作者としてもここから書きたいものがたくさんあるので頑張って更新していけたらなと思います。
第二次特別学力試験から日が経ち、補習授業部の面々はそれでも諦めることはなく試験勉強に明け暮れる日々を過ごしていた。
この約1週間、毎日毎日日が暮れて日付が変わる直前まで補習授業部の教室の明かりが消えることはなく、そしてまた、先生とサリナの自室の明かりが消えることも……同じようになかった。
先生が採点をして苦手分野を集めた問題をサリナが即座に構築する。
過去問題やオリジナルの問題をいくつも折り合わせて作られたサリナ謹製の模擬試験をひたすら繰り返す。
「先生、きちんと寝ていますか?」
「サリナこそ、毎日部屋の明かりがついてるの知ってるよ」
「夜中に女の子の部屋の明かりを確認するなんてデリカシーないですよ」
サリナの目の下にほんのり残る隈、先生はそれに気がついて自分の不甲斐なさに悪態をつきそうになる。
「先生がもし不甲斐ないと思っているならそれは間違いですよ」
「……でも」
「でもも何もありません。私はミハネ院長に指示されてきた事は変わりませんけど、それでもあの子たちのためにやりたいことをやっているというのも変わらないんです。最後のチャンスは確実にものにして欲しい、あんなに頑張ったのに報われないなんてそんなの間違ってる」
自分の思いを口にしながらも、サリナの手は止まることを知らない。
模擬試験が終われば、サリナの代わりにハナコが解答と解説をしてくれている。
先生が採点をしてハナコが答え合わせをしてその間にサリナが問題を作る。
それが今の補習授業部にできる最善で、最高効率の勉強方法であるのは間違いないのだ。
「だから先生、あの子たちが頑張る姿を覚えていてくださいね。そしてしっかりとその背中を支えてあげて欲しいんです」
「もちろん、でも……その対象はサリナもだっていうことを忘れないでね?」
「覚えておきます。ほら、そっちの採点が終わったやつください」
「あっ、うん。お願い」
採点の終わった答案用紙をサリナが受け取って針が23時を指す時計を見て深く息を吐いた。
「勝負は明日です、このまま何も起きなければいいんですけどね」
「……なにか起きない、とは言い切れないね」
「今日は一体どうなってしまうんでしょうね」
何とも重苦しい空気感のまま、先生とサリナが使っている部屋にはペンを走らせる音が響き続けていた。
****
サリナと先生が解答用紙と睨めっこしている頃。
補習授業部の皆は明日の試験に備えてしっかり睡眠を取るという選択をして眠りに落ちていた。
時計の針が0時を指したのと同時に、アズサの目が開く。
身に染みた音を生まない動きでいつもと同じ場所に置いていた制服と銃を手に全員が眠っていることを確認して寝室から立ち去る。
「…………」
歩き去っていく背中を、たった1人見つめていたことをアズサは知る由もなかった。
****
トリニティの廃墟、いつもの待ち合わせ地点にアズサとサオリはいた。
「アズサ、作戦の日程が変わった」
「……いつ?」
「今日の午前中だ、作戦には“スカーレッド”も参加することになっている」
「待って、今日は……」
「……どうした?何か問題があったか?」
明日は大事な試験がある。
補習授業部のみんなと目標にしてきた大切な、試験が……
「……まだ準備ができてない。計画よりも日程を早めるのはリスクが高すぎる。“スカーレッド”にも……サナにもそう伝えて」
「……確かに一理ある、が」
「サオリは私のいうことが信じられない?作戦開始のための準備は私が完璧に行う、それは潜入を任された私に一任されてたはず。“スカーレッド”だってそれを分かっていないわけじゃないよね」
サオリの後方、アリウスの中でスクワッド以外に存在するエリート組織所属を意味する赤い制服を着用した生徒を視界に入れて苦い顔をするアズサ。
