弟転生〜シスコンな彼も本気出す〜   作:黒い柱

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第84話 青天の霹靂

 空中城塞でのペルギウスとの謁見を済ませた翌日。俺はアリエル王女、ルーク先輩、シルフィ姉とともにこの城の王でもペルギウスとの懇談に臨むことになった。その他の面々はシルヴァリルによる召喚魔術の講義を受けているようだ。

 

「ねぇ、レード。あっちに行かなくていいの?」

 

 アリエル王女の後ろを歩くシルフィ姉が隣にいる俺に聞く。

 

「召喚魔術はまだ俺が扱える自信がないからな。またいつか教えてもらおうと思うよ」

 

 どっちみち長い人生だ。必要になった時に教えてもらえればいいだろう。それよりも俺個人としては目の前の状況の方が大事だ。

 

(…アリエル王女の今後は俺に影響がないわけでもないからな)

 

 かつて、彼女は今の状況、つまり後ろ盾がないままアスラ王国に帰ればクーデター犯として処刑されると言っていた。ルディの妻という立場のシルフィ姉がそれに巻き込まれる可能性は低いが、上司であり親友であるアリエル王女やルーク先輩が死ぬこととなれば、シルフィ姉もさぞ悲しむことだろう。それを防ぎたいというのがメインだ。

 

 ということで、彼女へのアシストの意味も込めて俺も席に着く。しかし、現在の状況は芳しくはない。まあ、俺に対してもペルギウスの評価がザノバ王子ほど高くはないだろうから、どこまでアシストになるかはわからないが。

 

(なんていうか、相手にされてないような感じだな…)

 

 アリエル王女は藁にもすがる思いでペルギウスと話しているのだろうが、彼の機嫌は良くないように見受けられる。アリエル王女は助けを縋るように俺に視線を向ける。それと同時にペルギウスからも俺に質問が来る。

 

「1つ気になったのだが、何故貴様はこの場にいる?」

 

「この城に、という意味ではごさいませんね?」

 

「うむ。貴様がアリエル・アネモイ・アスラと共にこの場にいる意味だ」

 

 意味と聞かれるとなかなか難しい。シルフィ姉のためと言われればそれまでだが、そこまで深く考えてはいなかった。

 

「…そうですね。強いて言えば、俺よりずっと善人だからでしょうか」

 

 アリエル王女がやや驚いたようにこちらを見る。彼女たちには俺が善人のように見えているのかもしれない。その面ですら、嘘に塗れているのだ。それを知っているのは静香姉とシルフィ姉の2人だけだろう。

 

「なるほど。それが理由か。では、何故普段はナナホシと共に行動している? アリエル・アネモイ・アスラとではなく」

 

「彼女との関係ですか…。一言では言い表せないですが、互いを想い合える関係、とでも言いましょうか」

 

 親愛関係とも言えるが、それをこの場で口にするのはなかなか恥ずかしい。まあ、今のも大概ではあるが。しかし、ペルギウスはその答えに満足したようだ。

 

「我としても、あのナナホシを口説き落とした口に興味があったが、存外に食わせ者のようだな」

 

「褒め言葉と受け取っておきます」

 

 これは気に入られたと捉えていいのだろうか。少なくともアリエル王女に対する感覚よりはマシと信じたい。

 

 こうしてしばらく経ったところで昼ご飯ということになった。

 

「おかえり、ルディ。そっちはどうだった?」

 

「まずまずさ。しかし、レードが参加しなかったのは意外だったな」

 

「魔法陣に関しては、またいつか必要になったら学べばいいだろうからな。ところで、この時間はなんだ?」

 

 そろそろ食事の時間のはずだが、肝心の料理がなかなか出てこない。だが、普段ペルギウスの舌を満足させている料理だ。そこまで時間がかかってもおかしくはない。

 

「この城だと、なんでもあるからな。もしかして、日本の料理でも作れるかもしれないって思ったんだ」

 

 俺もカレーやハンバーグなどのような前世の料理を作ってきたことはあるが、純粋な和食は作ったことがない。というか、材料が用意できないものがほとんどだ。

 

 こうして待つこと数十分。ビヘイリル横行まで探しに行ったらしいアルマンフィが持ってきたのは懐かしさを感じさせる赤茶色の食べ物だった。

 

「…これは味噌か?」

 

「この世界だと、どういうわけか豆腐と呼ばれてるらしいけどな」

 

 米や魚はすでに用意できているらしく、とりあえずこれで和食に必要なものが準備できた。ルディがシルヴァリルにレシピを伝える。それからしばらくして、ご飯と味噌汁、焼き魚が運ばれてきた。

 

「…いただきます」

 

 同席している静香姉が小さな声で呟く。その横顔は懐かしむような、どこか不機嫌なような複雑な表情だ。俺たちも彼女に倣って手を合わせる。

 

