巨大なマナタイトヒュドラを前にしてどう戦うべきか俺が打開策を巡らせていると、ロキシーさんの声が響いた。
「撤退しましょう!」
確かにこのままでは埒があかない。一度ここで撤退して、戦い方を考え直すのも手だろう。しかし、それに唯一従わないのはパウロさんだ。このままではそれをサポートするおばあちゃんも危険だ。
「パウロさん!」
俺が彼とヒュドラの間に割って入る。その隙にギースさんとタルハンドさんの2人がパウロさんをこの場から引き剥がした。
(水流堅守!)
にしても、さっきからこの技使ってばっかりだ。これほど劣勢なのだからやむを得ないか。とにかく一度攻撃を防いでヒュドラの範囲の外に出る。幸い、ヒュドラは首の動きは鋭いが、両足の移動速度自体はそれほど速くはない。
ギースさんが煙幕弾を投げ込み、ルディが目眩しの濃霧を作り出す。俺は怪我をしているおばあちゃんをフォローしつつ、転移魔法陣へ向かった。
(目眩しと俺の水流堅守は有効。だけど、それ以外の剣も魔術も無意味か…)
守っているだけではジリ貧だ。目眩しも水流堅守も決定打にはならない。なんとか攻撃手段を見つけなくては。俺がそう思いながら、パーティでは最後に魔法陣に飛び乗った。
おばあちゃんが少々怪我を負ったものの、全員が転移魔法陣がある薄暗い部屋に戻った。彼女が鱗で負ったという怪我も治癒魔法ですぐに治ってはいるが。
「…あれはゼニスだ。間違いない」
パウロさんが殺気を振り撒きながら呟く。
「父さん、落ち着いてください」
「わかってる。今は落ち着いてるさ」
パウロさんはルディにそう答えるものの、本心は冷静であるようには見えない。だが、気持ちは俺も同じだ。転移事件が起きる前、俺はまさしく家族同然と言っていいほどゼニスさんには世話になっていた。だからこそ、怒りや焦りというのもある。だが、俺が感じている怒りというのはそれとはまた別の部分だ。
(あのヒュドラは、俺のおばあちゃんを傷つけやがった…。万死に値する)
確かに怪我自体はそこまで重いものでもなかったし、治癒魔法のおかげで彼女は無事だ。だが、怪我をしたのが俺の家族というのが気に入らないのだ。
「レード、大丈夫ですの?」
そんな俺の殺気に気づいたらしいおばあちゃんが不安げにこちらを見る。
「正直、大丈夫ではないですね。俺もパウロさんと同じくらい頭に来てますから」
おばあちゃんがそれに答えようとしたとき、ルディが言葉を溢す。
「…母さんは、あれで生きているのでしょうか」
「あぁ!?」
立ち上がってルディの胸ぐらを掴むのはパウロさんだ。
「生きてるかどうかなんて、関係ねえだろうが!」
「そうですね」
怒りをぶち撒けるパウロさんにルディは冷静に答える。ルディの言い方は少々配慮に欠けているようにも思える。だが、彼がゼニスさんと過ごした期間は俺よりずっと短い。そう思えてしまうのは無理がないかもしれない。
パウロさんはルディをなおも睨み続ける。
「ルディ、ゼニスが、お前の母さんがあんな風になってて、なんでそんなに落ち着いていられる」
「なら、もっと慌てた方がいいですか? 取り乱して何か解決するんですか?」
「そうは言ってねぇ!」
なおも苛立つパウロさんと冷静に切り返すルディ。俺も2人とは違う意味の怒りがあるからか、思わず声が出てしまう。
「…一旦、黙れ。2人とも」
驚いたように2人はこちらを見る。普段ならこういう物言いはしないが、俺もどうやら冷静ではないようだ。
「…まず、ルディ。無駄にパウロさんを挑発すんな。喧嘩吹っかけるんなら、他所でやれよ。そして、パウロさん。お気持ちはわかりますが、ルディにキレてもしょうがないでしょう?」
「レード、お前…」
パウロさんが驚いたように座り込む。ここで静かになってくれるのであれば、ブチ切れた価値もあったと思う。
ルディが現状を振り返ったのち、ロキシーさんが少々明るい声で答える。
「ゼニスさんの結晶化ですけど、もしかしたらなんとかできるかもしれません」
彼女曰く、魔力付与品などが結晶に取り込まれており、ガーディアンを倒すことでそれを取り出すことができるとのことだ。おばあちゃんがそれに加えて、それに取り込まれてしまった人間が今も生存していると告げる。後者に関してはにわかには信じにくいが、いくら長生きのおばあちゃんでも実例というのが少ないのだからそこを気にしても仕方ない。
それより問題は肝心のガーディアンの方だ。
「あれは恐らく、マナタイトヒュドラです」
ロキシーさんが言うには、お伽話でしか出てくることはないはるか昔に絶滅した竜だという。ゼロ距離で魔術を使えば、ダメージも与えられるらしい。
とはいえ、ダメージを与えられたところで再生されてしまっては意味はない。リスクに対してリターンが乏しすぎる。それに対して頭を悩ませていたところルディが手を挙げる。
