第64話 別れと出発
出発日の数日前。俺とルディは静香姉に挨拶に向かうことにした。ちなみに、祖母であるエリナリーゼさんも救助に向かうことになった。クリフとのことはどうするのか、ということになったが、身を引くつもりだという。まあ、クリフは頑固だ。彼が素直にそれを受け入れるとは思えないが。
「…そう。やっぱり行くのね」
「うん。静香姉は不安にさせてしまうかもしれないけど」
「どうせ2人とも行くだろうなって思ってたから想定内よ。ちょっと待ってて」
静香姉は引き出しから冊子を取り出す。
「なんなんですか?」
ルディと俺が見るそのページにはこの辺りの地図が書いてあり、印と文字が書いてあった。
「これは?」
ルディはわかっていないようだが、俺には心当たりがある。静香姉はしばらく迷っていたようだが、口を開いた。
「世界各地にある、転移魔法陣の遺跡の場所を記した地図よ」
やっぱりそうだったか。俺は実際に大陸間を移動することはなかったが、本当に記録に残しているとは。
「言っていいのか?」
「やむを得ないわ。普通に行ったらベガリット大陸までたぶん2年くらいかかるだろうし」
ルディは悪用しないと信頼しての判断だろう。
「で、これを使ったらどのくらいかかるんだ? 俺、あんまり長い時間、静香姉と離れたくはないんだけど」
まあ、救出作業が難航したら、そのようなことを言ってる場合じゃなくなるだろうけど。
「だいたい一カ月くらいかしら」
一カ月と聞いたときルディが信じられないという表情でこちらを見る。
「転移魔法陣の性能については保証するよ。というか、形は違えど身近で使ってる人もいるしな」
「まさか、お前?」
「ああ。不思議に思ったことはなかったか? 俺がいつの間にか学園内にいることについて」
「いや、思わないこともなかったけど、レードならなんかありえるかなって…」
残念ながらそんな特殊能力は持ち得ていないのだ。まあ、そう思われても無理はないけど。
「とにかく、これを使えばおそらく2年はかからないはずよ。ただし、絶対他言しないこと」
禁術であるため、世間に広がってしまうと国に潰されてしまうらしい。
「ありがとう、ナナホシ」
「…私が早く帰りたいのと、レードと離れたくないだけよ」
いつにも増して可愛いな。ルディの前じゃなかったら、思いっきり抱きしめてるまである。
「エリナリーゼさんへの報告は任せるよ。まあ、でも彼女以上にシルフィ姉たちに伝えなくちゃいけないな」
ルディがどうするかはっきりしていない以上、彼女たちも不安だろう。ルディが言った方が安心もできる。
「分かった。それじゃ、レードとはまた明日だな」
ルディは部屋を後にする。その後ろ姿はどこか軽やかだった。シルフィ姉の出産に間に合うかもしれないのだから、嬉しいのだろう。
そんなルディとは異なり、微妙な表情なのは静香姉だ。
「…どうしたの?」
「…あなたも行くつもりなのね」
「そりゃ救助依頼も来てるしな」
まあ、来てなかったところでルディから聞いたら向かうことになったかもしれない。
「もしかして、行ってほしくないとか?」
「あなたにとって大事な人だっていうのはわかってるわ。それでも…」
会えなくなるのが寂しいって言ってくれるのは少し嬉しいが。
「寂しいと?」
「寂しいっていうより、不安なのよ。4カ月待つのはどうにか我慢できるわ。でも、ベガリットでどうなるかはわからないじゃない」
「3人いるし、向こうに誰もいないというわけじゃないさ。それに、そういうのをなくすためにこれまで鍛えてきたんだし」
パウロさんやロキシーさんもいるだろうしな。戦力的にはかなり整っていると思う。
「あなたが言うならそうなんでしょうね。でも、くれぐれも気をつけて」
シルフィ姉やノルンちゃんがいるなら、静香姉も大丈夫だろう。おそらく向こうもルディがいなくて寂しい思いをしているだろうし。
そして、数日が経った。ルディはそれぞれに出発の報告をした。俺は彼と違ってそこまで知り合いが多いというわけではない。せいぜい普段からいろいろ手伝ってくれるリヴィン家くらいか。彼らに伝え終えたあとは、静香姉とずっとイチャイチャして過ごしていた。彼女が寂しいように、しばらく会えないということを考えると今のうちに甘えておきたいのだ。
さて、今俺はルディやエリナリーゼさんとともにお別れ会に参加させてもらっている。これが終わったら、ジンジャーさんが手配してくれた馬に乗って旅立つのだ。
「シルフィ、すぐ帰ってくる」
「ルディ…」
涙目のシルフィ姉がルディに抱きつく。そんな顔されると、ルディも後ろ髪を引かれるんじゃないかな。
「大丈夫だよ、シルフィ姉。すぐ終わらせて帰ってくるから」
