テーブルを挟んで座る私とレード兄の間に沈黙が流れ続ける。中に入れたのはいいが、この先のことは正直成り行きに任せるつもりだ。
数分沈黙が続いたのち、絞り出すような小さな声でレード兄が聞く。
「…なんでわかった?」
私がレード兄が引き篭もってしまった理由を看破したことについてだろう。
「父さんからレード兄のご両親のことを聞いたの。あのときレード兄がどうしていたのかも」
私の言葉にレード兄は合点がいったように頷く。
「なるほど。確かにあのときの俺は剣を振りまくってたもんな…。そこから今の俺が俺らしくないって思ったのか」
「うん。でも、レード兄が素直にドアを開けてくれた方が正直意外だったかな」
嘘であれ事実であれ、ドアを開けないという選択肢も取れたはずだ。その方面も少し覚悟していた。
「確かにあの場で無視する選択肢もあった。でも、あそこで開けなかったら俺は…」
そこまで言ったところで彼は俯いた。私としてはレード兄が開けなかったところで、別のやり方を考えるだけだ。
「それで、どうするんだ? 何か考えがあったからここに来たんだろう?」
「考えなんてないよ。レード兄と会うことしか考えてなかった。むしろ、レード兄はどうしたいの?」
私の問いに彼はため息をつく。
「どうしたい、か…。それがわかってたらここにいないんだけどな」
諦めにも似た苦笑いを浮かべる。しかし、その目には苦しさが見え隠れしている。普段のレード兄と同じかと思うくらいに異質だ。
私が答えに悩んでいると、レード兄は小さな声で語り始めた。
「…剣を振れない俺に価値なんてあるのかな」
そんなこと、と私は言おうと思うが言葉が出なかった。
「最初、俺も元通りになるって、自分ならなんとかなるって思ってたんだ。でも、実際に剣を持ってみたら震えとか吐き気とかで振るどころじゃない。その事実でますます自分が嫌いになったんだ。弱くて情けない自分が」
「情けないなんてそんな」
「アトーフェに負けたこと自体は大した問題じゃない。もともとあの状況で勝てる相手じゃなかったからな。それ以前の問題だよ。ルディやおばあちゃんたちに心配かけさせた挙句、この体たらくだ」
ここで私は決める。今の私にレード兄を元通りにすることはできない。だが、その感情を吐き出させて受け止めることくらいはできるだろう。
「…それに、ずっと成長してないのは俺だけだ」
「レード兄は」
「自分よりずっと強いって言うんだろ? でも、この程度でこのザマな俺のどこが強いって言うんだ? 力で多少強くなったとしても、中身は何も変わってない。今も昔もだ」
「それが普通だよ」
泣きそうな顔のレード兄に私は言う。
「普通だと? ルディもノルンちゃんも自分の力で立ち上がったじゃないか! 俺だけなんだよ、こんな無様晒してるのは!」
大きな声で叫ぶレード兄に対して、私も思わず声が大きくなってしまう。
「違う! 1人の力なんかじゃない! 私は兄さんとレード兄の助けがなかったらダメだった! 兄さんだってそう。シルフィ姉さんがいなかったら今はないと思う」
「それでも、俺は! 俺はみんなが期待してる1人で戦える、立ち上がれる俺にならなきゃダメなんだよ! それなのに剣も振れない役立たずじゃないか!」
レード兄がここまで感情を爆発させるのはいつ以来だろうか。彼の両親が死んだときだってここまではなかった気がする。
「なんで、なんで1人で立ち上がらなくちゃダメなの」
レード兄は言葉を詰まらせる。
「私はまだ頼ってもらってないんだけどな」
「…俺だって、誰かの力を借りれたらって何度も思ったさ。でも、それで静香姉は救えなかった。それどころか彼女の状況にすら見て見ぬふりする始末だ。そんな俺に手を貸す人間なんていない」
「…私が弱いから、レード兄の役に立てないっていうの? それなら残念だけど事実だね」
レード兄は首を横に振る。
「違う! そういう意味じゃないんだ! ただ、なんというか上手く説明できないし、できたとしても信じてもらえるはずもないんだ…」
「なんでそう決めつけるの? レード兄が勝手に思ってるだけでしょう?」
「じゃあ、ノルンちゃんが! みんなが、俺を助けられる根拠を言ってくれよ!」
なんでここまで言っても彼は気づいてくれないのか。いや、本当はわかっているのだろう。その上で目を背けているのかもしれない。ならば決定的な答えを突きつけるしかない。