 はっきり言って美味しくはない。日本にあるものと材料が違っているのだから当然だ。しかし、見た目が似てるというだけでも静香姉にはたまらないものだったらしい。彼女の手は止まらなかった。かくいう俺も懐かしさを掻き立てられていた。

 

(昔も静香姉とこうやってご飯を食べたっけな…)

 

 自分は今も昔も和食がそこまで好きというわけじゃなかったが、やはりいざ食べられないとなると寂しさもあるものだ。そう思う俺の皿も、静香姉が食べ終えてすぐに空になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後はこれといってやることもない。とりあえず、ペルギウスによってあてがわれた部屋に戻ろうとしたところで、静香姉に呼び止められた。

 

「…ちょっといい? レード」

 

「もちろん、いいけどさ。どうかしたのか?」

 

 長い廊下を2人で歩く。なんとも大きい城だ。掃除とかが大変なんじゃなかろうか。

 

「なんて言ったらいいのかしらね。自分でも正直考えがまとまってなくて…」

 

「別にまとまってなくてもかまわないさ。それを含めて聞くのが俺の役割なんだから」

 

 静香姉はしばらく黙って考え込んで、小さな声で聞く。

 

「私が、もし明日日本に戻るってなったら、あなたはどうするの?」

 

「もしかして、さっき和食を食べて帰りたくなったとか?」

 

「…まあ、そんなとこ」

 

 それに対する答えは数年前からずっと決まってる。

 

「別にちゃんと見送るさ。心配しなくてもね」

 

「あなたはそれで大丈夫なの?」

 

「正直どうなるかとかは想像しにくいところはあるけど、大丈夫じゃないだろうね」

 

 大好きな姉と、恋人と2度と会えなくなるのだ。そのとき自分がどうなるかなど、想像したくもないというのが正直なところだ。

 

「ただ、それが静香姉を引き止める理由にはならないよ。3年前、静香姉に協力するって決めたのは自分なんだから」

 

 俺としてはそこは譲れないし、それは静香姉も先刻ご承知だろう。しかし、静香姉は相変わらず複雑そうな面持ちだ。

 

「そう。それと…」

 

 何かを言いかけて彼女は口籠る。言うか言うまいか悩んでるかのようだ。思ったことを言ってほしいと思う反面、静香姉の言わないという考えも尊重したい。

 

 俺が沈黙に耐えかねそうになっていたところで、静香姉が口を開く。

 

「…ごめん。やっぱりなんでもない。ちょっとルーデウスのところに行ってくるわ」

 

 何か思い出したことでもあったのだろう。静香姉は踵を返す。

 

「わかった。ルディによろしく伝えといてくれ」

 

 ちょうど自室に着いた俺がドアに手をかける。さあ、部屋で何をしようかと思っていたそのときだった。

 

 視界の端に映る静香姉の姿が緩やかな弧を描いて崩れていくのが見えた。

 

「…静香姉?」

 

 半ば何が起こったか理解できてない俺は急いで彼女を支える。その瞬間、静香姉が激しく咳き込んだ。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 答えはない。言葉の代わりに彼女の口から放たれたのは、血の塊だった。廊下が鮮血で染まっていく。

 

「レ、レード…。ごめ…」

 

 掠れ声で絞り出すように答えるが、それを言い切る前に静香姉の意識は途絶えていく。俺は反射的に治癒魔法を唱えるが、まったく効果はない。

 

(まさか、これ…)

 

 最悪な予想が脳内を走るが、俺は首を横に振ってそれを振り払う。自分が解毒も使えないし、治癒魔法も下手なだけだ。ちゃんと学んでいる人だったら、問題なく治せるはずだ。そう思いつつ、彼女を背負う。向かう先はシルフィ姉かクリフのところだ。

 

 背負う彼女は鍛えている自分にとって、そこまで重くはない。が、進む足がまるで沼地を歩くかのような重さだ。何か最悪な未来を暗示しているかのように。

 

 どうにか、曲がった先で、部屋をノックしようとするシルフィ姉の姿が見えた。ルディに会いに行こうとしていたのだろうか。しかし、思いの外早く見つかって俺の心に安堵感が流れる。

 

「あれ? レード。どうかしたの?」

 

 背負っている静香姉を見て、シルフィ姉は何かに気づいたようだ。

 

「すまない、シルフィ姉」

 

 小さく頷き、彼女は解毒魔法を唱える。これでどうにかなるだろう。そう思っていた俺の期待は大きく裏切られることになる。

 

「あれ? なんか、魔力が…。なんで?」

 

 脈はある。が、意識は戻らない。まるで、人形のように動かないままだ。それは俺の予想していた最悪な未来が始まる狼煙だった。

 




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