シルフィ姉が無事に出産し、俺は復学することになった。産まれた子はルーシーと呼ばれることとなった。由来はルディとシルフィ姉の名前から取られたようだ。シンプルだが、2人らしい名前だと思う。
(…俺もいつか子どもができるのかなぁ)
普通の人間より寿命はかなり長いし、そう遠くないうちにできそうな気もする。ただ静香姉の方も少々というか、かなり特殊なのは気になるが。
そんな彼女と手を繋ぎながら俺は学校に向かう。少し前を歩くのは、シルフィ姉とロキシーさんと手を繋ぐルディだ。ヒュドラに喰い千切られた彼の左手には、ザノバとクリフが作った義手が付けられている。ルディによるとシルフィ姉の胸を揉む感覚が左右で若干違うらしいが、その代わりに闘気なしでもかなりの剛力を発揮できるとのことだ。姉の胸のこととかクソほどどうでもいいな。言うほどないし。
「ねぇ、レード。また、ボクを見て失礼なこと思ってたでしょ」
そんな風に思考を見透かしたように言うのはシルフィ姉だ。なんでわかるんだよ。
「まさか。ねぇ、ロキシーさん」
「なんで私に振るんですか。…でも、レードさん。女性は男性の視線には特に敏感なんですよ」
そう言いながら、お尻を揉もうとするルディの手を払いのける。道のど真ん中でセクハラしようとする辺り、さすがルディだ。
「さすがルディだね。化け物は倒すし、公道でイチャイチャするのに躊躇いもない」
「俺はどっちかっていうとお前の方が化け物だと思うぞ。強さ的な意味で」
まあ、確かにヒュドラ戦において俺の貢献度が大きかったのは否定しないが、俺だけの力では倒せなかっただろうし、そもそもロキシーさんを助けられなかったし、最深部まで行くこともできなかっただろう。
学校に着いたところで俺と静香姉は研究室に向かう。あとでルディたちも授業の後に来る予定ではあるが、とりあえず人気のない部屋で2人の時間を満喫するのだ。
「…期待してるところ悪いけど、朝から始める気はないわよ」
静香姉は朝があまり強い方じゃないしな。前世でもそれなりに夜更かしして、起こすのは俺の仕事だったし。
「まさか。そりゃ静香姉がその気ならこちらとしては嬉しいけどさ。魔法陣の方はどう?」
「あと少し、といったところかしらね。それでも次の段階に進むのには時間がかかりそうだけど。あなたの頑張り次第というのもあるし」
あまり俺の頑張りに期待されても困るのだが。ルディと違って最高レベルの魔力量があるわけでも、静香姉のような知識があるわけでもない。彼女の精神安定剤としては俺以上の存在はないという自信はあるが。
「あんまりそれを期待されてもなぁ…。そういえばもう一つ相談があるんだけど、そろそろ結婚しない?」
そう軽く言うと静香姉は紅茶を飲んでいたところで激しく咽せた。
「大丈夫?」
「な、なによ、急に…」
「急ってほどじゃないし、別に今すぐ受け入れてほしいわけじゃないからいいんだけどさ」
まあ、あまりにも唐突すぎたから静香姉が驚くのもわからなくはない。
「もしかして、ルーデウスたちを見て焦ったの?」
「ルディだけじゃなくて、おばあちゃんも結婚しそうだしさ。せっかくだしどうかなって」
無事におばあちゃんが帰ってきたことにより、クリフとの結婚はもはや秒読みだ。今日も2人で過ごしているに違いない。
「でも、私は…」
「いつ帰るかわからない、だから結婚しても意味がないっていうのか?」
静香姉の言葉を遮る。確かにいつ帰るかわからないのは事実だが、俺はそれでも構わない。それは彼女も嫌というほど理解しているだろう。
「それだけじゃないわ。ルーデウスやシルフィさんを見ていたら、なんていうか自信がなくなって…」
「自信?」
「うん。私はシルフィさんより優しくもないし、ロキシーさんより賢くもない」
「だから、俺がいるんだろ? 静香姉の足りないところは俺が埋める。でも、それだけじゃダメなんだよ」
俯く静香姉の頭を撫でつつ俺は言う。
「俺はもう静香姉がいない未来が想像できなくなってしまったんだから。そりゃいつか帰ってしまう日が来るかもしれないっていうのは覚悟してる。でも、その日までは俺がそばにいたいんだよ」
その気持ちはこの世界で再会できたあのときからまったく変わっていないし、この先も変わることはないだろう。
「あなたって、本当ずるい…」
静香姉は絞り出すように答える。まあ、確かにちょっとクサいセリフだったかもしれない。でも、気持ちに嘘はない。
「…とは言ったけど、結婚に関しては今すぐ決める必要はないよ。ここ最近は俺の方も忙しいし、静香姉も考える時間が必要だろうし」
静香姉は小さく頷き、俺の頬にキスをする。ここで唇にしたら、たぶんスイッチが入ってしまうだろう。昼前からそうなるのも背徳感があって悪くはないが、午後はルディたちも来る。いきなり俺たちの痴態をお見せするのは、どうかと思う。
一度寝室に置いてある転移魔法陣を使って家に戻る。出来たてのお昼ご飯を食べてもらうのだ。この世界は日本と違って食材の種類が多くないので、レパートリーがかなり難しい。もちろん、それなりに種類はあるが、俺や静香姉の口に合うかといえば話は別だ。
「…それはポテトサラダね?」
俺が今日用意したのはポテトサラダとステーキだ。先程食材の種類は多くはないと言ったが、肉の種類に限って言えばこの世界はかなり多い。やはり魔獣の存在というのは大きいのだ。
「ああ。口に合えば嬉しいんだけど」