「そんなの1つに決まってるよ。…私が、レード兄を大好きだからに決まってるじゃない」
少し間を置いて言った言葉。それはどこか自分の中でスッキリしたようなものを感じさせた。
「そんな、そんなことが根拠になるのかよ…」
半ば呆れたような声で彼は答える。
「なるよ。自分でなんとかしなくちゃいけない問題でも、他人を頼ることを教えてくれたのはもともとレード兄だよね?」
「教えたつもりはなかったんだけどな…」
確かに教わったというより、彼と接することで勝手に身についたという方が近いかもしれない。そんなことは別に関係ない。
「…そう思ってるのは、私だけじゃないよ。兄さんもシルフィ姉さんもナナホシさんもきっとそう思ってる」
「そりゃそうか…。そうか、俺はここまで大事に思われてたのか…」
その言葉に私は頷く。が、その一方で私は心の中でどこか違うのではないかと思っていた。いや、確かに私だってみんなと同じようにレード兄のことを大事に思ってるし、みんなも大好きだというのも否定はしない。
(…でも、その気持ちの根っこはたぶん違う)
かといって今の彼にそれを伝えてもどうにもならないだろう。というか、そこが伝わらなくても問題はない。
「…弱くて情けない俺だけど、いいのか?」
レード兄の問いに私は笑顔で答える。
「弱くて情けないけど、優しくてかっこいいレード兄が好きなんだよ」
私はそうして手を差し出す。彼はかつて私が握ったときと変わらない暖かさでそれに応える。
「…なら、俺を助けてくれ」
「うん」
ぐちゃぐちゃに泣き腫らしたその目には確かにレード兄のらしさが映り込んでいた。
「それで、どうするんだ? 現状、精神的にはどうにかなりそうだけど、剣が振れるとは思えないんだが」
レード兄が聞く。場所は彼の家ではなく、グレイラット邸への道のりだ。こうして外に出ることができただけでも大きな一歩だと思う。
「そこに関しては私がどうこうできそうにもないし、頼りになる人に聞いてみようと思うんだ」
「頼りになる人、か…。俺が見て見ぬふりしてただけで、この街にはたくさんいるもんな」
今パッと思いつくだけでも5人くらいはいる。なんとかしてくれるかはともかくとして、大きな手がかりになるはずだ。
「ほら、見えてきたよ。その前に涙の跡は拭いとかないとね。ちょっと腰屈めてくれる?」
「ちょ…! それくらいは自分でできるって」
「いいから、今日くらいは甘えて。ね?」
レード兄の頬をハンカチで優しく擦る。なにやら恥ずかしそうにしているが、私としては昔からされてきたことのある種の意趣返しをしているだけだ。
「…今思えばノルンちゃんに甘えるのは初めてかもしれないな。ずっと君には強い自分を見ててほしいって思ってたから」
それに昔はシルフィ姉さん、今は兄さんやナナホシさんに頼ってたとふと思う。
「そうかもね。でも、レード兄ならそういう姿を見せてもかえって好きになるだけだから、心配しなくていいよ」
むしろ彼も自分と同じで強さも弱さもある人間だと安心するくらいだ。
「…というか、一度好きって言ってからめっちゃグイグイくるな、この子…」
「だって、そう言って手を握っとかないとレード兄はすぐいなくなっちゃいそうだし。実際、引きこもってたわけだから」
吹っ切れたとは少し違うが、自分のこの感情を発散するには直接言うのが一番だと判断したのだ。
(…一言で恋愛感情っていうのもちょっと違う気がするけど)
まあ、それに対して答えを出すのは今じゃないだろう。
そうして私たちはようやくグレイラット邸の門の前に着いた。誰に最初に相談すべきか迷っていたところで後ろから声がかけられる。
「おや、ノルンさん、レードさん。おかえりなさい」
学校から帰ってきたらしいロキシー姉さんの姿がそこにはあった。
「ただいま戻りました。少し早いですね」
「お弁当を忘れてしまいまして…。でも、レードさんがいるとは」
「…お久しぶりです。そんなに日は経ってないと思いますけど」
彼の姿を見てロキシー姉さんは頷く。
「ノルンさんが連れ出してくれたんですね?」
「はい。心配させた上で申し訳ない限りですけど、相談に乗ってもらえませんか?」
私はその姿を見て安心する。こうやって普通に人に頼るレード兄を見たかったのだと。
「もちろん。ちょっと長くなりそうなので、お弁当は家で食べることになりそうですけど」
小さく苦笑いするロキシー姉さん。こちらもまたどこかホッとしたような表情に見えた。
※まだ完治はしてません