迷宮都市ラパンに着いた翌日。準備を終えた俺たちは本命である転移の迷宮に向かうことになった。薄暗いトンネルのような洞窟をルディが静香姉からもらった精霊のスクロールで照らす。本来なら松明を持ち歩くらしいが、これがあるなら両手を開けて進むことができる。
第一層は蜘蛛だらけの道だ。不意に現れる転移魔法陣はその蜘蛛がいないところと判断できるので、子蜘蛛を潰せば楽に通れる。蜘蛛嫌いではなくてよかったものだ。
「ヘッ、ま、このぐらいなら楽勝だな」
パウロさんが目の前の敵をバッタバッタと切り倒していくので、俺たちの出番はほとんどない。ルディにカッコいいところを見せたいのだろうが、彼ははウザいと思ってそうだ。俺ですら若干思うし。
「パウロさん、大丈夫だとは思いますが、一応気をつけてくださいよ?」
「この第一層は何度も通ってんだ。早々ミスはしねぇよ」
「だとしても、前に出すぎですわ! 大人としてルーデウスに見本を見せなさいな!」
耐えられなくなったらしいおばあちゃんが叱りつける。
「初めての緊張をほぐして会話のタイミングを伺ってだなぁ…」
「お気持ちはわかりますが、無鉄砲はルディも良しと思わないかと」
俺はおばあちゃんほどパウロさんに強く言えないので、やんわりと嗜めることにした。まあ、そういうことができるあたりこの辺は本当に大丈夫なのだろう。
さて、俺の目の前に現れるのはパウロさんが仕留め損なった大蜘蛛だ。どこをどう見ても気持ち悪いが、そんなことを言ってる場合ではない。
(魔剣流、終炎)
炎の太刀で蜘蛛は真っ二つとなった。通常の魔術だと別のところに引火して小火を引き起こす危険性があるが、俺のはあくまで剣が一時的に燃えてるだけだ。そういうのもないので便利だ。
「レード、腕を上げたな。太刀が前より力強い」
「まあ、こっちも成長期なんで。でも、こんなもんじゃないですよ」
パウロさんが褒めてくれて俺も笑顔で答える。これは昔から使ってる技だしな。こういうときに備えてもっと強力な切り札みたいな技も当然用意してある。
(まあ、それを使わずに済むのが一番いいんだけど)
そんなことを思いながら先を進んでいると、大量の蜘蛛の群れが現れた。こういうときは後衛のルディの魔法の出番だ。彼は上級水魔法の『氷槍吹雪』で敵を一掃した。しかも無詠唱である。
蜘蛛の巣を移動しながら魔法陣を探すこと1時間ほど。ようやく第一階層の終点の魔法陣に到着した。
そして、二階層に進んだが、やることは基本同じだ。だが、敵がかなり異なっていた。おばあちゃんやパウロさんの刃が通らないアイアンクロウラーと呼ばれる鋼鉄の芋虫が相手なのだ。俺の魔剣流なら倒すことはできるが、それでも量が多い。そこでルディの岩砲弾がぶつけられるのだ。
(魔剣流、水流堅守)
どうやらアイアンクロウラーと連携しているらしい大蜘蛛が後ろから粘糸のようなものを飛ばしてくるが、これでどうにか無効化だ。一応、パウロさんとおばあちゃんのところにも同じやつをセットする。まあ、それでも多少は喰らってしまっているが。
ルディが最後の1匹を岩砲弾で屠ったところで、一度休憩となった。見張りはほとんどど出番がなかったタルハンドさんがやっている。
「しかし、お前、本当に迷宮初挑戦か? 今更だけど、場慣れしすぎな気がするが」
ルディとギースさんが話しているところをぼんやり眺めているとパウロさんが声をかけてきた。
「初挑戦なのは本当ですよ。自分でも思ったよりやれてて驚いてます」
「ルディも大きくなったし、お前も変わるか…。いや、捜索隊にいたときから結構強かった気はするけど」
ただ、正直迷宮にまた潜りたいとは思えない。このメンバーだからこそだ。
「ルディとは話さないんですか?」
「まぁな。さっきエリナリーゼも言ってたけど、ずっとベタベタっていうのも違うような気がしてさ」
休憩中くらいは問題ないと思うが。まあ、真剣味のあるパウロさんの表情も悪くない。
