ロキシーさんを無事に救出した俺たちは一度地上へと戻る。俺たちはともかくとしてロキシーさんは相当消耗しているし、このまま何が来るかわからない下の階層に潜るというのはリスクがありすぎるしな。
ちなみに救出されたロキシーさんはタルハンドさんの背に背負われている。ルディは羨ましそうに見ているが、彼が戦線から離れると脱出も難しくなる。
「ロキシーさん、俺、誰だかわかりますか?」
しばらく考え込むように黙っていたが、ロキシーさんは首を横に振る。
「…ごめんなさい。思い出せないです。どこかで会ったことがあるでしょうか」
まあ、それも無理はない。これで俺の名前がすっと出てたりしていたら、忘れられかけていたルディはショックを受けるだろうし。
「ルディの5歳のときの卒業試験のときにお会いしたんですけど、覚えてませんか?」
「あ、もしかしてあのときの…」
「はい。11年ぶりですね」
ようやく思い出してくれたようだ。まあ、実際話した時間はせいぜい数分といったところだしな。
「えっと、名前は…」
「レーディス、通称レードです。忘れないでいてくれたら幸いです」
そんな俺をやけに睨んでくるのがルディだ。
「なんだよ、ルディ」
「別に。ただ、やけに親しげだなぁって」
「そりゃちょっと悪かったな。ただまあ、10年ぶりぐらいに会えたから感慨っていうのもあるんだよ」
まあ、向こうは俺のことを覚えてはいなかったけど。それをわかっていたらしく、ルディの嫉妬のようなものもそこまで大きくはなかった。
こうして俺たちは一度迷宮の外に戻り、しばしの休養を取ることになった。リーリャさんに風呂に入れられたロキシーさんは、その後1カ月の疲れを取るかのようにベッドの上でぐっすり眠り始めた。その彼女に近づこうとそわそわしているのがルディだ。
「…気持ちはわかるけどさ。さすがに部屋に入るのはヤバいと思うよ」
見かねた俺が部屋の前でウロウロしてるルディに声をかける。リーリャさんにはすでに追い払われた後らしい。
「我が神をどれほど信奉してるか、レードならわかってるだろ?」
わかってるから怖いんだよ。
「それはいいけどさ。仮にも妻帯者として、他の子の寝床に行くのはまずくないか?」
「それを言われたら苦しいな…。でも、そういう気持ちはないんだ」
おそらく「今は」という枕詞がつくだろうけど。一応、俺にもシルフィ姉から託されたルディが浮気しないように見張っておく義務というのもあるからな。
まあ、ロキシーさんへのルディの愛のことは別にいいとしても、俺は俺でルディに話しておかなくてはいけないことがある。ヒトガミの狙いについてだ。
もし、ルディがお告げに従って迷宮に向かわなかったらどうなっただろうか。あの状況であそこまでギリギリだったのだ。俺とおばあちゃんが加わったところで、ロキシーさんの救出には間に合わなかっただろう。というか、ルディが発見できたのも奇跡でしかないのだから。
さらに言えば、ロキシーさんとルディなしでの迷宮攻略となると、これまた難易度は跳ね上がる。ゼニスさんの救出に失敗し、下手したらこの中の人たちが死亡する可能性すらある。
(もしかして、俺をその中で処理するのも狙いだったのかもな…)
俺のことはともかくとして、ロキシーさんは間違いなくターゲットだったに違いない。
(しかし、なぜロキシーさんを殺す必要がある? その労力に見合う理由があるのか?)
