パウロさんがギースさんが得た情報をまとめて話していく。
「ゼニスはここより北に一日行った所にある、迷宮に捕らわれているらしい」
「6年間ずっとですか?」
「それはわからん。命に関しても無事かどうかもわからないが、ゼニスが迷宮に入るところを見たパーティもいる。まあ、そのパーティも迷宮内で消息を絶ったらしいが…」
それだけでかなり難しい迷宮だというのが伝わってくる。
「かなり厄介な迷宮のようですね。やはり、俺たち3人で来て正解でした。まあ、俺とルディは迷宮初挑戦だから、どこまで役に立てるかはわかりませんが」
「戦力としては十分なくらいさ」
ゼニスさんがすでに死んでいる可能性がチラリと脳裏を過ぎるが、今それを気にしても仕方ない。死んでいたとしてもそれをしっかり確認しなくてはいけないし、そもそも生きていることを信じるしかない。
「むっ、客人がおるのか?」
背の低い炭鉱族と思しき男性が入ってきた。おそらく彼がタルハンドという人物なのだろう。
彼は長い髭を揺らしながらルディに近づく。
「お前さんがパウロの息子か?」
「あ、はい。はじめまして、ルーデウスです」
「タルハンドだ。話に聞いていた通り、利発そうな男だな。うむうむ」
タルハンドさんは荷物を机の上に置いて、俺の方に向き直る。
「して、そなたはなんという? おそらくパウロの関係者と予想できるが」
「俺はレードです。パウロさんの弟子で、こちらのエリナリーゼさんの孫にあたります」
「ほう、エリナリーゼの…。まったく子孫が何人いるかわかったもんではないからのう」
その答えにおばあちゃんが鼻を鳴らす。
「あなたこそ、ルーデウスとレードを狙うのは許されませんわよ」
「あれだけ男を漁っておいてよく言うわい」
手に持っていた強そうな酒をクビっと飲み、それをおばあちゃんに手渡した。彼女もまたそれに口をつける。なんらかの儀式みたいなやつなのだろうか。
というか、狙うというのはどういうことなのだろうか。もしや、男性に興味があるとでもいうのか。
「下品なお酒ですわね」
「下品なお主にお似合いじゃろう」
こうやって軽口を叩けるあたり、仲が悪いようには見えない。やはり、おばあちゃんもパウロさん以外とは険悪ではないのだろう。
「全員揃った所で話を続けるぞ、いいか?」
「ちょっと待ってください。ロキシー先生はいないんですか?」
パウロさんが話を続けようとしたところで、ルディが口を挟む。パウロさんの沈痛な表情はどこかで見たことがある。そうだ、かつて捜索隊にいたときに両親の死を俺に伝えてきたときに似ているのだ。
「ロキシーは、一ヶ月前、迷宮で罠に掛かって……」
「…し、死んだんですか?」
「いや、それはわからない。転移魔法陣を踏んで行方不明になっているだけだ。迷宮の中で生きている可能性も高いはずだ」
ルディは少しだけ安心したような表情になる。確かに、ロキシーさんは迷宮に慣れていると聞くし、今の段階で死んでいると決めつけるのは早計だろう。
「その迷宮というのは、そもそもどういうところなんですか?」
話を進めるべく俺が聞く。
「難易度S級。この辺りでは最難関の一つである、転移の迷宮だ」
転移の迷宮か。ロキシーさんが引っかかってしまったような転移魔法陣が至るところに仕掛けてられているのだろう。ルディが見慣れた本を取り出す。
「父さん。ここに、『転移の迷宮』に奥深くまで進入した冒険者の手記があります」
移動の際に使った転移魔法陣を調べるつもりで持ってきたようだが、まさかこんなところで役に立つとは。それを読んだギースさんが興奮したように声を上げる。
「こりゃすげえな……ハハッ! さすが先輩だ。すんげーもん持ってきやがったぜ! これがあれば六階層までは到達できたも同然だ!」
この本がどこまで信用できるのかはわからないが、パーティはまだ第三層までしか到達していないらしく、大きな助けになるようだ。しかし、それを言い換えると、第三層までにゼニスさんは確実におらず、それ以降も潜り続けなくてはならないようだ。
(…こりゃ、存外長丁場になりそうだな)
俺の勘だが、おそらくゼニスさんを発見できたとしてもなんらかの障害があるような気がする。推測でしかないが、こういうのは下に行けば行くほど敵が強くなったり、ダンジョンが難しくなったりするものだ。
(それともそれが狙いなのかな…)
ヒトガミの狙いを予想するのは不可能だが、ゼニスさんを始末するというより、その救助活動を利用して誰かを殺すとまではいかなくても再起不能にするなどといった目的があるのかもしれない。
「おい、レード?」
考え込んでいたところをパウロさんに呼びかけられる。
