俺が意識を取り戻したのは、ペルギウスの城に戻ってきて3日後だった。
(知らない天井…ではないか)
ペルギウスの城の一室だ。無事に戻って来れたことに一呼吸つく。あれだけボロボロだった俺の身体もどうにか治っているようだ。
(この世界の治癒魔法は凄まじいな…。どういうわけか身体は動かせないけど)
金縛りにあったかのようなこの感覚には覚えがある。ヒュドラとの激闘を制し、ゼニスさんを救出した直後のあの感覚とほぼ同じだ。魔力を使いすぎたことがやはり影響してるのだろうか。
と、ここでドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
俺の言葉と共に現れたのはルディだ。彼の表情にはどこか安堵が浮かんでいる。
「おはよう、レード。体調はどうだ?」
「傷自体は全部治ってる。身体は全く動かせないけどな」
「魔力切れが原因なのかな」
「たぶんな。ヒュドラと戦ったときと似た感覚だ。それで、あのあとどうなったんだ?」
ルディたちもかなりボロボロだったが、俺はペルギウスが現れてすぐ気を失ってしまった。まあ、この城があの脳筋魔王の城じゃないことから薄々想像はできるが。
「ペルギウスが文字通り吹き飛ばしたよ。凄まじい魔法だったな」
ペルギウスはアトーフェと戦う口実ができたことをかなり喜んでいたらしい。殺し合いはダメだが、一方的に殴るのならセーフだという。どこがセーフなのかわからないが。
「静香姉はどうなった?」
「ソーカス茶を飲んだら一応治ったよ。それでもまだ体調は万全じゃないと思うから、前みたいになるには時間がかかるらしいけど」
それでも症状が落ち着いたのなら十分だ。しかし、その割にルディの表情は浮かない。
「…何か問題でもあるのか?」
俺の言葉にルディは絞り出すように答える。
「…正直、まだレードに言わなきゃいけないことがあるんだが、どこから説明していいものか分からなくてな」
「静香姉のことか? なら、もうとっくに覚悟はできてるよ。ドライン病以上の厄ネタはないだろうし」
俺の言葉にルディは首を横に振る。
「ナナホシが関わっていないことじゃないと思うんだけど…。どっちかっていうとタイミングの問題だな。いや、お前に隠しても意味はないし、全部順を追って話すよ」
ルディは一度深呼吸をして座り直す。
「まずは、そうだな。ペルギウスに救出された直後のことを話そう。まあ、俺もしばらく寝てたから見てないんだが、クリフ先輩がキシリカから魔眼を賜ってな」
キシリカは飯を分け与えた者に魔眼を渡すのだという。ルディもかつて少し先の未来が見える予見眼を賜り、それによって幾度となくピンチから逃れてきたとのことだ。まあ、そこにはヒトガミの指示があったらしいが、ヒトガミは今は関係ないので置いておくとする。
「魔眼っていうと、ルディが持ってるやつと似たようなやつか?」
「俺は予見眼だが、クリフ先輩は識別眼を賜ったんだ」
識別眼というのは見た物の詳細がわかる魔眼らしい。あくまでキシリカの知識の範囲内といつ枕詞がつくが、アレで彼女は相当の年数を生きている。この世でわからないことの方が少ないだろう。
「クリフ先輩がナナホシを見たとき、ドライン病っていうのは完全に確定したんだ。ご丁寧に治療法まで見えたらしい」
彼の識別眼は相当役に立つのではないだろうか。もはや、医者泣かせである。
「けど、クリフ先輩の識別眼に反応があったのはナナホシだけじゃなかったんだ。お前に、レードにも識別眼で見えたものがあったらしい」
「…俺?」
なるほど。ここで俺の名前が出てくるわけか。
「ああ。クリフ先輩曰く、お前はある呪いにかかっているらしい」
「呪い? でも、そんな症状なんて10何年も生きてきて1度も…」
ザノバのように目に見える強靭な肉体や怪力ではないのだろうか。
「レードがわからないのも無理はない。というか、本来なら発覚することすらないらしい呪いだからな」
「どういう呪いなんだ?」
「…身体に溜まってる魔力を吸収する呪いだよ」
その言葉に俺は違和感を感じる。
「いや、待て。だったらそれはおかしいぞ。俺はシルフィ姉やルディ、ノルンちゃんとあれだけ一緒にいて俺もみんなも気づかないはずがないだろ」
