先生とミハネがプールで邂逅している頃。
トリニティ総合学園に程近い路地裏に二つの影が向かい合っていた。
1人はトリニティ総合学園の改造制服を着込んでいる白髪の少女……白洲アズサともう1人は白いコートを着込んだダークブルーの髪の少女、錠前サオリだった。
此処に集まったのは定期連絡のためであり、それはアリウスからトリニティに送り込まれたスパイとしての役割を果たすためでもある。
だが、アズサとサオリにはそれ以上の意味合いが存在していた。
「アズサ、トリニティでの生活はどうだ?」
「とても良くしてもらってる。最近は友達も出来た」
定期報告、とはいってもやる事はものの数分で終わってしまう。
2人がこうして話す時間は長くて30分程度だが、ほとんどがサオリがアズサの生活について話を聞くことがほとんどだった。
「それにしても補習授業部、か。成績が芳しくないのか?」
「まあ、良いとはいえないかも。でも、最近は模擬試験の点数も上がってきてる。それに、学ぶ事は私は嫌いじゃないから」
「そうだろうな。お前は物覚えがいいのが取り柄だ」
かつて、自分がアズサを引き取った頃を思い出した。
理不尽な現実に牙を剥き抗うことをやめなかったアズサを引き取ったのはもう何年前だったか。
そうだ、あの頃からアズサは『どれだけ理不尽な現実だって、それが……明日を諦める理由にはならない』と口にしていた。
だが、それでも……その美しく眩い思想を貫き通せるだけの力が足りなかったのだ。
「あのボロボロだった姿が嘘のようだな」
「そうかも。サオリのおかげで、私は私の意志を貫けるようになった」
戦い方を教えてやる。
そう口にした次の日からサオリはアズサに自分と同じ戦い方を教え続けてきた。
自分と同じゲリラ戦の戦い方。
アリウスで教えられる数々の戦闘技術、その中でアズサにはゲリラ戦における天賦の才があった。
水を得たスポンジのように、たった半年でサオリの持つ全ての技能を習得し終えたのだ。
そして、そこからは模擬戦の成績も優秀。
サオリの率いるチームがスクワッドと呼ばれるエリートチームとなってからは相棒として任務をこなすことも多かった。
「それにしても、背は伸びないな。ちゃんと食べてるのか?トリニティは甘いものが多いのは確かだが、ちゃんとした食堂も多いだろう」
「食べてる。それに、私くらいの身長の子達だって全然多いよ」
「そうなのか……」
「それに身長はサオリが大きいだけともいえる」
まるで姉妹のような会話にも見えるそれは彼女達の間ではごくごく普通の会話であり日常のような光景でもあった。
それでも、監視の目がないとはいえアズサはサオリに向けてハンドサインをした。
“他に耳はあるのか”
それに応えるようにサオリは首を横に振る。
その返答にアズサは頷いて、先程よりも少し真剣な声音で口を開いた。
「今日、朔月ミハネに会ったよ」
「───そうか」
まるで時間が止まったかのような錯覚をサオリは覚えた。
ミカにはもう暫く会えていない、あの百合園セイアの件から。
だが、アズサの報告のなかで……一番聞きたいと思っていた名前を聞いただけなのに、心臓がぎゅっと握られたような感覚すら感じてしまったのだ。
「彼女は……その、元気だったか?」
「うん、私が思っていたよりもとっつきやすいというか。ああ、そうだ。あの人は、サオリに少し似てたんだ」
「私に……?」
「誰かを探してるような顔をしてた。サオリがトリニティでの任務の時にする横顔、あれにそっくりだった」
「───それ、は」
アズサから返ってきた返答に、今度は言葉が詰まる。
上手く言葉が出ないというのはこのことかと自分の状況を客観的に把握しながらも、それ以上の思考が働かない。
「サオリが話してくれないことだから、無理には聞かないけど。聖園ミカと朔月ミハネ、あの2人と何かしらの関係があったのはなんとなく察してるつもり」
「そうだな……お前になら、話してもいいかもしれない」
「私には……?スクワッドの皆には言えないようなこと?」
「言えない。少なくとも、あの環境下ではな」
