『さしすけ』ってなんだよ   作:Ex falso quodlibet

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執筆に時間がかかったので初投稿です。


#13 ゴールデンタイムラバー

コイツ(禪院甚爾)は夏油の探知も欺くし、五条も殺した。なら、それより弱い俺が瞬間でも油断したら殺られると思え!

 

「仮想領域」

 

俺が掌を地面に向けるように翳すと、呪力の層がそこには発生し、拡がっていく。俺と禪院甚爾を囲むほどの大きさになれば、その層は止まった。

これは俺と五条で考案した技の1つ目。振作呪法の対象範囲を空間に設定し、それによって俺の周囲数メートル以内の空間そのものを強化するというものだ。つまり、この仮想領域が届く限りは、全部俺の射程範囲ってことだ。

俺はどこからか出現した刀を構えて、姿勢を低くとる。

 

(手札は惜しむな。使える時に使っとけ!)

 

「飛ぶ斬撃ってのを、お前は見たことはあるかよ。———『馘蛛(かくしゅ)』!」

 

刃に纏われた呪力が、その形を保ったまま刀から飛び出す。具現化された斬撃は、真っ直ぐに禪院甚爾と向かっていった。五条と特訓して作った術式の2つ目だ。

 

「さあな。生憎と、俺にはそもそも呪力が見えねえもんでな」

「……ハッ。バケモンが」

 

だがしかし、奴は見えないはずの呪力の塊を、右手に持ちかえた呪具で払い落とした。

 

(これじゃあ効かねえか。じゃあ通用するまで全部試すだけだ。……その時間があれば、の話だけどな)

 

「手品はもう終わりか? 俺も暇じゃねえんでな、さっさと終わらせるぞ」

「いいやまだだね。手品なんて楽観的なこと言えんのも今の内———」

 

刹那。風を、感じた。その風が、俺の命を脅かすものだと、俺の脳味噌が認識してくれて助かった。

半ば反射的に身を捻れば、そのコンマ数秒後、俺の頬が裂けた。

 

「ッ……!」

「避けたか。見切ったか、運か。まあもう一回やりゃ分かることだ」

 

(……前もそうだったが、マジで疾すぎる!!)

 

このままでは何れ押し負ける。直感的にそう感じた。ただでさえ全身を術式で強化しつつ呪力の層を生成しているのだ。呪力の総量も質も良くない俺では、直ぐに底が尽きてしまう。

 

(どちから片方を切るか? いや、さっき避けれたのは仮想領域に侵入したのを感じ取れたからだ。仮想領域を閉じれば禪院甚爾の攻撃の始動に気づくのが遅れるし、『肉叢・廻』を止めれば回避が間に合わない。

つまり、どちらかでも失ってしまえばその時点でゲームオーバー……)

 

今の考えじゃどちらも共に不正解。とくれば、残された選択肢は一つ。

 

(呪力が尽きる前に禪院甚爾を戦闘不能の状態まで追い込む!)

 

刀を一度鞘へと戻し、再度低い姿勢をとる。これは3つ目。飛ぶ斬撃で使用したものと同じ量の呪力を、納刀された刃に凝縮させる。限界まで溜めたそれを居合い斬りという形で解放するのは。

 

「なら、これはどうだ?! 振作呪法『閃鴻(せんこう)』!」

「……は。遅えな」

 

これはどうかと思ったが、あえなく失敗。手にした呪具で威力を完全に殺されてしまった。

 

(ックッソが。夏油相手でも初見なら抜けるくらいの速さなんだけど、な!)

 

状況を立て直す為に再び呪具を弾いて距離を取ろうとする。が、弾こうとする腕が動かない。いつの間にか、禪院甚爾に腕を絡ませられていたからだった。

 

(ッ、まず———)

 

「悪くねえが、隙がデケェな」

 

ボグッ、という鈍い音が俺の身体から発された。

 

「オ、ェっ……!」

 

衝撃を逃がすこともできずに攻撃を喰らった俺は、数歩後退りしてから、吐瀉物と血液をぶち撒けた。

 

(———クソ、痛えええ! あんの野郎、銃弾当たった所にピンポイントで右ストレートかましやがった!)

 

「うお、汚ねえな。まあ仕方ねえか、俺とお前とじゃ身体の作りが違うんだ」

「げほっ、げほっ、げ、ぇ。…………フィジカルギフテッド、だろ」

「!」

 

ゆっくりと近づいてくる奴に、牽制の意味合いも込めて返答する。お前は、俺がお前の天与呪縛を知ってることを知らないだろ?