ルディは彼自身の莫大な魔力量もあって、俺一人が吸収したところで何の影響もないかもしれないが、他のメンバーならそうはいかないだろう。
ルディも頷いて続ける。
「そうだよ。だから、俺もそれは疑問に思ったんだ。でも、クリフ先輩曰く、そこにはある条件があったんだ」
「条件?」
「ああ。その相手と性行為をすることで吸収するっていう条件だ」
それは確かに気づかないな。シルフィ姉やノルンちゃんとはそういうことはできないし、ましてやルディは男性だ。
(…ちょっと待て。もしかしてこれは)
俺の中で数年前から抱いていた推測が現実味を帯びてきた。あのときは荒唐無稽な予想でしかなかったが、自分の中でそれが筋の通る話になっていく。
「俺が性行為をする相手は静香姉しかいない…。てことはもしかして」
「ああ。だから、お前にこの事実を伝えるか最後まで迷ったんだよ」
ドライン病はそもそも身体に魔力が溜まることで起きる病気だ。つまり、俺のその呪いは彼女にとってはソーカス茶と同等かそれ以上の有効性を示す。
しかし、それを言い換えると…。
「…あの旅はなんの意味もなかった?」
ルディは答えず、俺から視線を逸らす。彼は何も言わなかったが、それは確かに肯定を示しているように感じられた。
「…つまり、俺はなんの意味もない旅で、ルディやおばあちゃんたちを危険に晒したのか?」
「それは…」
ルディの言葉が詰まる。
「それだけじゃない。俺は静香姉を助けたいとか言いつつ、彼女を不安にさせただけだ。さらに言えば、彼女がドライン病で苦しんでるのも、そもそも俺のせいじゃないか…!」
俺がもっと静香姉と接していれば、いくらでも防げたことだ。呪いのことを知らなかったなど、言い訳にもならない。俺と出会ってから彼女の体調が良くなったのは火を見るより明らかなことだ。そして、おそらく彼女はその可能性に気づいていた。それを無視した俺の怠慢でしかない。
「ルディ、静香姉にはこのことは?」
「まだ伝えてない。一応、彼女が目を覚まして一度会いに行ったけど、真っ先に伝えるべきはお前だと思って」
「そうか。なら、悪いけど、俺からの伝言を一つ頼んでもいいか?」
「ああ。それは別に構わないが」
「ルディにこういうことを頼むのは心苦しいんだけどな。俺が『別れよう。もう会わない』って言っていたと伝えてくれ」
「…は? どういうことだよ、それ。というか、自分で伝えろよ」
ルディは困惑の表情を浮かべる。
「…それはできないんだよ。俺は静香姉の前に立つ資格すらない」
「資格なんて、そんなん関係ないだろ。ナナホシにはお前が必要だ」
「ルディたちを危険に晒しておいて、のうのうとみんなの前になんて立てない。…俺は、どこまでも最低だよ」
大事な人を危険に晒して、静香姉を殺しかけてどのツラ提げてみんなの前に立てるというのか。
「すまない、ルディ。これが、俺からの最後の頼みだ」
「最後のって、お前…。というか、受け入れられるわけないだろ」
「…頼む」
俺の目から水滴が溢れる。この涙はなんだろうか。静香姉と別れることへの涙か? それとも俺の無力さ故の涙か? どちらにしても今の俺には泣く資格すらないだろう。
「レード。お前、いろいろあって疲れてんだよ。とりあえず、しばらく休んでくれ。そうすれば…」
「休んで何か変わるのか? 俺の怠慢が許されるのか?」
ルディは何も答えない。彼もまた苦々しい表情を浮かべていた。
「…また来るよ」
長い沈黙のあと、彼はそう言って部屋から出て行った。
(静香姉は俺がいないとドライン病がどうなってしまうかわからないっていうのはある。でも、ソーカス茶がある以上、俺の存在は必ずしも必要じゃない)
だが、それ以上に俺の脳裏に去来するのはアトーフェの前に倒れ伏すルディやおばあちゃんの姿だ。
(あの地獄絵図は俺が作ったようなものだ。そもそも、俺がアトーフェをもう少し抑えられてればああはならなかっただろうし)
そんな自分が静香姉と幸せになる? 反吐が出る冗談だ。俺だけが幸せになるなどふざけているにも程がある。
「…もう何もしたくない。死んでしまいたい。誰か、誰かこの馬鹿を殺してくれねぇかな」
虚空に向かってぼんやりと呟く。自分の心が折れていく音が確かに聞こえてきた。
レードの呪いに関してはまだ隠されてることがございます。お楽しみに…