この世界にはない言語で書かれたその冊子を読んでどれほどの時間が経っただろうか。しばらく俺は言葉が出なかった。ルディの顔色は変わらない。こうなることを予期していたかのようだ。
(…ここに書いてあることは事実なのか? だとすれば、俺は…)
どうにかして俺は言葉を絞り出す。
「…これ、誰かに見せたのか?」
「いや、お前が初めてだよ。見せたとして誰も信じちゃくれないだろうし」
正直、今もなお半信半疑だ。それほどに惨いことが、信じがたいことが書かれているのだから。
(過去転移で未来のルディが悲劇を食い止めるために、この世界に現れた…。にわかには信じがたいが、書かれてることとルディの顔を見れば嘘を言ってるとは思えない。何より現物があれば信じるしかない)
しかし、ここで1つ気になったことがある。
「この世界での俺はどうなったんだ?」
「ここに書いてある限りだと、はっきりとはわからない。でも、死んだ可能性が高い」
だろうな、とどこかで思う。俺が生きているなら、こんな状況にされるはずもないのだ。未来のルディも推測しているが、ヒトガミが手を回した可能性が高いだろう。
(しかし、俺も死んでしまうか…)
よもや寿命や病気で死んだわけではないだろう。殺されたというべきか。誰が殺したのかはわからないが、それなりの手練れにやられたのだろうか。
「…思いの外、落ち着いてるな」
「そりゃあな。俺にとっては未遂でしかないからな。でも、ルディ。これを見せるためだけに呼んだんじゃないだろ?」
俺としてはこの日記に書かれている内容だけで十分お腹いっぱいなのだが。
「ああ。ここからが本番だ。レードに手伝ってほしいことがある。俺と一緒に龍神・オルステッドを殺してほしいんだ」
龍神・オルステッド。忘れもしない俺とルディを殺しかけた相手だ。静香姉の口添えのおかげでなんとか生き延びたが、命が何個あっても足りない相手だ。
「…それはこの日記を渡した相手から頼まれたことではないね?」
「そうだ。ヒトガミから言われたんだ」
この残酷な未来を人質に取って、オルステッドを殺してほしいとのことだ。
「ヒトガミが約束を守ってくれる保証がどこにあるんだ? これまでのお告げだってこの言葉を信じさせるための布石でしかなかったんだろう?」
今考えてみれば、ヒトガミのお告げ、特にベガリットに行くなというものはロキシーさんをターゲットにしているという仮説は間違っていなかったのか。
オルステッドをあわよくば殺せたとしても、結局日記に書いてあるような未来になってしまう可能性はいくらでもある。
「俺だって全てを信用してるわけじゃない。ヒトガミが何をするかは予想はできないしな」
なぜ従うのか、と聞きたくなったが、ルディとしても今できる最大限をするしかないのか。
「ルディが行く未来なら地獄でもついていきたいって今までなら言ったんだろうけど…。今は難しいかもしれない」
「どういうことだ?」
「今の俺は剣が振れないんだ。だから、実際に戦っても戦力になるとは思えない」
そこらのゴロツキなら俺程度の魔法でも倒せるだろうが、相手は最強だ。そもそも普通の状態でやっても勝てる未来が見えない。
ルディは驚いた後俯く。それなりに戦力として期待されていたようだ。
「まあ、それでも1回限りの肉壁くらいにはなれるかもしれないけどな」
自嘲気味に軽く笑って呟く。ルディが殺される瞬間に間に俺が入って隙を作る。その間にルディがトドメを刺すというやり方だ。だが、それも通用する保証はどこにもない。
「…ダメだ。俺がオルステッドと戦うしかない」
ルディは厳しい表情で首を横に振る。
(…ルディを負けさせて死なせることがヒトガミの目的じゃないのか)
そう言いかけた言葉を呑み込む。彼の顔はすでに覚悟が決まっていたからだ。仮に口に出したところで、ルディの決心を俺では翻せない。
「…このこと、静香姉には話したのか?」
「いや、まだだ。ナナホシにも近いうちに伝えるつもりだけど」
ルディの話では未来の彼からは「ナナホシに相談しろ」と言われたとのことだ。そもそも現状オルステッドと連絡が取れるのは静香姉しかいない。彼女を利用して誘き寄せるくらいか。
「でも、静香姉が素直に協力してくれるとは思いにくいんだが…」
静香姉はオルステッドに大きな恩がある。この世界に転移してから助けてくれたのは彼なのだから。
「最悪オルステッドを呼び出してくれるだけでいいさ。あとは俺がなんとかする」
「そういえば、ルディ。俺が静香姉と別れたいって言ったのは伝えたのか?」
仮に伝わっていたのなら、会いに行くのは少し気まずいが。
「伝えてないよ。ナナホシも目覚めなかったから、それどころじゃなかったし」
今考えると俺がルディの立場でも伝えなかったと思う。日記のことがなかったとしても、あまりに一方的すぎるし。
