目の前にいる兵士はだいたい20〜30人程度か。俺1人だったら突破することも可能だが、今回は5人だ。そもそも逃げ出したところで、その後どうするのかのビジョンもない。
「我らはガスロー地方が不死魔王アトーフェラトーフェ様の親衛隊である。アトーフェ様の勅命である。キシリカ様をこちらに渡し、今すぐ城へと出頭せよ」
先頭で立つ男が人間語で告げる。それに対しておばあちゃんが聞く。
「嫌だと言ったら?」
「容赦はしない」
剣に手を当てる彼らは冗談で言っているわけではないだろう。ルディがこちらを見る。俺の判断に任せるというわけか。
「い、いかん。こやつらに捕まったら何をされるかわからんぞ! なにせアトーフェは魔王の中でも随一のアホウじゃからな!」
キシリカが何やら喚いているが、彼らの狙いは彼女だ。おそらく何かやらかしたのだろう。
「なぜ魔界大帝を必要とする?」
「1年前、キシリカ様がアトーフェ様が受け取られるはずだったお酒を1人で飲んでしまわれたのです。楽しみにしていたアトーフェ様は烈火の如くお怒りになられ、我々にキシリカ様の捜索を命じたのです」
キシリカの表情を見る限り、老兵士の言ってることは事実のようだ。
「しかしな…。俺たちの方も彼女が必要だ」
「ええ。事情は存じ上げております。ソーカス草はガスロー地方でも栽培しておりますし、その栽培方法もお教えしましょう。なんでしたら、鉢植えも用意いたします」
俺は再びルディの方に視線を向ける。頷く彼は同じ考えだったのだろう。土魔法でキシリカの手首に手錠を取り付けた。
「よくわかったな」
「お前ならこうすると思ってな」
キシリカを兵士たちに引き渡しつつルディが言う。
「ご協力感謝します。我々とともに城までご同行ください」
頭を下げて老兵士が告げる。
「…ここで待っておくというのはダメでしょうか」
ルディの言葉に老兵士は首を横に振る。
「我々としてはそれでも構いませんが、我が主アトーフェ様は納得しかねるでしょうな」
だろうなと思う。キシリカの言葉から察するに、追っかけてでもこちらと会おうとするような相手な気がする。ソーカス草だけもらって帰ろうと思ったが、そこまで都合良くはいかないようだ。
こうして俺たちは兵士たちと共にアトーフェの城へと進んでいくこととなった。
旧キシリカ城の謁見の間に辿り着いた俺たちは、ルディとザノバと共に待たされていた。おばあちゃんとクリフはソーカス草が生えている場所に案内されている。バーディガーディがルディとシルフィの結婚式でそうであったように、不死魔族は時間にルーズな部分があるらしい。
(マジで早くしてくれよ…)
すでに結構な時間待たされている。こちらとしては静香姉のことも心配だし、何より俺自身に余裕がない。ギルドで仮眠を取ってなかったらこの場で失神してもおかしくはないだろう。
「もうすぐお越しくださるので、もうしばしお待ちください。あと、アトーフェ様より褒美は受け取らないようにお願いします」
「受け取るな、と?」
「はい。褒美を受け取る流れになってしまった場合、我々にはどうすることも出来ませんので」
キシリカを連れてきてくれた礼をしたいとのことなのだろうか。俺たちからしてみれば、そんなのは結構なのでとっとと帰らせてほしいところだが。
まあ、城に通された時点でそんなことを言ってるわけにはいかない。とりあえず早く来てもらわないと話にならないが。
「おい、どけ」
気の強そうな女性の声が響く。傷だらけの鎧を身に纏うその姿はまさしく女騎士のそれである。
俺たちが数歩横にズレると、女騎士は堂々と前に立ち言い放つ。
「オレが不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバックだ!」
その声に合わせて兵士たちが剣抜いて捧げる。俺たちは反射的に膝をついて頭を下げた。
「まずは、礼を言おう。お前たちのおかげで、キシリカのアホを捕まえることができた」
捕まったキシリカはこの後どうなるのだろうか。ふと思ったが、彼女もなかなか死にそうにないので、案外どうにかなる気がする。
ちなみに以前、魔神語はわからないと言ったが、厳密には違う。ルディほど喋れないだけで、最低限のコミュニケーションはできるのだ。目の前の不死魔王も口が達者な方ではなさそうなので、問題はないだろう。
「褒美を与えねばなるまいな」
それに対して、ルディがはっきりと答える。
「いいえ。褒美は結構でございます」
「お前、オレの褒美がいらんというのか?」
アトーフェが殺気の宿った瞳で睨みつけて、ルディが震える。このままだと彼はその褒美とやらを流されていただいてしまいかねない。
「ああ。いらないと言っている」
彼に代わる形で俺は告げる。俺としても睨みつける彼女は正直怖いが、ここで退くわけにもいかない。
