一瞬、確かに気を失っていたような感覚が身体を貫いていた。辺りを見渡すと、確かに先ほどまで自分たちがいた遺跡とは違うところにいる。だが、外に出るまでここがベガリット大陸かは分からない。まったく違う場所に転移してしまった可能性もゼロではない。
とりあえず、一度元の場所に戻れるかどうかの確認のためにエリナリーゼさんが再び魔法陣に乗る。行けたところで帰りが使えなかったら意味がないしな。
「なあ、ルディ。エリナリーゼさんが戻ってくるまでまだ時間があるだろうし、ちょっと俺と話をしないか?」
瞬時に往復できるものかと思っていたが、結構時間がかかるようだ。
「話って何を?」
「そうだな。この前の続きを、だな。ルディはヒトガミからベガリット大陸に行くと後悔することになるって言われたんだろ?」
「それはそうだな」
「でも、なんでそんなことを言ったんだろうな」
「シルフィが妊娠してるからだろ」
シャリーアを発ってかなり経つが、シルフィ姉は無事でいるだろうか。彼女だけではない。ノルンちゃんやアイシャちゃん、静香姉も大丈夫だろうか。そんなことを頭に過らせながら俺は続ける。
「妊婦を優先すべきなのは常識的なことだし、普通に考えるとそれはそうなんだけどさ。本音はルディが助けに行くと、ヒトガミにとって都合が悪いんじゃないか? って思ってさ」
「…どういう意味だ?」
「ヒトガミはこれまでルディにいろいろお告げをしてきたんだろ?」
ルディが頷く。どこまで彼がお告げを受け、その内容を実行したのかはわからない。
「もしかして、それって彼が君を信用させるためだけにやっていたのかもしれない。ルディをベガリット大陸に行かせないために」
実際、一度はルディは行かないという決断を下した。静香姉の教えてくれた転移魔法陣のおかげでその決断を覆しただけだ。
「なんのために?」
「これは俺の想像なんだけどね。ヒトガミにとってゼニスさんが都合の悪い邪魔な存在なのかもしれない」
ルディは困惑したような表情だったが、すぐさま首を横に振る。
「いや、それは違うだろ。だいたい俺が生まれてからのこの15年間ヒトガミが母さんを殺す余裕なんていくらでもあっただろ」
「本来ならな。でも、転移事件が起きた。そのせいでそれができなくなった可能性もあるんじゃないか? あるいは後回しにしなくてはならなくなったとか」
と、ここまでは俺の推測に過ぎない。それなりに筋は通ってるかもしれないが、俺のヒトガミに対するバイアスがそう思わせてるだけかもしれないのだ。そもそも俺はヒトガミに会ったこともないしな。
「…といろいろ言ってみたけど、あくまで推測だ。聞き流してもらっても構わない。でも、最後にこれだけは聞かせてくれ」
ルディが神妙な表情で頷く。
「ヒトガミは本当にお前の味方なのか?」
「それは…」
ルディが何か言おうとしたところで、転移魔法陣が再び光り始める。エリナリーゼさんが戻ってきたのだ。
「きちんと戻ってこれましたわね」
「にしては、少々遅かったようですが」
「そうですの? すぐ戻ってきたつもりですけど」
まあ、少々のタイムラグがあったところで問題はない。ちゃんと行き来ができるかどうかが重要だしな。
「さっきの続きは救出任務が終了してからだな」
俺は遺跡の階段を登りながらルディに言う。
「ああ」
「何の話ですの?」
「年頃の男同士のただの猥談みたいなものですよ。おばあちゃんには恥ずかしくて言えやしない」
「この体質と性格ですわ。今更、そんな気を使うこともないですわよ」
うちの祖母は性欲に対してフランクだなぁ。そう思いながら外に出ると、想像以上の熱気がそこにはあった。だだっ広い砂漠があったのだ。
外の太陽は沈みかけており、砂漠とはいえここから旅をするのは危険だろう。昼間は猛暑だが、夜は氷点下近くまで冷え込む。とりあえず今晩は遺跡の中で今日は休むことになった。
ルディが土魔術で鎌倉のようなシェルターを作る。形を維持するためにずっと魔力を通しておかなくてはならないが、彼の魔力量はほぼ無限だ。この程度ならなんの問題もないだろう。彼曰く、エリナリーゼさんの魔道具に魔力を入れてもまだまだ余裕らしい。
(…このくらいあれば、俺の戦い方も変わってくるのかな)
人間の中では魔力量はそれなりにあるという自負はあるが、ルディほどではない。というか、彼が異常なだけかもしれないが。
