そして、1週間が過ぎた。ノルンちゃんは俺に教わったことをちゃんと復習していたらしく、自分の方から新たに教える基礎的な部分はほとんどなかった。大学入学に関しては問題ないだろう。
こうして結果が出た。アイシャちゃんは余裕の満点、ノルンちゃんも満点にはあと少し届かなかったもののそれに近い点数だったという。
「ノルンの勉強、手伝ってくれたんだろ? ありがとうな」
試験結果を俺に教えつつ、ルディが礼を言う。
「あんまり教えられるようなことはなかったけどな。この結果は捜索隊にいたときを含めて、彼女の努力の成果だよ」
「だとしても、だ。そういえば、ノルンから寮で生活したいって言われてな」
「試験前に俺も聞いたよ。ルディとしては反対だったりするのか?」
「俺はあの子の意思を尊重するよ。ぶっちゃけ俺ともアイシャとも折り合いが悪いからな。距離を置くというのも悪い手じゃないと思う」
反対するようだったら、説得する必要が出てくるが、ルディの方も自覚があるようでなによりだ。
「まあ、寮にはシルフィ姉もいるしな。危険はないだろう。アイシャちゃんはどうするんだ?」
「俺の方から魔術を教えるよ。大学には行かないだろうけど、それくらいは学んだ方がいいからな」
彼女はルディから教わった方が喜ぶだろう。というか、シスコンの俺が引くレベルでアイシャちゃんのルディへの好感度は高い。俺ももちろんルディのことは好きだが、妹としてここまで好きな理由はなんなんだろうか。
「そうか…。まあ、とにかく一度ノルンちゃんとはしっかり向き合う場を作れよ? 俺が言うのはおせっかいかもしれないけどさ」
「…ああ。それがなるべく早くなるようにするさ」
ギスギスしたままだと互いに苦しいだろうしな。そんな風に思いながら、さらに1ヶ月が過ぎるのだった。
無事にノルンちゃんは入学したものの、どういうわけかルディも彼女も浮かない表情だ。
「…元気ないな」
朝のホームルームで俺は呼びかける。静香姉とバーディガーディは相変わらず参加していない。まあ、静香姉の方は毎朝俺とベッドの上にいるのだから心配は特にないが。
「やっぱりそう見えるか?」
暗い表情の彼の手元には巨大なバッグが置いてあった。リニア先輩たちが持ち出してきたそれには碌でもないものが入ってそうだ。
「ああ。ノルンちゃんのことか?」
「なんというか、友達のようなものも見受けられないから、心配でな…」
過保護と言ってしまえばそうなのかもしれない。だが、パウロさんがこの場にいたとしても同じことを考えていただろう。親代わりとして不安になるのはおかしくはない。
「俺の方から…って思ったけど、間違いなく悪手だな」
俺は学園内では恐れられているというわけではない。が、少なくとも有名人だ。そんな人がノルンちゃんだけはっきり目に見える形で贔屓したら、かえって彼女の立場は悪くなるかもしれない。
ということで、あくまで学園内においては俺の方からの接触はない。まあ、ときどき家の方で勉強を教えてやったりはしているが。
「ルディの言わんとすることはだいたい分かる。イメージアップだろ?」
「ああ。リニアとプルセナには伝えてあるけど、なるべくほっこり系のエピソードで広めてくれると助かる」
現状ルディの立場は学園のトップだ。バーディガーディに勝利を収めたことや赤竜の討伐に成功したことなど、武勇伝を広めるのは簡単だが、その手のエピソードを伝えるというのはなかなか骨が折れそうだ。
「まあ、どうにかしてみるよ。で、それは結局なんなんだろうな…」
「嘘のつけなそうなあの2人のことだし、いたずらだとしてもネズミとかが入ってる程度だろ」
グレイラットだけにか。そんな風に話していると、学食に着いた。最近は静香姉もそこで食事を取っている。
「やあ、静香姉」
