グレイラット家に娘が2人、ノルンちゃんとアイシャちゃんが生まれてから一年がたった。俺はここ数年変わらない生活をしている。昼間まではルディと一緒にパウロさんに剣術を学び、午後はシルフィ姉も加わって3人で魔術の練習。そして、空いた時間でノルンちゃん、アイシャちゃんのお世話である。
ヘトヘトになるが、達成感もある。まず、剣術は水神流と北神流は中級まで届いた。剣神流のみ初級だが、パウロさん曰く遠くないうちに中級まで届くだろうとのことだ。
次に魔術。しばらくは結果が出なかったが、今は治癒魔術を除けば中級程度は使いこなせるようになった。無詠唱も時間はかかったものの成功し、シルフィ姉にようやく追いつくことができた。
最後に妹たち(ルディのだが)の世話。俺は男であっても子どもの世話くらいできるようになるべきという主義なので、積極的に関わった。いかんせんパウロさんとゼニスさんは慣れない子育てで半ばノイローゼ気味なので、猫の手も借りたいような状況であり、リーリャさんと俺が世話を手伝うことになった。その結果、どういうわけかノルンちゃんにはめっちゃ懐かれたが…。そのたびにルディが嫉妬を孕んだ目で睨んでくるので勘弁してほしい。
というわけで、俺はやりがいのある日々を送っているが、ルディは案外そうでもないらしい。
「…最近、伸び悩みをかんじるなぁ」
剣術の練習のあと、ルディが呟いた。
「ルディは魔術はすでに聖級だもんね」
「それもあるけど、剣術もレードに全然勝てなくなったし…」
確かにルディにはここ最近、剣術のみの試合では負けてない。それでも彼が成長してないとは思わない。
「まあ、持って生まれたものもあるからね。ルディは魔術にそれがあったんじゃない?」
「だとしても、ここまで差をつけられたら凹むさ。それで、少し前に父さんと学校の話をしたんだけどさ」
やっぱりこの世界にもそういうのはあるのか。俺は前世であまり通ってなかったため、勉強には興味がなくとも学校というものには興味がある。
「行くの?」
「まだ考えてない。けど、この前そういうのをシルフィに伝えたら泣かれてさ…」
なるほど。この前シルフィ姉の目元が赤かったのはそういうことか。おそらくシルフィ姉はルディに抱きついて止めてたのだろう。
「それはそれは。弟のいない間に堪能するシルフィ姉の感触はいかがだったかい?」
「最高だった…。って簡単に姉を売るなよ」
「個人的にはシルフィ姉の夫はルディしかいないと思うけどね。家にいるときもルディの話ばっかりしてるしさ」
「そう思われるのは嬉しいけどさ。で、どうすればいいのかな」
ルディが話を戻す。
「行きたいなら行けばいいと思うよ。俺個人の意見だけどね。ただ、シルフィ姉は説得できる自信はないね。学費は?」
あくまで俺個人の意見だ。だが、シルフィ姉がどう思うか…。あの子はルディに依存しすぎている。俺の話はかろうじて聞くが、両親の言うことを守らなかったりすることもときどきある。俺がどうにかフォローしているが、この先いつかボロが出るだろう。
「お節介かもしれないけど、シルフィの分も稼ごうかなって」
確かに俺たちの家はグレイラット家に比べて裕福ではないが…。
「そこまで甘えられないよ。そりゃルディがどうしてもって言うならありがたく受けるけど、俺はなぁ…」
率直に言えば、反対だ。その考えを読み取ってくれたのか、ルディが続ける。
「もちろん、そのためだけに仕事をするつもりはないさ。自分の研鑽のためっていうのもあるんだ。それでさ、一つ頼みがあるんだけど、いいかな?」
わざわざ前置きまでして言う辺り、とても嫌な予感がする。
「…ものによる」
「シルフィのことを、頼んだ」
ルディは俺を真っ直ぐ見て言う。冗談などではなく本気らしい。
「頼んだって言われても…」
「しばらくの間、会えなくなる可能性も高い。そうなったとき、シルフィが取り乱す危険性があるのは弟なら分かるだろ?」
「そりゃ分かるけどさ。俺にできることなんて多くないぜ」
「それでもいいさ。シルフィを一人にしないでやってくれ。それと」
「ん?」
ルディはニヤッと笑って言う。
「あの子に変な男が寄りつかないように見張っといてくれよ。ヤバい男が迫ってたら俺は魔術を撃ち込まなくてはならないし」
「…まあ、努力するさ」
「それを聞けて安心したよ」
ルディがパウロさんの策により馬車に放り込まれるのは、その会話をした数日後のことである。
結論から言うと、ルディが危惧したようなことは起きなかった。俺も唯一の友達がいなくなったのだから、泣き喚いて引きこもってしまう可能性もあるのではと思っていたが、シルフィ姉は強かった。
(立ち直ったってわけじゃなさそうだけど、この状況なら悪くはないな…)
シルフィ姉は俺と一緒に走り込みや素振りをするようになった。もちろん、魔術の方も前までと同様にトレーニングを欠かさない。
「…もっと落ち込むと思ったけど、杞憂だったな」
「気にしてないわけじゃないけど、ルディを助けられるくらい強くならなきゃ」
シルフィ姉は答えた。そうして、彼女はゼニスさんやリーリャさんの元へ向かう。診療所の手伝いをしたり、礼儀作法を教わったりしているのだ。
(俺も頑張るか。とりあえず、剣神流を中級にまで乗せるか…)
最近は、俺もパウロさんや父と共に魔物狩りにも参加している。最初のうちは危うい場面を2人に助けてもらうこともあったが、数ヶ月もすれば適応できるようになった。
魔術を習得できたというのも大きい。2人を援護しやすくなったため、役に立ってるという実感もある。
ある夜の休憩中、
「…強くなったな。さすがパウロの教えだ」
と父が呟く。
「レードの場合はもともと強かったさ。俺もびっくりしてる」
「魔術も剣も使える戦士が俺の理想なので。まだ剣は2人には遠く及びませんが」
「この年なら十分すぎるだろ。魔物に遭遇して生き残ってる時点でだいぶおかしいさ」
そこらの魔物に遅れを取るようなら、鍛えてもらったことが活かせてないだけだ。とはいえ褒められて嬉しいのは事実だ。
「ルディにも見てもらいたかったな…。どこにいるかくらい、教えてもらえませんか?」
俺はパウロさんに聞く。
「ダメだ。お前が知るのはシルフィに伝わるのと一緒だからな」
まあ、確かにそうか。俺もシルフィ姉に詰め寄られれば、バラしてしまうだろう。
「それよりありがとうな。娘たちの世話もしてくれて」
「ゼニスさんだって忙しいんですから、俺も少しは手伝いますよ」
俺はノルンちゃんとアイシャちゃんに文字を教えているのだ。ルディの場合はもともとがおっさんだったこともあり、手がかからなかったらしいが、普通の子はそうはいかない。
(ただ、そのうちレード兄とか言われそうで怖いな…。ルディに再会したとき何されるか分からないし)
そんなことを思いながら、日々を過ごしていくのだった。
そして着々と近づいてくる悲劇の瞬間…