弟転生〜シスコンな彼も本気出す〜   作:黒い柱

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お待たせしました


第61話 兄と妹

 ことの発端はノルンちゃんが入学してから2ヶ月ほど経って起きたのだ。ノルンちゃんはルディから言われたように10日に1度はグレイラット邸に戻ってきている。そのおかげでシルフィ姉とは笑顔で会話するくらいには仲良くなっている。まあ、ルディとアイシャちゃんとは相変わらずだが。

 

 実際家で俺と話していてもノルンちゃんの表情は重い。

 

「…ごめんね、レード兄」

 

「何を謝る必要があるんだよ。少なくとも俺に謝る必要はないよ」

 

「ねぇ、しばらくここにいてもいい?」

 

 本当はここでダメと言うべきだったかもしれない。だが、彼女の顔を見たときその気も失せてしまった。

 

「大丈夫だよ。でも、ちゃんとご飯とかは食べること」

 

 治癒魔術があるとはいえ、病気にさせるわけにはいかないからな。できれば寮かグレイラット邸に戻ってほしいが、それを言える状況ではないようだ。

 

 一応、寮の方に手続きは済ませておいた。まあ、そのうち自分の中で整理がつくだろうとそのときの俺はタカを括っていた。しかし、彼女が部屋から出てくることはなかった。

 

「なあ、ルディ。あんまり伝えたくない知らせがある」

 

 俺も彼女ほどではないが酷い表情をしていると思う。防げる立場にいながら、それをしなかったわけだし、殴られるくらいは覚悟しなくてはならない。

 

「レード。もしかして…」

 

「ああ。気づいているかもしれないが、ノルンちゃんが引き篭もった。俺の家の部屋から出てこない」

 

「…ノルンには何か言ったのか?」

 

「とてもじゃないが、俺の方から大丈夫だなんて言える状況じゃなかった。気持ちが分かるだなんて言ったところで口だけでしかならない」

 

 俺は引きこもりになった経験はない。が、彼女のように苦痛に染まる表情は幾度となく見てきた。多くの人に絶望を与えた転移事件がまさにそれだ。

 

 ルディは何か言いたげだったが、それを飲み込んだのか立ち上がる。

 

「…どうしたんだ?」

 

「俺には心当たりがある。ノルンが引き篭もる理由についてだ」

 

 何かピリピリしたようなものを感じる。これは怒りだ。かつてルディはリニア先輩たちがロキシーさんのフィギュアを破壊した時もブチ切れていたが、あのときとはベクトルが違うような怒りが見て取れる。

 

「…ルディ?」

 

 恐る恐る話しかける俺に何も返すことはなく、ルディは歩みを進める。向かっている先は下級生の教室だ。おそらくノルンちゃんが通っているクラスの。

 

(何がここまでルディを怒らせることになったのか…)

 

 彼の姿はもはやモンスターペアレントだ。しかし、本来ならその怒りは引き篭もっている家の家主である俺にぶつけられてもおかしくはない。実質、俺が許しているのだから。それをしないというのは、俺なら妹を傷つけるようなことはしないと思ってくれているのかもしれない。

 

(信頼されている、と考えると嬉しいけど、この状況だと素直に喜べないな…)

 

 そんなことを思っているうちに、教室に着いてしまった。

 

「失礼します」

 

 ルディは躊躇うこともなく、ドアを開けてホームルームに乱入する。

 

「る、ルーデウス…さん。今は授業中で」

 

「少々、お時間を拝借します。いいですね」

 

 困惑する教師を押しのけて、教壇に立つ。そりゃいきなりこんな怒気を孕ませたルディが来たらビビリもするよな。俺も軽く頭を下げてルディの隣に立つ。

 

「皆さんご存知かと思いますが、先日この教室の一名が不登校になりました。僕の妹です」

 

 生徒一同からどよめきが広がる。その様子だと、ルディの妹がノルンちゃんだと認識はさせているようだ。

 

 ルディが名乗り出てほしいと、語り始める。が、その目は今まで見た中で一番と言っていいくらい怒りや殺気に満ちている。今にも岩砲弾を打ち込んでもおかしくないくらいだ。

 

 その怒りを鎮めるべく、俺が口を挟もうとしたところで1人の生徒から手が上がった。

 

「こ、この間、あたし、ノルンちゃんと、ちょっと話してて……」

 

「つい、酷いことを言ってしまった、と?」

 

「い、いえ、その、私、ルーデウスさんのこと知ってて。でも、ノルンちゃんは普通の子で。だから、お兄さんとは違うね、って言ったら、すっごく怒って…」

 

 かつてノルンちゃんは「なんであんな人が…」と呟いていた。その続きはもしかしたら「学園で尊敬されているのか」なのかもしれない。学園の見ているルディと、彼女の見ているルディとではあまりに隔たりが大きいのだ。

 

 その後、教師を含めた多くの人から似たような意見が挙がった。そのほとんどがルディが想像していたようないじめ関連ではなく、ルディ自身と比較されて起きたことだった。

 

 項垂れた様子で教室を後にするルディが呟く。

 

「…なんか、悪かったな」

 

「気にするな。俺も何がきっかけなのかはっきりしておきたかったからな。で、これからどうする?」

 

 今回の一件はきっかけとなったルディか、引き篭もりを許してしまった俺のどちらかが解決しなくてはならない。

 

「俺のせいだからな…。どうすればいいのかな」

 

「…実際に会うしかないだろうな」

 

「何を話せば…」

 

「何も話さなくていいだろ」

 