劣悪すぎるアリウスでの生活環境は言うまでもないだろうとサオリは首を振り、どこから話したものかとほんの少しだけ悩んだものの……それでもストレートに、どんな言葉よりもわかりやすく口にするならばあの言葉しかないだろう。
「幼馴染なんだ。ミカとミハネは」
「幼馴染……?幼馴染って、あの幼馴染だよね?」
「ああ、その幼馴染だな。私にとって2人は幼馴染であり姉のような存在でもあった。なにしろ同じ年に産まれたとはいえ、2人は私よりも早く産まれていたからな」
どこか懐かしむように少し遠くを見るサオリの声はいつものものよりも少し弾んでいるように思えた。
「私は、アリウスで産まれた子供じゃない。そうだな、家柄だけならばあの2人には劣るがそれなりの家なのは間違いない」
「じゃあ、どうして此処に?」
「幼い頃に誘拐されてな。私にはお前のように抗うだけの勇気がなかった。教員たちからの暴力に耐えて言われたことを聞くしか選べなかったんだ」
「今のサオリからは考えられないね」
「ある程度成績を残していれば融通が通るのは当時の上級生を見ててわかっていたからな。それまでの常識も何もかも捨てて訓練に励んだものさ」
一番最初に辛かったのは空腹だった。
次に辛かったのは寝床が冷たいことだった。
その次に辛かったのは身を綺麗に出来ないことだった。
銃の訓練が本当に嫌だった、早く家に帰してほしかった。
体力作りのためのトレーニングが苦しかった、ミハネやミカと話をしながら遊びたかった。
人殺しのための技術を学ぶことに吐き気がした、誰かを傷つけるための技術なんて学びたくなかった。
いつまでも夢見てた幼馴染との夢、それを捨てきれずに殻にこもっていた。
しかし、当時の上級生がサオリを変えたのだ。
『夢を見る、未来を望む。それはこんなところにいる私たちにも与えられた……生きていくための力だよ。どんなに力を得ても、希望がなければ生きていけない。どんなに夢を見ても、それを叶えるための力がないと何も出来ないでしょ?』
だから、と……その時の上級生はサオリの手を取ったのだ。
『私が、君に此処で生きていくための力を教えてあげる。君に、戦い方を教えてあげるよ』
いつか、アズサに口にした言葉。
それはあの人の受け売りではあったが、その言葉のおかげで自分の庇護下に置いて庇える人の数はもうサオリだけでは数えきれなかった。
「でも、なるほど。サオリがアリウスで最大派閥を束ねてる理由も理解できた。私も、サオリに助けてもらって導いてもらった1人だし」
「派閥なんて大したものじゃない。このアリウスでは私が持てるのは一連隊くらいだよ」
「それ、アリウスの全生徒の9割だよ」
「ふふふ……そうだな。私も“諦めたくない”と思ってしまったんだ」
あの日あの時、未来に希望は抱かないと口にした。
だが、それでも……諦めることをしないアズサを、自分を導いてくれた先輩に……そして何より、諦めの悪い
「さあ、お前ももうそろそろ戻れ。あまり長く離れると疑われる」
「うん、サオリもあの人には気をつけて」
それだけを別れの挨拶にしてそれぞれの居場所へと戻っていく。
サオリはアリウス自治区内へ、アズサはトリニティの合宿所へ。
「聖園ミカと朔月ミハネ……何処となくサオリに似てるところがあると思ってたのは間違ってなかった」
ふとした時に見せる表情が、ほんの短い時間しか関わらなかった二人に似ていたことに納得が行った。
それに、サオリのアリウスの生徒たちを秘密裏にまとめ上げたカリスマ性についてもあの2人の幼馴染だと言われれば不思議なことではなかった。
サオリの為に戦うならば、アズサは協力を惜しむつもりはない。
だが……例えそうでないなら、サオリがアリウスの大人たちに利用されるような事になるのならば……
例え何があろうともその相手を許すことはできないだろう。
拙作のサオリも変化が起きたキャラクターの1人です。
必ずミハネとミカともう一度話すという目標とその産まれからアリウスの子供達を自分の手で護るという意志の強さを持っています。