先生がハスミの隣に座ってから、補習授業部の面々も彼女の対面に座り、話題は自然と補習授業部での話に変わっていく。
「コハル、お勉強は頑張っていますか?」
「あっ、えっと……それは」
「ハスミ先輩が心配しなくても最近のコハルの成績は右肩上がりですよ」
叱責されるのではと緊張して強張っていたコハルの意に反して、ハスミの声音はコハルを心配しているような優しいものだった。
思わず言葉を詰まらせたコハルの代わりにハナコの隣に座っていたサリナの方から言葉が飛んでくる。
「そうなんです!コハルちゃんはこのままいけば合格圏内に届くくらい、とても頑張っていて!」
「そうでしたか……」
補習授業部のメンバーを集めに行ったあの時の反応から、コハルの成績自体は知っていたのだろう。
サリナとヒフミの言葉からコハルの成績が本当に上がってきていることを確信したハスミは柔らかい笑みを浮かべてコハルへ向き直る。
「だから言ったでしょう。コハルはやればできる子だと」
「は、ハスミ先輩……!」
「それにあの時も『期待している』と言いましたよね?」
コハルが先生と共に正義実現委員会の本部に顔を出していた日を思い出す。
あの時はつい語気を荒げてしまったが、ハスミにとってもコハルは可愛い後輩なのだ、補習授業部という落第に至るかもしれない生徒に選ばれてしまったとなれば心配もしようというもの。
ハスミの目から見て例え贔屓だと言われてもコハルの持つ正義の心は本物だ。
これからの正義実現委員会の未来を担う者としての期待も大きい。
だからこそ、あの時は叱責まがいの事までしたのだ。
大切な後輩、だからこそ掛ける期待も大きくなってしまう。
それが彼女の重荷になってしまったとしても、彼女はこれからもっと大きな重責を担うかもしれない。
だから、彼女にはこんなところで折れて欲しくはないのだ。
「えへへ、ハスミ先輩の期待は……裏切りたくないですから」
そんなハスミの心情を知ってか知らずか、コハルは憧れの先輩から掛けられた期待、それに答えたいという気持ちが大きかった。
正義実現委員会のエリート、そう自分に言い聞かせるように言い続けることで目を逸らしてきた成績の悪さ。
だが、それに向き合うために用意された場所で友人が出来て……自分の憧れの人に期待されていることを知った。
思わぬ邂逅ではあったものの、それを再確認させてくれるようなハスミの言葉に、自分を認めてくれている友人たちの言葉に……本気で応えたいと思っている。
「ええ、引き続き応援していますよ。正義実現委員会に戻ってきて、また一緒に任務につける日を心待ちにしていますから」
「は、はい!頑張ります!」
「その為にも、もっと頑張らないとね」
「先生も皆さんのサポートは大変かと思いますが……よろしくお願いします」
「いいや、大変なんてことはないよ。私もみんなとの合宿は楽しめているからね」
勉強漬けの毎日ではあるが、朝昼晩とみんなで食事を共にし、夜は他愛のない話で消灯までの時間を潰す。
先生はそこからシャーレの仕事をこなしたりするのだが、それでもそんな日々を充実して過ごしていた。
生徒の成長を間近にしながら仕事を出来ることの何と幸せなことか。
陰謀の渦中にいる補習授業部ではあるが、これまでの日々を無駄にしない為にも身を粉にしてでもサポートするつもりでいた。
思わぬ出会いではあったが、深夜のスイーツ店で会話を楽しんでいたところで不意に電子音が響く、全員が自分の端末かなと確認をするが音の主はハスミの持つ端末からだった。
「……イチカから?こんな時間に一体何が……?」
怪訝そうに眉を顰めて彼女は応答のボタンをタップした。
「はい、イチカ?どうしましたか?」
『すいません先輩、こんな時間に……ちょっと問題が発生しちゃいまして、今どちらに……?』
「用事があって外に出ていましたが……問題とは?詳しく聞かせてもらえますか?」
『えっと、どうやら学園の近郊にゲヘナと推測される生徒が無断で侵入したらしく……さらに無差別に銃撃を行いつつトリニティの施設を襲撃しているとの報告が……』
「襲撃……?」
ゲヘナ、襲撃という単語の数々にどんどんハスミの表情が固くなっていく。
状況の対応に必要な弾丸を推定し、自身の手持ちの弾丸の数を脳内で数えながらすぐに出発できるように準備を始める。
「まさか夜襲を?相手は風紀委員会ですか?それとも万魔殿が本性を……?」
『あー、いや、それが……』
「誰であれ、おそらく狙いはエデン条約の妨害でしょう。すぐに現場に急行します、敵の規模と場所……施設の情報を──」
