ノルンちゃんの引き篭もり事件から1ヶ月が経った。季節はすっかり夏に変わっており、扇風機代わりの俺の風魔法の出番である。静香姉には涼しさを満喫してもらうのだ。それはそうと彼女の夏服姿を拝めるのはこちらとしてもありがたい。
さて、ノルンちゃんの方だが、ようやく普通の学生のように友達付き合いも始まっていた。これまではやや足並みが揃っていなかったが、今後は問題なく学園生活を過ごしていけそうだ。まあ、俺との距離感は相変わらずなところがあるが。
しかし、何より良かったのはルディと仲良くしてくれていることだ。ルディが勉強を教えたり、ルイジェルドさんのことについて話し合ったりしているらしい。勉強会には参加させてもらっているが、その2人の雰囲気に以前のような刺々しさはない。
「…なんかこういうのいいな」
「どうしたの? レード兄」
「ノルンちゃんがルディと普通に笑えてるのが嬉しくてさ」
「…だな。ところで、ナナホシとはどうなんだ。上手くやれてるか?」
静香姉とノルンちゃんだが、互いに喧嘩するということも特にはなかった。どういうことを話しているのかは、女子会に割り込むべきではないので深くはわからない。
「まあ、問題なく。ノルンちゃんと何を話してるとかって、やっぱり…?」
「うん。秘密かな」
笑顔で言われてしまえば、こちらもわからないままにしておくしかない。俺は2人の笑顔には弱いのだ。
「今日は2人ともどうする?」
「せっかくだし、家に戻りたいと思います。レード兄は?」
「そうだね。俺もご一緒させてもらおうかな。静香姉も連れてきていいかい?」
「もちろん構わないよ。彼女の予定が合えばだけど」
静香姉の研究は順調だ。前のように詰まったりしてしまわないように、クリフやルディとも協力しているし、俺のメンタルケアもしっかり機能している。急な予定にも応じてくれると思う。
こうして、俺は2人と別れて静香姉の研究室へ向かう。
「失礼するよ」
「レードね。どうかしたの?」
「急な話で申し訳ないんだけどさ、今日夜ご飯食べに行かないかい?」
「ルーデウスのところ?」
「ご明察。さっき誘われてさ」
俺の言葉に立ち上がって荷物をまとめ始める静香姉。どうやら参加できるようだ。
「やけに準備がいいね。もしかして、お腹減ってた?」
「…私が食い意地張ってる子みたいに言わないでよ」
「実際そうじゃないか。俺とあんまり変わらないくらい食べてるよね?」
静香姉は顔を背けて答える。
「…あなたとシルフィさんの作る料理が美味しすぎるのよ」
照れててめちゃくちゃ可愛いな。これがツンデレというやつか。いや、俺にはそこまでツンは見せないから、デレだけかもしれないが。
こうして出発することになる。俺の荷物は前日静香姉の研究室に置きっぱなしにしておいたので着替えまで用意できている。
そういえばシルフィ姉とアイシャちゃんには伝えられているのだろうか。ルディが企画したのであれば、あらかじめ話が通っている可能性はあるが、急に来て何か足りなかったりすれば俺が買っていくことにしよう。
「嬉しそうね」
「そりゃあね。家族でご飯を食べるのって幸せだからね」
前世では病院暮らし、この世界では転移事件の影響で家族で食事会をする機会が乏しかった俺が言うと、ちょっと重いかもしれないが。
「あとはパウロさんたちだな…」
「どこにいるのかは聞いてるの?」
「ルディがもらった手紙によると、南の方にいるらしいよ」
その手紙が届くのにもかなりの時間を要していたし、実際に合流するのは1年後とかになるかもしれない。
「こういうとき新幹線とか飛行機があればな…」
「不便な世界よね。まあ、転移魔法陣という禁術があるとはいえ」
静香姉はオルステッドと世界各地を旅したと言っていたし、南の方へも転移魔法陣を利用して行ったのだろう。
「ちなみに、どのくらいの数があるんだ?」
「私も途中から数えるのはやめたわ。あまりに多かったし」
