トントン拍子で到着した第六層で待ち受けていたのは、大量のイートデビルだった。そこまで強くはないが、いかんせん量が多い。どうやら奥の方には巣があるようだ。卵をひたすらに潰しながら先へ進んでいくと、石造りの広い部屋があった。ルディが持ってきた転移魔法陣の本を確認したところ、ここが最後の場所らしい。
さて、目の前にあるのは魔法陣だけだ。そこに至るまでには大量のモンスターがいたのだが、この部屋に限ってはまるで聖域であるかのように何もいない。
「守護者前ですわね」
「この雰囲気はそうだな」
ある程度迷宮に潜っていたら、ボス部屋のタイミングというのもわかるようになるらしい。パウロさんとおばあちゃんが改めて気を引き締める。
ギースさんが改めて本を確認して、目の前の3つの魔法陣と照らし合わせる。うち2つはランダム転移を引き起こすものらしく、著者が向かった先はイートデビルの巣だったらしい。
ルディも魔法陣を調べる。が、何もわからないらしい。
「ルディ、何か気づいたか?」
「いや、さっぱり。ナナホシなら何かわかったかもしれないけど」
確かに静香姉ならこういうのは気づけたかもしれない。まあ、この場に連れて行くのが非常に難しいだろうけど。
「ナナホシ? 誰ですか?」
「魔法大学で転移や召喚を研究してる先輩です」
「もしかして、ルディの恋人とかですか?」
恐る恐るといった感じでロキシーさんが聞く。
「惜しい。ルディじゃなくて俺の恋人なんですよ」
「レードさんの…。そうなんですね」
どこか安心したような表情だ。やはりこれは恋する乙女の顔ということか。というか、話をしていたら静香姉に久しぶりに会いたくなってきた。いわゆるホームシックならぬ静香シックというやつだ。帰り着いたら思う存分甘えまくるとしよう。
「会いたそうな顔してるな」
「そりゃそうさ。にしても、難しい魔法陣だな」
静香姉の指導を2年間ほど受けてきた俺にもほとんどわからない。俺の覚えが悪いのかもしれないし、静香姉も教えるのがめちゃくちゃ上手いというわけではないしな。長いスパンで学習していくしかない。
とはいえ、3つの魔法陣がそれぞれ違うものというのは簡単にわかった。
「本に書いてあることを踏まえるとどちらかが正解ということになりますが」
「チッ、2択かよ…」
ギースさんが舌打ちを溢す。他のメンバーも苦々しい表情だ。
「それもジンクスですか?」
「ああ。2択はギレーヌに選ばせなきゃ失敗するってな」
あまり面識というのはないが、確かギレーヌさんは獣族だったはずだ。もしかして、俺の知らない野生の勘みたいなものがあるのかもしれない。
ギレーヌさんといえば、エリスのことを思い出す。ルディと別れたあの日からどこかに姿を眩ましてしまった彼女は、今どこで何をしているのだろうか。あの子だってルディにトラウマを植え付けるためだけにああいう手段を取ったはずじゃないということはわかっている。しかし、ルディは今も彼女のことを誤解しているかもしれないし、今度会うことがあればちゃんと話し合ってもらいたいものだ。
とはいえ、そんなことを今ルディに伝えるわけにもいかず、魔法陣の決定も進まない。どちらかに乗ってみるという案もあったが、あまりにリスクが高すぎるので却下になった。ロキシーさんの二の舞にならないためにも慎重になって当然なのだ。
それでも、ルディはどこか気になっていることがあるらしい。
「もう少し結論を出すのは待ってもらえませんか? 少し調べたいこともあるんです」
「わかった。任せたぜ、ルディ」
リーダーのパウロさんも頷く。どのみちこのまま迷っていても決まらないし、ルディの勘に頼ってもいいだろう。
ルディは魔法陣の前に座り込み考え始める。彼の脳内はさすがに読むことはできないが、俺の方も少し気になることはあるのだ。それがこの部屋に踏み込んだときにパウロさんたちが見せた表情だ。
彼らはこの部屋が終点であると確信しているように見えた。確かに、やけにイートデビルを始めとした魔獣も息を潜めているし、明らかな存在感がこの魔法陣にはある。しかし、それ以前にボスの雰囲気というものを感じ取ったのかもしれない。
(まあ、そのボスがどこにいるかわからないから厄介なんだけどな…)
適当に考えながら武器の手入れをしていると、おばあちゃんが声をかけてきた。
「…いろいろ考えてますわね、ルーデウス」
「だな。役に立てなくて申し訳ないくらいだよ」
おばあちゃんは軽く笑う。
「そんなことを言ったら私だってそうですわ。ナナホシの元で学んでいるレードですらわからないんですもの。私たちにわかるはずがないですわ」
ルディを眺めながら答える。それに頷くのがもう一人。ロキシーさんだ。
「…ルディの真面目な顔に見惚れてますか?」
「揶揄わないでください。でも、まあ否定はできないですけど…」