普段なら軽い挨拶から始まるサオリとの会話が彼女がいることで出来ないでいるのがアズサにはストレスでしかなかった。
「お前の言葉は信用している、が……作戦の決行は決定事項だ。作戦の準備はできている範囲で構わない、最低限動ける準備はしておけ」
「……っ!」
「これが、作戦の概要だ。ここを出るまでに目を通してすぐに処分しておいてくれ」
サオリから手渡される一枚の紙。
それを受け取ってアズサは一歩、サオリから距離を取る。
「明日の作戦で桐藤ナギサのヘイローを破壊する。お前はそのためにいるんだ」
「……わかってる」
ここ数回の邂逅がやわらかい記憶だったからか、冷たい響きを乗せたサオリの声音はどこか不気味なものすら感じた。
「あぁ、お前の実力は私が一番信頼しているよ。“うまくやれ”、百合園セイアを殺した時のように……な」
「───了解」
頷き、アズサはそのままサオリに背を向ける。
ジャリッと砕けたコンクリートを踏み締める音を響かせて手に持った紙を開いた瞬間。
「アズサ」
「……なに?」
「あの時に言った言葉、忘れてはいないだろう?」
“あの時”とはどの時を示しているのか、伊達にサオリと相方を組んでいたわけではない……そんなものはよくわかっている。
「もちろん、私は私のやるべきことをやる」
「それでいい、決行はその紙に記してある通りだ。では、明日……準備は怠るな」
それだけ言い残して歩き去っていくサオリと“スカーレッド”の1人。
アズサもその背中を見て手渡された紙に視線を落とす。
作戦の決行時間と、内容。
そして……
『お前はお前の信念に従え』
思わず、笑みが溢れる。
ああ、わかっている。
こうして文字にしなくたって、伝わっている。
手に持った紙を証拠隠滅用のライターで燃やして捨てる。
やることは決まった。
自分1人でも、必ずやり遂げてみせる。
「……桐藤ナギサは私が守る」
覚悟を決めた少女はその場から立ち去っていく。
「…………」
その姿を見ているものがいるとも気が付かずに。
****
先生とサリナも一息つき、全員の点数が90点を上まっている事に安堵すること数分。
コンコンっと先生の部屋の扉をノックする音が響く。
この時間にやってくる生徒は1人だろう、とサリナと先生は顔を見合わせて苦笑いをして扉へ声をかける。
「どうぞ」
「こ、こんばんは先生。サリナちゃんも……まだ起きてますか?」
「やっぱりヒフミだったね。どうしたの?眠れない?」
「は、はい。その……緊張と不安で、えへへ……」
先生がヒフミと話しているのを尻目にサリナが壁掛けの時計を見れば時刻はまだ午前2時ほど、緊張と不安があったとはいえあまりにも短い睡眠時間に思わずため息が出る。
どうせならリラックス効果のあるハーブティーでも淹れて緊張を和らげてあげるのもいいかと立ち上がった瞬間。
「ふふっ、私も来ちゃいました♡」
「───ん、みんな……なにしてるの?」
「ハナコちゃんにコハルちゃんまで!?」
新たに先生の部屋に来たのはハナコとコハル。
結局、アズサ以外の全員が先生の部屋に集合することとなってしまったのだった。
「明日は試験なのに、何しているのよ。休む事も大事だって云ったのはそっちでしょ……?っていうか、起きたら部屋に誰も居ないし……まあ、緊張する気持ちは凄く分かるけど」
「……す、すみませんコハルちゃん。どうしても寝付けなくて」
ほんの少しの怒気を見せるコハルに、思わずヒフミが謝罪をする。
そんな2人を見てハナコは少しの笑みを浮かべた後、いつになく真剣な表情で口を開いた。
「実は先ほど、シスターフッドの方々と少し会ってきたんです。色々と調べたいことがあって……」
「調べたいこと……?」
「ええ、明日、私たちが試験を行う予定の第十九分館についてなのですが……」