「ルディと別れるのもだけど、レードも心配なんだよ…?」
それもそうか。互いにたった1人の家族なんだしな。それに俺も自分で言うのもなんだが、結構抜けてるところもあったりするからな。
俺が苦笑いしていると、不安そうなシルフィ姉にエリナリーゼさんが答える。
「それも含めて、わたくしがなんとかしますわ。安心して待っていてくださいませ」
「アイシャとノルンも。頼む」
シルフィ姉を抱きながら、2人の妹にルディが言う。
「兄さん。何も心配しないでください、頑張りますから」
「はい! お兄ちゃんもご武運を!」
ルディは頷いて、シルフィ姉にキスをする。その間に俺はノルンちゃんが声をかける。
「ナナホシさんを呼ばなくてよかったの?」
「ああ。静香姉の顔を見たら、たぶん決意が鈍ってしまうからな」
「そっか。こっちのことは心配しないで」
「ああ。静香姉のことをよろしく頼む。顔には出さなくても精神的にはだいぶキツいと思うから」
「うん」
幸いにして、彼女と静香姉の仲は良い。俺がいなくても喧嘩してしまうということもないだろう。そうして、俺はノルンちゃんの頭を撫でたのち、ルディとのキスを済ませたシルフィ姉の方を見る。
「レード。ルディやお祖母ちゃんの足を引っ張らないように頑張ってね」
「俺ってそんなに弱っちく見えるかな」
「…顔が可愛いからかな」
確かにシルフィ姉と一緒にいたら、姉妹と間違えられることもなきにしもあらずだ。案外女装とかするのも面白いかもしれない。
「とりあえず、やれることをやってくるさ。安心して待っていてくれ」
「うん。気をつけて」
そうして俺はエリナリーゼさんとルディが乗る馬に乗り込む。やけにデカいこの馬は3人までなら乗ることができるのだという。
「シルフィ。夫はいなくても子供は産めますわ。わたくしが言うんだから間違いありませんわよ」
馬に乗ったエリナリーゼさんが言う。この世界の女性は強いな。
「……はい、お祖母ちゃんも、お気をつけて」
「心配無用、全てうまくいきますわよ」
カッコいいな。クリフが惚れたのもわかる気がする。俺だってこの人が祖母じゃなきゃ惚れてたかもしれない。
「では、行ってきます」
ルディが別れの挨拶をして、馬が動き始めた。こうして俺たちはシャリーアを後にするのだった。
シャリーアを出て5日ほど経った。俺たち3人は転移魔法陣の隠されているルーメンの森に辿り着いた。ルディが松風と名づけた馬とはここでお別れだ。シャリーアに戻り、アイシャちゃんに世話をされるのだろう。
さて3人で森を進んでいるのだが、思いの外順調だ。エリナリーゼさんの長年の経験により襲ってくる魔獣の群れのほとんどを避けることができているし、敵を見つけてもルディにすぐさま知らせて、彼が岩砲弾をぶつけている。ぶっちゃけ俺の出番はほとんどないくらいだ。
「見つけましたわ。この石碑ですわね」
エリナリーゼさんが龍神の紋章のようなものが刻まれている石碑を発見した。数日かかると予想されていた転移魔法陣の捜索もなんと1日で完了してしまった。これだと、本来の予定よりだいぶ早くベガリットに到着するかもしれない。
「とりあえず、結界を解除します」
ルディが静香姉から預かったカンペに書かれた結界解除の術を読み上げる。すると、空間が歪み石造りの建物が出現した。
「お宝を隠しておくのにはもってこいの魔術だな…」
俺は思わず呟く。
「迷宮の入り口はこんな感じですわ。奥にはお宝もありますし、似たようなものですわね」
まあ、ここは迷宮じゃないだろうし、オルステッドや静香姉も使っている建物だ。そこまで危険はないだろう。
遺跡のような建物の地下を進んでいくと、地上からは離れているにもかかわらず徐々に明るくなっていく。その先に転移魔法陣があるからだ。
エリナリーゼさんはその魔法陣をじっと見ていた。
「どうしました? 行きましょう」
「いえ、わたくし転移には少々嫌な思い出がありまして」
冒険者としての歴も長い彼女はいろいろなトラウマがあるのかもしれない。
「変な所に飛ばされたら、ナナホシにお仕置きしてやりましょう」
「それ、俺はどんな目で見ればいいんだよ」
「安心しろよ。変なことはしない…。たぶん」
「まったくと言っていいほど信用できないな。その担当は俺がするわ」
そんな風に話していたらエリナリーゼさんもリラックスできたらしい。3人で手を繋いで魔法陣の中央へ向かう。おっと、ルディ。手を握っただけで、妻子持ちである上に、孫のいる祖母に興奮するのはダメだと思うが。
そんなことを思いながら俺たちはベガリットへの一歩を踏み出した。
そういえばこの先出てくるサキュバスはどうするべきか…