町の外でルイジェルドさんを見送ったところで、ルディと妹2人はグレイラット邸に、俺とシルフィ姉は魔法大学に向かうことになった。授業などに荷物はほとんど静香姉の部屋に置いてあるため、手ぶらでも問題ない。というか、今日は二日酔いでふらふらの静香姉の介抱に午前中を費やすことになりそうだ。
「…大丈夫かな」
隣を歩くシルフィ姉が呟く。おそらく、ルディとの折り合いが悪いノルンちゃんのことを気にしているのだろう。
「案外、魔法大学に入れば変わっていくんじゃないかな」
「それならいいけどさ。やっぱり心配だよ」
無理して好きじゃない人間と仲良くする必要もないしな。それはルディも思っていることだろう。
「それでも心配なら、俺がなんとかするよ」
「さっきも思ってたけど、具体的にどうするつもりなの? また、碌でもない作戦を立てるつもり?」
「結局、ノルンちゃんがルディやアイシャちゃんと仲良くできるかは自分の意思だからね。俺がどうこうできることじゃないし、愚痴の捌け口くらいにはなってあげようかなと」
一人でも話を聞いてくれる人がいてくれたら、結構安心できるものだ。
「ボクも何かできればいいんだけどね。あんまり近づこうとしなさそうだし…」
「覚えていてくれていればまた話も違ったかもしれないけど、こればっかりは仕方ないよ。現状、ルディほど嫌われてるというわけではないだろうし、そのうち仲良くなってくれるさ」
シルフィ姉は文句なしで優しい姉だしな。彼女のことを好きにならない人の方が珍しいと思う。ルーク先輩に関しては…。まあ、女性として見てないと言った方がいいかもしれない。
そんな風に話していたら大学に着いた。シルフィ姉とはここで別れる。彼女はアリエル王女のところに行くらしい。
(さて、俺は静香姉のところに行くか。酔ってさぞ気分が悪くなってるだろうし)
俺の予想は完璧に的中することになった。部屋にいたのは見るからに顔色の悪い静香姉だ。ベッドの上で蓑虫のように毛布に包まっている。
「体調は…。大丈夫じゃなさそうだな」
「…おはよう、レード。あなたはよくあんなに飲めるわね」
「今までお酒飲んだことがない人が飲む量じゃないよ。そりゃ潰れても仕方ないさ」
俺は彼女の頭に手を当てて解毒魔術をかけてあげた。そうすると、多少は顔色が良くなった。
「ありがと。すっきりしたわ」
「ならよかった。今度からちょっとずつ飲んでいこうか」
「あなたと?」
「ああ。こういうのも勉強っていうからな。俺も付き合うよ」
酒の勢いで、という気持ちもなくはないが。シルフィ姉のように媚薬を盛ったりはしないだろうが。
「そういえば、ルディの妹たちが来たよ」
「ルーデウスの? 確か1人はノルンちゃんって言ったわよね?」
「ああ。おそらく俺の家に遊びに来ることもあるだろうから、会ったときはよろしく頼む」
ルディやアイシャちゃんとはすぐに仲良くするのは難しいだろうからな。俺のところに来る頻度も増えるかもしれない。
「そう。なら、挨拶くらいはしておかないとね」
「くれぐれも喧嘩したりしないでくれよ?」
「なんで私が喧嘩するのよ」
俺を取り合ったり。なんてことは自意識過剰だろうから、とても口に出すことはないが。ともかく、俺としても仲良くしてもらえれば嬉しい。
そう思いながら、静香姉の頭を軽く撫でる。
「…何?」
「昨日、酔って俺の耳触ってただろ? そのお返しさ」
まあ、別に酔ってなくても触ってもらってかまわないが。耳に触られるというのは案外癖になりそうな感覚だ。
「…それじゃ、失礼するわね」
静香姉の細い指が俺の耳に触れる。思わず声が出てしまいそうになる。
「ルディはシルフィ姉の耳を咥えてたりしてたけど、それをしてもいいよ?」
「あのバカップルと一緒にしないでよ」
口ではそう言っているが、したくないというわけではないようだ。興味はあるのかもしれない。
「…柔らかいわね」
「耳は鍛えられないからね」
「あとちょっと冷たいかも」
外の空気が冷えているからだろう。炬燵を設置したおかげでこの部屋は暖かいが、ラノアの冬は過酷だ。
そんな風にして昼過ぎまでイチャついていたところ、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってくるのはルディだ。妹たちとの話し合いは終わったのだろう。
「もしかして、お取り込みだったか?」
「そのくらいは大丈夫さ。そういうことをするときは夜の楽しみだしな。な、静香姉?」
静香姉はため息をついてルディの方を見る。
「レードから妹が来るって聞いたのだけど、2人ともどうするの?」
「ノルンは入学することになったよ。アイシャはするつもりはないみたいだ」
彼女はルディのメイドになる方がいいというらしい。パウロさんは2人とも入学させてやってくれとのことだったが、アイシャちゃんの意思なら文句も言いにくいか。
「なら、俺も先輩としてしっかりサポートしていくよ」
慣れない学園生活だと大変だろうしな。なんなら、昔みたいに勉強を教えたりするのもいいかもしれない。まあ、ルディの方が俺より教えるのが上手いし、仲直りのためにも彼に歩み寄ってほしいが。
「そうしてもらえると助かる。シルフィはどうしたんだ?」
