ルディたちが魔導鎧と呼ばれるオルステッドを倒すための新兵器を開発する一方、俺の方も自らの理論を研究し始めた。治癒魔法を身体強化に応用する魔法だ。
(普通なら闘気で十分…というのが常識だけど、それだけじゃ到底足りないような相手だからな)
悔しいが、経験も素のスペックもオルステッドの方が大幅に上回っているだろう。ただ、身体強化は俺が考えたばかりのアイデアだ。見たこともない技に流石に動じないということはないはずだ。
「…というわけで、早速あの時の借りの一部を返してもらえませんか?」
そうして俺が声をかけたのはロキシーさんだ。餅は餅屋、魔法だってその道のプロに教わるのが相応しいだろう。放課後の教室で二人きりというのは唆られなくもないシチュエーションだ。相手がルディの妻というのを除けばだが。
「かまいませんけど…成果は保証できませんよ?」
俺にとってもロキシーさんにとっても未知数のことだ。そう言われても仕方ない。
「シルフィには言わなかったんですか? 治癒魔法なら彼女も長けてると思いますが」
「また別の機会に教わるつもりです。2人同時となったら、ルディに変な誤解をさせてしまうかもしれませんし」
まあ、今更ルディがそんなことを気にするとは思えないが。そもそも今回教わることは彼には隠しておきたい。彼はいざ戦うとなったら絶対止めるだろうし、オルステッドの予想外を突くためにも直前まで秘密兵器にしておきたいのだ。
「…そうですか。身体能力の向上に関してなんですが、通常なら闘気を使うと思うのですが」
「はい。ですが、それだと自分より明確に強い相手に手も足も出ないと感じたんです。相手方も闘気を使いますし。この前の不死魔王アトーフェとの戦いで思い知らされました」
俺と彼女だと持ってるスペックがそもそも違うのだ。まともにやり合って勝てる相手ではない。それは当然オルステッド相手にも言える。というか、列強二位と称される彼ならその差はさらに広がるだろう。
「ですが、新しい魔法をゼロから作り出すのは簡単な話ではありませんよ」
その通りだ。今、この世界にある魔法は長い年月を経て開発、そして洗練され続けたものだ。
「今すぐ完成させる必要はありません。核となる部分だけできていればそれでいい」
どうせハーフエルフの長い人生だ。後のことはどうとでもなる。
「なるほど。では、具体的にどの部分を強化するおつもりでしょう」
全部と言いたいところだが、簡単ではないし俺がガス欠を起こしてしまうかもしれない。戦闘中に前みたくぶっ倒れるわけにはいかない。
(オルステッドの強さに対処できる底上げをするべきだよな…)
彼と初めて戦ったときのことを思い返してみる。ルイジェルドさんを圧倒したあのときの攻撃は本当に速かった。攻撃そのものもそうだが、1つ1つの動作に無駄があまりにもなかったのだ。だからこそ500年という長い戦闘経験のあるルイジェルドさんでも相手にならなかったのだ。
(だから、今の俺に必要なのは、それに対抗するための眼だ…)
しかし、俺にはルディと違って予見眼はない(オルステッドに対しては意味を為さなかったらしいが)。予見ではなく、それを見た上で反応して回避する必要がある。
言葉にするのは簡単だが、実践は困難なはずだ。それでも、なぜかできる気がするのはなぜだろうか。
(…たぶん俺がこれまで無意識のうちにやってきたからだ)
ヒュドラと戦ったあのときの感覚が思い起こされる。あのときの俺の勘、そして視野は凄まじいものだった。本来なら避けられない攻撃だったはずだ。あのあと倒れたのは魔力切れだと思っていたが、それだけじゃなくフルで身体を使ったことの反動もあったのだろう。
「ロキシーさん。あなたから見て、俺がヒュドラと戦っていたときの姿はどう見えましたか?」
「あのときですか…。私も戦うのに必死でしたし、レードさんは炎に包まれてて正直よく見えないところもありましたが…」
まあ、それも無理はない。ヒュドラを殺すために手段は選んではいられなかったからな。
「ただ、パウロさんやルディを助けたときのレードさんの動きは、なんというか全てを見通しているかのようでした」
反応と勘だけで躱していただけでなく、味方、そして敵すらもコントロールして最善の動きをしていたように見えたのだという。確かにヒュドラの攻撃を躱しつつ、それ以外の面々のフォローをできたのはその結果でしかないだろう。
(それがオルステッド相手にできるのか…?)