「まったく単純な男ですわね」
粘糸を落としたおばあちゃんがため息をつく。
「お前だって、孫の前でちょっと気合い入ってたんじゃないか?」
「そうなのか? おばあちゃん」
「パウロほどじゃありませんけどね。でも、レードにばかりいいカッコさせてられませんわ」
まあ、俺も静香姉やノルンちゃんがいたら似たようになっていたに違いない。が、その気の緩みが特に迷宮初心者には大きな危険となるだろう。奥に行けば行くほど敵も強くなるしな。
パウロさん曰く、ロキシーさんと離れたのは三階層とのことだ。本にも書いてあったが、魔法陣は同一層にしか機能しないらしく、彼女がいるのは三階層か、すでに自力で二階層や一階層に上がっている可能性もある。これほどの迷宮を一人で下に進んでいくことはさすがにないだろう。
その三階層に10時間ほどで到達した。地図があれば転移の迷宮といえど、時間を大幅に短縮できるようだ。
「なあ、ルディ。どうにかしてロキシーさんの居場所が分かったりはしないか?」
敵も少なくなってきたので、俺は一度後衛のところまで下がった。
「さすがにそれは…」
「まあ、それは都合が良すぎるか」
いくらルディがロキシーさんを崇拝しているからといってそんなことまで分かったら、もはや恐怖を感じるレベルだ。いや、確かに人形を破壊されてマジギレしてるときの狂信度合いは恐ろしかったのは事実だけど。
とりあえず虱潰しに探すことになりそうだ。そうなるとまだまだ時間がかかるだろう。まあ、ここまでの道のりが思った以上に順調だったからトントンだと思うが。
そうして三階層を歩き始めてしばらく経った。歩き続ける中、そのときは突然訪れたのだ。
「…ルディ?」
隣にいた彼は突如として立ち止まっていた。何事かと前を歩くパウロさんとおばあちゃんも振り返る。
「父さん、神の気配がします」
一同が呆気に取られたような表情でルディを見る。俺もそうなっていたに違いない。何を言っているんだ、この幼馴染は。
「…おい。大丈夫か?」
ストレスでおかしくなってしまったと思ったのだろうか。パウロさんが聞き返すが、それには答えずルディは右側の壁に魔法をぶつけたのだ。
「お、おい! ルディ!?」
大穴の空いた壁の中を突っ切っていく。本来なら崩落の危険が高い迷宮でこの行動は御法度だ。しかし、ルディの目を見ているとそんなことを言い返すことは誰もできなかった。
(おそらくルディ自身にも根拠とかはないんだろうけど、確信してるのか…)
彼にとっての神はロキシーさんだ。よもやヒトガミということはないだろう。仮に間違っていたとしてもどうせ全体を探すのだから問題ない。そう思いつつ壁を破り続けていくルディに俺たちはついていった。
しばらく歩くと、そこには魔物が大量にいるホールのような大部屋があった。三階層でこれまで魔物をあまり見ることがなかったのはここに集まっていたからなのかもしれない。俺たちが剣を構えようとしたところで、ルディは足を止めて小さく呟いた。
「フロスト・ノヴァ」
彼の使い続けている傲慢なる水竜王から放たれた渾身の混合魔術は大量にいたはずの魔物を一瞬で氷つかせていた。これだけできるんなら、俺はいらないんじゃないかなと思ったのはここだけの話だ。
先を突き進んでいくルディは、再び足を止めた。部屋の奥、そこにいたのはボロボロでやつれてしまっている1人の少女だった。その姿は俺の10年近く前の記憶に結びついていた。
ルディはようやく発見したロキシーさんの元へ駆け寄り、抱きしめていた。しかし、彼女はどういうわけかルディを突き飛ばし距離を取る。少し言葉を交わしたのち、ルディはよろよろと後退りしてなぜか吐いてしまっていた。
(いったい何がどうなっているんだ…)
俺は少し離れた場所にいるが、ここからだと声が聞こえないため困惑する一方だ。そんな中、パウロさんたちが追いついてきてロキシーさんの救出がついに成功するのだった。
今回は短めですが、ここまでです