数時間ほど経っただろうか。3人で寝袋を引いて寝ているとルディが何やらモゾモゾ動き始めた。確かに普段のベッドとは環境も違うし、寝付きにくいのは分からなくはない。薄目で見てみると、寝ているエリナリーゼさんに手を伸ばすルディの姿があった。
「…何してんだよ、ルディ」
小声で呟く俺の声も目を不気味に光らせているルディには届いてはいないようだ。というか、さっきからだいぶ様子がおかしい。まるで発情したうさぎのようだ。
現在、俺たち男性陣は旅を始めてから禁欲を維持している。それぞれの恋人への裏切りになるしな。そもそも俺はエリナリーゼさんに対しては血縁なのもあって興奮というものはほとんどないが。しかし、シルフィ姉と会えないルディは限界を迎えているのかもしれない。
「レ、レード…」
ようやく気づいたらしいルディがやや血走った目でこちらを見る。夜中にそんな顔されたら非常に怖いのだが。
「やっと気づいたか。どうした、大丈夫か?」
「シ、シルフィ…」
今度は姉の名前を呟いてこちらに向かってくる。もしや、俺がシルフィ姉に見える幻惑でも見ているのではないか。確かに、俺は結構似ているところがあるけど、そんなんで襲われるのはごめん被りたい。
俺の肩に手が触れようかというところで、ハッという音が聞こえてくるかのようにルディの目が見開かれる。
「お、俺は何を…」
「…大丈夫か? 完全に意識が飛んでたぞ?」
後ずさりするルディに言うと、彼は四つん這いで部屋の外に出て行った。何が起きたのか戸惑っていると次に目を覚ましたのはエリナリーゼさんだ。
「ルーデウスはどこですの!?」
慌てたような雰囲気だ。何か問題でもあったのだろうか。
「さっき外に出て行きましたけど…。どうしたんですか、そんなに慌てて」
「彼の様子、おかしかったでしょう? そして、この匂いならきっとサキュバスの仕業ですわ」
サキュバスという言葉にはどこか聞き覚えがある。そうだ、前世に読んだラノベとかで出てくるモンスターだ。男を騙して近づいて、挙句殺してしまうのだという。
「なんで俺は平気なんでしょうか」
「たぶん個人差があるんでしょうね。念の為に解毒魔術をかけておくといいですわ」
俺が自身に解毒魔術を唱えている中、エリナリーゼさんはルディの元へ向かっている。その先にはやけに妖艶な女性の姿があった。平気な俺でもこれ以上近づいたら惑わされてしまいそうだ。
「ルーデウス! しっかりなさい!」
困惑するルディと女性の間に立ち、盾で殴りつけた。よろめいた女性は、まさしくサキュバスというべき翼や大きな爪を生やして空に飛ぼうとするが、それを許すエリナリーゼさんではない。剣を何度か刺してサキュバスを絶命させたのだ。
ようやく解毒魔術が効いてきた俺は2人に駆け寄る。
「エリナリーゼさんって、いい体してますよね?」
「は? ちょっと、ルーデウス。しっかりなさいな」
「孫の前でそういうことを言うのはいただけないな」
「…レードもシルフィに似てるよなぁ」
「シルフィ姉に言いつけるぞ?」
「言わなきゃバレやしないさ…。なあ、エリナリーゼさん……スケベしようや…」
俺とエリナリーゼさんは顔を見合わせてため息をつく。解毒魔術を使っていない彼にはエリナリーゼさんは特にとんでもなくエロい者に見えているに違いない。まあ、身内贔屓抜きにしても美人だしな。とはいえ、そのまま放っておくわけにはいかないので解毒魔術をかけてやった。
「…あれ?」
なにやらスッキリしたような表情でこちらを見る。
「記憶はちゃんと残っているみたいだな」
「ていうか、なんでレードは平気なんだ?」
「すぐに解毒魔術をかけたからっていうのと、おそらく人によるんだろ」
俺はエリナリーゼさんに対しては性的興奮は覚えないしな。もともとルディほど性欲が多いわけでもない。まあ、静香姉とはほぼ毎晩ハッスルしているわけだが…。いかん、そんなことを考えてたら会いたくなってきた。
その後、エリナリーゼさんが一通りルディを揶揄った後、今度こそ就寝となった。
(やっぱり俺がついてきて正解だったな。ルディのことを義兄から義祖父にランクアップさせることは防げたし。この場合はランクダウンかもしれないけど)
そんなことを思いながら改めて気を引き締めるのだった。
砂漠の旅路はどの程度書くべきかな