仮にできたとして、どうすればその状態になるのかの手がかりすらない。きっかけのようなものがどこかにあるはずなのだ。
「ヒントにはなりそうですけど、直接は繋がらなさそうですね。というわけで、本来のプラン通り治癒魔法の方面からやってみようと思います」
「わかりました。私はどうすれば?」
「まず俺が自分の目に治癒魔法をかけます。そして、ロキシーさんが俺にウォーターボールを放ってください。そのときにその攻撃が遅く感じたら成功です」
本当はウォーターボールじゃなくて、ストーンキャノンでもいいのだが、万が一当たりどころが悪かったら大怪我にも繋がる。本命と戦う前に怪我するのもアホらしいし、ずぶ濡れになる程度が練習にちょうどいいだろう。
教室を水浸しにするわけにはいかないので、俺たちは一度中庭に出た。そして、15メートルほど離れたところからロキシーさんにウォーターボールを放ってもらうのだ。
ロキシーさんが術を唱えている間に自分も治癒魔法を目に唱える。怪我をしてるわけでもないので当然何も変化はない。
(たぶんこれじゃない気がするが…)
水弾が真っ直ぐ俺の顔に向かって飛んでいく。その勢いは全く衰えることはなく、俺の顔に直撃した。
「だ、大丈夫ですか!?」
ロキシーさんが慌てた声で駆け寄ってくる。衝撃はあったが痛みはあまりない。
「大丈夫です。ウォーターボールにして正解でしたね。避けるつもりはなかったので、びしょ濡れになる程度で済んでよかった」
とはいえ、今のやり方はたぶん失敗だ。もっと根本的なところが違うのか。
「…ロキシーさんは魔法を使うときどんなことを意識してますか?」
「ルディも昔、言っていましたが、魔力の流れを意識してますね。さっきみたいな簡単な魔法なら必要ありませんけど、強い魔法になればなるほどそこを意識する必要があります」
強い魔法。今考えると、俺はそれを使う機会が少なかった。これまで使ってきた魔剣流はあくまで簡単な魔法と剣術の応用だ。今回俺がやろうとしている身体強化魔法は強い魔法に当てはまるのかもしれない。
(だとすると、なおのこと厄介だな…。オルステッドとの戦闘中に悠長に魔法を唱える暇はなさそうだ。ていうか、そもそも術の文言がない)
それにその理論だとヒュドラと戦ったときとの矛盾も生じる。次は魔力の流れを意識してみるか。
「ロキシーさん、もう一度お願いしてもいいですか?」
彼女は頷き、再び杖を構える。
(魔力の流れか…。目に向かって全て集中させるやり方でいいのかな)
目から血が出るように、というのはあくまで比喩だがそんな勢いで自身の眼球に魔力を寄せる。いや、それだけでは足りない。目で見て、脳で処理することができて初めて意味を持つ。頭全体に魔力を行き渡らせるのだ。
ウォーターボールが先ほどと同様に飛んでくる。
(…なんだ、このコマ送りみたいな感覚は)
劇的に遅くなったわけではない。それでもかなりスピードが遅れて見えた。闘気の影響かと一瞬思ったがおそらく違う。どこがというと説明は難しいが、普段から使ってる闘気と感覚的に明らかに違うのだ。
濡れた顔を拭きながらロキシーさんに聞く。
「ロキシーさん、あと何発くらい打てます?」
「まだ全然余裕はありますけど…。レードさんは大丈夫なんですか?」
心配するようにこちらを見る。確かにこの状態のデメリットがわからない以上、無闇にやり続けるのもリスクがあるか。
「あと2、3回お願いします」