結局はそこなのだ。それがヒトガミの狙いの根源だろう。
それとは別で気になることもある。
「なあ、ルディ。どうしてロキシーさんの居場所がわかったんだ?」
あのときのいきなり壁を破壊するという突飛な行動は、それこそヒトガミからの指示があったと考えることもできる。まあ、だとすればロキシーさんを殺そうという考えとは矛盾することになるが。
「なぜって言われてもな…。俺にはロキシー師匠があそこにいるっていう予感があったんだ」
「予感?」
「ああ。根拠なんてないし、自分の勘に頼っただけだよ」
この世界にはその勘という魔術とは違った不思議な力がある。かつて俺がシルフィ姉や静香姉を見つけることとなったラノアに向かう判断もそれと似たようなものだろう。
「なるほど。ヒトガミからの指示か?」
「それだけはありえない」
迷うことなく断言する辺りそれを信じてもいいのだろう。
「そういえば、レード。ヒトガミの狙いを確かめるとか言ってたな。何か気づけたことはあったか?」
「それに関してなんだけど、正直言っていいかわからない部分が多いから、とりあえず一度救出が終わってから話させてもらうとするよ」
せっかくロキシーさんの発見でルディの気分も上がってきている。そこに水を差すのは今後のためにも良くないだろう。とりあえずこの推測は胸の内にしまっておくことにしよう。
そして、翌日。ロキシーさんが目を覚ました。彼女はテーブルの前で買い出しに出かけているギースさんを除く5人に頭を下げる。
「この度は、お手数を掛けました。わたしはもう、大丈夫です」
そんな彼女に対して、各々が労いの言葉をかける。
「礼ならルディに言ってくれ。見つけられたのはコイツのおかげだしな」
「えっと、ルーデウスさん、その、ありがとうございました」
どこかよそよそしい彼女に対してルディが言う。
「気にしないでください。それより前みたいにルディと呼んでください」
「馴れ馴れしくはありませんか?」
「ロキシー先生は俺の師匠なんですから、以前のように親しみを込めてルディと呼んでいいんですよ」
そう言われるとロキシーさんはどこか頬が赤くなってるような気がする。おっとこれはちょっと話が変わってくるな。それに気づいた俺はこっそりおばあちゃんを部屋の隅に呼びかける。
「どうしたんですの、レード」
「おばあちゃんなら気づいてないことはないと思うけど、ロキシーさんもしかして…」
「あの顔は恋する乙女の顔ですわね。初々しいですわ」
話を重ねるルディとロキシーさんを横目で眺める。ルディも楽しそうだし、妻がいるとは言い出しにくい雰囲気だ。
「…で、どうしようか?」
「どうってなるように任せるだけですわ」
俺の勘だが、あれはおそらく両想いだ。それも放っておけばいくところまでいってしまうタイプのやつだ。
「いや、そんな不義理をするわけにはいかないだろ」
「パウロを見てみなさいな。なんの問題もないでしょう?」
あれは特殊なパターンなのではないだろうか。ゼニスさんの器の大きさがあったからこそ許されたのだ。
「…俺もおばあちゃんもシルフィ姉から怒られるよ、たぶん」
「…それは覚悟の上ですわ」
おばあちゃんはこのことに関して、2人に任せるという考えのようだ。しかし、そこまで積極的というわけでもない。どうするべきか考えを巡らせていると、ロキシーさんから声がかけられる。
「あの、レードさん。助けていただきありがとうございました」
改めて頭を下げるロキシーさん。といっても俺は今回何もできていないし、ロキシーさんの救出はほとんどがルディの手柄だ。
「礼はルディに…って言い尽くしたあとですよね」
「はい。その代わりなんですが、少し相談に乗ってもらいたいことがありまして。エリナリーゼさんも聞いてくれると嬉しいです」
相談ときたか。こういうときに話しやすいルディではなく俺とおばあちゃんに言うということは、彼に関することなのかもしれない。
「なんなりと。あと、レードでいいですよ」
「わかりました。恥ずかしい話なんですけど…。私はルディに恋をしているのかもしれません」
俺は特大のため息をつきたい気分をどうにか堪える。ほらみろ、想像した瞬間からこれだ。シルフィ姉のときといい、板挟みになるのは俺の生まれ持ったタチなのだろうか。
「それは、助けてもらった恩義からなのでは?」
「…最初はそうなのかと思いました。でも、なんていうか自分の中で気持ちが膨れ上がっていくような気がして…」
顔を赤らめながら話すロキシーさんを見ると、おばあちゃんもため息をつきたそうな顔である。とはいえ、何か止めるという選択肢はないようだ。
「それで、俺たちは何をすれば?」
「そうですね…。私はルディにお礼をしたいんです。口で言うだけじゃとても足りないものを彼からもらったんです。だから、それに応えなくてはなりません」
だから、ルディと付き合いの長い俺たちにアドバイスを求めたのか。
「そうは言われても、ルディの好きなものって結構あるからな…」
「そうですよね。いきなり言われても困ってしまいますよね」
「まだゼニスも救出できてないですし、時間もありますわ。その中で決めていけばいいと思いますわ。ルーデウスと話す機会もまだまだあるでしょうし」
おばあちゃんの声でロキシーさんは明るくなる。
「そうですね。そうさせてもらいます」
そうして嬉しそうに去っていくロキシーさん。それにしても危なかった。あのまま話していたら、ルディが喜ぶものはロキシーさん自身だと答えてしまう可能性があったからだ。それはおばあちゃんも同じだったらしく、祖母と孫の2人揃って肩をすくめるのだった。
次回から再び迷宮へ!