静香姉とノルンちゃんを連れて帰るまでの数分。俺は敢えてパウロさんがどうなったのか言わなかった。サプライズにするつもりもないが、ノルンちゃんの目でしっかり見てもらいたいのだ。
「そろそろ着きそうだな」
「レードは一度家に戻ってるのよね?」
「ああ。シルフィ姉やアイシャちゃんの顔を見たら、2人に会いたくなって居ても立っても居られなくなってさ」
2人が同じ部屋にいてくれてよかった。ヤバい形相で学園内を駆け回る俺にならなくて済んだのだから。
そしてしばらく歩いて、グレイラット邸の敷地にようやく入った。
「ノルン! おかえり!」
彼女の姿を一番に見つけたパウロさんの声が響く。
「お、お父さん…?」
フラフラとパウロさんに近づいていく。そして、そんな彼女をしっかりと彼は抱きしめる。
「ああ。お父さんだ。大きくなったな、ノルン」
「…よかった。お父さん…」
涙が溢れてくるのも忘れてしまうくらいだ。別れてから数年、よほど待ちかねていたのだろう。俺の方も胸が熱くなる。
「ルディ、おまたせ。説明の方はまだだよな?」
「ああ。ノルンが来てから改めて始めるつもりだったからな」
「ねぇ、私もご一緒して大丈夫? レードは来てくれって言ってたけど」
不安げに聞くのは静香姉だ。パウロさんを含め捜索隊のほとんどの人とは初対面なのだから居心地の悪さを感じるのは無理もないだろう。
「レードがいるからこそだ。ナナホシも何があったか聞く権利がある」
その言葉とともにルディは静香姉を家に誘導する。まだ涙を拭っているノルンちゃんと彼女の頭を撫でるパウロさんもそれに続いた。
ようやく全員がグレイラット邸のリビングに揃った。グレイラット家と捜索隊のメンバーが揃うとかなりの大所帯だが、どうにか全員が部屋に収まった。
そして捜索隊のリーダーであるパウロさんが口を開く。
「全員揃ったところで話をしようか。俺たちが向かったのはこのシャリーアからはるか南のベガリット大陸で…」
パウロさんが話し続け、ときどき俺やギースさんが補足を加える。パウロさんはあまり口が上手い方じゃないからな。
どのくらい話し続けただろうか。ようやくゼニスさんのことに話題が変わり、シルフィ姉が聞く。
「ゼニスさんは、どういう状態なんですか?」
「体調に問題はありません。ですが…」
言いにくそうに口籠るリーリャさんにパウロさんが続ける。
「今のところ言葉を喋ったり、記憶を取り戻す可能性は低いそうだ。もっともあの状況で俺たちが尽くせる手も少なかったけどな」
治癒魔法などでどうにかなる問題なのだろうか。だが、かつて俺やルディを死の瀬戸際から救った神級の治癒魔法なら可能性があるのでは、と思えなくもない。
「どうかしたのか、静香姉」
何か言いたそうな顔をしている彼女に声をかける。
「…なんでもないわ。まだ自分の中でもはっきりしてないことが多いし」
ゼニスさんに関して気になったことでもあったのだろうか。そこに対して細かく追求しても話が進まないので、とりあえず一度スルーしておくことにしよう。
「ゼニスに関してだが、介護が必要になるだろう」
「それなんですけど、父さんと母さんにはこの家で生活してもらおうと思っています」
「ゼニスはともかく俺もか?」
「はい。せっかく家族が全員揃ったんですから、しばらくはここで一緒に暮らしてもいいのではと思いまして」
迷宮攻略と捜索隊のおかげで、パウロさんも一生遊んでも困らないくらいのお金はある。遊ぶような人ではないし、だとしたらゼニスさんを含めて面倒を見るくらいなら問題ないはずだ。
「俺もそれに賛成です。この5年間ほとんど休みなく働いたんです。ここらで小休止しても誰も文句は言わないと思いますよ」
現に捜索隊のメンバーは誰一人異を唱えない。彼らはパウロさんの頑張りを目の前で見てきたのだから当然だろう。
「…お母さんもここで暮らすんですか?」
ポツリと溢すのはアイシャちゃんだ。
「ああ。俺一人でゼニスの面倒が見れるとはとても思えないからな」
「それを自分で言うのはどうかと思いますよ、パウロさん」
俺とパウロさんのお馴染みの掛け合いをよそに、アイシャちゃんは複雑な表情だ。リーリャさんが無事なのを素直に喜べないのだろう。ノルンちゃんの前なのだからなおさらだ。
そんな彼女に声をかけるのはノルンちゃんだ。
「ねぇ、アイシャ。私たちに遠慮しなくてもいいよ?」
