「ミカ様、ミハネ様のところへ行きたいのは重々承知していますがこの書類を終わらせていただかなければ時間は空きませんよ?」
「うぅ〜アリサちゃんの鬼〜!」
「鬼でも悪魔でも魔女でも結構でございます。それに、これが私の仕事でもありますので」
パテル分派の執務室、そこに居るのは首長であるミカと副首長として選出されたアリサの姿があった。
時刻はちょうど太陽が頂点に達した頃、お昼ご飯をミハネと食べるために立ちあがろうとしたミカを静止したのは他ならぬアリサであった。
2人の目の前にはパテル分派に所属する生徒や他派閥からパテル分派への意見書などの山の他にミカのデスクの上にはティーパーティーとしての予算をはじめとした気が遠くなるほどの書類が積み上げられていた。
当日中に終わらせなければいけないものこそ総数から見れば少ないものその仕事の量はミカがパテル分派の首長として急激に実績を上げて来た結果でもある。
「それに、この程度の書類を捌けなくて首長は名乗れませんし司法院長であるミハネ様はこれの数倍の書類を1日にこなしているのですよ」
「わかってるけどさぁ……ほら、人には得手不得手ってあるじゃん」
「そうですね。でもミカ様は“それを出来る”方ですので」
「うぐっ……」
よく見ている、とミカは恨めしそうにアリサを見る。
当の本人はどこ吹く風だが、彼女のその観察眼もミカが彼女を副首長に選んだ理由でもあった。
もっとも、就任してすぐの頃のような可愛らしいわんこのような反応は鳴りを顰めてしまった訳だが。
たった数週間で副首長としての振る舞いがすっかり板についてしまってどことなく寂しいというかすっかり尻に敷かれてるなとか思ってしまっていた。
「わかったよぉ……!じゃあここまで!ここまでやったらいいでしょ!?」
「……そうですね。そこまでやったらミハネ様のところまで行ってもいいです」
「やった!じゃあがんばるね!」
そうして再びデスクの上の書類に向き合うミカを見つめ、アリサはため息をつく。
本当なら全部終わるまでダメだと言いたいところではあったのだが、彼女の幼馴染たち同様、自分も相当ミカに甘い自信があった。
ほんの数ヶ月前まではめんどくさがってやらなかった書類仕事。
司法院まで遊びに行って帰ってこないのが日常茶飯事であった頃と比べたら自分たちの首長は急激に“リーダーとしての資質”を開花させ続けている。
それが、ナギサが『学園の運営の方法』を普段からミカと積極的に話し続け、ミハネが『首長としての責任と資質』について説き続けたからだろう。
自分たちパテル分派はミカの天真爛漫なその姿に、その内に秘めた強い意志と見え隠れする首長としての資質が派閥に新たな風を吹かせてくれることを願って首長へと押し上げたのだ。
その蕾が、間違いなく開花し始めている。
パテル分派に政権が回って来たとき、彼女はトリニティにどのような変化をもたらしてくれるのかが楽しみでならないのだ。
そして、それを隣で見れる権利を得ている自分も……彼女に見合うような副首長とならなければならない。
「ところでアリサちゃんは、一緒にランチするお友達とかいないの?」
「不躾すぎませんか。いますよ私にも友人くらい」
「ええー?ほんとにぃ?だって副首長になってからずっとここに引きこもってるじゃん」
「ミカ様……ミハネ様のところへいくための書類を増やして欲しいなら素直にそう言って頂ければいいのに」
「ああー!!ごめんなさい!冗談だからぁ!」
平謝りするミカにアリサは仕方ない人ですねとため息を吐く。
実際問題、この地位についてからアリサがこの部屋に篭りっきりなのは事実だった。
理由は明確、ミカがミハネのところに行っている間にアリサがその分の仕事をこなしているからにすぎない。
それに彼女の友人も司法院の副院長であったり、正義実現委員会で忙しなくあちこち飛び回っていたり、学内で問題行動を起こしたりとなかなかランチを共にする機会などないのも確かだ。