案外身近なところにもあるかもしれないな。というか、静香姉はオルステッドとどのようにコミュニケーションを取っていたのだろうか。相手は日本語は通じない強面の龍神なのに。
「…なんかちょっと羨ましいな」
「誰が?」
「オルステッドが、だよ。静香姉に言葉を教えたっていうのもそうだし、旅行までしたそうじゃないか」
「旅行って言えるほどの余裕はなかったけどね。最初のうちは言葉も通じなかったわけだし」
バイリンガルの俺かルディならもっと時間は短く済んだかもしれない。でも、そうなったら旅をするのも時間がかかっただろう。当時は俺も静香姉も転移魔法陣は知らないからな。
そんな風に話していると、グレイラット邸に着いた。かなり遅めに出たから、ルディやノルンちゃんはもう家にいるだろう。
「お邪魔します」
「ようこそ、レード、ナナホシ。ちょうどいい時間に来てくれたな」
シルフィ姉とアイシャちゃんがいるであろう台所から美味しそうな匂いが漂っている。
「ちょっと遅いかなって思ったけど、問題なくてよかったよ」
「レードはノルンと待っていてくれ。ナナホシ、ちょっといいか?」
「いや、俺も手伝うよ…」
「それには及ばないから、ちょっと待っていてくれ。心配しなくてもそこまで時間はかからないさ」
やや強引にルディにリビングに案内される。そこで待っていたのは、教科書を眺めているノルンちゃんだ。
「やぁ、捗ってるかい?」
「もうすぐご飯だから、片付けないといけないけど」
と言って机に広げた教科書を片付け始める。
「ところで、ルディたちは何か企んでるのか?」
俺の勘ではそこまでヤバいことを考えているようには見えないが。
「えっと、それは…。もうすぐわかると思うよ」
ノルンちゃんは苦笑いしながら答えるが、俺にはほとんど心当たりがない。また何かやらかしてしまったのではないかと不安になる。
しかし、その数分後に答えは明らかになった。
「お待たせ、レード」
皿を持ってきたのはシルフィ姉とアイシャちゃん。そこに続いてルディと静香姉も椅子に座る。テーブルに置かれたものを見て思わず声が溢れる。
「もしかして、これって…」
「ナナホシが以前、レードはハンバーグが好きだって言ってたから、作ってみたんだよ」
程よく焦げた茶色の肉の上にかかっているのはデミグラスソースのような色合いのソースだ。見ているだけで涎が溢れそうになってくる。
「でも、どうして今日? なんか記念日とかだったっけ?」
野菜を取り分けながら呟く俺に答えたのはルディだ。
「だって、お前、今日誕生日だったじゃないか」
言われてみればそうだった気もする。冒険者カードに誕生日は記載されてあるが、そんなしょっちゅう確認はしないし、忘れつつあった。しかし、この世界では誕生日を毎年祝う習慣はなかったはずだが。
そんな俺を見透かしたようにシルフィ姉が言う。
「ボクたちのときは忙しくてスルーしたけど、レードは15歳。つまり、成人というわけなんだよ」
「成人…」
この世界では5年おきに誕生日を祝う風習があるらしく、15歳で成人、いわゆる一人前という扱いだという。
「おめでとう、レード兄!」
「おめでとうございます。レード様!」
ノルンちゃんやアイシャちゃんもお祝いの言葉を述べてくれる。その言葉にお礼を言ったのち、俺も答える。
「ありがとう、2人とも。でも、いいのかな? 俺、ルディとシルフィ姉の成人祝いとかできてないし…」
「それに関しては父様が帰ったとき、改めてやらせてもらうとするさ。それに、義弟から祝われるのはなんか落ち着かない」
「ボクに関してはルディとの結婚を認めてくれただけで、最高のプレゼントだったから…」
穏やかな笑みを浮かべるルディとやや恥ずかしそうに頬を染めるシルフィ姉。そんな2人を眺めつつ静香姉も言う。
「おめでとう、レード。あなたはその年齢にしてはしっかりしてるから、成人って実感はないけど、私から区切りとしてプレゼントがあるわ」
まだプレゼントがあるらしい。とりあえずはこの美味しそうなハンバーグを味わうことにしよう。
久しぶりに食べたハンバーグにお腹を膨らませていると、ルディたちが包み紙から何かを取り出した。
