俺とシルフィ姉の声を聞きつけて部屋から出てきたルディが大急ぎでペルギウスを呼ぶ。シルフィ姉が治癒魔法をかけ続ける中、俺は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
(これは…。なんで静香姉が)
いや、考えるべきはどうしてかではない。なぜこんな状況になるまでにどうにかできなかったか、である。俺は長らく静香姉と一緒に過ごしてきた。だから、彼女の不調もわかっていたはずだ。
(いや、わかってなんていなかった。わかっているつもりなだけだったってことか…)
そんな風に愕然としている俺に声をかけるのはルディだ。
「…ード、レード。ペルギウス様がいらっしゃったぞ」
その声で俺はようやく我に返る。静香姉の姿は目の前にはなく、俺たちの前にはペルギウスが何人かの使い魔を連れて立っていた。
ペルギウスが説明するところによると、静香姉の治療には健康な誰かの協力が必要らしい。彼の使い魔の一人である『贖罪のユルズ』には他者の体力を別の者に移し、解毒魔術とは異なるプロセスで治癒を施すことができるとのことだ。
「…誰がやるかというなら、俺一択だろうな」
俺は迷うことなく立ち上がる。逆に俺を前にして自分が、と言うのも難しいだろう。もっともそのユルズの力を使っても、どの程度勝算があるかわからないが。
「貴様なら、そう言うと思っていた。案内しよう」
ペルギウスは頷き、俺は静香姉の横に寝ることになった。彼女は意識は相変わらずないが、その呼吸は苦しく咳も止まっていない。
ペルギウスが配下の1人である『洞察のカロワンテ』に診断を命じたが、ユルズの力では完治させることは不可能のようだ。あくまで応急処置にしかならないらしい。
「それでは治療を始めます」
俺たちの周囲を幻想的な光が包み始める。しかし、ぼんやり眺めている余裕はなかった。すぐさま割れるような頭痛が俺の頭に走ったからだ。
(…なんだこりゃ)
風邪を引いたときの頭痛をイメージすると良いだろうか。俺たちなら魔法を使えば、すぐに治すことができるが、それが出来ずに抱え込むしかなかった彼女の苦しさは想像することすら烏滸がましい。ここ数年は彼女の周りに人がいたからまだマシだったが、俺と出会う前はどれほど苦しかったことか。
(もしかして、あのとき倒れかけてたのはマジでギリギリだったのかもな…)
初めて静香姉と会った時、彼女は高熱を出していた。それこそ今と比べれば意識があったし、魔法を使ったりすれば回復した分だいぶマシだが。
そんなことを考えてどうにか気分を紛らわさないとこのままおかしくなってしまいそうだ。しかし、その甲斐があってか静香姉の表情は先程より苦しさが薄くなっているような気がする。このまま治療を続ければどうにか改善するだろう。
(あとはそれまでに俺の体力がどの程度続くか、だな…)
俺は天井を睨みながら痛みに耐え続けるのだった。
鈍い頭痛から俺が解放されたのは5日後だった。静香姉は目を覚ましてはいないが、その呼吸はだいぶ落ち着いてきている。
俺はふらふらしながらベッドから起き上がる。行先はもちろんルディたちがいる場所だ。彼らのことだ。この数日間、何もしてないということはないだろう。ペルギウスたちと話し合って打開策を探しているはずだ。
(つーか、打開策があったところで俺に協力する体力が残ってるか怪しいけどな…)
すぐ済む話ならそれでいい。だが、例えばヒュドラのような化け物と一戦交えるのは無理だ。
「レード」
あと少しで大広間に着くというところでルディの声が聞こえた。地上に降りていたら時間がかかるが、近くにいてくれたのでよかった。
「静香姉の症状、何かわかったことはあるか?」
「その前にお前、身体は大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃねぇけど、そうも言ってられないだろ」
ルディから見れば、俺の顔色はめちゃくちゃ悪いのかもしれない。だが、静香姉を前にしてそういうことを言える立場じゃない。
「で、この数日間何もしてなかったってわけじゃないだろ?」
「いやまあ、それはそうなんだけどな…」
どうにも伝えにくそうだ。嫌な予感がする。
「この際、全部話してくれ。これ以上悪くなりようもないだろうし、一刻も早くできることをやらなくちゃ」
「分かった。ナナホシの病気が判明したんだ。ドライン病だ」
聞き覚えのない病気だ。俺は医学に精通しているわけじゃないから、仕方ないとも言えるが。
「ドライン病?」
「ああ。普通の人間なら発症することのない病気だから、レードが知らないのも無理はない。つっても、俺もペルギウスから話を聞くまで知らなかったけど」
