トレーニングの甲斐もあってか、俺は順調に身体強化魔法を身につけていった。最初の頃は水弾が少し遅く見える程度であったが、今となっては岩砲弾すら見切ることができるようになった。
(ここでルディにも協力してもらえればな…)
彼の魔導鎧の完成も近づいてきており、手伝ってもらえれば互いに大きなメリットがあるだろう。とはいえ、素直に応じてくれるとも思いにくい。
「ルディの様子はどうだい? シルフィ姉」
彼女を通じて声をかけてもらえないかと俺は学校の帰り道にシルフィ姉に話しかけた。
「ボクも気になってるんだけど…。レードもルディが誰と戦うのか知らないんだよね?」
「あー、知らないっていうか、口止めされてるんだよね。めちゃくちゃ心配させるかもしれないって言ってた」
ルディはまだオルステッドと戦うことを伝えてないらしい。
「でも、あそこまでのものを作るんなら、相当強い相手なのかな」
強い相手というか、世界最強の男なのだが。前戦ったとき以上に圧倒的に強くなってる可能性はさすがに低いだろう。というか、あのレベルの高さならば強くなってたとしても誤差だ。
「レードから見て、勝算はあると思う?」
「…ぶっちゃけ厳しいと思う。ルディもそれはある程度覚悟してると思うけど、俺が乱入して死力を出し尽くしても…」
1割あるかどうかだろう。
(でもまあ、その1割になら魂を賭けるには上等だな)
シルフィ姉は俺の言葉にため息をつく。
「なあ、シルフィ姉。ルディに話を取り次いでくれないか? 俺がルディの助けになりたいって言ってもダメなんだ。俺を危険に晒したくないらしい」
シルフィ姉は俯く。
「レードには悪いけど、ルディと同じ意見だな。でも、どうしてもルディと話がしたいなら…。ボクと一緒に来ない?」
悪くない提案かもしれない。妻であるシルフィ姉の誘いだったらルディは絶対断らないだろうし、どうしてもルディが言いたくないことに関しては途中で退出してもらえばいい。
「頼んでもいいか? 何から何まで悪いけど」
「それは言わない約束だよ? その代わりルディの助けになってね」
こうして俺たちはルディと話をすることになった。
その日の家族が寝静まった夜、シルフィ姉は予定通りルディを晩酌に誘った。シルフィ姉は酔うと暴走してしまう可能性があるため、念のためロキシーさんにも声をかける。
「な、レード…」
「よう。久しぶりだな」
シルフィ姉の傍らにいる俺を見て若干驚いたような表情を浮かべる。
「レードがルディと話がしたいってさ。ボクたちもここ最近のルディは少し気になることがあるし」
「もともとルディは隠してることが多いです。妻である以上、それは私たちも覚悟の上ですが、ここ最近のルディは少し度が過ぎてるかと」
妻2人に言われルディは困ったように頭を掻く。
「ルディ、諦めなよ。この2人に隠し事はこれ以上難しい。疑うつもりは毛頭ないけど、さすがにな…」
「分かってるさ。タイミングを見計ってたんだ。魔導鎧も出来上がるし、そろそろかな」
そう言って彼はお酒を一口飲んだ後、語り始めた。相手が龍神オルステッドであること、ヒトガミのお告げが原因で戦うことになったこと、ルディが死んだ後のこと。主にこの3つを日記について避けながら話した。
「…というわけなんだ」
「レードはどこまで知ってたの?」
「一応、今話したことはほとんど。でも、2人を信頼してないからとかじゃなくて、オルステッドを誘き寄せるために静香姉の協力が必要だったからだ」
ルディとしては心配させたくないというのもあっただろうが。
「それにしても疑問だったな。なんでルディは俺を避けてたんだ? 単に心配していたからだけじゃないだろ?」
「ああ。ヒトガミのお告げだ。オルステッドと戦うことになったら、確実にレードは死ぬことになるらしい」
まあ、ルディも全部信じてるわけではないと思うが、避けられるのならそうするか。しかし、ヒトガミはそもそもなぜそのような指示を出したのだろうか。
(俺とルディでオルステッドを倒せれば御の字だろうし、倒せなくてもヒトガミにとっては邪魔であろう俺を殺せる可能性もある。そこの狙いがわからないんだよな…)
まあ、俺はヒトガミとの面識がない。話したことのあるルディですら読み取れないのに、俺がそこを推測できるはずもない。
「それで、ルディ。勝算はあるんですか?」
「わかりません。以前戦ったときはなす術もありませんでした」
あのときほど死を近く感じたときはないだろう。同じことを考えていたらしく、ルディの顔には恐怖が映っていた。
「……ルディ。やっぱりみんなで行った方がいいんじゃない?」
「いや、一人で行くよ。その方が一番勝率も高いと思うし。デカい魔術を連発してなんとかするよ」
ルディは少し震えているように見えた。妻たちの前だから気をなんとか張っているが、恐怖で押しつぶされそうなのだろう。
(…まあ、そういう俺も他人事じゃないんだけどな)
ここで俺はシルフィ姉とロキシーさんに声をかける。
「ちょっとルディとサシで話したいから外で待っていてくれないか? そんな時間はかからない」
2人は頷き酒瓶を持ったまま部屋を出ていく。いや、それは置いておけよと思ったが、スルーして俺はルディに向き直る。
「さてと、時間もないし単刀直入に言おう。オルステッドを俺に殺させてほしい」
ルディは若干驚いたように首を横に振る。
「ダメだ。俺がヒトガミから言われて…」
ルディの言葉を遮って答える。
「それなんだけどさ。ヒトガミからすればオルステッドが死んだという結果が大事なんだろ?
