レード兄の復活に向けて私たちは動き始めた。とはいえ、私は学校が忙しい。一足先にシルフィ姉さんが会いに行ったようだ。しかし、その結果は芳しくなかった。
「ごめんね、ノルンちゃん。家に入れさせてももらえなかったよ…」
シルフィ姉さんは落胆した表情で語る。今のレード兄の状況から察するに、1人でどこかに行くというのは考えにくい。どうしても会いたくなかったようだ。
私も向かおうかと思ったが、無策だとシルフィ姉さんと同じ結果になるだろう。とはいえ、一人でも打開策が思い浮かばない。
(こういうときに頼りになるはずのナナホシさんは今それどころじゃないだろうし…)
彼女のドライン病はソーカス茶で一応落ち着きはしたが、それでもしばらくは安静が必須らしい。そんな状況でレード兄のことを手伝わせるのも酷だろう。
「…レードさんのことですか?」
悩みながら寮に帰ろうとする私に声をかけたのはロキシー姉さんだ。
「兄さんから何か聞いたんですか?」
「ルディはルディでなんか最近様子がおかしいんですよね…。シルフィから相談を受けました」
彼女もまた、私と同じように口の固いロキシー姉さんに相談することにしたのだろう。
「兄さんの様子がおかしいのは今に始まったことじゃないと思いますが…」
私の言葉にロキシー姉さんは苦笑いする。
「それはそうなんですけど、なんか妙に切羽詰まった表情に見えるんですよね」
ロキシー姉さん曰く、ここ最近兄さんは一日中書斎に籠ったり、出てきたと思ったら青い顔をしていたのだという。レード兄のことを話したときも落ち込んではいたが、どうやらそれとはまた別の問題らしい。
「そうですか…。まあ、兄さんがロキシー姉さんたちを傷つけるようなことは絶対ないと思いますけど」
「そこは大丈夫です。でも、ルディがずっとそういう状態なのは、不安ですが。それはそうと、レードさんのことですよね?」
私が頷くと、ロキシー姉さんは訝しげに答える。
「シルフィからだいたいの事情は聞きました。それで思ったんですけど、少しおかしくありませんか?」
「おかしい?」
「はい。自分は迷宮でレードさんと共に旅をしました。そのときの彼はまさに鬼のように強かったです。そんな彼が今のような状況になってしまうのがどうしても想像できなくて…」
それは私もそう思う。両親を転移事件で失ったときでさえ立ち直ったというのに。
「ですから、レードさんは何か心が折れる決定的なことがあったのではないでしょうか」
「兄さんが言ってたこと以外で、ですか?」
「はい。ルディが話したことも間違いではないと思いますよ。レードさん本人から聞いた話でしょうし。ただ、レードさんが言わなかった、あるいはそのときにはわかってなかったこともあるのでは、と思いまして」
兄さん曰く、あのとき確かにレード兄は落ち込んでいたらしい。しかし、ここまで悪化するというのは予想外だったようだ。
「…何があったのでしょうか」
ロキシー姉さんは申し訳なさそうに首を横に振る。
「ごめんなさい、そこまではさすがに…」
誰も会ってない以上、それの断定すら困難だ。とはいえ、協力してくれる人がいるのはありがたい。
2人で話しているうちに私たちは家の前まで着いた。今日はせっかくだし外泊することにしよう。
「お。おかえり、ノルン、ロキシー」
帰ってきた私たちを出迎えたのは父さんだ。母さんを無事に救出して、シャリーアのグレイラット邸に住んでいる彼はギルドの依頼をこなしつつ、捜索隊の後処理をやっているらしい。
「ただいま戻りました。お父さん」
「おう。今日はうちに泊まるのか?」
「はい。兄さんには言ってませんけど」
まあ、ロキシー姉さんに伝えたから大丈夫だろう。
「まあ、ルディだったらいつでも大歓迎だろうさ。最近のアイツはいつもに輪をかけて変だけど」
やはり父さんもそう感じているようだ。今も書斎にいるらしく出てこなかった。
家に荷物を下ろして私はシルフィ姉さんに声をかける。彼女はルーシーちゃんの面倒を見ていた。
「ただいま戻りました。シルフィ姉さん」
「おかえり、ノルンちゃん。レードの様子はどう?」
「まだ行ってないです。父さんにも何か聞けないかと思いまして」
レード兄との付き合いは私と同じかそれ以上に父さんは長い。私よりレード兄に関して知ってることも多いかもしれない。
結局兄さんは夕食には姿を現さなかった。ここまで思い詰めるとはよほどのことがあったのだろう。しかし、それを真っ先に聞くべきはシルフィ姉さんかロキシー姉さんで私ではない。
食事の後、私は片付けをしながら父さんに尋ねてみた。今、私が解決すべきなのはレード兄のことだ。
