俺の成人式兼誕生日祝いから数日後。シルフィ姉は病院に行き、正式に妊娠状態と診断されたようだ。ルディは泣いて喜んだのだという。なお、妊娠していては仕事にならないためシルフィ姉は護衛の仕事をエリナリーゼさんに任せて、しばらく休むようだ。俺がいるから問題ない上、そもそも学園内なら危険はほとんどないしな。
(それにしてもここ最近、本当に平和だな…)
家族と過ごす時間がここまで幸せなものだとは思ってもみなかった。それは俺以外の面々も例外ではないようだ。
しかし、時として運命の歯車は再び動き始める。俺の元に1通の短い手紙が舞い込んで来たからだ。
『ゼニス救出困難、救援を求む』
差出人はギースさんからだ。半年前の日付けが書かれてある。
「…どうしたのよ、そんなに難しい顔して」
俺の方を見るのは、静香姉だ。
「これを見てくれ」
手紙を数秒読んで、彼女は聞く。
「…で、どうするの?」
「どうするって言われてもなぁ…」
相手はルディの親であり、俺の親ではない。俺1人で決めていいものじゃないだろう。もちろん俺にとっては親も同然の存在だが。
「…そう」
彼女は俯いて魔法陣を描き続ける。特に俺の考えには異を唱えることも、同意することもない。
「引き止めないんだな」
「あなたがそうしてほしいのならするけど?」
「そりゃ泣きながら引き止められたりしたら、断りにくいけどさ。なんていうか、ちょっと意外だったなって」
「研究もある程度のところまで進んだわ。一区切りつけるなら、ここら辺かなって言えるような。だから、無理にあなたやルーデウスを引き止める必要はないのよ」
静香姉はどこか冷静だ。感情に流されたりしないところは彼女らしいが。
「…で、本音は?」
俺の言葉に後ろを向いて答える。
「…そりゃ一緒にいたいわよ。好きになった人なんだし。ていうか、それ言わせるのちょっと卑怯じゃない?」
「まあ、俺は性格が悪いからね。シルフィ姉曰く」
というか、どうにかこの性格の悪さを活かすことはできないだろうか。心理戦とかがあれば武器になる気はするけど。
(…難しいだろうなぁ)
この世界は心理戦ではなく魔術にしろ剣術にしろ暴力で解決する傾向がある。それこそデスゲームでもない限りは使い物にならない。
「とりあえずはルディたちと話してくるよ」
「それがいいと思うわ」
そうして俺は研究室を後にした。ルディの姿は図書室にあった。その姿はどこか暗い。
「やあ、ルディ。調子は…良くないよね」
「レードか」
彼の表情はノルンちゃんが引きこもってる原因が自分だと気づいたときと似たような表情だ。
「その様子だと、ルディの方にも届いたみたいだね。あの手紙」
「ああ。お前はどうするんだ?」
「ルディの考え次第って感じ。とはいえ、俺は内心行くべきだと思うけどね」
おそらく藁にもすがる気持ちでこの手紙を出したのだろう。求められているのなら、それに応えなくてはならない。それに、これは俺の予想だが、手紙はギースさんの独断ではなくパウロさんの指示によるものだ。師匠が弟子を必要としてくれてるのだから行くべきだ。
「俺は…。行かないよ」
ルディは俯いて答える。
「…シルフィ姉が心配ってことか?」
「それもあるけど…」
ルディの返答は歯切れが悪い。何か言いづらいことがあるのだろう。
「…もしかして、ヒトガミの指示だったりする?」
俺の予想にルディの目が見開かれる。
「なんで、それを…」
「ルディが突拍子もない行動をするときってだいたいお告げが絡んでるんだよ。シーローンのときもそうだったろ? どうやってヒトガミが情報を得たのかまではわからないけど、しっかり場所を把握して、アイシャちゃんとリーリャさんを助けた。今回のらしくない行動だって、それなのかなって思って」
ルディはため息をついて、渇いた笑いをこぼす。
「レードには敵わないな。その通りだよ」
ということは、ヒトガミからルディにゼニスさんの救出には行くなと言われたということか。
「あいつは、どちらを選んでも後悔するって言ってたんだ」
「ここに残るということとベガリット大陸に向かうということのどちらでもってことか」
ルディが頷く。
「それとこうとも言ってた。母さんの救出はお前、レードがいれば十分だと」
ヒトガミは俺のことを過大評価しすぎなのではないだろうか。
「うーん、俺一人じゃ絶対上手くいかないと思う。これはあくまでも俺の勘なんだけどさ」
「勘?」
「ああ。とはいえ、俺の勘はまあまあ当たるものなんだよ」
シルフィ姉がラノアにいるという勘も見事に的中してるしな。