「レードとルーデウスね」
唐揚げをつまみながら答える。自分が考案したものではあるが、あんまり美味しくはないようだ。
「それ、微妙なのか?」
「レシピを作った私が言うのもなんだけど、味は正直微妙ね」
「まあ、日本の肉とは使ってるものが違うからな」
「あなたやシルフィさんが作ったご飯の方が美味しいわ」
それは身内贔屓がかなり入っているような気がするが。
「そう言ってもらえると、作り甲斐があるよ。で、ちょっと相談があるんだけど、いいかな」
俺はルディの方をチラリと見る。
「レードからというより俺からの相談なんだ。新学期になって、妹が入学してきたんだけどさ…」
ノルンちゃんのことに関する不安を口にした。こうやって人に言うだけでも案外気が楽になったりするものだ。
「…というわけなんだけど、俺は兄としてどうすればいいかな。どうノルンに接するのがいいのかな…」
「私に言われても…」
「ナナホシは日本でも弟がいただろ? 兄と姉の違いはあるけど、参考になると思ってな」
まあ、その弟というのも目の前にいるんだけどな。
「あの子の場合は確かに友達は少なかったわね」
「そうなのか? 今のレードの姿を見てるとちょっと想像しにくいな」
「俺の場合は結構病弱だったからな。小学生が外で遊んでいるところを眺めていることしかできなかったな」
まあ、その分今は外で元気に剣をブンブン振り回していると考えれば釣り合いは取れるだろう。
「でも、あのときはそこまで寂しそうな感じはしなかったわね」
「そりゃそうさ。静香姉がいてくれたからね。それに、この世界と比べて向こうはそういうのに結構配慮してくれる世界だし」
「そういうものなのか…」
ルディが悩んでいるところ、後ろから声をかけられた。
「ルーデウスか。ちょっと生徒会室まで来てくれないか」
そこにいたのはルーク先輩だ。難しい顔をしている辺り、何か問題が起きたのだろうか。
「また何かやらかしたのか、ルディ」
「なんで俺が何かやらかした前提なんだよ。名指しだから、疑われるのは仕方ないけどさ」
「レードも来てくれると助かる」
仮にも生徒会役員ではあるため、俺もついていくことにした。少々名残惜しそうな静香姉と別れて、俺とルディは生徒会室へ向かう。
中にいたのはアリエル王女とシルフィ姉。いずれも表情は明るいものとは程遠かった。机の上には小さなポーチが置いてある。
「お疲れ様です。何か問題が起こりましたか?」
「…実はここ最近、女子寮の新入生の表情が優れないのです。調査してみた所、胸が小さく、顔の造形のいい子ばかりが悩んでいるようでした」
胸の小さい子、といったところでシルフィ姉の方をチラリと見る。新婚ホヤホヤの彼女が悩んでいるようにはとても思えないが、貧乳といえば彼女である。そんな俺の考えが見透かされたのかシルフィ姉は不満気になる。
「本日、そのうちの一人に詳しく聞いてみた所、リニアとプルセナに、その…。その場で下着を脱ぐように強要されたという事です」
下着で思い起こされるのは、あのときの光景だ。数ヶ月前、ルディがリニア先輩たちを拘束したときに開いた箱の中。ルディの言う「御神体」である。
「さらに情報を収集してみると、あの二人は食事中に「これでボスが喜ぶ」などと話していたそうです」
なんか話が読めてきたぞ。つまりそのバッグに入っているのは例のアレか。
「ルーデウス様、失礼ですが……」
「この鞄は、リニアとプルセナより今朝方頂いたものです。中は家で一人になるまで見るなと言われているので確かめてはいませんが、そういう事なら中身は恐らく、例の物でしょう」
ルディは早口で告げる。内心かなり焦っているのではないだろうか。だとすれば、なかなか面白いものが見れたな。
「一応確認ですが…。あなたが命じてやらせていた事ですか?」