「あ、すいません。なんの話でしたっけ?」
「今後の役割分担の話だ。でも、長旅で疲れてるだろうし一度休むか…?」
「それには及びません。俺の役割は前衛での攻撃担当でしたよね?」
パウロさんは頷く。前衛はおばあちゃん、パウロさん、俺の3人だ。
「ああ。状況に応じてエリナリーゼや俺と連携して敵を倒してくれ」
「わかりました」
これは魔剣流の使い所が重要になりそうだ。ちなみに、ルディはアタッカー兼ヒーラー、タルハンドさんはタンク兼アタッカーとして後衛ということになっている。俺は治癒魔法も使えるが、ルディと違って魔力量が無限にあるというわけではない。ヒーラーはルディが担うのがいいだろう。
ある程度役割分担が決まり、解散となった。当面の目標はロキシーさんの救出だ。ここで、俺はルディを少し離れたところに呼びかける。他のメンバーはそれぞれの準備に余念がないため、盗み聞きの可能性は低いだろう。
「どうしたんだ、レード」
「ロキシーさんの件、大丈夫か?」
彼女が行方不明だという情報を聞いたとき一番キツかったのは彼に違いないのだから。
「師匠は生きてるって確信してるから、大丈夫。レードもそうだろ?」
「俺だってそうなんだけどさ。えっと、今呼んだのは、1つルディに頼みというか手伝ってほしいことがあってな」
これを今の彼に頼むのは少し心苦しいこともあるが。
「ヒトガミの目的をはっきりさせたいんだ。そのために手伝ってくれ」
「…なんのために?」
「さっきの話し合いの間、考えていたんだよ。彼が何をしたいのか、ルディや俺たちをどうしていきたいのか」
「それは今回の救出活動にも関係してくるわけか」
「ああ。最初は前話したようにゼニスさんを始末するつもりなんじゃないかと思ってた。でも、ルディもわかってると思うけど、この迷宮は難関だ。そこに行かせることによって別の人間がターゲットになってるんじゃないかなって」
ここで、ルディが口を挟む。
「まさか、それがロキシー先生だと…」
「その可能性はあると思う。でも、そういう意味なら迷宮で殺す1番の狙いは俺自身だとも思えるんだ」
ヒトガミが殺すというより、ヒトガミによって死ぬことになるといった感じか。彼はおそらく現世に登場することはないだろうし。
「なんでレードが?」
「あいつの、ヒトガミの立場なら、何考えてるのかわからないやつが勝手に暴れるのが1番困るだろうからな。たとえば、こうやって余計なことをルディに吹き込んだりとかね」
冗談めかして言ってみたが、ルディは硬い表情で答える。
「それを言うなら俺だって…」
「ルディの可能性は1番低いと思う。言い方はよくないが手駒を失いたくはないだろうからね」
「なるほど。で、俺はどうすればいい?」
迷宮内で何が起きるかはわからないが、ある程度のことなら対応できるだろう。だが、ロキシーさんが行方不明になったと聞いたことで、自分の中でヒトガミが敵なのではという考えが膨らみつつある。
「まずはロキシーさんとゼニスさんを確実に助けてくれ」
「それはそうだろ…」
「で、2人が助かるにしても助からないにしても、その次の狙いはおそらく俺になる。それを察知できるよう、ヒトガミからの指示を教えてほしいんだ」
ルディは不思議そうに頷く。まあ、これはヒトガミが確実に敵だと想定してのことだから、それが事実ではないことを願うしかないが。
あるいは今回の会話のこともヒトガミにはバレているのかもしれない。しかし、それならそれでかまわない。こちらに目が向けば向くほど、ゼニスさんやロキシーさんを狙う目が緩くなるかもしれないし。
ルディはパウロさんに呼ばれて去っていった。今夜はリーリャさんを含めて家族水入らずで過ごすらしい。
「羨ましそうな顔してますわね」
おばあちゃんが後ろから声をかける。
「俺の両親はいないからね。こういうのは微笑ましいんだよ」
「私としてはパウロが父親というのは願い下げですわ」
相変わらず彼に対する評価は厳しいものがある。しかし、それに以前のような険悪さはない。
「俺にとってはパウロさんは父親のようなものだけどな」
「それはカッコいい一面しか見てないからそう言えるんですわ」
確かにそれは大きいかもしれない。ルディが生まれる前のパウロさんを俺はほとんど知らないしな。
「なら、教えてくれると嬉しいな。何があったのか」
「正直話したくはないのですけど…」
「2人を助けた後の酒の席でパウロさんを揶揄えるだろ?」
俺がニヤッと笑うとおばあちゃんは仕方なさそうに話し始めた。その様子を見ていたギースさんが、後からまるで親子のようだと言ってくれたのがどこか嬉しかった。
次回からついに迷宮へGO!