『ちょっと、落ち着いて聞いてほしいっす。取り敢えず相手は風紀委員会ではなく、兵力も少なくて、今確認されてる人数は4名だけっすね』
「───は?4名?それも風紀委員ではなく?」
『はいっす』
気を抜ける場合ではないが、思わずハスミの口から間の抜けた声が出た。
風紀委員が相手なら残弾に一抹の不安があったが、たった4名を捕縛するなら何の憂いもない。
しかし、今度はハスミの中に生まれたのは相手に対する疑問だった。
たった4名で、無断でトリニティの敷地内に入って一体どんな施設を襲っているというのだ。
『えっと、それで襲撃されてる場所なんですが……アクアリウムみたいっすね』
「あ、アクアリウム?なぜそんな場所を……?」
『さあ……?あたしにも良くわかんないっすけど、なんでも展示されていた希少種の《ゴールドマグロ》を強奪して逃げ回っているそうで』
「……ゴールドマグロ」
『ええ、なんでもすげー高い魚らしくて、多分どこかに売り飛ばそうとしてるんじゃないっすかね?あ、ちょっと待ってください。今追加で情報が───』
ハスミの端末の向こうでイチカの他に何名かの声が聞こえる。
2〜30秒ほど経って大きなため息と共に端末の向こうから再びイチカの声が響いた。
『えーっと、どうやら相手はゲヘナのテロリスト集団の《美食研究会》らしいっすよ』
「美食……?まさか食べるつもりですか!?」
『まあどうしたいのかはわかんないっすけど、首謀者は会長の《黒舘ハルナ》、ゲヘナの中でも要注意人物とされてる例のやつっす』
イチカから告げられた首謀者の名前にハスミは大きなため息を漏らしたのだった。
どちらにせよ、自治区内で暴動行為が起きているのなら対処しなければならない、こんな深夜に問題を起こしたことに苛立ちを覚えるがそれが自分の役割なのだから仕方あるまい。
『取り敢えず、どうしますか?』
「どうしますも何も……」
『あー、どちらにしても早く指示が欲しいっす。今にもツルギ先輩が発射……もとい飛び出しちゃいそうなんですけど』
「ツルギの事?は今すぐ止めてください!」
『いや、無理っすよ、ハスミ先輩以外にはそう簡単には……あっ!待ってくださいっす!そっちは扉じゃなくて壁───』
ツー、ツーっとその言葉を最後に通信先のイチカからの連絡が途絶えたところを見るに、ツルギが飛び出した衝撃に巻き込まれたのだろう。
思わず手元の端末を凝視しながらハスミはフリーズしかけた頭を再起動させる。
「……爆発音だね」
「距離的には一キロ圏内ってところか」
「ええ……」
「はあ……」
不意に少し遠くの方で聞こえた爆発音にサリナが反応する。
聞こえてきた音の大きさからアズサが大凡の距離をつぶやき、つい先程の話の厄介ごとが近づいてきたことにヒフミは困惑した。
一際大きくため息を溢したハスミは事態の解決の為、戦力は多い方がいいと判断して目の前の面々に声をかける。
「皆さん、突然のことで申し訳ありませんが……お力添えを願います」
「えっ!?わ、私たちですか!?」
本当に突然、そんなことを言われてヒフミは大きく声を上げた。
確かに夜の街に出るために何があってもいいように各々装備はしっかり持ってきてはいるものの、いきなりテロリストと戦闘しろといわれても確かに困惑するのは頷ける。
「今はエデン条約が控えた大切な時期です。この問題が傍から見てトリニティとゲヘナの間での衝突と捉えられると、この後にどんな影響が及んでしまうか……想像に難くありません」
「それは……」
「うん、確かに」
「そうですねぇ……と、なると」
「先生の出番、だよね?」
サリナのその言葉と共に全員の視線が先生へと向く。
当の本人もやる気だったようでいつものタブレットを手に大きく頷いた。
「補習授業部と司法院、それにシャーレ。前者の二つが表立って行動したと言うよりはシャーレ主導の元で問題の解決にあたった、という方が色々と都合がいい……というよりも各方面的にも望ましい結果になりそうです。先生、突然の事ですがお願いできますか?」
「勿論、みんなにも力を貸して欲しいんだけど……いいかな?」
先生の問いかけに、補習授業部の面々は自身の愛銃を手に立ち上がる。
「当然、先生の指揮に従うよ」
「いきなりの戦闘ですが……頑張ります!」
「うふふっ♡先生がそう仰るのであれば……一肌脱ぐのもやぶさかではありません♡」
「わ、私も……だよね?ハスミ先輩と、先生と一緒に?」
「よいっしょっと……ハスミ先輩との共闘は初めてですね。貴女が欲しがった狙撃の腕、お見せしますよ」
