(さてと…。これからどうすっかな)
目の前の魔王に対して戦略を練る。不死魔族のもっとも厄介なところは、攻撃力でも防御力でもなくその不死性なのだ。不死故に彼らは斬られるのを恐れない。事実、以前戦ったバーディガーディは俺の剣もルディの岩砲弾も平然と受け止めていた。
とはいえ、ダメージが全くないというわけではなさそうだ。ルディの電撃もザノバの拳も彼女にははっきり通じていた。
「かかって来ないなら、こっちからいくぞ!」
アトーフェが剣を振りかざす。スピードはあまりないが、凄まじいパワーが空気を振動してこちらに伝わってくる。
(まともに受けちゃ防御にならねぇな…。ちょっと削ってやるか)
ここで俺がアトーフェに向かって投じたのは短刀。彼女はやや驚きながらも鎧で受け止める。が、そのおかげもあってか、相手の剣の軌道が俺からズレた。
「この間合いなら躱せる」
俺は隙だらけのアトーフェに魔剣流をぶち込む。
(魔剣流、終炎。まあ、これで死んだりはしないだろうけど)
実際、炎の剣に対しても思わずと言った感じで驚きつつ目を開くが、刃そのものは彼女の分厚い筋肉を薄く削ったのみだ。
「見たことのない技だな!」
ほとんど俺のオリジナル技だし、そうなるのも無理はないな。
「そりゃどうも。なら存分に驚いてくれよ」
アトーフェが剣を再び持ち上げる。先ほどよりパワーを控えめにしたらしく早い一撃だが、アトーフェの力をもってすれば俺に風穴を開けるには十分だ。
(これは削ねぇか。なら避けるのみ)
早いといっても俺の目なら十分躱せる。が、そこで予想外の事態が起きた。剣を振り下ろした不十分な体勢から拳が放たれてきたのだ。
(まずい…! これは躱せねぇ!)
振り下ろしで体勢が悪かったとしても、命を刈り取れるその拳が俺の腹に突き刺さる。1メートル上だったら首から上が消えてなくなってたかもしれない。
吹き飛んだ俺はその勢いのまま壁に叩きつけられた。
「グフッ! 滋養強壮に効きそうなパンチじゃねぇか、クソが…」
俺の口から生温かい赤い液体が溢れて、腹部に激痛が走る。この様子だと、肋骨も何本か折れてるし、俺の治癒魔法じゃ治せないくらいにめちゃくちゃだ。まあ、仮に治せたところで魔力量がそもそも足りてないが。
「ほう。まだ息があるか」
「この程度で死んでちゃ、俺が殺したヒュドラが浮かばれねぇだろうが。まあ、俺1人の力じゃないんだけども」
軽口を返すが、俺の魔力量的に放てる魔剣流は残り4、5発がいいところだ。しかも豪炎乱舞のような大技など使うことすらできないだろう。無理に使えばこの場で崩れ落ちるのが目に見えている。
「ならば、貴様にトドメをさしてやろう!」
アトーフェが突っ込んでくる。何食ったらそんな馬力が生まれてくるのか。
(このシーン3度目だっつーの。今度はこれで対策させてもらおう。魔剣流、風斬剣)
俺が放った刃が向かった先はアトーフェではなく、その取り巻きの親衛隊の1人だ。巻き込まれることはないと油断していたらしい彼は簡単にアキレス腱を切り落とされる。その背後から俺は崩れ落ちそうになる彼の首を無理矢理掴んで持ち上げた。
そして、アトーフェの斬撃の間に挟み込む。
「なっ! 貴様ぁ!」
「不死魔王産、馬鹿の盾だよ。死んだらごめんね?」
こんなことばかりやってると、どっちが悪役かわからなくなりそうだが。俺は思わず苦笑いするが、彼の鎧は固く兵士は盾としての役割を十分に果たしてくれた。
「で、死んでたとしても生きてたとしても遠慮なく使わせてもらうよ」
俺は兵士の鎧の破片を拾い上げ、アトーフェの顔面に向かって投げつけた。硬い鎧の棘が目に刺されば、痛みに強い不死魔王とはいえどダメージはあるだろう。が、彼女は頭を屈め簡単にそれを回避する。
「そんな小細工が通じるかぁ!」
しかし、彼女が再び首を上に上げたときには俺は頭上にいる。
「…そう躱すと思ったよ。魔剣流、終炎!」
「むっ!」
炎の刃が振り下ろされる。横薙ぎで切り落とせないなら、頭をかち割ってやるしかない。アトーフェの頑丈な兜がそれを防ぐが、その程度で止まってはこっちが死んでしまう。
俺はそのまま地面にめり込む勢いでアトーフェの頭に剣をぶつけていく。
「ぐおおおおお!!!! やめろぉぉぉぉ!!!!」
「やめろと言われてやめるわけがねぇだろ!」
そしてとうとうアトーフェの頭が床に突き刺さった。経年劣化した床にヒビが入る。
「一旦下に落ちて頭冷やしとけ、怪物魔王!」
床が割れて、アトーフェは落下していく。何人か彼女の兵士を巻き添えにしたが、この際どうでもいい。どうせ死なないだろうが、今は時間を稼ぐ方が大事だ。
「そこから動くなぁぁぁ!!!」