「父さん、レード兄に関して聞きたいことがあるんですけど…」
「そういえば、アイツはどうしたんだ? ノルンが帰ってきてるのに一緒にいないのは珍しいな」
その様子だと、父さんもまだ会えていないようだ。レード兄の現状についてはとりあえず言わないでおくことにした。
「ちょっと用事があるみたいで忙しいらしいです。それで、質問なんですけど、捜索隊にいたときレード兄とシルフィ姉さんのご両親のことがわかったじゃないですか?」
あのときはまだ私も今よりさらに小さかったが、そのときのレード兄の表情は鮮明に覚えている。
「あのときレード兄はどうやって立ち直ったんですか?」
「俺の方からは何も言えなかったさ。ただ、あの後しばらくは取り憑かれたように仕事や鍛錬に励んでたな」
あのときも今とは違った意味で顔色は良くなかったし、治癒魔法で治してはいたが、毎晩手の皮が剥けても剣を振り続けていたらしい。
「そこまで頑張らなくていいって俺たちも何度か言ったんだけどさ。仕事したり剣振ったりしてる方が気が紛れるんだとよ」
確かに兄さんが来るまではずっとそんな感じだった気がする。私を可愛がってくれる優しさは今も昔も変わらないが、あのときだけはどこか苦しそうな笑顔を見せるときもあった。
(…今は、どうなのかな)
今のレード兄はむしろその逆だ。だからこそ、私は心のどこかで違和感を覚えているのかもしれない。
「あ、もしかして…」
「ノルン?」
父さんが訝しむようにこちらを見る。それを意に介さず私は考え続ける。
(ロキシー姉さんと父さんの話…。そして、引きこもってるレード兄。一つだけ仮定ができる)
私は父さんに頭を下げた。
「ありがとうございます、父さん」
「いや、どうしたんだよ、急に。ただでさえ、ルディがおかしいのに、お前まで変になられたら…」
お礼を言っただけなのに、変とは失礼な話だ。しかし、相変わらずな父さんの様子に私は微笑み返して自室に向かうのだった。
(明日、レード兄の家に行ってみよう。あとはそのときになんとかする)
自分のこの仮定はレード兄にとっても私にとっても良いものではないだろう。だが、現状を打開する突破口にはなるかもしれない。そう思いつつ眠りについた。
そして、翌朝。朝食を食べ終えた私はレード兄の家の前にいた。今日も授業はあるため場合によっては間に合わなくなるかもしれないが、今回ばかりは致し方ない。
とりあえず私はノックするが、反応はない。まだ、寝てるのかと一瞬思ったが、レード兄は学校がある日もない日もこの時間は起きているはずだ。シルフィ姉さんのときも今もノックをしたことに気づいてて無視してるのだろう。
私は開かない扉に語りかける。
「レード兄。今、そこにいるんだよね?」
私の声だけが響き渡る。通行人がチラリとこちらを見るが、気にすることなく続ける。
「私は兄さんたちと違って一緒に旅をしたわけじゃないから間違ってるかもしれない。でも、馬鹿な私でも何かあったってことはわかるの」
「私なりにレード兄に何かできないかって考えてみたの。もちろん、レード兄は心も体も強いから、私の助けなんていらないかもしれない。だから、そんなレード兄がこうなるなんて理由は一つしか思い浮かばなかったの」
ここで私は一呼吸入れる。
「この予想が完全な的外れだったら気にしなくていいし忘れて。でも、当たってるならドアを開けて。レード兄が抱えてるものを少しでもいいから背負わさせて。私が背負えないものだったとしても、一人で抱え込まないで」
まだドアは少しも動かない。しかし、この声が届いていると信じて私は続ける。
「レード兄、もしかして剣を振れなくなったんでしょう?」
その答え合わせは必要なかった。目の前のドアが開かれ、目を赤く腫らした私の英雄が確かにそこにいたからだ。
(…酷い顔。兄さんと仲直りした時の私もこんな顔してたのかな)
枯れたような弱々しい声でレード兄は答える。
「…な、なんで、それを」
「わかるよ。まあ、レード兄が開けてくれるまで確信はできてなかったんだけどね」
とりあえずこのドアを開けさせるだけで、第一段階はクリアだ。
「…でも、一番は私がレード兄を大事に思ってるから。だから、気づけたんだと思う」
私が彼のどんな力になるのかはわからない。それでも、この状況にしただけでも意味がある。
「そうか…。とりあえず中に入ろうか」
レード兄に促されて家に入る。ここに来るのも久しぶりだ。数日何も手につかない状態だったのだろう。部屋は彼らしくもなくあまり綺麗ではなかった。
さあ、ここからが本番だ。レード兄を元通りにする。私は気合いを入れ直した。
ここからまた大変なことになります