「ほう。我が親衛隊に入り、至高の力を手にする名誉を放棄すると?」
「俺は静香姉のものだ。悪いが、それ以上の名誉はいらないな」
「その目は気に入った。ますますオレは貴様たちが欲しくなったぞ!」
まずい。悪い方向に気に入られてしまったかもしれない。あそこで口を挟むのは悪手だったか。しかし、こうなってしまった以上、こちらも後には引けない。
「それはどうも。だが、俺たちはアトーフェ様のモノにはならない。パワハラなんざ、受けてられねぇからな」
「訳のわからないことを言うなぁ!」
言葉を完全に理解はできなかったらしいが、煽りと捉えられてしまったようだ。キシリカが呆れたように呟く。
「ほらな。こいつは馬鹿なのじゃ。関わりあいにならん方がいい。まともな話などできるものか」
「うるっせぇ! 馬鹿じゃねえ!」
アトーフェが馬鹿かどうかはともかくとして(正直馬鹿であるとは思っているが)、親衛隊とかに入っている暇はない。ルディがどうするんだよと言いたげに俺を睨む。
(悪い、ルディ。こんなことになるとはさすがに思ってなかった。どのみち納得はさせられなかっただろうけど)
なおも怒り狂うアトーフェは剣を振り回す。
「アトーフェ様! 殿中でございます!」
「うるせぇ! オレは馬鹿じゃない! 馬鹿じゃないぞ!」
兵士たちを吹っ飛ばし、アトーフェはこちらに近づいてきた。その剣を振り下ろそうとしたところで、俺も剣を当てる。甲高い金属音が鳴り響く。
「貴様、相当な闘気だな! ならこちらも北神流の本気を見せてやろう!」
アトーフェは叫ぶが、パワー勝負は彼女に分がある。俺の剣が徐々に押されていく。
(チッ…。これはヤバいな)
ただでさえ、こっちは体調不良で消耗している。それを見ていたルディが言う。
「レード! 受け流せ!」
何か策があるのだろう。俺は剣を斜めにずらした。地面を割る勢いでアトーフェの剣が突き刺さる。危ない。あんなモノをまともに食らったら粉微塵だ。
「電撃!(エレクトリック)」
とルディが紫電を放つ。アトーフェが剣を取り落として怯む。その隙を見逃さなかったのが、ザノバだ。
「ふんっ!」
「がぶぎょぁ!」
ザノバの鉄拳がアトーフェの顔面に突き刺さる。彼女は顔面を変形させながら文字通り吹き飛び、玉座の後ろの壁まで破壊して城外へ落ちていった。ザノバの神子パワー凄まじいな。
「む…いかん。死んでしまいましたかな?」
「いや、死にはしないと思うけど…」
兵士たちが周りを囲む。そうしてその代表であるかのように、老兵士が近づいてくる。
「もう一度聞くが、お前たち、我らの仲間になるつもりは無いのだな?」
「あ、ありません」
「あのお方は強き者が好きだ。技を直前で止められ、一発で城外まで吹っ飛ばされたとなれば、必ずやお前たちを欲しがるだろう」
だろうな。そういうタイプだ、あの魔王は。
彼が語るところによると、アトーフェに捕まると決闘をすることになってしまうらしい。そこで負けると兵士としての永久就職が決定してしまうとのことだ。勝てばと思ったが、見るからに強いし、直近5000年で勝利を収めたのは北神カールマンと魔神ラプラスの2人だけらしい。
つまり決闘した時点で負けが決まってしまうようなものだ。
「…ルディ、ザノバ。おばあちゃんたちと合流して逃げろ」
「お前はどうするんだよ」
「可能な限り足止めしてずらかるよ。だから、とりあえずこれを渡しておく」
俺が取り出したのは小さな2つの指輪だ。片方を俺は指にはめる。
「なんだよ、これ」
「転移迷宮で拾った戦利品だよ。あの遺跡が見えたら2回叩いてくれ。こっちにも振動が伝わるから、それを合図に俺も撤退する」
こんなところで役に立つとは思わなかったな。
「てか、お前、その状況でそれは無理だろ…」
「じゃあ、なんだ? お前かザノバがやるか? そっちの方が現実的じゃないだろ」
ザノバの神子パワーでも限界はあるだろうし、ルディはアトーフェのような接近戦を得意とする強者相手は不利だ。それに何より、アトーフェを怒らせたのは俺なのだから、俺が相手をする責任がある。
「ほら、アトーフェが戻る前に逃げろ」
今なら兵士たちも命令を下されていないから大丈夫なはずだ。
「…あとでいろいろ言わせてもらうからな」
ルディがこちらをジロリと睨む。そんな顔しなくても、30分後にはペルギウスの城でゆっくりできるはずだ。
ルディとザノバ、キシリカが走り去ってしばらくすると、アトーフェが窓から這い上がってきた。彼らがいないことに怒りを露わにする。
「ムーアアァァァ! 奴らを追えぇぇぇ!」
「いや、させねぇよ?」
俺も剣を構えてアトーフェと対峙する。
「ほう、貴様は残ったか。潔いヤツだ。まずは貴様から我が傀儡としてやろう!」
「だから、させねぇって」
こうして俺の魔王退治(時間稼ぎ)が始まるのだった。
次回、決着