「いいえ、違います。シルフィと結婚したばかりでどうしてそのような不満が出ましょう」
ルディはパンツなら誰のやつでもいいというわけではないだろう。ロキシーさんかシルフィ姉のやつしか喜ばないはずだ。というか、シルフィ姉のはすでに持っているのではないだろうか。
「分かりました。信じましょう」
「ありがとうございます」
「おかしいと思ったのです。シルフィとあれだけ激しい夜を過ごしているというのに他の女になど…」
そこまでアリエル王女が言ったところで思わず俺は吹き出してしまう。
「レード!? もしかして君が…!」
「まさか。まあ、そう言ったところで信じてもらえないかもだけど」
自分で言うのもアレだけど、俺の性格上、アリエル王女に普段の様子を喋ってると言われてもおかしくないしな。
「いえ、カマを掛けてみただけです。結婚生活が順調なようで何より」
こういうことが起こる可能性があるのだから、弟や妹には少しは気を使ってほしいものだ。まあ、俺も静香姉とやることやってるわけだから人のことは言えないが。
「2人の方は善意からの行動だと思うので、あとで注意しておきましょう。これの方は…」
「私の方から被害者に返しておきましょう」
ルディがバッグを改めて手渡し、アリエル王女が中身を確認したところで予鈴が鳴る。俺やルディはあまり気にしなくていいが、3人は授業を受けなくてはならない。
「昼休みも終了したところですし、授業に参りましょうか」
「申し訳ありません。リニアとプルセナのせいで」
「お気にならさず。このようなこともあるでしょう」
ルーク先輩がドアを開けて、外に出る。俺はシルフィ姉の横を歩く。
そんな中、曲がり角からノルンちゃんの姿があった。
「ノルン、どうしたんだ? もうすぐ授業が始まるぞ」
ルディの声に目を背ける。その目線の先にいたのはアリエル王女だ。
「初めまして。この学校の生徒会長を務めております。アリエルと申します」
「の、ノルン・グレイラットです…」
恥ずかしそうに答える。まあ、気持ちは分かる。アリエル王女には得体の知れないカリスマ性があるからな。というわけで、気心の知れた俺が助け舟を出す。
「ノルンちゃん、授業が始まるんじゃないのか?」
「レード兄…。第三実習室が、どこかわからなくて…」
「そうですか。でしたら、レード、案内してあげなさい。知り合いのようですし、あなたの方がよいでしょう」
「分かりました。それでは失礼します」
俺が言うと、一瞬安心したような表情になったが、それもルディの姿を見た途端消えてしまった。俺は4人の姿が見えなくなったところで声をかける。
「…大丈夫か?」
ノルンちゃんは答えない。言葉選びを間違えたかもしれない。見るからに暗い彼女が大丈夫なわけがないのに、これでは少々無神経だ。
「あの人は…」
しばらく黙って歩いていたのち、彼女が口を開く。
「あの人?」
「あの男は、いったいなんなんですか…」
あまり知り合いでもないルーク先輩ではないだろうし、ルディが何と聞かれると俺としても難しい。俺にとっては大事な幼馴染だか、ノルンちゃんにとってはトラウマの象徴だろう。いや、仮にそうでなくても複雑な思いを抱えているのかもしれない。
「何と聞かれると答えにくいな。俺の見方とノルンちゃんのそれだと大きく違いがあるだろうしな」
「…それなんですよ。なんでみんなあの人のことをそこまで…」
そう呟いたところで彼女は教室に入っていってしまった。
(そこまで、の先はなんだったのかな…)
俺にはなんとなく想像できていた。だが、その想像の先、つまり彼女の行動についてはさすがに想像できるはずもなかった。
それもそのはずだ。俺がついていながら、彼女が引き篭もってしまったのだから。
下着泥棒、ダメ、ゼッタイ