今は目だけだから特に問題ないが、身体全身となるとそこの疲労は膨れ上がるに違いない。こうして俺は再び濡れた顔を引き換えに、身体強化魔法のきっかけを掴んでいくのだった。
そうして俺はまだ仕事が残っているらしいロキシーさんと別れて大学を後にした。少しルディの様子を見に行こうと思いながら歩いていたところ、後ろから肩を叩かれた。
「よう、レード」
俺の知る限りそんな風に声をかけるのは2人しかいない。1人は現在それどころじゃないだろう。
「パウロさん、こんばんは。なんか久しぶりな気がしますね」
実際は空中城塞から戻ってきてからそこまで経ってはいないはずだが、ここ最近が忙しすぎるのだ。
「思ったより元気そうだな。体調は大丈夫なのか?」
「お騒がせしました。今は落ち着いていますよ。パウロさんはどうしたんですか?」
「せっかくだし、飲みに行かねぇかって誘いたくてな。レードに相談したいこともある」
パウロさんとお酒を飲むのは久しぶりだ。それこそルーシーちゃんが産まれたとき以来になるだろうか。
「わかりました。ご一緒させていただきます」
こうして俺たちは古びた居酒屋に向かった。パウロさんは昔は飲みまくって自堕落になっていた時期もあったが、今はそうならないようにかなり気を使っているようだ。
「あんまり酒臭いと親として情けないからな。まあ、今更だけど」
「あのときの生活も俺からすれば随分懐かしいですけどね」
いい思い出とは言いがたいが。それでも、静香姉たちと出会えて俺の人生はお釣りが来るほど幸せになっただろう。
「そういえば、何か話したいことがあるんでしたね」
ある程度酒が進んできたところで切り出す。
「ああ、それなんだが…。リーリャが身籠ったかもしれないんだ」
まさに寝耳に水の話だ。しかし、2人は夫婦だ。シャリーアに来てから結構経つし、そういうこともあるだろう。年齢的にも普通に子どもがまた産まれてもおかしくはない。
「俺以外には話したんですか?」
「いや、まだだ。ルディたちもそれどころじゃないだろうし、いつ説明すべきか迷っててな…。アイシャとかは気づいてそうだけど」
ルディは確かに魔導鎧の作成で焦っている。あんな未来を見せられたらそう思うのは致し方ないが。
「確かに、今のルディに伝えるのは躊躇われますね…。ノルンちゃんには?」
「それもまだだ。ノルンはゼニスの娘だろ? ゼニスがああいう状態なのに、子どもなんか作ったら白い目で見てくるんじゃないかって思ってな」
ゼニスさんの状況は好転も悪化もしていない。ただ、パウロさんといるとほんの少し表情が緩んでいる気もする。
「ノルンちゃんはそんなことで責めないと思いますけどね。シルフィ姉を妊娠させてる状態でロキシーさんに手を出したルディを許したんですよ?」
自分で言ってて思うが、とんでもなく酷い経緯だ。
「俺も似たようなもんだったからなぁ…。そんなクズに懐いてくれるお前たちには頭が上がらねぇよ」
浮気癖はともかく俺やノルンちゃんはかなり面倒を見てもらったからな。転移事件が起きた後は特に。
「それで、いつ言うんですか?」
「ルディが今やってる問題が片付いたら言わせてもらうとするよ。そうじゃないと素直に祝ってもらえなさそうだしな」
だとすると、なおのことルディを死なせられない。オルステッドとの対立が決定的になった今、なんとしてでも彼の力になろう。そう思いつつ俺は杯を傾けた。
ちょっと長めです。もうすぐ100話と考えると感慨深い…