「アリエル王女のところだってさ」
「そうか。今日はどうするんだ?」
「連日、そっちに泊まるのもアレだし、家を片付けないといけないからな」
ノルンちゃんも来てくれると思うし、あんまり散らかったままにしとくわけにはいかない。まあ、家を買ったばかりだからそこまで汚れてもいないと思うけど。
こうして、俺は静香姉と別れて外に出る。別れるといっても転移魔法陣を使えば数秒で往復できるのだから、ほぼ家から家への移動だ。ルディの前だから使えないが、普段ならありがたく使わせてもらっている。
そのルディはザノバ王子やクリフに一声かけて帰るようだ。
(そういえば、この魔法陣使い倒してるけど、後々バレて請求が来たりしないよな…。どこから来るかわからないけど)
そもそも静香姉から貰ったもので、誰が作ったとか教えてもらってないため、お礼を伝えることもできていない。今度機会があれば製作者に会わせてもらうこととしよう。
そう思いつつ雪道を歩いていると自宅の前に見慣れた人影があった。
「レード兄!」
「ノルンちゃん? もう来ちゃったのか?」
「うん。アイシャにちゃんと伝えておいたから大丈夫」
彼女ならちゃんと伝えてくれるだろうし、あとから俺の方が連れて帰ってやってもいい。ノルンちゃんは嫌がるかもしれないが。
「でも、今度からルディに直接言うようにしなよ? あいつも心配するだろうし」
「…分かった」
よほど話しかけるのが嫌なようだ。まあ、シルフィ姉に伝えてもいいのだが。
立ち話もなんだし、家の中に案内する。
「グレイラット邸より小さくて申し訳ないけど」
「ううん。レード兄らしくていいと思う」
「そうか。まあ、とりあえずゆっくりしていってくれ」
やかんにお湯を注ぎ、お茶を準備した。前世であれば、適当にテレビでも見ててというところだが、こういうときに暇つぶしに使えるものがないというのは結構不便だ。
「お待たせ。熱いから気をつけて」
「うん。やけに片付いてるけど、あんまりここで暮らしてないの?」
「まあ、ルディの家に泊まったりもするからね。そういえば、魔法大学に入学するんだってな」
「…無理かもしれないけど」
俯きながら彼女は呟く。
「お金とかが足りないのか?」
それだったら俺が出してもかまわない。
「ううん。私じゃ、試験に受からないかもって…」
「そういうことか。それなら、心配はいらないさ。旅をしてるときも俺の教科書とか読んでてくれてたんだろ?」
「確かに、時間があるとき勉強はしてたけど…」
「なら、絶対に大丈夫さ。なんせ試験問題は俺の教科書を参考に作られてる部分も多いって聞くからな」
実際、そういったところで感謝されることも多い。俺自身が問題を見たことはないが、感謝されるというのは役に立っているということなのだろう。
「…そうなのかな」
「ああ。だから、自信持てよ。なんなら、昔みたいに教えてあげる。忘れてるところもあるだろうし」
天才であるルディやアイシャちゃんに勝てなくてもいいが、大きな劣等感は感じてほしくない。それに、俺より早く無詠唱魔術を成功させたのだ。魔術の能力もそれなりにあるだろう。
「なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな…」
「全然大丈夫さ。2人をびっくりさせてやろうな。その代わりなんだけど、俺の方からも1つ頼みがあってな…」
「レード兄が頼みなんて珍しいね」
「頼みというか、お願いに近いのかもしれないんだけど、いいか? 俺が付き合ってる子がときどきここやルディの家に行くんだけどさ」
俺の言葉にノルンちゃんは目を丸くする。
「レード兄、彼女いるの!?」
「ああ。この前言うつもりだったんだけど、2人とも、というか俺も寝ちゃったから言い損なってね」
「えっと…。あんまり行かない方がいい?」
パウロさんがいなくなって居心地が悪い彼女にこの家からも追い出すのは良くない。俺は慌てて引き留める。
「いや、別にノルンちゃんを追い出すとかそういうつもりはないよ! ただ、できれば仲良くしてほしいなって…」
表情的に複雑なものを浮かべている。彼女とも長い付き合いだ。いろいろ思うところがあるのだろう。とりあえずは、一度会ってみてもらうことにするか。
「まあ、俺もその子もルディの家に行くだろうし、この家にもときどき来るからそのうち顔を合わすよ」
「家で思い出したんだけど、ここって寮があるんだよね?」
「うん。もしかして、入りたいとか?」
俺の言葉にノルンちゃんは頷く。寮は俺は1年間しかいなかった。しかし、今考えても、そこで友達を作るというのも必要だったかもしれない。ルディとしては妹と仲直りするために遠ざけるという選択をしないかもしれないが。
「たぶん、ノルンちゃんがよほどそれを望むんだったら、ルディも断らないと思うけど、万が一ダメだったら俺の方からも声をかけておくよ」
「ありがとう、レード兄」
照れ臭そうにノルンちゃんは頭を下げた。本物の兄を差し置いてこういうことをするのはなんとも申し訳ないところがあるが、それならさっさと仲直りしてもらうしかない。
そんなことを思いながら、試験日までの勉強会が始まるのだった。
なんか文字数増えていってるな…