「宴もたけなわということで、誕生日プレゼントだ」
ルディが俺に渡したのは、細長い杖である。これってどこかで見たことがあるような…。そうだ、シルフィ姉が使ってるやつと似てるんだ。
「昔、ロキシー先生から言われたんだ。魔術師は杖を持つものだってな。レードは杖がなくても問題ないかもしれないが、とりあえずカッコつけでもいいから、持っておくといい」
確かに俺は杖がなくても問題なく魔術を使える。そうでなくては魔剣流は成立しないしな。だが、ルディの使ってるような杖に憧れがないといえばそうではない。せっかくの異世界なのだから、魔法使いの真似事でもいいからやってみたいのだ。
「…ありがとうございます、お義兄様」
「よせよ。今まで通り、ルディと呼んでくれよ」
恥ずかしそうに笑うルディの次にプレゼントを渡してくれたのはシルフィ姉だ。
「おめでとう、レード。ボクからはこれ」
渡されたのは剣帯だ。今使っているのは確か転移事件の直後に買ったやつだから、もうだいぶボロボロになっている。そろそろ買い替え時かと思っていた。
「ありがとう、シルフィ姉…」
「気にしないで。その代わり、何かあったときにその剣で大事な人を守ってあげて」
大事な人と目線を向けたのは、静香姉だ。彼女も立ち上がる。
「おめでとう、レード。長い間、あなたの誕生日を祝えなくて申し訳ない気持ちがあるけど、受け取ってもらえたら嬉しいわ」
袋の中にあったのは羽ペンだった。
「羽ペン…?」
「ええ。もちろん、レードのためということもあるけど、私の研究はこれから一人じゃ手が足りなくなる可能性もあるわ。だから、一緒に頑張りましょう」
「ありがとう、静香姉」
この2年間ほど俺は静香姉の研究の手伝いをしながら、転移魔法陣についても教えてもらっていた。その成果をある程度認めてもらったということなのかもしれない。
プレゼントが渡されたところで俺を除く5人がこちらを見る。そうだ、こういうときには成人の誓いのようなものを言った方がいいだろう。
「えっと、今回はお祝いしていただきありがとうございます。まだまだ未熟な身の上ですが、この幸せな俺の家族を守れるように精進していきたいと思います」
何人かは俺の力などなくてもどうにかできそうな人はいるが。それでも、この気持ちに嘘はない。
俺の宣言を皮切りに誕生日会はお開きとなった。ルディがアイシャちゃんを風呂に入れている間に、俺とシルフィ姉で食器を片付ける。
「ねぇ、レード。2人になったところで、ちょっと相談があるんだけどいい?」
台所でシルフィ姉が言う。
「どうしたの?」
「まだ、誰にも言えてないんだけどね。もしかしたら、できちゃったかも」
「…何が?」
その答えは聞くまでもなかった。彼女の左手が自身のお腹を撫でていたからだ。
「…なぜ俺なんだ? こういうのはルディに最初に言った方がいいんじゃないか?」
「ボクもそう思ったんだけどね。まだ、はっきりしてないし、病院にも後から行こうと思ってたから」
確かにはっきりしていないなら言いにくいか。あとからただの気のせいでしたなどとなっては恥ずかしいだろうしな。
「…俺も叔父さんになるのか。成人したばっかりなのに」
俺の呟きにシルフィ姉はクスクス笑う。
「そうだね。子どもができたら抱っこしてあげて」
「ああ。正直、今日の情報量で俺の頭はパンクしそうだけどな」
誕生日だけでもお腹いっぱいだというのに、子どもまで産まれるときた。そりゃ混乱もするだろう。
(…しかし、静香姉は妊娠しないのかな)
自分で言うのもアレだが、新婚の姉夫婦に勝るとも劣らない勢いで交わっているのに、静香姉にはその気配すらない。もしかしたら、転移者であることが関わっているのかもしれない。
そんな静香姉はノルンちゃんとリビングで笑い合っている。そんな光景を横目に俺はこの最高の家族を守り続けたいと改めて誓うのだった。
いつの間にやらレードも15歳です。というか、精神が結構大人びてるせいで、成人感が薄いかも