静香姉をルディとシルフィ姉に紹介してから数日が経った。正直、あのレベルで地獄な時間は2度と味わいたくない。あの作戦も考えた自分が言うのもなんだが、シルフィ姉が俺のことを嫌いになっても文句は言えない。
しかし、そういう展開にはならなかった。シルフィ姉の懐が大きいというのもあるが、自分にも非があると感じているのだろう。
「シルフィ。半年間何の進展もないようですが、そろそろ彼に正体を明かしたらどうなのですか?」
生徒会室でシルフィ姉がやりきれないことに業を煮やしつつあったアリエル王女が言う。
「ボクは…」
「何かやりたい、彼とどうなりたいかというのがあるのではないのですか?」
シルフィ姉は顔を朱に染めて答える。
「…ボクは、ルディと添い遂げたい」
蚊の羽音のような小さな声でシルフィ姉は告げる。しかし、生徒会室には4人しかいない。聞き取るには十分だった。
「よく言えましたね。それでは、レード、ルーク。何か策はあるでしょうか」
ここで俺とルーク先輩に話が振られる。
「俺でいいんですか? 最低の作戦を実施しようとしたんですよ?」
詳細については言っていないが、俺が失敗したことに関しては告げてある。
「そうかもしれませんが、シルフィの怒りを利用するというのは斬新だったと思います。彼女は臆病ですからね。これくらいのことをするつもりでいかなくてはなりません」
臆病と言われたシルフィ姉が縮こまる。その姿を見てると即刻ルディに正体を告げたくなってしまう。
「しかし、残念ながら今の俺には何一つアイデアが浮かびません」
「でしたら…。あなたはルーデウス・グレイラットの本心を探りに行ってもらえますか?」
「ルディの本心を、ですか?」
「はい。私たち3人で一度考えてみます。もちろん、あなたの報告次第でやり方も変えていきますが」
ここで俺はふと思う。アリエル王女はルディを怪しんでいると同時に恐れているのだろう。そのため俺を利用して情報をといったところか。
「…わかりました。ですが、ルディも隠すのが上手です。必ずしもできるとは思わないでください」
こう言い残して俺は生徒会室を後にした。この時間なら、図書室か静香姉の研究室のどちらかにはいるはずだ。そう思いながら近場の図書室に向かった。
幸運にも資料を読み解くルディの姿を見かけた。
「やあ、ルディ。進捗はどうだい?」
「あんまりだな。お前の姉の方もこれといって教えてくれないし」
静香姉はあれで頑固だからな。そう簡単に教えてくれないだろう。俺にだって完全には話してくれない。俺が理解できないというのもあるが。
「それは…。静香姉に言っておこうか? 無駄だと思うけど」
「いや、いいよ。まだ会ってすぐだし、なんでもかんでも頼るというのはよくないしな」
「で、もう一つの問題の方はどうだ?」
もう一つの問題というと、ルディのEDについてだ。
「それなんだけど、ちょっと回復の兆しが見えてきたんだよ」
ルディが意気揚々に語ったことによると、普段通りシルフィ姉とルディの2人で作業をしていたところバランスを崩して、シルフィ姉がルディに覆い被さることになってしまったらしい。その際にシルフィ姉の身体に触れ、アソコが久々に輝きを見せたのだという。
「よかったじゃないか。フィッツ先輩はなんて?」
「男の子だよって叫びながら逃げられたな」
せっかく絶好のチャンスなのに、そんなんだからアリエル王女やルークにヘタレとか言われるんだ。俺は心の中で呟く。
「それで、ルディはどう思うんだ?」
「…正直、まだわからない。ジーナス教頭は圧力がかかってるらしく男性だと言われたけど」
「女性の可能性もある、と考えてるんだな?」
「ああ。レードから何か知ってることはないか?」
これは言っていいのだろうか。アリエル王女やシルフィ姉からは正体を明かすなとは言われているが、性別を明かすなとは言われていない。つまり、フィッツ先輩が誰なのかを言わなければいいのだ。
「ルディが女性と思っているなら、それでいいんじゃないかな」
「また、曖昧な答えだな…」