「それでも静香姉より先にシルフィ姉とかロキシーさんに伝えた方がいいんじゃない? 今の時点でも相当心配してたようだし」
「あの2人に言ったら絶対止められるし、下手したら一緒に戦うって言いかねないぞ。…まあ、一応人を殺すことになったとは伝えるけど」
確かにそれは容易に想像できる。だが、それで本当に納得してくれるだろうか。
「それもそうか。静香姉の体調がどの程度かわからないけど、俺も一緒に行くよ。3人で話せば何かわかるかもしれないし。…それで少しは気は楽になったか?」
書いてあったことはあまりにも重い内容だ。だが、誰かに話すだけでも気分はマシになると思う。
「ああ。明日、シルフィたちも空中城塞に行くみたいだし、ついてきてくれ」
俺は頷き、ルディの書斎を後にした。
そして、翌日。俺とルディは静香姉がいる部屋の前に来た。シルフィ姉やアリエル王女たちはなにやらペルギウスと話し込んでいる。なんとしてでも彼を味方につけたいのだろう。
「よう」
ルディがドアを開けて声をかける。静香姉は未だにベッドの上だが、ソーカス茶のおかげもあってかその顔色はだいぶ良くなっていた。まあ、俺が最後に見たのは一番悪いときのものだが。
「あら、随分早いおかえりね。…て、レードも来てたのね」
「久しぶり、と言うべきなのかな、静香姉。体調はどうだ?」
最後に会ってから10日も経っていないが。引きこもっていた時間がかなり長く感じられたので、まるで数ヶ月ぶりのように感じられる。
「だいぶマシになってきたわ。それよりあなたの方が心配よ。少し痩せたんじゃない?」
治癒魔法の効果で傷は完全に治ったが、ダメージが全くないわけではない。さらに言えば、引きこもってる間は食事も碌に取ってなかったからな。
「まあ、いろいろあったからな…。それより今回はルディの方から話があるんだ。な?」
「ああ。早速だが、恩を返してもらえないか?」
そうしてルディは未来から自分が来たこと、残酷な未来が待ち受けていること、それを知ったヒトガミがルディにオルステッドを殺すように頼んだことを語った。
さすがの静香姉もついていけないようだ。額に手を当てて聞き返す。
「…えっと、つまりタイムスリップってこと?」
「わかりやすく言うならそういうことだ。証拠はこの日記だ」
「レードはもう読んだの?」
「ああ。日本語なんて久しぶりに見たからびっくりしたよ。これは手の込んだイタズラとかではないらしい」
この古いボロボロの日記と、ルディがつい先日書き始めたという新しい日記の書き始めは全く同じだ。
「ルーデウスが寝てる間に複製したとかは? タイムスリップしてきたのが彼以外の別の人間の可能性も捨てられないと思う」
ヒトガミがルディを騙すため、もしくは混乱させるために仕組んだ罠というのも客観的に見れば捨てられない線だろう。ヒトガミは俺の目線から見ても信用できない。まあ、俺は会ったことはないが。
「それはそうかもしれないな。今までならじっくりそれを検証していくのもありかもしれないが、そうとは言ってられないんだ」
「…家族に危機が迫ってるかもしれないんだ。悠長なことは言ってられない」
それを言われた静香姉は小さくため息をつく。
「どうして私なの? レードと違って私は戦力にならないし、シルフィさんたちに言うべきじゃないの?」
ぶっちゃけ俺も戦力とは言い難いのだが。
「オルステッドのことは居場所を含めて俺よりも知ってるはずだ。何か案をもらえないか、と思ってな。ヒトガミと彼の関係についても、だ」
「そこに関しては、オルステッドがヒトガミを殺すつもりってこと以外は知らないけれど…。とりあえず、その日記を読ませてもらえる?」
静香姉は軽くそれを捲って顔をしかめる。
「ちょっと時間がかかりそうね…。1日くらい時間をもらっていい?」
「俺は2日かかったんだが、それだけでいいのか?」
「読書は得意なのよ」
そういえば静香姉は前世でも結構本を読んでたな。俺に感想を熱心に語ってくれたこともあったっけ。
「わかった。俺は一旦しばらく外に出てるよ。レードはどうするんだ?」
「俺はここに残るよ。静香姉に言わなきゃいけないこともあるし」
そうしてルディは部屋から出て行った。最近、あまり寝れていなかったようだし、じっくり休んでほしいものだ。
静香姉は日記を膝の上に置いたまま言う。
「あなたは戻らないの?」
「…静香姉は気にならないのか? 俺がこの数日間どうして一度も静香姉に会おうとしなかったのか」
「そりゃあなたにしては珍しいなって思ったけど…。あとちょっと寂しかったかな」
まあ、静香姉の方も体調は良くないし、いろいろ考える余裕はなかったのだろう。
「まずはその日記を読む前にそこを話そうと思う」
自分の弱いところまで全部受け止めてもらえると信じて、俺は話し始めるのだった。
アニメ3期楽しみすぎる…