第一話 2人だけのお茶会
某日、トリニティ総合学園司法院長室。
いつものようにデスクに向き合い書類を捌く私とそれの補助をするサリナ。
そして、私の様子をニコニコしながら見つめる聖園ミカ。
言わずもがな私の幼馴染だが30分ほど前にこそっと入ってきて来客用の椅子に座り、そこからずっと私の様子を眺めていた。
「……で、さっきからずっと私のことを見てるけどミカは何をしにきたわけ?」
「ナギちゃんから言われる小言に飽きたから遊びに来ちゃった☆」
「……ここあくまでもティーパーティーとはあまり仲が良いとは言えない部署のトップの部屋なんだけど?」
「幼馴染に会いに来るのにそんなしがらみなんて関係なくない?」
関係大有りだろうに。
トリニティの生徒たちはその属する分派によって日々睨み合いを効かせて生活を行っている。
そのうちの特に大きい分派がティーパーティーを成立させている『パテル分派』『フィリウス分派』『サンクトゥス分派』である。その他にも救護騎士団の団長である蒼森ミネが首長を務める『ヨハネ分派』
を始めとする数々の派閥があるがそこの何処にも属さず、尚且つその時所属している司法院の生徒からの直接スカウトにのみによって司法院の部員は増えていく。
トリニティ内部における法の番人、絶対的な天秤の守り手。
トリニティでは何処の派閥からも煙たがられる組織ではあるのだが……
「ねえ、もう四時だよ?そろそろ一休みしたほうがいいんじゃない?」
「もう四時ってミカがここにきたの30分前でしょ」
「だってさぁ、最近構ってくれないじゃん。最近っていうよりも院長になってからって言ったほうがいいかなー?」
「だからお互いに立場も責任もあるでしょ。ミカはティーパーティー、私は司法院。というよりもそういうのもわかってて私に賛成票を入れて院長にしたんじゃないの?」
昨年の政権交代。
そこでティーパーティーに就任したミカを始めとしたナギサとセイア。シスターフッドの長となった歌住サクラコ、救護騎士団の団長の蒼森ミネの計五名からの指名を経て当時司法院の副院長であった私は院長の座に着いた。
求められる役割は何処の派閥にも属さぬ絶対中立。
そして与えられた権限は多岐に渡るが一番大きいのは聴聞会における最終裁決権。
それ故に、他の派閥の生徒達とは必要以上に関わることができないのが私の立場なのだが……
「どうしてもダメ?」
「……」
何処か甘えるようなそんな声音、私寂しいですと見ただけでわかる表情。
私がその仕草に昔から弱いのを知っていてやるのだから侮れないのだが……
「ミハネ院長、折角ミカ様がいらしているのでしたら紅茶の一杯でもお付き合いするのが礼儀かと思います。それに、ミハネ院長が働きすぎているのをミカ様も分かっているからこの様に遊びにこられるのですよ?」
余程顔に出ていたのだろう。
見兼ねたサリナがティーセットと共にもうそろそろミカがやってくるだろうと昨日買っていたシュークリームと一緒に持ってきていたのだ。
「……はぁ、君たちは本当に」
「やった!ナイスだよサリナちゃん!」
「ミカ様もファインプレーでした」
右手で走らせていたペンを一度デスクに置いて仕事を中断する。
私の返事など待たずにお茶会の準備を始めたサリナとニコニコと笑みを浮かべるミカが待つ席へと移動する。
「ミハネ院長が昨日買ってきていたシュークリームに合わせて今日はディンブラミルクティーをご用意しました。ティーパーティーで召し上がっている茶葉から見れば見劣りしてしまうかも知れませんがお楽しみいただければと思います」
「ううん、サリナちゃんが淹れるお茶も私は好きだよ☆」
「ありがとうございます。それではごゆっくりお楽しみください」
そそくさとそのまま去っていってしまったサリナを見送って院長室は二人だけの空間になった。
誰もいなくて私とミカしかいない。
この時だけは私とミカは普通の幼馴染に戻れるのだ。
「……でも、そろそろ来るんじゃないかって思ってたでしょ?」
「まあね、だからシュークリームだって買ってきてたわけだし」
束の間の沈黙。
お互いにティーカップに口をつけて一息つく。
「私ね、本当のことを言えばエデン条約にはあんまり乗り気じゃないんだ」
「……ゲヘナが嫌いだから?」
「まあ、それもあるんだけど。そもそもあそこの治安って控えめに言って終わってるでしょ?いくらツルギちゃんたち正義実現委員会が強くてもゲヘナの生徒たちがトリニティでも暴れ回るようになったら私たちじゃ手に負えないよ?」
「まあそれはあるよね。向こうの風紀委員だって自分の自治区内で手いっぱいだってこの間ヒナが言ってたし……でも、私はそれでもエデン条約は必要だと思ってる。キヴォトスの平和のためにも、私個人の目的のためにも」
「あの子を探すため?」
「そうだよ。可能性が少なくても、それは私が諦める理由にはならないから」
小休止、ため息をひとつ吐いてシュークリームに手をつけた。
口いっぱいに広がる甘いカスタードクリームとサクサクと食べごたえのある生地を楽しみながらミルクティーを一口含む。
「ん〜!これ、本当に美味しいよね!」
「幼い頃に初めて自分たちで買ったおやつっていうのも強いと思うけど。シュークリームはここのが一番だね」
「ティーパーティーで出てくるナギちゃんが用意してくれるお菓子も美味しいんだけどね。シュークリームだけはこれが一番!」
ティーパーティーのお茶会には月に一度、呼ばれていたのだがそこで出てくるお茶やお茶菓子を思い出す。
あの時出てきたのは確かロールケーキだっただろうか、あのたくさんのフルーツが入ったロールケーキは良かった。
機会があれば桐藤さんに聞いて買いに行こうと思っていたのだ。
「そういえばティーパーティーで思い出した。ミカ、桐藤さんに迷惑はかけてない?百合園さんが入院してから二人で学園を回さなきゃなんだからね。私に会いにきてくれるのは正直嬉しいけど……」
「うう……わ、私だって仕事はちゃんと終わらせてきたよ!ただちょっと疲れちゃったからここに来ただけで」
「……本当に?私の目を見て同じこと言える?」
キョロキョロと視線を右往左往させてモジモジしてる時はだいたい嘘をついているか自分でどうにもならなかったのだろう。
それで桐藤さんらからのお小言に耐えられなくて逃げてきたというところか
「あと1時間したら戻るんだよ?書類の書き方なら教えてあげるから」
「戻ったら18:30じゃん……もう帰っちゃダメかな?」
「多分桐藤さんはミカが帰るまで待ってるよ。あの子、ミカにすごく甘いんだから」
「それミハネちゃんが言う?」
「…………なに?今すぐ帰る?」
そんな軽口を叩きながら1週間ぶりのミカとのお茶会を楽しんだ。
言った通り1時間で院長室から渋々ティーパーティーへと戻っていったミカを見送って再び執務用のデスクへと戻る。
「うん、今日はもう少し頑張れそうだ」
ミカとサリナのおかげで充実した時間を得られた。
エデン条約まであと数ヶ月。
私に出来ることは少ないがそれでも無事締結されることを願っている。