普段はふざけている人が真面目にしているとギャップがあるというのはシルフィ姉の言葉だ。俺もやってみようかと思ったが、静香姉曰く「真面目なのかふざけてるのかわからないから意味がない」とのことだった。
「で、ルディに渡すものは見つかりましたか?」
「まだ決まってないです。決まったとしても実際に渡すのは迷宮を出てからになるでしょうね」
この迷宮には魔獣の死骸くらいしか残ってないしな。そんなものを渡されたらいくらロキシーさんからとはいえ、ルディも戸惑ってしまうだろう。
「でも、案外何も渡さなくてもいいかもしれませんよ?」
「どういう意味ですか?」
「ルディのことです。『師匠が生きてるだけで十分です』とか言い出すような気もします」
ロキシーさんは小さく笑う。
「ルディならありえますね」
そんな風に話していたところで、ルディがギースさんに声をかける。何か気づいたことがあったようだ。
「この辺りに隠し階段がないか調べてくれませんか?」
やや驚きながらもギースさんは短剣で床を突きながら周囲の地面を調べる。すると、怪しい空洞を見つけたらしい。
ルディがそこに目がけて岩砲弾をぶつけると、地面の下から階段が現れていた。
「すげぇ、さすが先輩だ、よくわかったな」
「まあ、前に一度見ていますので」
もしかして、行きがけに寄った転移の遺跡のことだろうか。言われてみれば確かにどこか似ている気がする。
各々が近づき、ルディの背中を叩いて褒める。あんまり叩くとアレなので、俺はルディの頭を撫でてやった。
「さすが俺の幼馴染だな」
ルディは嬉しそうに微笑んでくれた。こうやって見るとどこか犬のような気配を感じてしまう。
こうして、俺たちは階段を降りていく。その先にあったのは真っ赤な転移魔法陣だった。
「この先、いるな」
パウロさんが呟く。待ち受けているのはゼニスさんか、あるいはこの迷宮の守護者か。どちらにせよ、ターニングポイントだ。
「どうするパウロ。まだ余裕はあるが、一旦戻るってのも手だぜ」
「いや、進む。装備の点検をしよう」
こうして各々がスクロールや魔力結晶を交換する。俺の方もおばあちゃんから魔力結晶を受け取る。これがないといざというときに魔剣流を使えないかもしれない。まあ、ここまでかなり温存しながら進めたため足りると信じたいが。
点検が終わる頃には全員の表情は引き締まっていた。
「よし、行くか」
パウロさんはルディに何か伝えたいことがあったようだが、死亡フラグになることを危惧して何も言わせなかった。
(安心しろよ、ルディ。死亡フラグだろうと、なんだろうと俺の前じゃ無意味だからさ)
そんなことを思いながら俺たちは同時に赤い魔法陣に踏み乗った。
待ち受けていたのは巨大な空間だ。まるで、宮殿の広間のようだ。しかし、その宮殿の主は言葉の通じる王様などではなかった。
「ヒュドラかよ…。初めて見たぜ」
ギースさんの呟きが溢れる。目の前にいたのは、緑色の鱗を不気味に光らせる、9本の首を持つ巨大なドラゴンだ。
しかし、それだけではなかった。そのヒュドラが守ろうとしているものを見て、俺たちは目を見開く。ゼニスさんを閉じ込めた巨大な魔力結晶があったのだ。
「ゼニス!」
パウロさんの声が響く。なぜあんなところに、と思うより前に彼は剣を抜き走り出していた。それが開戦の合図となった。
(パウロさん、早まったな…)
追走しながら俺は呟く。とはいえ、ようやくゼニスさんを発見できたのだ。焦る気持ちは同じだ。
(魔剣流、風斬剣)
手始めに風の刃を放つ。普通の魔獣なら掠っただけでも大ダメージだが。
(ま、そりゃそう簡単にはいかないか)
全くもって傷一つついていない。相当に固い鱗のようだ。ロキシーさんの氷霜撃も、かつてあの魔王をバラバラにしたルディの岩砲弾もノーダメージだ。
(…どういうカラクリだよ)
襲ってくる首を受け止めるべく、水流堅守を飛ばす。防ぐことはできているようだ。ならば、俺も次の手段だ。
(魔剣流、終炎3連!)
本来なら一太刀の居合である終炎を二刀流で強化して生まれた技だ。しかし、それすらも…。
そんなことを思っていたところで俺は改めて戦闘に目を向ける。パウロさんが見事首の1つを切り落とすことに成功したようだ。しかし、そのパウロさんを他の首が周りから襲ってくる。
「…見事な切れ味です、パウロさん」
「レード!」
俺は水流堅守を飛ばして自分とパウロさんの間に膜を作る。時間を稼いだ結果、ロキシーさんの作った水流に押し流される形で俺たちはヒュドラの攻撃の範囲外に出ることができた。
「『土落弾』!」
タルハンドさんが放ったのは渾身の土魔術だ。しかし、岩の塊がヒュドラをズタズタに切り裂くと思いきや、なぜか魔術が消え去っていた。当然、ヒュドラは無傷だ。
(…なんだこりゃ。べらぼうにヤバい相手だな)
魔術を消し去るだけでなく、パウロさんが切り落としたはずの首も元通りになっている。魔術も効かないし、切り落としてもすぐ生えてくる。過去一厄介な相手を俺は歯噛みしながら睨むしかなかった。
まだ戦いは続きます