砂漠を歩き続けて数日。ようやく転移魔法陣がある遺跡が見えてきた。それを眺めるパウロさんがルディに言う。
「なあ、ルディ。特殊な方法で来たって言ってたけどよ…」
「ごめんなさい、父さん。実は俺もレードもエリナリーゼさんも口止めされてて、それに関して細かくは言えないんです」
ここにいる人たちは早々口を滑らせることはないと思うが、念には念を入れなくてはいけないしな。
「まあ、いつか知ることになるかもしれないな。とりあえずはこれをお願いします」
俺はパウロさんたちに黒い布を手渡した。ロキシーさんがやや不安そうに聞く。
「これをどうすればいいんですか?」
「目隠しです。俺たち3人が誘導しますんで気をつけて着いてきてください」
全員が目隠しをしたところで案内を始める。階段もあるが、3人もいればそこまで難しくもない。
どうにか全員が転ぶこともなく転移魔法陣の上に辿り着くことができた。遺跡の中は行きで使ったときとほとんど変わりはない。オルステッドが使った様子も見受けられなかった。
眩しい光とともに無事に転移はできた。この人数でも転移できるのは、かなり便利だが、その便利さを利用されるのが危険だから情報が伏せられているのだろう。俺たちは遺跡から出て目隠しを取らせた。
「…これはすげぇ」
感嘆の声をあげるのはギースさんだ。無理もない。あんな砂漠から一気にジャングルまでワープしたのだから。他のメンバーも感嘆の声を上げるが、どういう仕組みなのかは言うこともできないし、そもそもわからない。
「それじゃあ行きましょうか。ここからシャリーアまでは5日ほどになります」
ルディが森を進みながら言う。ちなみに砂漠を進むのに使ったアルマジロも連れてきている。すっかり寒くなったラノアの空気がかなりキツそうだが、治癒魔法もあるしどうにかなるだろう。
俺は先を歩くルディに話しかける。
「左腕、やっぱり不便か?」
「ああ。でも、師匠もいるし案外なんとかなってるよ」
15年以上使い続けてきた左腕だ。ダメージというより喪失感の方が大きいのだろう。
「…ヒトガミの言ってた後悔ってのは結局なんだったんだろうな」
今回の旅を振り返りながら俺は呟く。結果的には誰も失うことはなかった。だが、それは結果論でしかなく、俺を含めてあの戦いはいつ誰が死んでもおかしくなかったのだ。
「それだけ俺を行かせたくなかったんじゃないか?」
「まあ、そう考えるのが自然か」
彼も未来を完璧に見れているのではないのかもしれない。そうなってくると、ますますその狙いを読み取るのは困難だ。ただでさえ、俺は会うことができていないのだから。
「…この前、エリナリーゼさんにロキシーと結婚したらと言われたんだ」
「しないつもりか?」
「師匠とシルフィが納得しないとできないかもしれないな」
ルディは固い表情で言う。緊張感ならヒュドラと戦ったときと同じかそれ以上ありそうだ。
「安心しろよ。シルフィ姉のこともノルンちゃんのことも俺はよく知ってる。だから、上手く話を回してやるさ。家族であるルディに言うのはどうかと思うけどね」
「あと、エリナリーゼさんはこうも言ってたな。妊娠してるかもしれないって」
それはたぶん嘘だろう。ロキシーさんが既成事実を作るほどずる賢いとは思えない。おばあちゃんが責任を取ってやれと言ってるだけだ。
「信じるも信じないもルディの自由さ」
個人的にはルディは遅かれ早かれロキシーさんとの子どもを作ると思っている。それがいつになるかはわからないが。
そうして歩き続けて数日。ようやく見慣れた風景が見えてきた。
「やっと見えてきた…」
変わり映えしないシャリーアの街の景色だ。だが、それを俺たちはどれほど待ち望んだだろう。その焦燥を示すようにルディが早足で進んでいく。パウロさんたちが声をかけるも、それも耳を通らないくらいだ。
「何を急いでらっしゃいますの?」
バランスを崩して転びそうになった彼を支えたのはおばあちゃんだった。
「いや、その、なんとなくシルフィたちに危険があったような気がして」
「危険? 理由はあるんですの?」
「それはないですけど」
もしかして、ヒトガミの言ってた後悔というものを気にしているのかもしれない。俺たちが無事でもシャリーアが安全とは言い切れない。ザノバ王子がある程度は守ってくれると言っていたが、それにも限界があるだろう。
そう考えると、俺も急ぎ足になってしまう。シルフィ姉たちはまだいい。それなりの戦闘力もあるだろう。だが、静香姉はどうだろうか。魔術も剣術もないし、なんなら誰かに襲われたりしなくても病気になって寝込んでしまっている可能性すらある。
ルディが家に走って、ドアを開く。
「あ、お兄ちゃん!?」
驚いた様子で出迎えるのはアイシャちゃんだ。
「アイシャ…。無事か?」
「無事って何が? ていうか、お兄ちゃん、その手…」