ルディもパウロさんも頷く。そうしてようやくアイシャちゃんは涙ながらにリーリャさんに飛びついた。
「お、お母さん…! おがあざんが、無事でよか、よかった!」
「ただいま、アイシャ…」
リーリャさんが優しくアイシャちゃんの頭を撫でる。彼女は普段からあまり大きく感情を出すことはない。が、今回ばかりは抑えられなかったようだ。
こうして、グレイラット家は再び全員で過ごすことが決定するのだった。
ある程度の話し合いが終わったところで、一度解散となった。ギースさんやタルハンドさんたちはラノアに留まることはなく、また別の場所に向かうらしい。冒険者なのだからか、それは不思議と違和感がなかった。
ルディは引き止めようとしていたが、家族水入らずを邪魔するのは申し訳ないとのことらしい。
「…これから大変ですわね、ルーデウスは」
見送りにきた俺に対して呟くのはおばあちゃんだ。それもそのはず、これから言わなくちゃいけないのはロキシーさんとのことだ。
「だったら、もうちょっと残ってて説得手伝ってほしかったなぁ」
「それは申し訳ありませんわ。でも、私の方も結構ギリギリですもの」
クリフに会えてなかったことでだいぶ溜まっているのだろう。極力娼館に寄ることもなかったしな。
「あとでちゃんとシルフィ姉に怒られなよ?」
「シルフィはそんなことで怒る子じゃないですわ。ルーデウスやあなたもいるでしょうし」
そう言って、おばあちゃんは微笑みながら雪の中の道を進んでいくのだった。
一方、覚悟を決めたような表情なのはルディとロキシーさんだ。そんな2人に俺が声をかける。
「心配するなよ。いざとなったら俺がどうにかしてやるよ」
「…極力その手は使わないさ。これは俺たちの問題だからな」
それは向こうの言い方次第だろう。そう思いながら再び部屋に戻った。
中にいるのはグレイラット家のメンバーだ。捜索隊が抜けてそれなりに部屋は広くなったように感じられる。それでもリーリャさんはゼニスさんを風呂に入れているようだが。
「最後に一つ話がある。俺はここにいるロキシーを2人目の妻として迎え入れるつもりだ」
「…え? どういうこと!?」
シルフィ姉ではなくノルンちゃんが驚きの声を上げる。
ルディは迷宮で何があったか改めて説明する。が、それが続けば続くほどノルンちゃんの表情は曇っていく。1人の人を愛するべきだというミリス教徒の一人なのだから致し方ないだろう。
「シルフィを裏切るつもりはなかったけど、結果的に約束を破ってしまった。すまない」
ルディは冷たい床に頭をつける。いわゆる土下座だ。
「シルフィのことはずっと変わらず愛している。でも、ロキシーを妊娠させてしまったかもしれないんだ。責任を取らなくちゃいけない。だから…。許してほしい」
絞り出すような声で言う。それに対して怒鳴ったのはノルンちゃんだった。ルディの胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「許せるわけないでしょ! シルフィ姉さんがどんな気持ちで兄さんたちを待ってたか知ってて言ってるんですか!」
「落ち着け、ノルンちゃん」
俺が口を挟むが、あまり意味はない。
「レード兄が何を言ったって、兄さんが言ってることを受け入れられるわけないじゃないですか!」
それは当然だ。重婚だけでもタチが悪いのにましてやシルフィ姉は妊娠中だ。間違ってるのは客観的に見たら、ルディたちの方だ。
(けどよ…。間違ってるからって引けないこともあるんだ)
俺はノルンちゃんの肩に手を置いて言う。
「なら、2人がこういう状況になったのは俺のせいだって言ったらどうする?」
「…どういうこと?」
「さっきルディは死にそうなロキシーさんを助けたって言ってただろ? その日の夜、ロキシーさんに言われたんだ。『ルディにどうお礼をすればいいのか』ってね」
何を言おうとしているのか察したらしいルディを制して俺は続ける。
「自分で言うのもなんだが、俺はルディのことをシルフィ姉の次に理解してるつもりだ。彼が何に喜ぶかもちゃんとわかってる。だから『なら、ロキシーさん自身を捧げてみては』ってアドバイスしたんだ」
「それは…!」
違うと言いかけたロキシーさんに黙るよう促す。あらかじめ俺に任せろと言っておいて正解だったな。
「なんでレード兄が…」
