俺たちが住むシャリーアから休憩を挟みながら北に歩いて半日ほど。転移魔法陣の地図にも書かれていない遺跡がそこにはあった。あの遺跡と違ってこちらはほとんどが崩れてしまっている。
「ここで合ってるのか?」
静香姉を疑うつもりは毛頭ないが、今のところそれっぽい魔法陣は見えない。
「ええ。ここで間違いないわ」
瓦礫で進みづらそうだが、その足取りに迷いはない。
俺たちは10人でペルギウスの空中城塞を目指す。そんな大勢で詰めかけたら向こうは迷惑なのでは、と思ったが静香姉によるとそこまで気にするほどじゃないとのことだ。王族の中でも最高クラスの人物だ。俺たちとは考え方が違うのかもしれない。
そんな中、みんなの横顔を見るとどこかワクワクしているような表情がある。特にそれが強いのはアリエル王女だ。ペルギウスはアスラ王国においても繋がりがあるし、一目置かれている。後ろ盾となればこの後の王位争奪戦においてかなり有利になるだろう。
そうして歩いていたところで、静香姉が足を止める。
「着いたわ」
そこにあるのは椅子にするのにちょうどいい石だ。それをよく見ると、七大列強の紋章が刻まれている。
「ここでどうするんだ?」
「呼ぶわ」
静香姉はホイッスルのような金属製の笛をバックパックの中から取り出す。それを口に咥えると息を吹き込んだ。
「音が鳴ってないぞ?」
クリフが聞く。
「人には聞こえない音が鳴ったのよ。これで少ししたら来るはずよ」
ここから遥か天空にいるペルギウスに音が届くということは、ただの笛ではなく、魔力付与品の一種だろう。
そうして、各々が楽しみに待つこと数分。いきなりそれは現れた。
「光輝のアルマンフィ。参上」
金髪にキツネに似た仮面をつけた学生服姿の男がそこにはいた。いや、正確には男なのだろうか。ペルギウスの使い魔は人間ではないのだから、性別をつけることはできないだろう。
そんなアルマンフィは静香姉の方へ向かう。
「…多いな、随分と」
「ええ。問題はないでしょう? 12人までは大丈夫と言ってたし」
「人数は問題ない。だが、魔族はダメだ」
ラプラス戦役で魔族と戦争をしていたペルギウスは彼らに複雑な思いがあるのだろう。ロキシーさんは驚きつつも項垂れており、ルディが急いで慰めに向かった。
そうしたところで、アルマンフィから銀色の棒を手渡される。これは転移魔術に使われる魔道具だという。
「全員持ったか? きちんと素手で握りしめているように」
離したら転移させられないとかだろうか。そんなことを思っていると、アルマンフィはしばらく待つよう促し光となって消えていった。
数秒ほどしたところで、奇妙な感覚が全身に走る。普通の転移魔法陣を使ったときとは異なり、まるで身体のどこかを掴まれて持ち上げられているかのような感覚だ。光の先に魔法陣が見え、いつのまにかそこに立っていた。
「ここが…」
「そう。空中城塞ケィオスブレイカーよ」
静香姉が目の前のまるで王宮のような城に驚く俺たちに告げる。そして、魔法陣の後ろから声がかけられる。
「空中城塞ケィオスブレイカーからの風景は、お気に召していただけたでしょうか」
驚いて振り返ると、背中に漆黒の翼を持つ純白の衣装を纏った女性が立っていた。目の前の天空の城と合わさってまるで本物の天使のような佇まいだ。
「皆様、本日はようこそおいでくださいました。
わたくしはペルギウス様の第一の僕、空虚のシルヴァリルと申します。皆様を空中城塞ケィオスブレイカーへと、ご案内させていただきます」
優雅な礼でシルヴァリルは頭を下げる。それに続いて俺たちも自己紹介をして、先へ進む。
ルディやザノバ王子といった芸術に対して博識な人たちは、辺りの建造物に目を光らせているが、正直、俺には素晴らしさがあまりわからない。もちろん、荘厳さといったものはなんとなく感じることはできるが、シルヴァリルの解説を聞いたところであくまで凄いと思う程度だ。
「最後にここに訪れたのはいつなんだ?」
俺は静香姉に声をかける。
「魔法大学に入学する前よ」
「もしかして、あのとき俺が渡した手荷物って…」
「ええ。ペルギウス様が差出人よ」
もう4年以上前になるだろうか。だが、あのときの出来事は忘れることもできない。あの荷物があったからこそ、俺は静香姉と出会うことができたのだ。