ハナコのその言葉にヒフミとコハルの表情が陰る。
また、なにか細工がされているのか。
思い出したのは1週間前の第二次試験。
試験会場がゲヘナに変更され、あまつさえ答案用紙が紛失したことによる不合格となったあの試験。
「まさか……また会場が……?」
「いいえ、試験会場の変更なら……まだ可愛かったかもしれませんね」
深い深呼吸、どう口にしたものか……と考えもしたが素直に伝えるほかないと再びハナコの口が開く。
「この後、第十九分館は大規模な正義実現委員会の派遣が決定されていて、建物全体を隔離するとのことでした」
「えっ……?はぁ!?」
「建物を……隔離?」
「はい、エデン条約に必要な重要書類を保護する――という名目でティーパーティーから要請があり、建物全体を正義実現委員会として守る厳戒態勢に入ったとか」
「な、なにそれ……」
「つまりは補習授業部を振り落とすための用意。私たちが試験を受ける為には……正実を敵に回すしかない、ってことだね」
「それに本館の方にも戒厳令が出ているようです。昨日から妙に静かだったのはこのせいみたいですね」
「待って流石にそれは聞いてない。そんな大事な話ならミハネ院長から私に伝わるはず……!」
「……サリナは今、補習授業部へ出向扱いだから……か」
先生のその言葉に思わずサリナは息を呑む。
そうだ、今の自分は『補習授業部』の所属になっている。
籍こそ『司法院』にあるが、そこからの出向となれば一時的に『司法院副院長』としての役割は失われているも同然だった。
「き、期限は……?」
「おそらく、エデン条約締結のその時まで……誰1人あの建物への侵入はできないと考えた方がいいでしょう」
その言葉は、あまりにも部屋の空気を重たく沈んだものへと変えた。
建物の封鎖ということは、本当に誰1人立ち入ることができない。
一般の生徒はもちろんのこと司法院長であるミハネや各派閥の長……ましてやこの学園の行政官でさえも。
そして何より、補習授業部の面々の誰だって。
「ちょっと待ってよ!それじゃあ私たちの試験はどうなるの!?」
「だから簡単な話だよ。試験を受けたいなら正義実現委員会そのものを敵に回すしかない。もっとも、私たちだけでツルギ先輩以下数百人を相手にできるかと言われれば……結果は見えてるけどね」
「え…………?」
サリナの溢したその言葉に、ヒフミは思わず呼吸することすら忘れるほどに血の気の引いた顔でサリナと先生を見た。
“正義実現委員会を敵に回す”、それがこの学園でどういうことか……それがわからないヒフミではない。
だが、ヒフミよりも混乱しているのは間違いなくコハルでもあった。
「そんな……!私からハスミ先輩に事情を説明して……!」
「たぶん、それでもどうにもならない」
「わからないじゃない!ちゃんと事情を説明すれば……!」
「そうじゃないんだよコハル。正義実現委員会は私たち司法院とは違ってティーパーティー傘下の組織で、ティーパーティーからの命令があればそれに従って動くでしょ?もし、ハスミ先輩が私たちを助けるなら……それはハスミ先輩がティーパーティーに対する命令違反をしたって捉えられるかもしれない。私たちのせいでハスミ先輩を正実から追放されてしまうかもしれない事態は……作れないよ」
「───あ、じ、じゃあ……どう、すれば……」
どうにもならない理不尽、正に自分たちを追い込むための徹底した策略に為すすべもなく終わりを迎えてしまうのか。
これまでの努力も、なにもかも……無駄になってしまうかもしれない可能性が……
「全く、二次試験の時も思いましたけど……ナギサさんは本気で私たちを退学まで追い込みたいみたいですね」
「ど、どうして……そこまで……」
どうして、そんな言葉がヒフミの中で反芻する。
ヒフミの知るナギサは優しくて美しくて、誰よりも学園のことを考えていた立派な為政者だった。