「フィッツ先輩がいろいろと隠しているのは複雑な事情があるんだよ。ただ、少しだけヒントなら言えるよ? ルディは賢いから、ヒントというか答えに直結させてしまうかもしれないけど」
「ヒント?」
ルディが食いついてくる。
「フィッツ先輩の正体はね、俺やルディが接してきたこれまでにヒントというか答えがあるんだ。つまりは大学に入学してからこれまでのことを思い返してみるといいかもしれない」
ルディは顎に手を当てて思案する。
「…なんていうか、その言い方はヒトガミのやり方に似てるな」
「嫌なことを言うなよ。俺があんな胡散臭いやつに似てるだなんて」
「胡散臭いって言ってるけど、お前は会ったことないだろ?」
どういうわけか俺は会ったことがない。だが、神とか名乗ってお告げめいたものを実行させようとする辺り、怪しさしかないのだ。信じれば救われるみたいな口説き文句でごちゃごちゃ言ってくるのは、宗教勧誘のおばさんのそれだ。
「それはそうだけどさ。ちなみに、俺とそのヒトガミとやらだったら、どっちが信用できる?」
「そりゃ、言うまでもないだろ」
ルディは仕方なさそうに笑う。よかった。ルディの信頼度において、よくわからない自称神に負けることはなさそうだ。
「で、ここからは仮にの話なんだけどさ。フィッツ先輩が女性だったらどうする?」
「どうもしないよ」
ルディは首を横に振る。
「…少なからずフィッツ先輩はルディのことを信頼してくれている。それを裏切りたくないってことか?」
「そんなところだ。よくわかったな」
「まあな。エリスとのことがあったしな」
つまり、俺が性別を言ったところでルディから積極的に何か行動するということはないようだ。
「病気のことはいいのか?」
「諦めるというわけじゃないけどな」
そう答える彼の横顔はどこか切なげだった。
それから数日後。再び俺は生徒会室に赴いた。本格的にアリエル王女やルーク先輩が考えた作戦を実行していくようだ。
アリエル王女が語ったのは、シルフィ姉の思い出を再現するというものだ。
(あのときの雨のときのやつか…)
もう10年近く前になるのか。あのときの2人の顔は忘れられないな。
「シルフィ、この作戦は、あなたの努力次第です」
「は、はい!」
「もし、失敗するようなことがあれば…」
俺の方をチラリと見る。
「そのときは俺が正体を言うことになるだろう。どのみち俺がずっと隠せるとは思えないからな。だが、そのようなやり方でルディと結婚したいのであれば、俺は絶対にそれを認めないからな?」
俺と静香姉に反対したことをそっくりそのまま返させてもらう。これはシルフィ姉の勇気が大切なのだ。
「うん…。たぶん、いや絶対、そうはならないよ」
俺としてはなってもらっては困るからな。シルフィ姉は覚悟のある顔で頷いていた。きっと大丈夫なはずだ。
気合いを入れ直したシルフィ姉は生徒会室から出ていった。
「さてと、俺ができることはあるのでしょうか?」
「ないと思いますわ。ですよね、ルーク」
「ああ。あとはシルフィの勇気次第だしな」
しかし、俺はどこか不安を感じていた。シルフィ姉に対してではない。ルディに対してだ。
「不安ですね。ルディが手を出すでしょうか」
「万が一出さなかったとしてもそのときの手段も用意してある」
ルーク先輩は自信を持って告げる。
「ルディは強いんですが、臆病なんですよ。彼の頭には『フィッツ先輩に嫌われたくない』という感情があるのではないかと」
これは彼が自分に自信がないというわけではない。現に俺やザノバ、クリフに対してはまあまあ失礼な言動もある。ある程度なら嫌われないと思っているからだ。シルフィ姉との距離感を量りかねており、そういう安心感がない。
「それを含めてあの2人を信じるしかありませんよ。レードは幼馴染だったんでしょう?」
「…そうですね」
俺たち3人は成長こそしたが、10年前と大きくは変わっていない。それは俺だけでなくシルフィ姉もルディも感じていることだろう。ずっと不器用でヘタレな2人だが、決めるべきところはちゃんと決めてくれるはずだ。そう思いながら俺は頷いた。
次回、結婚か!?