「私の友人たちも立場のある子達ですから、なかなか集まってランチやティータイムというのは難しいんです」
「へぇ〜?どんな子?」
「司法院の蒼崎サリナと正実の仲正イチカ、あとは補習授業部に入れられた浦和ハナコですよ」
「え!?サリナちゃん!?」
「知って……いますよね当然」
「もちろん!サリナちゃんの入れるお茶美味しいんだから!」
「わかります。あの子は本当にお茶を淹れるのが上手ですからね」
そういえば学年が上がってからは4人でお茶などしていなかったなと思い出した。
パテル分派、司法院、正義実現委員会、それぞれが派閥や組織に属していく中でハナコだけが無派閥のまま1人になってしまっていた。
パテル分派に引き入れようともしたし、サリナやイチカもそれぞれの組織にどうかと声をかけたようだったが……それも全て断られてしまった。
しかし、聞く話によれば彼女も新しい居場所として補習授業部と楽しく過ごしているようだしこれ以上彼女の心配をするのも彼女のためにはならないだろう。
それに、そういう感情を友人から向けられることをきっとハナコは好まない。
どちらにせよ、新しい居場所ができて彼女が楽しく過ごせているというのならそれに越したことはない。
お陰でアリサ自身もこうしてパテルの副首長としての仕事に専念することが出来るのだから。
「……あの子の淹れるお茶はどれも美味しいですが、私はミルクティーが一番好きです。あの甘くて優しい味がどうしても忘れられなくて」
「わかる!私が最後に飲んだのは先月だったかなぁ?ミハネちゃんと一緒にシュークリーム食べた時に淹れてくれてね!」
「ミハネ様と食べるとなると『
「あ〜、たしかパフェが有名なお店なんだっけ?私はシュークリームしか買ったことないけど」
「ええ、トリニティの生徒たちの間ではかなり有名です。質のいいフルーツがたくさん乗っていて上品な甘みのクリームがふんだんに使われていて口に含んだ時の幸福感はかなりのものでした」
思い出せば思い出すほど食べにいきたい欲求が増してくる。
狙いどきは日中よりも客足の少ない深夜、フルーツが納品される23時過ぎが1番の狙いどきなのだが……仮にも派閥の副首長、規律違反は御法度なのだが……
「ミカ様はシュークリームを買う時にお店に行くのは深夜でしたよね?」
「うん?そうだよ?」
「……今夜あたり、一緒に買いに行きませんか?」
「もしかしてアリサちゃんからデートのお誘い?」
「違います、もしかしたらそのパフェ食べられるかもしれません」
「そうなの?じゃあいこっかな!」
大きく伸びをするミカに思わず笑みが溢れる。
こんな約束を取り付けられるのもパテル分派の中では自分くらいだろうというほんの少しだけの優越感を覚えながらアリサは手元の書類に視線を落とす。
「でもまずは、ミハネ様とのランチのために早く書類を終わらせてしまいましょうね」
「うぇ……わかってるよぉ〜!」
彼女の手に収まっている特別な羽ペンがスラスラと紙の上を走る。
あまりにも美しいものだからどこで買ったのかと問いかけてみても『えへへ、内緒☆』なんて言われるものだから何処となくその羽根の出処を察してしまったのも記憶に新しい。
……私もイチカに言ったら羽ペンで使うために貰えたりしないだろうか。
一瞬脳裏にそんな思考がよぎるが、有翼の子たちにとって羽根を渡すというのは特別な行為だとアリサも聞いたことがある。
それならば、そう気安くくれるものでもないだろう。
それに、彼女もどちらかといえばサリナにゾッコンなのは見ればわかることだ。
あの人たらしの性格は昔からその気はあったが司法院でミハネの下についてからは特にその人たらしぶりに拍車がかかった。
なんとも人をその気にさせる言葉ばかりスラスラとその口から出てくるのは困りものである。
しかし、聞いてみるだけなら……聞いてみるだけならばいいだろうか。
今度2人だけで会うことがあれば聞いてみようと心に誓って友人たちからのプレゼントで貰った万年筆を走らせるのだった。