ドライン病とは魔力を持たない者が体内に入ったそれを中和することができず、溜め込んでしまった結果、病となるとのことだ。7000年ほど前に人間の魔力が強くなったことで根絶されたらしい。
「病気が判明してるんだったら、治す方法もあるんだろ?」
俺が聞くとルディの表情が曇る。
「…ないとまでは言い切れない。だけど、確実じゃない」
元より太古に失われた病だ。そんなものの治療法を知ってる人など、探すことの方が難しいだろう。そのためにペルギウスは時間稼ぎをするらしい。静香姉の身体の時間を止めるとのことだ。
「…ナナホシには言うなって言われたんだけどさ。お前が寝てる間にアイツは一度起きたんだ」
「なんて言ってたんだ?」
「…それは言えない。内容は言わないってナナホシと約束したからな。でも、その代わり俺の方からもしかしたらって考えはある」
ルディの考えが当たるかどうかはわからないが、こちらとしては藁にもすがる思いだ。そんな表情の俺に軽く頷き、ルディは続ける。
「魔界大帝キシリカ・キシリスに会ってみようと思う」
この世界の住民ならその名前を知らない人は少ないだろう。7000年前、人魔大戦を引き起こした張本人だ。ルディは転移事件の後、偶然彼女と出会い、魔眼を授かったのだという。
「どこにいるのかはわかるのか?」
「わからない。でも、その手がかりを探すためにも、まずはペルギウスに魔大陸に送ってもらおうと思う」
彼は転移魔法陣を書けるので魔大陸に行くことはできる。でも、キシリカが見つかるかどうかもわからない。見つかっても彼女がドライン病の治療法を知ってる保証もない。
しかし、今の俺たちにできる最大限はそこだろう。
「とりあえず、レードはしばらく身体を休めて…」
「わかった。俺も魔大陸に向かおう」
俺の言葉にルディは仕方ないようにため息をつく。
「やっぱり、シルフィの言う通りになったか」
「シルフィ姉?」
「ああ。さっき言ってたんだよ。レードなら止めても無駄だって。だからこそ、引き止めたかったんだけどな」
さすが長い付き合いの姉だ。俺が無茶することなどお見通しらしい。
「…ちょっと話が逸れるけどいいか?」
ルディは頷く。
「お前とパウロさんはゼニスさんを助けるために命を賭けたし、無茶もしただろ? そりゃ、あのときは俺だって全力は尽くしたが、お前らを前にしてそれを声高には言えない。でも、俺にとってのそれが今なんだよ。今無茶しなかったら、それこそ一生後悔すると思う」
今の俺が戦力になるかと言われれば微妙なところだ。でも、何もしないでいるのが耐えられないのだ。
「…薄々そうすると思ってたよ。止めても無駄だろうって」
他のメンバーはもう決まっているらしい。ルディ、ザノバ、クリフ、おばあちゃんの4人だ。シルフィ姉やロキシーさんをその中に入れなかったのはルーシーちゃんの面倒を見てほしいというのはもちろんあるだろうが、何がいるかわからない危険な場所に向かわせたくないというのもあるだろう。
ともかく、俺の方の気持ちは決まったしあとは行動に移すだけだ。
「とりあえずお前も参加するってことでいいな?」
「ああ。今更止めるなよ?」
「だが、今のお前は無茶はさせない。あと、ナナホシとは一度話しておくといい。急にいなくなったりしたら心配するだろうから」
俺としてもこのまま何も言わずに魔大陸に行くつもりはない。
ルディとは一度別れて、静香姉の眠る寝室に戻る。覚悟を決めただけだが、どっと疲れが出た気がする。
(…大丈夫だ。絶対治る。いや、治してみせる)
心の中を渦巻く不安を一掃するように呟く。そんな様子を見られていたらしい。
「…なんて顔してるのよ、レード」
目を覚ましていた静香姉が声をかける。
「酷い顔だ、静香姉。俺も人のこと言えないと思うけど」
同じ不調を渡されたのだから当然だ。
「なあ、静香姉…」
「私の病気、治らないみたいね」
そういえばルディが話したと言っていたな。
「ルディから聞いたのか」
「ええ。あなたが起きてなくてよかった。今よりずっと酷かったから」
何を話したのかは聞かないでおこう。どうせ聞いたところで教えてもらえないだろうし。
「治らないというのは間違いだ。俺が治してみせる」
医学の心得はないが、治療法を知ってる人を見つけるのだ。
「…今のあなたのその身体で?」
「ああ。ここで無茶しなくちゃ一生後悔するからな」
そう言うと静香姉は仕方なさそうに微笑む。
「やっぱり、あなたは私のために無茶をするのね」
「当たり前だ。というか、そもそも無茶とすら思ってもないからな」
やって当然のことだ。それを静香姉はずっと前から理解してくれている。だからこそ、一緒にいてくれるのだろう。
「…そう。でも、気をつけて」
申し訳なさそうな口調で告げる彼女の頭を軽く撫でる。こうして、俺も魔大陸へ向かうこととなった。
忙しくてなかなか進まないですね…