「ヒュドラの首は、火で炙れば再生しないと聞いたことがあります。なあ、レード。お前が切った首はどうなった?」
確か一度、終炎で切り落としたつもりだ。しかし、パウロさんのように完全には切断できなかったし、それを踏まえると恐らく再生されていると思う。
「すまない。どうなったかまでは見れてない。それどころじゃなかったからな」
あのタイミングで水流堅守をぶつけなければパウロさんが殺されていたかもしれないしな。
「どのみち、もう一度ヒュドラを見ればわかりますよ」
「ありがとうございます、ロキシーさん」
彼女のフォローに頭を下げる。ともかくある程度の算段は立った。パウロさんと俺が首を切り落とし、ルディが傷口を焼く。他のメンバーは囮やそれのフォローだ。
(もしかしたら、存外俺には相性の良い相手なのかもしれないな)
本来なら2人以上で処理しなきゃいけない相手だが、終炎のおかげで俺一人でどうにかできるかもしれないのだ。だが、それだけでは勝てない。あの技は威力は確かにあるが、反動が大きすぎる。次々と首が来る中、連発するのは厳しいと思う。
(ただ、その欠点をなんとかできれば…。勝てるかもしれんな)
俺が考えを巡らせる中、パウロさんがルディに告げる。
「…死んでも母さんを助けろ」
前後の言葉は聞こえていなかったが、その力強い言葉だけは確かに俺の耳に届いた。死んでも、というのは親が息子に言うセリフではないとは思う。だが、それくらいの覚悟を持って戦え、ということのなのだろう。
(お言葉だが、その心配は無用だ。俺がいる限り、このメンバーの誰一人として死ぬことはないからな)
ギリギリの勝利など敗北と同じだ。求めるのは完全な勝利のみ。それ以外の筋書きなど今の俺には用意されていない。そう思いながら、全員で再び魔法陣に乗り込むのだった。
再び戦いが始まった。ヒュドラに対して突っ込むのは、パウロさん、おばあちゃん、俺の3人だ。
パウロさんが首を切断したところで、ルディが火魔法をぶつける。が、ヒュドラに当たる直前でそれはかき消される。ここまでは予想通りだ。そう思いながら、俺は迫り来る首を見て違和感を感じていた。
先ほどはなかった傷跡のようなものがついているのだ。
(これはもしかして、さっき俺がつけた傷か…)
俺は完全に首を切断することはできなかった。が、その傷口はダメージが確かにあったらしいことを示していた。それを見て俺の口角が少し上がる。
(つまりは終炎を連発すれば勝てる、ということか…)
この相手にそれは理論上は不可能だ。だが、それは終炎の場合に限られる。やはり、切り札というものをこちらも残しておいてよかった。
(魔剣流 豪炎乱舞)
終炎を連発するというのはできない。だが、それを風魔法と組み合わせることで、風の斬撃ごと炎をコントロールすることで自分の周囲を焼け野原にすることができる。
(ま、ネーミングセンスは相変わらずだけどな)
厨二病全開なネーミングセンスだが、威力には問題はない。炎の刃が俺の周囲を飛び回ってヒュドラの首を切りつけていく。一発で切り落とせるほどの威力はないものの、再生させる間もなくぶつけられればやがて断面は姿を見せる。
その断面に今度こそ終炎をねじ込むのだ。そうなると傷口は焼けて再生はできない。
(他の人から見たら俺が炎の中で剣振ってるようにしか見えないだろうな)
そう思いながら一度、ヒュドラの攻撃範囲から離れ周りを見渡す。パウロさんたちも無事に首を切断し、再生も阻止できているようだ。
とここで首の一本がロキシーさんにめがけて向かってくる。治癒魔法を使える彼女はパーティにおける生命線だ。そこを狙われると一気に崩れてしまう。
「師匠!」
ルディは叫ぶが、彼も首の処理で手一杯だ。俺も悠長に技を出す余裕はないので、どうにか彼女を突き飛ばして回避する。鱗に裂かれたらしく、背中に灼熱の痛みが走る。
「レードさん!」
「…クソが。背中に悪趣味な傷がついたら、夜中に静香姉がびっくりするだろがい」
ロキシーさんはどうにかルディたちのところに戻り、俺は再び剣を構える。幸い軽傷だったため治癒魔法のスクロールで簡単に回復させるが、ムカつくことに変わりはない。
とここで首が息を吸い込むように大きく持ち上げた。
「何か来る!」
パウロさんの声が響いた。
「ブレスが来ます! 俺の近くに!」
ルディの声に合わせてみんなが彼の後ろに隠れる。俺は距離的には間に合わないが。まあ、それでも大して問題はない。
(魔剣流 水流堅守)
全身を覆う球体のように技を放った直後、火炎がこちらに向かってくる。ルディも氷の壁を作り出して対抗している。
(これがお前の切り札ってやつか…。やっぱりなんとかなりそうだな)
俺は再びニヤリと笑い、首をめがけて飛び込んでいく。戦いの終わりが近づきつつあるのを感じながら。
次回、決着!