こんな、こんなたくさんの人を巻き込んで、先生の身を危険に晒して……挙げ句の果てには同じ学園のもの同士で銃を向けなければならないような状況まで作り出して……
こんなやり方は……まるで……
「───私のせいだ」
暗く沈んだ空気の部屋に、最後の1人の言葉が響いた。
月明かりが照らす廊下に、アズサの姿が映る。
「アズサちゃん!どこに行ってたんですか……!?」
「……」
いつも通り、アズサに駆け寄ろうとしたヒフミの手をハナコが引き留めた。
その視線はいつものやわらかいものではなく、どこか棘を刺すような……まるで敵を見るようなそんな瞳だった。
「アズサちゃん、私たちに……言うべきこと、ありませんか?」
「……は、ハナコちゃん?」
ハナコが纏う雰囲気がいつもと違うことは皆一目で気がついた。
だからこそ、アズサに向けられたのは不安や困惑、敵意の視線。
「ハナコの言う通りだ、私にはみんなに言わなきゃならないことがある」
「アズサちゃん……?」
「あ、アズサ?どうしたの?……どこか具合が悪かったり……?」
隠していたこと、言えなかったこと。
この暮らしが、今日までの思い出が美しく、眩しいものだったからこそ。
アズサはもう立ち止まれない、隠すことは……もう、したくない。
「本当なら、私1人でどうにかするつもりだった。でも、こんな状況になったからには……どうしても言っておかなくちゃいけない」
「な、なによ。そんな……」
「ずっと隠していたことがある」
ゆっくりとアズサに手を伸ばすコハルを遮るように。
アズサの言葉ははっきりと全員に聞こえるような大きな声だった。
手に握った補習授業部との絆の証。
「私は……」
もう、戻れない。
言わなければならない。
元からこの幸せな時間は仮初のものだったのだから。
だけど、自分に明るい世界を教えてくれた。
自分に、学ぶことの楽しさを教えてくれた。
自分を、友達と呼んでくれたみんなのことは。
決して裏切ってはいけないと確信していた。
だけど、それももう終わり。
次の一言で、それが失われてしまう。
決めたはずの覚悟が、少しだけ……少しだけ揺らいでしまう。
みんなで掃除をした。
綺麗にしたプールで疲れて眠ってしまうくらい遊んで。
毎日みんなで遅くまで勉強して。
みんなで囲む食卓は楽しくて。
就寝までの間の他愛のない話が好きだった。
泥に塗れてしまったこともあった。
水着でみんなで固まって話したこともあった。
目標を達成してプレゼントをもらった時は本当に嬉しかった。
出来るなら、もっとみんなでこうしていたかった。
「私は……」
もはや嗚咽混じりの言葉は……
「アズサ」
サリナがアズサの目をしっかりと見つめて……
「大丈夫」
その言葉が、その声が、何よりも心を落ち着かせてくれて
「私たちは、アズサのことを知りたい。隠してることがあるなら……それをアズサが話してくれるって決めたなら。私たちに聞かせて欲しい」
「だって私たちは、友達……でしょ?」
その言葉に、陰っていた心が晴れていくのを感じた。
そう、だ。
ヒフミが、コハルが、ハナコが、サリナが……
友達だと言ってくれたから、彼女たちを失いたくないから覚悟を決めたんだ。
例え、全てが虚しくても……それが……
「諦める理由にはならない……」
息を吸い込む。
紛れもない、自分が背負うべき罪。
この学園でみんなを巻き込んでしまった責任を取る為にも。
「桐藤ナギサが探しているトリニティの裏切り者」
俯いていた顔を上げる。
不安や困惑の視線を向けているみんなに、それでも信頼が奥底に見える瞳をしっかりと見据えて……
「それは……私だ」
アズサのその言葉が、確かに補習授業部のみんなの耳に響いた。
みなさまからの作品への高評価やお気に入り、感想など常々お待ちいたしております。|´-`)チラッ