 元はと言えば、ルディへの怒りと恐怖がきっかけなのだと思う。怒りの方は年月が経ってだいぶ収まってきたように見受けられるが、それに従って恐怖が膨れ上がってきたのだろう。

 

(だから、ほっこりエピソードを広めるっていうアイデアはあながち悪くなかったんだよな)

 

 まあ、肝心の広めるエピソードがほとんどなかったのだが。

 

「何も話さないって、それで大丈夫なのかな」

 

「下手に何か言っても刺激を与えるだけなんじゃないかな」

 

 たぶん彼女は俺やルディのように図太くはなく、繊細なのだ。だからこそ気に病むことが多いし、こうやって思い詰めてしまう。でも、それは彼女のせいではなく、転移事件という環境のせいなのだ。

 

 ルディはしばらく考えたのち、覚悟を決めたような表情で答えた。

 

「よし、会いに行くよ」

 

「それがいいと思う。じゃ、行こうか」

 

 こうして俺は自分の家にルディを案内することになった。

 

 学園から歩いて10分ほどのところに俺の家はある。引き篭もったのが、俺の家なのはよかったかもしれない。女子寮だったら、入るのは容易じゃないからな。

 

 ノルンちゃんがいる部屋の前で俺はルディに言う。

 

「この中にいるから、後は任せた」

 

「お前は行かないのか?」

 

「俺が行っても意味ないだろ。大丈夫さ。ルディなら、俺の幼馴染なら必ずなんとかできる。そう思って待たせてもらうよ」

 

 そうして俺はリビングに戻る。正直、俺が無理矢理口を挟んでも解決すると思う。というか、その方が可能性が高いまである。でも、今回はそれはしない。2人が乗り越えなくてはならないことだからだ。

 

 話が済むまで、まだ時間はありそうだ。俺は自室に行き、転移魔法陣を使って静香姉の研究室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「珍しい時間帯に来たわね」

 

 魔法陣を描き続ける静香姉が言う。確かに普段ならこの時間帯は授業を受けているか、剣のトレーニングをしているかのどちらかだ。

 

「確かにそうか…。なんか、静香姉と話したくなって」

 

「あなたはいつもそうじゃない?」

 

 確かにそうかもしれない。

 

「それはそうなんだけどさ。もしかしたら、あの2人にあてられたのかもしれないな」

 

「ルーデウスとノルンさんのこと?」

 

「ああ。もし、俺が引き篭もったらどうする?」

 

 しばらく考えて静香姉は答える。

 

「どう考えても、今のあなたが引き篭もるようには思えないわ。想像すら難しいくらい」

 

「んじゃ、今じゃなくて前世だったら? 俺が病気じゃなくて、普通に健康だったのに引き篭もっちゃったら」

 

「…それは、その時になってみないとわからないわ。というか、むしろ今の私の方が引き篭もりに近いと思うんだけど…」

 

 確かにそうだ。ルディと出会うまでの静香姉はほとんど研究室から出ることはなかったな。そのドアをこじ開けられたのが自分だったのは、どこか誇りに思うし嬉しかった。

 

「でも、あなたならたぶん乗り越えられると思う」

 

「…なんで? 今はともかく、あのときの俺はそこまで強い人間じゃないよ」

 

 俺の答えに静香姉は軽く笑った。

 

「だって、あなたは昔から私のこと大好きだったじゃない。そんな人にカッコつけたくなる。そういう人でしょ、あなたは」

 

 どうやら俺の性質を完全に理解しているらしい。確かに、静香姉にそう言われれば納得せざるを得ない。

 

「それもそうか。そろそろ戻らなくちゃな」

 

「いってらっしゃい」

 

 こうして俺は再び部屋に転移した。リビングに戻ったが、誰もいなかった。まだちょっと早かったか。そう思っていたらルディがこちらに来た。

 

「どうだった?」

 

「…分からない。ノルン次第だよ。それじゃ、帰るわ」

 

「送って行こうか?」

 

「今日はいいよ。ノルンの話を聞いてやってくれ」

 

 こうして去っていく彼の背中を眺めていると、後ろから声をかけられた。

 

「レード兄」

 

 そこにいたのは、目を真っ赤に腫らしたノルンちゃんだ。かなり泣いていたのが見て取れる。が、どこかスッキリしたような雰囲気もある。

 

「…何か飲むかい?」

 

 彼女が頷いたのを見て、コップに水魔法で水を注ぐ。彼女はそれを一口飲んで息をつく。

 

「何を話したのかはあえて聞かないよ。でも、その様子だったら、大丈夫っぽいね」

 

「また、レード兄に借りができちゃったね」

 

「そんなの気にしなくていいよ。お互い様だしさ」

 

 俺が両親を失って精神的に参ってた頃は彼女にかなり支えてもらってたしな。そのときは静香姉もシルフィ姉もいなかったのだから、ノルンちゃんがいなかったら危うかった。

 

「でも、もしそれでもまだ借りを感じるんだったら、ルディと仲良くしてくれると嬉しいな。アイシャちゃんほどじゃなくてもいいからさ」

 

「…うん。分かった」

 

 ノルンちゃんは力強く頷いた。それを見ながら俺はぼんやり思った。

 

(もしかして、人が変わる瞬間を見たかもしれないな)

 

 変わる、というか成長するというのは簡単な話じゃない。その分貴重な瞬間だ。それと同時にやはりルディは凄いなと感じた。あんな絶望的な状況からノルンちゃんの心を開いたのだから。

 

 そして、俺の運命を変える手紙が届いたのはその一件から数ヶ月後のことだった。

 




明日でアニメは最終回ですね。こっちはようやく迷宮編に入れそうです
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