シルフィ姉が生徒会室から出てからしばらくが経った。アリエル王女とルーク先輩はこのまま待ち続けるようだが、俺としては一刻も早く2人に会いたいという心情だ。もちろん、あの恋愛関係に口出ししすぎるというのは憚られるが。
(…剣でも振るか)
やることがないときには自己研鑽に限る。静香姉とイチャイチャしてもいいが、彼女も研究がある。俺と遊んでばかりなわけにもいかない。
この頃、剣を振っていると人がそれなりに集まってくることがある。授業中のため必ずしもたくさん来るというわけではないが、やはりカッコいいものは人の目を惹くらしい。駅前にいるストリートミュージシャンのようなものだろうか。俺としてはそういうつもりで振ってるわけではないのだが。
そんな俺を見つめる姿に見覚えのある人物がいた。俺は剣を鞘に収めて近づく。
「…エリナリーゼさん?」
「レード。お元気そうでなによりですわ。お邪魔したなら、ごめんなさいね」
「いえ、邪魔なんてことはありません。もしかして、何か俺に用が?」
「少し聞きたいことがありますの」
立ち話もなんなので、俺たちはベンチに移動した。ベッドではなく、ベンチである。エリナリーゼさんがビッチという噂が流れていてもクリフと付き合ってる今、ほいほいそういうことをする気はないのだろう。
「クリフとはどうですか? というか、こんなところで2人きりで話してたら変に思われませんかね」
「ふふっ。クリフはそのくらいで嫉妬するような子じゃありませんわ」
「それならいいんですけどね」
そうしたところでエリナリーゼさんはすぐに笑みを引っ込めて、真剣な眼差しでこちらを見る。
「レード、あなたはたしかブエナ村の生まれでしたわよね?」
「はい。もしかして、エリナリーゼさんもそこと関わりが?」
俺やシルフィ姉もそうだが、長耳族は長命種だと聞く。俺が生まれる前に知り合いとかがいてもおかしくはない。
「ないわけではないですわね。あなたは私が血縁者だと言っても信じます?」
血縁というとどこら辺だろうか。もしかしたら叔母とか従姉妹といったところか。ああ、でも見た目が年齢通りじゃないパターンも結構あるな。ロキシーさんやルイジェルドさんみたいな例もある。
「信じない、ということはないですね。同じ長耳族ですし、そういう可能性もなきにしもあらずといったところですかね」
「…私はあなたの祖母ですわ」
エリナリーゼさんはしばらく迷ったのち、小さな声で呟いた。
「…そうなんですか。なんていうか、実感が湧きませんね」
「あなたの父はロールズというでしょう? 彼は私の息子ですわ」
父の名がこんなところで出てくるとは。エリナリーゼさんが祖母であるというのは嘘ではないらしい。
「父は転移事件に巻き込まれてしまいました。それで…」
「…私の方でも確認しましたわ」
エリナリーゼさんは俯きながら答える。どこで確認したのかは分からないが、息子の死に目に会えなかったというのは思うところはあるのだろう。
「レード、あなた、姉はいませんでした?」
「シルフィ姉のことですよね。無事だそうです」
残念ながら、まだ居場所を伝えるわけにはいかない。ちょうどシルフィ姉はルディに言ってる頃だろうし、俺が言わなくてもいずれ知られることになるだろうが。
「もし、また会うことがあっても私のことは言わないでくれると助かりますわ」
「もちろん構いませんけど…。理由を聞いても?」
「そんな深い意味はありませんわ。私から直接言いたいというだけですの」
なんらかのけじめをつけるといったところだろうか。真面目な表情で彼女は言った。
「…俺はどう呼べばいいでしょうか。これまで通り、エリナリーゼさんと呼ぶべきか、おばあちゃんと呼ぶべきか…」
「レードの好きに呼んでもらって構いませんわ」
まだ、目の前の女性が祖母という実感がないから、それが出てくるまではエリナリーゼさんと呼ばせてもらうことにしようか。
俺がそう思ったところで予鈴が聞こえる。
「そろそろ行かなくちゃいけませんわね」
「授業頑張ってくださいね、おばあちゃん」
「ふふっ、その呼び方まだ慣れませんわ。それでは」