(まあ、あれがなくてもルディが来たら案外あっさり静香姉に会えてたかもしれないけど)
ようやく小さな謎が解けたことで、スッキリしつつ、俺は長い廊下を進み続けた。
魔法陣からおよそ1時間。歩き続けた俺たちはようやく扉の前に辿り着いた。ここはどれだけ広いのだろうか。もはや、もう一つ魔法陣を置いた方がいいくらいだ。そういうのも転移魔法陣の第一人者ならお手のものなのだろうか。
「ペルギウス様は寛大なお方ですが、くれぐれも粗相のないようにお願いします」
シルヴァリルが扉に手をかける。
「失礼ですが、我々は旅装のままです! このままお会いになるのは失礼に当たるのではないでしょうか?」
アリエル王女が声を上げるが、シルヴァリル曰く、ペルギウスはそういうことを気にするような方ではないらしい。身だしなみより中身を重視するといったところだろうか。
それでも、最低限はということで別室に荷物を置き、軽く整える。アリエル王女などはそういうのは慣れているからか、手早く上品な雰囲気を作るが、俺のような平民にはそれは真似できない。静香姉に髪を軽く整えてもらうくらいが精一杯だ。
「何もしなくても、レードは立派だものね」
その間小声で静香姉は囁く。なんでこんなにこの姉は可愛いのだろうか。
「お待たせしました」
「はい。ではこちらへ」
シルヴァリルに再び誘導され、龍が刻まれた大きな扉の前に立つ。周りには緊張感が渦巻いているように感じられた。かく言う俺も割と緊張しているわけだが。おかげさまで静香姉の手が手汗で湿っているかもしれない。そんな俺の手を普段と変わらない様子で彼女は握りしめるのだった。
王座に座っていたのは圧倒的な存在感を放つ男だった。しかし、その存在感以上に記憶に焼き付いているものが俺の脳内を走る。
(龍神オルステッド…)
忘れもしないあのとき俺やルディを打ち倒したあの男に目の前のペルギウスは似てるのだ。同じ龍族なのだから当然かもしれないが、緊張とはまた別の畏怖に近い震えがあった。
シルヴァリルに促されて先へ進む。王の間とも言うべき荘厳な空間にいたのは、11人のさまざまな仮面をつけた白装束の男女だ。彼らがペルギウスの配下なのだろう。
「ここで止まってください」
シルヴァリルは黙ってこちらを見下ろしているペルギウスの右に立つ。そして、ペルギウスが口を開いた。
「我が『甲龍王』ペルギウス・ドーラである」
「お久しぶりです、ペルギウス様。約束どおり、戻って参りました」
静香姉が頭を下げる。それに続く形で俺たちも礼をする。
「戻ってきたということは、異世界からの召喚について、何かが掴めたということだな?」
もっとも掴んだのは召喚の手がかりだけでなく、恋人もなのだが。
「はい。ペルギウス様の望む成果があるかはわかりませんが」
「成果など…知識の探求が我ら龍族の宿命だ」
とここで俺たちの方に視線が向けられた。そうして各々の自己紹介が始まる。アリエル王女には理由が理由だからか、少々辛辣な面が見られたが、ルディは静香姉の口添えによりある程度優しく接してもらっていた。ゼニスさんの状態に関しての手がかりも得られたようだ。
「…して、貴様はなんだ?」
ようやく俺の方に視線が向けられた。
「レーディスと申します」
「名前は知っておる。ここに来た用件だ」
「…用件、ですか。私もナナホシが師と慕うペルギウス様にお会いしてみたかったというのでは足りませんか?」
俺の答えにペルギウスはつまらなさそうに返す。
「貴様は地上で大層名が売れてるらしいな」
「ペルギウス様のような気高き方に知られているのは光栄です」
「だが、己の力を過信して、それをこの城で振るうなどと考えぬことだ」
「もちろんです」
実際のところ、俺がここにいる面々と全力でペルギウスに刃向かったところで勝機はないだろう。七大列強の一人であるオルステッドがあの強さだ。それと同じ種族で、英雄とも言われているペルギウスに勝てるはずもない。
しかし、この天空においても俺の名が知られているのはある意味予想外だ。まあ、これはプラスに捉えておくとしよう。彼のような偉い人とのコネクションは将来何かの役に立つかもしれないし、関係性を良いものにしていきたいものだ。
こうして、各々の疑問が解決したりされなかったりしながら、空中城塞での時間が進んでいくのだった。
ようやく物語が動いていくと思います