれたときと同じ顔だ。
「普段から土魔術を使ってるのかな? あそこまで極められるってことは」
「そうなのかもな。『泥沼』っていう異名があるくらいだし」
俺もあのくらいトレーニングをした方がいいのかもしれない。別にルディに追いつこうとかそういう考えを持ってるわけではないが、彼の成長っぷりを見せられると、自分もやや焦りを感じていた。
「…俺はまだまだ弱いな」
「そうかな。レードは強いよ。だって、あの魔王に一歩も引いてなかったし」
「見てたのか」
「うん。ちょっとだけだけど」
でも、あの戦いは悔しいが手を抜かれていた。少なくとも、本気で戦えば俺に勝ち目はなかった。
「レードってボクに負けず劣らず自信ないよね」
「持って増長されても困るだろ?」
「それはそうだけどさ。一応、アリエル様の部下なんだから、ある程度は持ってほしいなって」
「…善処する」
「それって絶対何もしないやつじゃん…。まあ、レードならいつか必要になったらしてくれると思うけどさ」
今思えば、俺もルディもシルフィ姉も3人とも似たようなタイプだ。だからこそ、ずっと仲良くやれてるのかもしれないが。
そんな風にのんびり生徒会室に戻っていたら、あとから静香姉の研究室に戻るのを忘れており、またしても怒られてしまうのだった。
魔王バーディガーディの襲来から1ヶ月が過ぎた。彼は国賓として扱われることになり、なんとこの学校に広告塔として入学してきた。人間より遥かに長い時間を生きる彼が、今更ここで何を学ぶのか…と思わざるを得ないが、本人がノリノリだから、別に大したことでもないのだろう。ちなみに、腕をたくさん収納できるように制服も改造したらしい。
その魔王を倒したルディだが、すっかり学校のヒーローというか、ビビられるようになっていた。女子寮の前でパンツを擦り取ったド変態から、学園のトップだ。半年でここまで成り上がるとは。もっとも、学校のトップになったところで俺との距離感は変わっていない。やっぱり幼馴染はそうでなくちゃな。
俺の方はというと、これといって変化はない。というか、ルディ以上に畏怖の目で見られているような感覚はしているが。
「…そろそろジーナス教頭も仕掛けてくれるかな」
「ねぇ、あなたが直接言えばいいんじゃないかしら」
俺はいつものように静香姉の部屋にいる。一応、魔法陣の励起も手伝うが、俺のメインの作業は静香姉のお世話だ。
「確かにそうすれば早いかもしれないが、シルフィ姉を連れてくることができないだろ?」
「そのルーデウスが連れてくると思うけど」
「だとしても、念のためだ」
「というか、そもそもルーデウスを呼ぶ必要はあるの? あなたとしては、シルフィさんに伝えたいことがあるんでしょう?」
「これに関しては俺の予想だが、静香姉がこの大学に入学したのは、ルディと出会うためなのではと思ってる」
俺の言葉に眉を顰める静香姉。
「どういうこと?」
「これはあくまで俺の推測だが、オルステッドはまるで未来が見えてるかのように動いてたんだろ? だったら、その未来のために何か起こすために静香姉をラノア魔法大学に入れたんじゃないのかってね」
「私とルーデウスが出会うことがそんなに大事なのかしら」
「まあ、これに関しては聞き流してくれて構わない。で、ここからが本題だ」
俺は一呼吸置いて続ける。
「静香姉が俺の姉だと告げたら間違いなくシルフィ姉は怒るはずだ。俺の狙いはそこにある」
「狙い?」
「ああ。その怒るところ見たのならルディはフィッツ先輩の正体をシルフィ姉だと確信するはずだし、シルフィ姉だって誤魔化せない」
そうして、荒れた気持ちをルディに鎮めてもらう。というシナリオだ。そこまでいかなかったとしても、確実に前進できるはずだ。
「…私はどうするのよ」
「静香姉の評価は地に落ちるだろうな。そこに関しては俺とルディで時間をかけて説得していくしかないだろう」
幸いルディはシルフィ姉ほど転移事件の原因に関して恨みは持っていない。静香姉を攻撃するような展開にはならないだろう。
「…あなたらしくない、酷い作戦ね」
「俺もそう思うよ。2人の姉を利用するわけだからな。でも、それくらいのやり方をしないとダメだと思うんだ」
このままだと、シルフィ姉はルディに正体を言えないままになってしまう。ルディはパウロさんとかなり似てるし、エリスのこともある。そうなったとき悲しむのは他でもないシルフィ姉だ。
「私に伝えたのは、謝罪の意味も込めて?」
「まあ、そんなところだ。ぶっつけ本番で言われるよりかは、遥かにマシだろ?」
「…あなたを信じるしかないわね」
静香姉はそう答えて、ため息をついた。その姿を見て、今更ながら申し訳なさが出てきた。もうどうすることもできないが。
それからしばらくして、研究室のドアがノックされる。
「…どうぞ」
そうして静香姉の声とともに、俺の幼馴染がドアを開けて入ってきた。
次回。修羅場かな?