そう微笑んで、彼女は金髪の縦ロールを揺らしながら立ち去った。俺はその姿を黙って見送る。
(パウロさんのことを知ってたりする辺り、血縁であることはなんとなく予想してたけど、まさか祖母だったとはな…)
相当な年数生きているにも関わらず、あの美貌であるならば、その孫である俺もそれなりに若さをキープできるというわけか。アンチエイジングいらずでありがたい。
剣を振っては休みを繰り返していたところ、数時間が過ぎていた。そろそろシルフィ姉も幸せを掴んだ頃ではないだろうか。
生徒会室に行くべきか、校門に向かうべきか迷った結果、俺は校門へ向かった。数分後に手を繋いで歩く2人の姿が見える。
(…よかった。まあ、信じてはいたけどね)
俺は安心しながら手を振ると、ルディも振り返す。その顔には穏やかな笑顔が浮かんでいた。近づいてきた2人に声をかける。
「お疲れ様、と言うべきかな?」
「まあ、いろいろと積もる話があるな」
「そうだね。まず、シルフィ姉はアリエル王女に伝えてきたら?」
俺がフィッツ先輩のことをシルフィ姉と言ってもルディは驚く様子もない。シルフィ姉はちゃんと言うべきことを言えたのだ。
「うん! また後でね、2人とも」
シルフィ姉は明るい声で向かっていった。その後ろ姿を見ながらルディが言う。
「しかし、フィッツ先輩がシルフィだったとはな…」
「隠してて悪かったよ」
「言おうとは思わなかったのか? レードなら、うっかり口を滑らすこともありえそうだが」
「実際、今回の作戦が失敗だったら、そうするつもりだったさ」
その場合はシルフィ姉が幸せになる可能性は限りなく低かったが。まあ、ルディがシルフィ姉に何かする可能性があるなら話は別かもしれない。
「なるほどな…。ところで、お前が言ってたヒントっていうのは結局なんだったんだ? 教えるつもりがないなら、それでもいいけどさ」
「この前、静香姉の研究室に行っただろ? あのときシルフィ姉がルディを追い出したとき、なんでと思わなかったか?」
「言われてみれば確かに」
「俺の狙いとしては、前世での姉のことを告げることでシルフィ姉の怒りを誘い、それで無理矢理バラさせるという作戦だった。まあ、その考えを見透かされていたのと、どうしても自分で直接伝えたいというシルフィ姉の意思で失敗に終わったけど」
「そういうことだったのか…」
おかげさまであのあとしこたま怒られたけどな。申し訳ないことをした。
「そういえば、病気の方はどうなったんだ?」
俺は正直、シルフィ姉の正体を知った時点で完治は決定的なものだと勝手に思っていたが、ルディの口から出たのは俺の予想とは異なるものだった。
「…ダメだった」
悔しそうに呟くルディ。マジか。シルフィ姉でもダメなら対処のしようがない。
「それは、シルフィ姉に不備があったのか?」
シルフィ姉はそういうことをした経験がないらしい。彼女の方に問題があったのなら、俺から何か言うことができるかもしれない。
「いや、シルフィは何も悪くない。俺が悪いんだ…」
そう告げる彼の表情はどんどん暗くなっていく。ネガティヴモードに入ろうとしている彼に口を挟む。
「そんなことは絶対に言うな。シルフィ姉がルディになんて言ったのか、具体的なことは俺は知らない。だが、知らない上で言わせてもらうと、ルディはシルフィ姉と幸せにならなくちゃダメなんだ。さっきみたいなことを言ってたら、俺もシルフィ姉も悲しい」
俯くルディの肩を叩く。少しは自信を持ってもらいたいものだ。
「…そうかな」
「ああ。今日たまたまダメだっただけで、一緒にいるうちに改善されていくかもしれないだろ?」
俺が何をできるかは分からないが、そのための協力なら当然惜しまない。
「レードにも頼っていいのか?」
「もちろんだ。なんせルディは俺からしたら義兄なんだからな。なんならお兄ちゃんとでもお呼びしようか?」
「…それは落ち着かないからやめてくれ」
苦笑いで断られる。俺は結婚のことを告げたつもりはないのだが、ルディの中ではその覚悟があるらしい。
そんなルディの覚悟が実を結ぶ瞬間はそれから数日後の話だった。
アニメにたぶん追いつきそうだな…