味見はもちろんしてあるため自信は結構あるが。静香姉は若干目を輝かせながら、フォークで切ったステーキを頬張る。
「美味しい…。こんなの無料で食べるのはちょっと申し訳ないくらい」
「それはよかった。静香姉はよく食べるからね、おかわりもあるよ」
俺も改めて食べるが、味見したときよりもかなり美味しく感じる。好きな人と食べる料理だからというのが大きいと思う。
「人を食いしん坊みたいに言わないでよ。あなたとそう変わらないでしょ?」
「静香姉は成長期だからね…。まあ、あんまり成長してる感が見受けられないけど」
やはり老化しない体質というのも影響しているのだろうか。俺の方もエルフの血が混ざってるおかげで、老化スピードはかなり緩やかだから、そこまで気にならないが。
「成長…。たぶんしてるわよ。あなたにいろいろ教えてもらってるし」
「俺の方こそ、だよ。静香姉から貰ったものが大きすぎて、この老けない身体をもってしても返せるかどうか自信がないくらいだ」
特に前世の時のことを含めて考えたら尚更だ。病弱な俺のためにかなり面倒をかけてしまった。
そうして昔に思いを馳せつつイチャイチャしながら食事を終えて、しばらく経ったところでドアがノックされる。
「ルーデウスです」
「どうぞ」
入ってきたのはルディとロキシーさんだった。
「やあ、ルディ。ロキシーさんがここに来るのは初めてだったっけ?」
「そうですね。一度ナナホシさんにご挨拶にと思いまして」
確か2人はシルフィ姉の出産のときに会っていたはずだが。そんな疑問が顔に出ていたらしくルディが答える。
「クラスの担任として会うのは初めてらしいから」
そういえばそうだったか。
「特別生の担任を受け持つことになりました、ルディの2番目の妻のロキシー・M・グレイラットです。改めてよろしくお願いします。あと可能なら、朝礼に来ていただけると助かります」
「よろしくお願いします。朝礼に関しては、善処します」
静香姉が頭を下げる。
「そんな緊張しなくたって、ロキシーさんは優しい人だよ。な、ルディ?」
人見知りが激しいというわけではないが、どこか硬そうな表情の彼女に俺は言う。
「ああ。なんて言ったって俺の師匠だからな」
誇らしそうなルディに苦笑いしながらロキシーさんが答える。
「そんなに緊張しなくてもいいんですが…。ところで、これは魔法陣ですか?」
彼女は足元に落ちていた紙を拾い上げる。
「…失敗作だけど」
「もしかして、これ、お一人で書いたんですか?」
「書くのは私。でも、レードやクリフにも手伝ってもらってはいるわ」
魔法陣を見てロキシーさんは驚いたような表情になる。
「これは凄いですね…。こんな特殊な魔法陣は見たことがありません」
クリフといい、ある程度魔法陣を学習している人からしてみればいかに特異かがはっきり分かるらしい。実際、自分も静香姉に教えてもらっている部分と一般的な知識との隔たりは確かに感じられるようになってきた。
(ま、学んだところで静香姉に追いつけそうもないんだけどな)
それなりに2年ほど学んで知識としては身につきはしたが、そっち方面の才能はあまりないように感じられる。それでも静香姉と一緒にいれれば別に構わないが。
「そうだ、ルーデウス。ルーシーちゃんは元気?」
静香姉はいつもグレイラット邸にいるわけじゃないからな。俺は結構な頻度で通っているが。
「可愛すぎてこっちがおかしくなりそうだよ」
「…失礼だが、ルディはルーシーちゃんが生まれる前からだいぶおかしいぞ?」
俺は一応お決まりのツッコミを入れるが、叔父の贔屓目を抜きにしても確かにルーシーちゃんは可愛い。俺ですらそう感じるのだから、ルディがおかしくなるのは無理もない。パウロさんも予想通り初孫にゾッコンで惚れ込んでいるようだ。
「そういえば、レード。クリフとエリナリーゼさんが結婚式を正式に挙げるみたいだ。もうしばらく先のことだけど、2人の都合が合うなら…」
「もちろん参加させてもらうよ。静香姉もそれでいいよな?」
「ええ。結婚式なんてそう何度も行けるものじゃないでしょうし」
どちらかというと静香姉は2次会のご飯を期待してるのでは…という感想が脳裏をよぎったが、クリフにもおばあちゃんにもいろいろ手伝ってもらってるのだから、祝いたい気持ちに嘘はないだろう。
「そういえば、今日はどうする?」
ここ最近、俺たちは学校帰りに幼馴染3人+静香姉とロキシーさんの5人で飲み会を開いている。大半はルディと俺の惚気が炸裂する形だが、酔っ払った女性陣もなかなか面白いのだ。
「静香姉次第だな」
「私は問題ないわ。いつもみたいに夕方校門でいいかしら?」
ルディが頷く。さすがに学生の立場で昼間から夜まで飲むのは違うしな。教師であるロキシーさんがいるなら尚更だ。
「それじゃあ、また後で」
2人が部屋を後にした。そういえば今日は魔法陣を励起させていないが、まあ書けていないものは仕方ない。というか、ルディじゃなくて俺でも少しは代わりは務まる。
「…時間が余ったね」
「そうね。何かすることでもある?」
「せっかくだし、夕方まで先に楽しまないか?」
俺が横目で寝室に目を向けると、静香姉はため息をつく。
「…ルーデウスたちにバレないようにしなさいよ」
その言葉とは裏腹にどこか嬉しそうだ。普段の疲れた感じと違ってベッドの上ではかなり手強いからな。まあ、俺の弱点をいろいろ知っているのが大きいけど。
こうして俺たちは学校にいながら、夕方まで2人で愛を確かめ合うのだった。
激闘編なのに、日常とは…