「それに、俺は絶対に勝てる勝負しかしない主義なんだよ。よほどの場合を除いてね」
「つまり、俺が来れば勝てると?」
その自信はどこから来るのだろうか。そんな風に思っているように見える。
「うん。絶対勝てるし、ゼニスさんだって助けられる。だって、俺とルディなんだから」
自信も根拠も関係ない。求めるのは成果のみだ。それにはルディの協力が必要不可欠というわけだ。
「とはいえ、決めるのはルディだ。俺を信じるかヒトガミを信じるか。他の人からも話を聞いてきなよ」
たとえば俺たちと同じく手紙が届いているであろう、エリナリーゼさんとかな。祖母としては俺が行くことを反対されるかもしれないが、その程度で諦めるつもりは毛頭ない。
俺はルディと別れ、シルフィ姉のところへ向かう。その際、学校帰りのノルンちゃんに会った。
「レード兄。今帰りなの?」
「そんなところさ。ちょっとシルフィ姉に言っておかなくちゃいけないことがあってね」
「もしかして、手紙のこと?」
「その様子だとルディから聞いたみたいだな」
ノルンちゃんは頷く。そして、俺の目を真っ直ぐ見て言う。
「ねぇ、レード兄…」
「どうしたの?」
俺が聞くと、ノルンちゃんは首を横に振ってため息をつく。
「…ごめん。今のなし。聞かなかったことにして」
聞かなかったことにしてと言われても、まだ何も言われてないからな。とはいえ、俯く彼女を放っておくこともできない。
「何か困ったことでもあったのか?」
「困ったことっていうか…。頼みに近いかな?」
「気を使う必要はないから、遠慮なく言ってよ。微力ながら力になれるかもしれない」
俺の言葉にノルンちゃんは苦笑いで答える。
「…私もベガリット大陸に行きたいって思ったんだ。でも、冷静に考えると絶対無理だよね。レード兄や兄さんならともかく私には何もかも足りてないのに」
パウロさんに会いたいという気持ちと役に立ちたいという気持ちがあるようだ。それは痛いほどわかる。
「でも、俺がいれば」
「ううん。それがダメなんだよ。どうせ足手纏いにしかならないだろうから」
彼女は思いの外、冷静に考えているようだ。というか、そういうことを言われたら俺もパウロさんたちの足手纏いにならないか不安になってくる。
「というか、レード兄は行くつもりなんだね」
「ああ。シルフィ姉にはその報告をするつもり」
ノルンちゃんはせっかく学園生活が軌道に乗り始めたのだ。それを邪魔させるというわけにはいかない。
それから数分後、グレイラット邸に着いた。中で待つのは家事をしているアイシャちゃんと妊娠休みを取っているシルフィ姉だ。
「ノルンちゃん、レード」
「今帰りました」
ノルンちゃんが荷物を置いて挨拶をする。
「シルフィ姉。今日は報告があるんだ。とりあえず、中で話させてもらうけど」
シルフィ姉が頷き、俺たちはリビングに移動する。そういえば、ルディはいつ帰ってくるのだろうか。
「単刀直入に言うけど、俺はゼニスさんの救出に向かおうと思う」
「…手紙が来たんだね」
「ああ。ルディから聞いてるか」
「うん。お祖母ちゃんにも届いてるみたい」
やはり、冒険者時代に一悶着あったエリナリーゼさんにも救助を求めるということは、相当切羽詰まっているようだ。
「ナナホシさんはなんて?」
「止められると思ったけど、俺の考えに委ねる判断らしい」
もっとも彼女の内心はわからないけど。本当は行ってほしくないと思っているのかもしれない。
「…そっか。それだったら、ルディの代わりに頑張ってきて」
「それなんだけどな。ルディにも来てもらわないといけないと思う。今のシルフィ姉にこれを言うのは酷だと思うけど」
シルフィ姉はため息をつく。
「だよね。ボクも最初はそう言ったんだ。ルディにはボクを気にせず助けに行ってって。だけど…」
「断られたってことか」
ヒトガミのお告げについて話したというわけではないみたいだが、ルディは迷いながらもそう答えたらしい。
「もし、ルディがまだ悩んでるようなら、背中を押してあげて」
「ベガリット大陸に行かせろってこと?」
「シルフィ姉にそれを頼むのは申し訳ないけどね。俺じゃたぶん説得しきれないだろうからさ」
「分かった。でも、レードもちゃんと話をしてあげてね。ナナホシさんに」
「もちろんだよ」
転移魔法陣があるから移動は短く済むかもしれない。が、救出作業自体が困難を極める可能性もある。彼女も不安だろうし、受け止めてやらなくてはいけない。
そうして数日後。出発の日を迎えるのだった。
アニメが終わってモチベが…って思ったけど、3期があるのが嬉しすぎる!