誰が殺そうと大した問題じゃないはずだ」
「俺が殺さなかったらヒトガミが何をしてくるかわからないんだよ。それに、レード。お前が死ぬ危険もある」
「危険、ね…。それはルディにも同じことが言えるだろ? だいたいお前が玉砕覚悟でオルステッドに挑んで万が一があったら、残った人たちはどうなる? シルフィ姉は? ロキシーさんは? ルーシーちゃんは? 悲しむだけで済むと思うのか?」
グレイラット家のみんなが地獄になるその時を俺は絶対に見たくない。
「俺が挑んだ方がダメージは少ないんだよ。静香姉には悪いけど、ルディが挑むよりかはよっぽどマシだ」
俺が死んでも、それ相応のダメージはあるだろう。それでもルディよりかはよほどマシだ。彼と俺では背負ってるものがあまりにも違いすぎる。
「…わかった。でも、お前一人っていうのは受け入れられない。横にいてくれるか?」
ルディは絞り出すように答える。それでいい。その答えが聞ければ十分だ。
「ありがとう、ルディ。こちらからよろしく頼むよ。それじゃ2人を呼び戻そうか」
あらかじめ俺一人で戦うと言えば、ルディは反対して一緒に戦うことを提案してくると読んでいた。元よりオルステッド相手に一人で勝てるとは思えないし、向こうから提案してくれたおかげでかなり話を進めやすかった。
「それで用事は済みましたか、レードさん」
「はい。ご協力頂きありがとうございます」
ふと気づいたが、シルフィ姉はすっかり酔っ払っているが、ロキシーさんはお酒を飲んでいない。
(もしかしたら、そういうことなのかな…)
まあ、おそらくルディも気づいているだろう。というか、日記に書いてあったか。
「…なあ、ルディ。まだ怖いかい?」
「正直怖いよ。でも、シルフィやロキシーを守るためなら戦える」
「よし。それなら大丈夫だ。お前は死なせない」
俺は頷いてまたお酒を飲む。さて、ここら辺りで俺はお暇させていただくとしよう。この先は妻たちと夜を過ごしてほしい。
その足で俺は静香姉の部屋に向かう。幸いにして彼女はまだ起きていた。
「あら。こんな夜更けに珍しいわね。どうかしたの?」
「…なんていうかな。今日は一緒にいたくて」
「いつも一緒にいるじゃない」
確かにそうだ。でも、なぜだろうか。今日は猛烈に静香姉のことが恋しくなったのだ。
「体調は大丈夫か?」
「ええ。あなたの方は? ずいぶん忙しそうにしているみたいだけど」
「だいぶ元気になったよ。で、これからが大事な話なんだけどさ。俺、オルステッドと戦うよ。ルディと一緒に」
静香姉は俯く。
「…そう。あなたならそうすると思ったわ。なるべく避けてほしかったけど」
改めて考えても無謀な話だ。だが、戦うことに後悔はない。
「静香姉。一つだけ頼みがあるんだ。俺が無事に戻ってくることを信じてくれ」
「信じるだけ?」
「ああ。それだけで俺は前を向ける」
静香姉は頷いて、そっと俺を抱きしめる。ルディへの言葉は俺自身に向けたものでもある。このまま死ぬことは許されない。彼女の小さいが暖かい身体を抱きしめ返して改めて誓うのだった。
それから数日後。すでに荒地となりつつあるラノアの北の森にて俺はオルステッドと向き合っていた。
「姉の恩人を貴様は斬るのか?」
オルステッドは恐ろしい目つきでこちらを睨む。
「恩人? ハッ、知ったことかよ。俺の家族を2度も殺そうとしたお前は死ぬしかない。死んで地獄で閻魔にもう一度無様に殺されろ」
「…無駄だ」
本気のオルステッドが剣を構える。それからこの場は壮絶な死闘へ姿を変えるのだ。
次からvsオルステッドが本格的に始まります