───トリニティ総合学園、補習授業部仮部室。
トリニティ総合学園の本校舎、その一角に用意された補習授業部で扱うようにと配分された教室。
そこには言わずもがな先生とサリナ、そしてその対面には非常に気まずそうな表情を浮かべた生徒が一人。
気まずい、というのは先生に対しても言えるだろうが、それはむしろ……
「あ、あはは……えっとサリナちゃんがどうしてここに……」
「成績不振な友人の尻拭いをしに来たの」
なんとも言えない空気感の中、最初に先生とサリナと対面したのは先生もあのアビドスで共に戦った阿慈谷ヒフミだった。
「ヒフミが補習授業部、ね。へぇ〜?」
そしてその空気感を楽しむようにジト目でヒフミを見つめる先生。
まるで呆れ果てたという視線を向けるサリナに比べれば天と地ほどの差があるが彼女がその視線に耐えられるかといえばそういうことでもない。
「あ……あの、そんな目で見ないでください。これには……その、深い訳が」
「どれほど深いわけなのか、教えてもらおうじゃない」
視線で人を萎縮させるというのは本当なんだなと思いつつも流石はミハネのお気に入りの子だと先生は頷いた。
「まあ、サリナ。ヒフミは本当は赤点取るような生徒じゃないんだろう?なら、その理由というのを聞いても……」
「どうせ理由は分かり切ってますから、ね?ヒフミ?」
ジト……っという擬音がまさに似合う視線がヒフミを射抜く。
それでも自分で理由を言うと言ってしまった手前もはや引き返すことなどできない。
「えぇと、こうなったやむを得ない事情というのは、ですね……」
「うん」
「その、ペロロ様のゲリラ公演に参加する為に、テストをサボってしまいまして……」
「…………」
「…………」
「……そんなことだと思ったよ」
……え?それだけなの?と誰もが思うであろう理由だが、こと阿慈谷ヒフミにとっては死活問題である。
もともとペロロのライブというのは告知なしでゲリラで行うのがファンの中では常識となっており、事前にチケットを購入して待機列に並んで参加できるものではないのだ。
そして彼女、阿慈谷ヒフミは狂信的なまでのペロロファンである。
もう一度言おう。
阿慈谷ヒフミは“狂信的”なまでのペロロファンである
「……えっと、やむを得ない理由だよね?」
「はい!やむを得ない理由です!」
「───元気に返事できて大変よろしい。でも、世間一般では『やむを得ない理由』にはなり得ないと思うんだよね、先生は」
「うぅ……!」
ペロロに命を賭けていると言っても過言ではないファンなのは先生もあのブラックマーケットで出会ったときになんとなく察してはいたのだが、まさか大切な試験までボイコットしてライブに参加するとは流石に思っていなかった。
いや、少し考えれば察することこそできるものの理解するのはほんの少し、時間がかかってしまった。
「ち、違うんです先生……!ちゃんと試験の日程は確認していた筈なんです、何かの間違いと云いますか、手違いと云いますか……!」
「違う?何が違うの?そもそもゲリラライブのために試験をボイコットするのなんてトリニティでヒフミだけだよ」
「あぅ……ご、ごめんなさい……」
先生になんとか言い訳をしようとするもののひたすら冷たいサリナの一言であえなく撃沈。
結局のところ、この手の問題は本人の認識次第というか、理性を保てるかという問題なわけで、自身も食費を削って高級フィギュアを購入するような人間だから大手を広げてライブに行くのを自制しろなんて口が裂けても言えないわけで。
「えっと、その……サリナちゃんもいるんですが、ナギサ様から先生のサポートをするように、と言われていまして」
「……私の?」
「は、はい」
どうしてそんなことになったのか、先生とサリナに状況を伝えるべくヒフミは数日前の出来事を話し始めたのだ。
****
トリニティ総合学園、ティーパーティーテラス。
ナギサがミハネから補習授業部の申請の許可を得た翌日、ヒフミとナギサは夜のテラスで向き合っていた。
ナギサにとっては自分のお気に入りの子とのお茶会を楽しんでいるのだが、ヒフミにとってはそれどころではない。
そもそも、このトリニティにおいて『ナギサの開催するお茶会』というのはその単語以上の価値を持っている。
そんな場所に一対一で呼び出されること自体、あり得ない話であり、自称“普通”のヒフミにとっては嫌な予感しかしなかったのだが。
そして、そのなんともいえぬ嫌な予感はそれとなく的中していた。
「───と、いうわけでヒフミさん。先生とサリナさんをお手伝いすると共に、補習授業部を導いてくださいませんか?」
「はい!?私がですか!?」
ナギサからの予想外の提案に、ヒフミは思わず声を荒げてしまう。
それに、それはあくまで自分のような生徒が担当するようなものでもないだろう。
ましてや、あの“司法院”から副院長である蒼崎サリナが担当として出向してくるというのに。
「はい、そもそもヒフミさんの様な優等生でないと出来ない事ですから」
「わ、私はそんな、優等生という程でもありませんし、そもそも成績も平均位で……今は落第の危機なのに」
「ふふ、私はヒフミさんの『愛』を高く評価しておりますから、それに、今度はヒフミさんから私に『愛』をお返しして頂く番……ですよね?」
ナギサのその言葉に、思わず息を呑んだ。
そしてそれと同時に数週間前にアビドスで加勢した時のことが脳裏によぎる、あの時、ナギサに助けを求めて彼女に“貸し”を一つ作ったのは紛れもないヒフミ自身だった。
あの時、射撃演習を装ってアビドス救援のために使用した戦車、人員、砲弾、それを彼女はいつか『愛』として返してくれることを期待していると確かに口にしていた。
まさに自分が蒔いた種、それが今絡みついて離さないということだろう。
なにより、ヒフミにとって生徒会長であるナギサに逆らうなどそもそもその気力が湧かない。
あくまで“普通”の彼女はだんだんと萎縮してしまい、反論の口から開かぬうちに、ナギサはまるで愉しむように紅茶を口にする。
「あ、あぅ……」
「ふふっ、それではよろしくお願いしますね?補習授業部の部長さん?」
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「それで補習授業部の部長に?」
「は、はい。あくまで臨時で……今ここでサリナちゃんに渡してもいいくらいなんですが。それにあくまでこの補習授業部は特殊な形で作られた限定的な部活ですから、みんなが落第の危機から脱すれば自然消滅するようなものだと思うので」
「それに、補習授業部の部長はヒフミなんでしょ?なら、あくまで補佐としてきてる私はその立場で手助けすることにするよ」
それにサリナがいるなら一安心だとヒフミが安心したように頷く。
そして、先生としてもあのアビドスでの一件が原因なら自分にも責任があると先生もヒフミに謝罪をして、彼女は自分のしたかったことだからとその場の雰囲気が和んだものになっていく。
「取り敢えず、残りのメンバーも会いに行かないとね」
「そうですね、取り敢えず一番近いのは……」
「正実、かなぁ。あそこ司法院の仕事でよく行くけど私たち怖がられてるような気がするんだよね
「あはは……正義実現委員会が捕まえた子を司法院が裁く形になりますからね。それにただでさえ司法院は文字通りこのトリニティの司法のトップ組織ですから」
「法を司る組織が怖いのはどこも同じだね。私がいたキヴォトスの外も警察や政府ももちろん強かったけど司法が強いのは変わらなかったよ」
そんな会話をしながら3人は教室を出る。
目指すのは正義実現委員会の本部、つまりトリニティの警察組織の総本山である。
ここから暫くミハネちゃんの出番はお預けです。
第一章、二章の間はサリナちゃんが主人公として動くこととなります。