「どうせ俺が言わなかったら、もっと最悪なタイミングでロキシーさんに手を出したろうさ。それこそこの家に帰ってきてからだったりな」
ノルンちゃんは俺を睨み続ける。俺は心の中でガッツポーズをする。この状況こそが俺の狙いだからだ。
「それでもロキシーさんも迷ってたさ。そこにトドメを刺したのが、ゼニスさんのこの状態と左腕を失ったルディだ。そんな状態なら支えなきゃって思うだろ」
「シルフィ姉さんだって、あの場にいたらそうしてます!」
「だろうな。でも、あの場にいたのはロキシーさんだ」
「だからって! だからってそういうのが認められるわけないじゃないですか!」
「そうだよな。ノルンちゃんが正しいよ。でも、その状況にしたのは俺だ。だから、憎むなら2人じゃなく俺を憎んでくれ」
泣きそうな目でこちらを見るノルンちゃんに胸が痛むが、これでいい。あとはシルフィ姉がどう動くかだ。
「ロキシーさん」
「…はい。なんでしょうか」
「レードの言ってることがどこまでが本当かボクもその場にいなかったからわからないけど、ルディを助けようと思ったんだよね?」
ロキシーさんは頷く。シルフィ姉は優しく笑いかける。
「正直ね。ボクは時間の問題だと思ってたんだ」
「えっと、何がでしょうか」
「ルディが別の女の人を連れてくるの」
相変わらずルディの下半身は信用されていないものだ。パウロさんの遺伝子はどこまで濃いのだろうか。
それでも、シルフィ姉は納得してくれるようだ。ノルンちゃんが俺に言う。
「もしかして、こうなるとわかってレード兄は…」
「なってほしかったっていうのはある。でも、最初からそのつもりじゃなかったさ。まだ、納得いかないか?」
「…当たり前です」
頬を膨らませたようにノルンちゃんが答える。
「パウロさんにも同じことを言えるのかい?」
ノルンちゃんはアイシャちゃんの方をチラリと見て俯く。
「別に理解しろとは言わないさ。パウロさんのようになれとも言わない。というか、ならないでくれ」
パウロさんが「おい。そりゃどういうことだ」と呟くのが聞こえるが、俺は気にせず続ける。
「でも、ルディたちのことは憎まないでくれ。悪いのはそうなるように仕向けた俺なんだから」
「…ずるいよ、レード兄」
ノルンちゃんはその小さな拳で俺のお腹を軽く叩いた。痛みはほとんどないが、俺にズシッと響いた。
ロキシーさんたちの方を見ると、無事にシルフィ姉は受け入れる流れのようだ。ノルンちゃんはルディの方に向き直る。
「…兄さん」
「ノルン」
「…兄さんのやってること、はっきり言って不快です。でも、レード兄の顔に免じて許します」
そう言って彼女は部屋から出て行った。俺が間に入ったことでどうにかルディたちの好感度が地に落ちることはなかったようだ。
その後ろ姿を見送って俺は言う。
「それじゃあ、俺と静香姉もそろそろ帰ることにするよ」
「泊まってもいいんだぞ?」
「今日くらい家族水入らずを邪魔できないからね。またの機会に泊まることにするよ」
「おやすみ、レード」
シルフィ姉に手を振られて、俺たちはグレイラット邸を後にした。
その帰りがけ静香姉がポツリと呟いた。
「…どこまでがあなたの悪巧みだったの?」
「悪巧みって、人聞きが悪いなぁ」
「私はあなたたちと旅をしてないから、細かいことはわからないけど、少なくともあなたが何か悪巧みしてることくらいは分かるわ」
雪を蹴りながら静香姉は言う。
「根拠を聞いても?」
「姉の勘よ。たぶんシルフィさんも気づいてるわ。気づいてる上で、何も言わなかったんでしょうね」
まあ、シルフィ姉はお見通しだっただろうな。まさか静香姉にまで気づかれてるとは思わなかったが、俺もまだ脇が甘いということか。
「ねぇ、あなたはなんであんなことをしたの?」
「ルディやロキシーさんを守るためさ」
「そのためだけにノルンさんを傷つけたんだったら、やっぱり最低ね。あなたは」
「それも知ってる。だから、俺は憎まれなきゃならないのさ」
そう言っても内心ではノルンちゃんが完全に俺を憎むことはないだろうと心の中では思っている。その気持ちを元に利用したのだから、静香姉から最低と言われるのは仕方ないことだ。
「2度とあんなことはしないで。自分だけ傷つこうとするなんて、絶対にやめて」
「…善処するさ」
まったく信用できないと言いたげな静香姉の頭を俺は軽く撫でながら、俺たちは雪道の帰路を進むのだった。
ここら辺書くのは難しかった…