各々が用意を整えて店の外へと視線を向ける。
いつの間にかコハルの隣に立っていたハスミは自分よりも小さな後輩の頭を優しく撫でて、安心させるように微笑んだ。
「いつかこのような日が来るとは思っていましたが……思っよりも早く来ましたね。頑張りましょう、コハル」
「は、はい!頑張ります!」
やる気は十分。
なら、後はこのような深夜に暴挙を行なっている不埒者を捉えるだけだ。
思えば、補習授業部のみんなで戦闘行為を行うのは初めてだったなとサリナは考えた。
どのような戦闘スタイルを取るのかを事前に把握してこなかったのはミスだっただろうかと思案したが、その考えを先生の声が掻き消した。
「戦術の指揮は私が執るよ。だからみんなは安心して戦って欲しい」
「そうだね、先生の指揮の下で戦うのは初めてだ。うん、私のことは存分に使って」
「ひとまず、先生の指揮に従っていれば間違いはないかと……」
「ヒフミは先生の指揮で戦ったことがあるのか?」
「あはは……えっと、少し機会があってですね……」
「そうですね……先生の指揮とサポートがあれば心配は何もないでしょう」
その言葉と共に、先生は意識を切り替える。
生徒を指揮し、その手に勝利を掴むための思考へと。
その手に持ったシッテムの箱を軽く叩き電源が入ったことを確認する。
「───よし、それじゃあ始めようか。アロナ、起きて」
『はいっ!久しぶりの戦闘指揮ですね!オペレーティングシステムから戦術指揮機能を選択、起動します!』
先生とアロナだけの会話。
だが、それに応えるようにシッテムの箱には生徒の情報、この付近の地形や今回は味方として行動する正義実現委員会の正確な位置までがはっきりと映し出される。
『周囲の地形の把握、完了。補習授業部及び正義実現委員会のメンバーを先生の指揮下への組み込み、成功……!生徒のヘイローへ情報の転送を開始します!』
瞬間、その場にいたハスミと補習授業部のヘイローが輝く。
一気に頭の中に流れ込む情報量と軽い頭痛に全員が顔を顰めるものの一度経験したヒフミとハスミはすぐに視界に映し出された詳細情報に目を通す。
「……なにこれ、地形に自分の弾丸の残数まで」
「これが先生の指揮能力ですか……ふふっ♡まるで自分の秘密を全部暴かれたような気分です♡」
「すごい、標的までの距離と弾道予測線までハッキリ映し出されてるんだ……」
視界に映る情報はまさにシューティングゲームのユーザーインターフェースの様だった。
自身の扱う銃の詳細、残弾の数、表示される最適化されたミニマップ。
ミニマップ上には常に動き回る青い矢印が存在していることから今回はこの矢印が味方の正義実現委員会の面々ということになる。
そして逃げ回っている赤い矢印が今回のターゲットということだろう。
自身の視界に表示される情報の全てに目を通したサリナは感嘆の声を漏らした。
「凄いよ先生。私がリンネのサポートを受けてヘリに乗ってる時以上のサポートを行えるなんて」
「むしろ、これと同じようなことを司法院で出来ることに驚いてるけどね」
「ミレニアムに依頼して作った狙撃用のヘリとリンネからの情報が送られてくるホログラムスコープ以上のサポートなんて考えられなかった」
愛銃である【アストライア】を肩に担ぎ、サリナは笑う。
「本当なら使う予定はなかったけど、ミハネ院長に認められた狙撃の腕……お見せしますよ」
「頼もしいね、よし……それじゃあヒフミ」
「は、はい。なんでしょう?」
「号令、頼むね」
「はいぃ!?わ、私ですか!?」
自然とヒフミに集まる視線。
確かに戦う前の号令というのは大切だが、なぜ自分なのかと考えたもののその理由は一つしかなかった。
自分が補習授業部の部長であるからだろう。
アズサがコハルがハナコがサリナが……自分の言葉を待っている。
普段から慣れているであろうハスミがヒフミの眼を見て頷いた。
やるしかない、もうヤケクソでもなんでもいい、自身の愛銃を持った右手とは逆の左手を突き上げ、思いっきり叫んだ。
「───補習授業部、出撃です!!」
その一声で、深夜の戦いは幕を開けた。
いろんなブルアカ小説や創作漫画を見てきて最終的に自分の中に落ち着いたのがシッテムの箱の中に『ブルアカの戦闘画面』、生徒の視界に『FPSのUI』表示だったんですよね。
なんだかいろんな方に怒られそうで怖いですが、拙作はこの方式でいこうと思っています。
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作者が跳ね上がって喜ぶので是非ともよろしくお願いします。