下からアトーフェの怒りの叫びが聞こえてくる。案の定、彼女へのダメージはそこまでないようだ。
(クソが…。かなり力を使ったってのにフェアじゃねぇだろ。まあ、人族と不死魔族だからある程度は覚悟してたけどよ)
彼女が戻ってくるまでどのくらい時間を要するか。戻ってきたところで、大きく消耗している俺がまともに戦える未来が見えない。
フラフラしていたところで左手の指先に微かな振動があった。ルディに渡した指輪の片割れからの合図だ。彼らが無事に遺跡に着いたのだ。俺は拳を小さく握って、穴に向かって声を張り上げる。
「さっさと上がって来い、魔王! 大技で勝負をつけてやるよ!」
アトーフェの唸り声が聞こえてくる。向こうも何かしらの必殺技のようなものを使うつもりだろう。俺は砂埃を出して時間を稼ぐ。
(魔剣流、土煙幻惑)
砂煙が晴れたところで不意打ちをかますつもりだ。すでに地上に上がってきたアトーフェもその思惑に気づいたようだ。
「不意打ちか! どこからでもかかってくるがいい!」
受ける気満々のようだ。確かに彼女の戦闘能力なら、今の俺がどんな攻撃を仕掛けても一矢報いることすら許さないだろう。だからこそ、俺の口角が上がる。そして、剣を構えて新技を…。
放たなかった。
「ばーか! 大人しく付き合ってやるかよ、おっかねぇ! それにもうとっくにタイムアップだっつーの!」
正々堂々と戦うのが向こうのポリシーなら、こっちは卑怯全開だ。技など使うことなく、俺はアトーフェと反対方向へ走り出していた。
「なんだと! コイツを捕まえろぉ!」
砂煙からアトーフェの声が聞こえる。兵士たちが探すが俺は見つけられない。うち1人が闇雲に放った槍が俺の左肩に深々と突き刺さり灼熱の痛みが走るが、その程度で止まるつもりはない。
「邪魔だ、雑魚ども。水蛇落とし」
俺を囲み込もうする彼らを斬り捨て先に進む。俺の撃てる魔剣流もこれがラストになるだろう。
(クソが。痛みで足がおぼつかない。ルディたちはもう無事に転移できたんだろうな…)
アトーフェから食らった腹パンとさっき受けた槍のダメージがあまりにもデカい。しかし、治癒魔法を使う暇すら惜しい。どのみちペルギウスの城まで辿り着けば、このくらいの傷はどうとでもなるはずだ。
城を出てどのくらい走っただろうか。人気のないリカリスの街で俺は思わず立ち止まる。腹の底から込み上げてくるものを抑えられなかったのだ。
「ゴホッ! ゴフッ!」
血の塊が地面に落ちる。吐血量があまりにも多い。走ったことで余計に開いた背中の傷も見た目以上に重い。だが、それ以上に全身の動きが悪かった。
(これ、絶対あのとき受けたダメージだけじゃないだろ…)
もともと体調が悪かったのもあったが、ここまで酷くなるとは。自分の身体の異常に思わずため息をつく。
口元をどうにか拭って足を動かす。敵に捕まったら今度こそゲームオーバーだ。魔力もほとんど残っていない今は突破できるとは思えない。
「静香姉、待ってろ…。俺はこんなところじゃ死なねえから。でも、ノルンちゃんの無事に戻ってくるって約束は守れそうにないな」
だが、これだけきつかったのだから、どうにか帰って来れたならその約束破りは不問にしてほしいところだ。
自身の身体に着々と死が迫ってくるのを感じつつ俺は走る。恋人を救いたいという信念がなきゃこんな無茶はとてもできないだろう。
その馬鹿みたいなド根性の甲斐もあってか坂を登った先の遺跡が見えてきた。あとはそこに入って魔法陣に飛び乗るだけだ。しかし、待っていたのは絶望だった。
「なんで…。なんで、だよ」
ルディ、ザノバ、おばあちゃんが倒れていたのだ。その先にいたのは魔王アトーフェとその親衛隊だった。
「フハハ! やはりここに来たか! ムーアに指示して先回りさせて正解だったな!」
どうやら俺とアトーフェがやり合ってる間に兵士たちの何人かをここでの待ち伏せに使ったらしい。ルディたちも当然抵抗したが、多勢に無勢。そこにアトーフェ自身も飛んで来たようだ。
「レ、レード…」
足元からルディの声が聞こえる。彼らのその眼は死んでいない。まだ戦えるのだ。
だが、俺の方は身体も心も限界だ。血も魔力も失いすぎた。立ってるのが不思議なくらいだ。覚悟して目を閉じたそのときアトーフェの驚く声が聞こえた。
「なんだと…!」
魔法陣の中から現れたのは『甲龍王』ペルギウス・ドーラだった。
「不死魔王アトーフェラトーフェか。貴様の薄汚い兵の血で、我が城が汚れたぞ」
「ペェェルギィウゥスゥゥ!」
怒りを込めたアトーフェの絶叫が響き、ペルギウスは愉快そうに笑う。その姿を見て俺は確信した。
(…助かった)
そうして俺の意識は徐々に暗くなっていくのだった。大きすぎた疲労と安心感とともに。
かなりのタフネスマンです、レードは