ベガリット大陸に来た初日にサキュバスに襲われたことにより、ようやく気を引き締めることができた。もちろん、こんな旅をするのは俺もルディも久しぶりだし、初日に襲撃されたのは逆に良かったかもしれない。
魔獣に襲われたときの連携に関してはあらかじめ決めてある。エリナリーゼさんが先鋒として敵の初撃を防ぎ、ルディが泥沼などで足止め、そして俺がその間に攻撃して全滅させるというパターンだ。
(魔剣流の新技を試す良い機会だしな)
やはり実際に魔獣を倒す方が経験としては役に立つ。それに、救出活動においても必要かもしれないしな。
「それにしても、暑いな…」
砂漠ということであらかじめ覚悟はしていたが、実際に来てみると想像以上だ。立っているだけでも汗が噴き出てくる。
ルディは水魔術を応用して、上手く身体を冷やしている。こういう器用なことができれば理想的だが、あいにく俺にはそれに割く魔力がない。いつ敵が襲ってきてもおかしくないからな。
「レードもやろうと思えば、これくらいできると思うが…」
羨ましそうに眺める俺を見てルディが言う。
「混合魔術に関してはそこまで自信がないからなぁ」
もっとも魔剣流はそれと同じくらい難易度が高いらしいが。
「エリナリーゼさんは暑くないんですか?」
「慣れてますわ。それにこの程度でへたばっていては冒険者は務まりませんし」
ラノアでぬくぬくしている俺とは経験値も体質も違うらしい。現に彼女もまた余裕の表情だ。ルディに天気を変えてもらおうかと思ったが、迂闊にそれをすると魔物を呼び寄せてしまう危険があるらしい。
そんなことを思っていたところ、早速魔物に遭遇した。双尾死蠍という大層な名前をつけられたバカデカい蠍だ。図体はデカいがこの3人なら大した相手にはならない。俺とエリナリーゼさんの2人で足止めする。
「剣術しか使わないんですのね」
「このくらいなら温存できるかなと」
そんな風に語っているうちにルディが放った岩砲弾が直撃。デカ蠍は2秒でお陀仏となった。
その後も地中から丸呑みにしてくるサンドワームやファランクスアントという巨大アリとも言うべき魔獣と遭遇した。前者はルディが土魔術を利用したミキサーで粉砕した。後者はさすがに数が多すぎるので逃げることになった。
「もしかして、戦いたかったか?」
そう聞くのはルディ。赤龍を倒したことがある彼が本気を出せばこのくらいどうとでもなる気がするが。
「今の俺じゃ無理でしょ。時間がかかりすぎる」
「かからなければやるつもりなのですわね」
今回の旅の目的は救出活動であって、魔獣の殲滅ではないからな。無駄な魔力と体力を使う必要はない。
群れが姿を消すのを待ってる最中、ルディが聞く。
「なぁ、レード。ちょっと前から気になってたんだけどさ…」
どこか言いにくそうだ。
「どうしたんだ、ルディ」
「お前、エリナリーゼさんと…」
なるほど。彼が言わんとすることがわかった。あまり俺たちが話してないのが気になったのだろう。
「俺はエリナリーゼさんの孫だっていうのは受け入れてるし、別にそれがどうというわけではないよ」
一応、あらかじめ断りを入れておく。呪いの云々を彼女は気にしてるだろうし。
「ただ、ちょっと俺の気持ちの問題なんだよな…」
「話してごらんなさいな」
エリナリーゼさんはそう言ってくれるが、なかなか俺の方からも言いにくいものがある。
「なんていうか、申し訳なさがあって…」
「申し訳なさ?」
「だって、俺は父さんと母さんを助けられなかったから…」
それどころか遺言を受け取ることすらできなかった。フィットア領捜索隊という転移事件の被害者を救う立場にいながらだ。
「それは仕方ないだろ…。それにお前はノルンや父さんを助けてくれた」
それはどうかな。パウロさんなら俺がいなくてもなんだかんだで上手く回していけたような気もする。まあ、ノルンちゃんの心の支えになれたことは嬉しかったし、否定はしないが。
「レード。あなたが責任を感じる必要はありまけんわ。まだ、成人もしていない子どもに背負っていいものではないでしょうし」
「それはそうなんだけどさ…」
口籠る俺にルディが聞く。
「なら、レード。転移事件が起こってから今までの間、お前は後悔してきたか?」
静香姉やシルフィ姉と再会して、幼馴染とも再会して、家族までできた。俺にしては上出来と言ってもいい。
「もしまだ後悔してるんなら、それを晴らせるチャンスだろ」
ルディはニヤッと笑う。確かにそうだ。俺にとっては今回の救出活動はリベンジのチャンスだしな。ゼニスさんは俺にとって母親も言ってもおかしくない人だし。