ルディの左腕を見て言うが、彼は意に介さない。
「シルフィは?」
「シルフィ姉なら、そこにいるけど…」
アイシャちゃんの後ろから出てきたのが、お腹を膨らませたシルフィ姉だ。別れた時よりかなり大きくなっている。出産ももうすぐなのだろう。
「ルディ…。ど、どうしたの?」
「シルフィ、大丈夫、何もなかった?」
「え? うん、みんな良くしてくれたし、アイシャちゃんも頑張ってくれたから」
シルフィ姉はキョトンとしたように答える。不安そうなルディにパウロさんが後ろから声をかける。
「ちょっとは落ち着けよ、ルディ」
その声を聞いて、笑顔を見せるのはアイシャちゃんだ。
「お父さん!」
「元気そうでよかったよ、アイシャ。シルフィちゃんも久しぶりだな」
「お、お久しぶりです。パウロさんも無事でなによりです」
シルフィ姉がパウロさんと会うのは7年ぶりくらいか。というか、感慨に浸っている場合ではない。
「シルフィ姉! 静香姉は!?」
「あ、おかえり、レード。ナナホシさんならたぶんこの時間はまだ学校にいると思うんだけど…」
「…無事なのか?」
「うん。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
へたり込むルディがシルフィ姉を抱きしめる。普段のような下心ではなく、心の底から安心したような表情だ。未だに不安が渦巻く俺にパウロさんが言う。
「そんなに心配なら行ってやったらどうだ? どのみち今回のことをいろいろ話さなくちゃならないだろ?」
この時間ならノルンちゃんも学校に行っているだろう。2人にもいろいろ話すこともある。
「ほら、行ってやれよ」
パウロさんに背中を軽く叩かれ、俺は荷物を置いて学校に向かうことになった。
普段なら数分で着くはずの学校までの道のりが途轍もなく遠く感じる。雪などで地面が悪いからかと思ったが、旅はもっと過酷だった。心の中に根を張る不安がそう思わせているのだ。
息を荒くしながら、俺は静香姉の部屋の前の研究室に着いた。そして、恐る恐るそのドアをノックした。
「…どうぞ」
中にいたのは静香姉とノルンちゃんだった。どこか大怪我をしているわけでも、病気になっているわけでもない。
「ふ、2人とも…」
「思ったより早く帰ってきたわね」
「レード兄、大丈夫?」
安心したような静香姉と不安そうにこちらを見るノルンちゃん。その姿を見て、ようやく俺は何もなかったと確信できた。
「よかった…。2人とも無事だ」
「あなたの方こそ大丈夫なの? 大変だったんでしょう?」
「俺は…」
大丈夫、そう言おうと思ったところで口を閉じる。決して大丈夫な安全な旅ではなかったからだ。
「ここでは語り尽くせないくらい、いろいろあったよ、2人とも。でも、まずはただいま」
「おかえりなさい」
2人の声が重なる。ここでようやく帰ってきたと実感ができた。今すぐにでも抱きしめてあげたいが、そういうわけにもいかない。
「帰ってきていきなりで申し訳ないんだが、ルディの家まで一緒に来てくれないか? 今回のことについていろいろ話すこともある」
「ノルンさんはともかく、私も?」
「ああ。静香姉だって俺の家族だろ? 1人だけ聞かせないなんて真似はできない。な、ノルンちゃん?」
「うん。ナナホシさんも一緒に来てほしいな」
そう言われて静香姉は仕方なさそうにため息をつく。2人は俺がいない間にかなり仲良くなったようだ。普段人を寄せつけない静香姉が部屋に入れているのがまさにそのいい証拠だ。
「そうね。それじゃ行きましょうか」
静香姉が俺の左手を、ノルンちゃんが右手を握って歩き始める。その手の温かさも、見慣れた横顔も、数ヶ月前とまったく変わっていない。それが俺の心を落ち着かせてくれていた。
家に着くまでの間、ノルンちゃんが何があったかを話してくれた。といっても、特に何かがあったということはない。シルフィ姉の出産が近いことを除いてなんてことのない日常が続いていたらしい。
「そうか…。大丈夫だったんだな?」
「うん。兄さんからもこのあと話があると思うんだけど、レード兄も無事でよかったよ。ナナホシさんなんて、ずっと心配しっぱなしで、この前も…」
「ちょっとノルンちゃん!」
静香姉が慌てて彼女の口を塞ぐ。何か恥ずかしい話でもあったのか。気になるが、聞いてやらないのが正解だろう。
「それにしても、2人が想像以上に仲良くなってそうで驚いたよ」
「そうね。でも、同じ人が好きだから気持ちが通じる部分があるのかもしれないわね」
ノルンちゃんも頷く。そうはっきり好きと言われると少し恥ずかしい。そんなことを考えているとグレイラット邸が見えてきた。これから話で溢れる場所を沈みそうな夕陽が照らしているのだった。
次回が修羅場になりそうです(今回でねじ込むと明らかにバランスが悪くなるので…)