「そうだな。2人とも頑張ろうか」
「ついでにもうちょっと私に甘えてくれてもいいんですわよ?」
エリナリーゼさんも笑いながら俺をつつく。
「クリフに嫉妬されないですかね」
「孫ってことはわかってるでしょうし、その程度で嫉妬する子じゃありませんわ。あと、その敬語もやめてもらいたいですわね」
確かに祖母と孫が敬語で会話しているというのはおかしい話だ。
「甘えるって言われてもな…。俺はシルフィ姉ほど甘え上手じゃないと思うし」
「シルフィに対してやってるみたいに、普通にしてればいいんじゃないか?」
「そんなに普段、シルフィ姉に甘えてるように見えるのか?」
見えてるのかもしれない。だが、あんな優しくて可愛い姉を持ってしまったのなら致し方ないだろう。
「まあ、ちょっとずつではあるけど、努力するさ」
「楽しみですわ」
エリナリーゼさん、いや、おばあちゃんと仲良くする。それが今回の旅の第二のテーマになりそうだ。
こうしてアリの集団を見送った俺たちはさらに歩みを進める。涼しい夜の方が距離を稼げるという判断だ。歩いていると、巨大な蝙蝠が飛び回っているゾーンに入った。向こうから攻撃するというわけではないが、なぜかおばあちゃんに群がっている。
「あ、あれ? なんですのこいつら!」
俺は剣を取り出し、技を放つ。とはいえ、下手に彼女に当てるわけにはいかない。
(魔剣流 水蛇落とし)
水の波がうねるような斬撃で蝙蝠を切り捨てる。威力は大したことはないが、攻撃範囲はかなり広い。それに、直線的な斬撃だと当たるような場合でも、コントロールが簡単なため味方を上手く避けることができる。
「ありがとう、レード。不思議な技ですわね」
「大丈夫?」
「私は大丈夫ですわ。でも、ルーデウスが…」
ほぼ同じタイミングでサキュバスを岩砲弾で倒したルディがおばあちゃんに抱きついていた。
「…何してんだよ」
「ちょっとだけ、ちょっとだけ! 後ろなら、セーフ!」
いや、アウトだろうがよ。というか、この幼馴染はサキュバスのせいとはいえ、性欲に忠実すぎやしないか。
(いや、シルフィ姉とあそこまでやってたら仕方ないのかな…)
とはいえ、俺も負けず劣らずのはずなのだが。
おばあちゃんが盾で殴って我に返らせて、ルディは解毒魔術を使う。
「本当に厄介な魔物ですわね…」
サキュバスによるルディの誘いは割と効いているようだ。というか、俺にフェロモンがそこまで効かなくてよかった。手を出せる相手がいないから、サキュバスに突っ込んで殺されてしまうだろう。
「2人ともよく我慢してるね」
「そりゃそうだよ。てか、お前は大丈夫なのかよ」
実際、そこまで余裕はない。相手さえいれば、今すぐ発散したいくらいだ。
「…俺は2人ほど溜まってないからね」
「人を淫乱みたいに言うなよ」
「毎晩ヤッてたくせによく言うよ。静香姉も呆れてたぞ? それはそうと、おばあちゃんの呪いはどうするかな…」
魔道具をあらかじめ準備してはいるが、限界というものもあるだろう。
「いざとなれば、娼館にでも行きますわ。クリフはいい顔しないでしょうけど」
「それは仕方ないか…。とりあえずルディが手を出さないように見張っておくか」
「だから、それは大丈夫だって」
さっきの姿を見たら説得力がまったくないのだが。
敵を倒しながら場所を移動して、シェルターを用意する。道中で倒したラプトルという肉食獣が今日の晩ご飯だ。用意してきた食料もあるが、旅や救出活動がどのくらいかかるかわからない以上、なるべく節約しておきたい。まあ、中央大陸で普段食べてる肉よりかは美味しくはないのが残念だが。
「なんか浮かない表情だな」
外で火を眺めるルディに言う。
「オルステッドのことをふと思ってな」
龍神オルステッド。姉にとっては恩人だが、俺にとっては一度殺されかけた相手だ。複雑な感情を抱かざるをえない。
「あの魔法陣は問題ないと思うが…」
「いやまあ、それとはちょっと違うし、俺の杞憂だろうから気にしなくていいよ」
「そうか。静香姉の恩人だから、素直に敵視できないんだよなぁ…。俺が殺されかけたことはともかくルディに手を出したのは未だに許してはいないし」
「お前、俺のこと好きすぎだろ」
ルディは苦笑いしているが、次会ったら何を考えていたかしっかり問いただす必要があるだろう。まあ、とりあえずは目的地の迷宮都市ラパンに向かわなくてはな。
そうして砂漠の夜は更けていくのだった。
次回からラパンかな?
パウロさんの再登場に期待!