 

「呪力を完全に、げほ。失う代わりに、とんでもない身体能力を手に入れる。それが、はぁ、お前の天与呪縛だ」

「……なんだ、俺のこと知ってんのか」

「どうだろうな。精々、テメェのお頭で考えてみやがれ。『馘蛛(かくしゅ)』!」

 

口ん中が鉄分と酸でとんでもねえことになってるが、そんなことを気にしている暇はない。ぐいっと口元を拭い、刀を持ち直し、技を放つ。2回目の馘蛛。通じるなんて微塵も思っちゃいない。ただ視線をそこに向けたいだけだ。

 

「野郎の顔覚えんのは苦手なんだよ。あーこれ、五条の坊にも言ったか?」

「どこ見てんだァ?!」

 

視線がずれた所を狙って、術式で強化した拳で思い切り床を殴りつける。そうすれば、薨星宮内の建物は簡単に崩れ落ち、俺と禪院甚爾、そして建物が落下していく。その瞬間に、俺は予め持ち込んでおいた砂袋を投げつけた。

 

「チッ、鬱陶しい」

 

(よし、()()った!)

(馬鹿が。俺の天与呪縛は———)

(知ってんだよ。テメェの天与呪縛は、五感も強化される、だろ!!)

 

禪院甚爾は視界を奪われてもなお、周囲を動くもの、正確には自分の命を狙うものに反応する。なら、それを利用すれば良い。

落下しながら、禪院甚爾は背後に感じた存在を斬りつける。が、当たった感覚は見られない。当然だ、俺はそこにいないからな。お前が斬ったのは俺の学ランだ。あとで弁償代請求してやる。

 

「……服?」

 

(……これはブラフか!)

(流石に、間に合わねえだろ!!)

 

俺たちと共に落下している木材や石材を足場にして禪院甚爾の頭上へと移動し、半身の形になって威力を溜める。腹部が張り裂けそうな痛みに襲われるが、当然無視する。

 

「ッ……、振作呪法『猪突(ちょとつ)』!!」

 

4つ目の技。今の所俺が持つ技の中で最速のもの。どれくらいの速度が出てるかは知らないが、まあ兎に角速いのは事実だ。

 

「惜しいな。だがまだ足りねえ」

「っマジかよ———ぶっ?!」

 

突き技を繰り出すが、今度は避けられた。禪院甚爾は空中で避けるついでに身体を捻ると、鋭い拳を飛ばしてくる。体勢が悪かったこともあり、もろに受けてしまった俺は、薨星宮の最下層へととんでもない速さで落下していった。

 

なんとか受け身だけは取ったが、顔面がぐちゃぐちゃだ。これで無理なら、じゃあもう何なら通用するってんだと、脳内で悪態を吐く。

 

(あー、また歯ァ折れたか? クソ、俺はコイツに何本折られりゃ良いんだ!)

 

なんとかして身体を動かしているが、いつまで保つか分からない。撃たれた箇所がズキズキと痛み、制服には血が滲んできている。それだけではなく、これまで奴に受けた傷も決して浅いとは言えないものが多い。

こう言う時、反転術式があればどれほど楽であろうか。だがまあ、たらればの話をしても仕方がない。一先ずはここを乗り切ることを考えろ。

 

「……プッ。今のも、反応すんのか」

「反射みてえなもんだ。気にすんな」

 

(気にしなくて済むんなら、そうしてるっての!)

 

いよいよ禪院甚爾も時間がないのか口数が少なくなり、俺を殺すことに注力しているようだ。そうなってしまうと、俺程度———しかもこんな状態———ではコイツの攻撃を捌ききれない。

 

「どうした、速度が落ちてんぞ」

「ゲホっ、ぐ、うううう!!」

 

(痛い痛い痛い!! いよいよ内臓が死ぬ! なんとか、なんとかしねえと……っ)

 

次々と擦過傷が増えていく中、なんとか突破口を見つけようとする。しかし、どうやら先にそれを見つけたのは禪院甚爾だったらしい。

 

「お前、ここが弱いんだろ? 動きが明らかに庇ってる奴のそれだ」

「は———?」

 

(まさか……。ッ、呪力で———)

 

「遅え、よ!」

 

ボチュン。何をすることも出来ず、今度は蹴りが俺の腹部にヒットした。

 

「が、はっ」

 

最早ここまで来ると戦闘と言うより、拷問に近い。余りの痛みに俺の言語能力は低下し、ただ地面をのたうち回る。

 

「が、あああああああ!!!?」

「弾が当たった所か。そりゃ痛えよな」

「おえっ……う、うう……!」

「だがガキ。ここは戦場だぜ。んな風に蹲ってちゃ、嬲られるのがオチだ!」

 

 

 

重い瞼を、ゆっくりと開ける。

俺がいたのは薨星宮ではなく、どこかの校舎だった。瓦礫に凭れ掛かる形で、今俺は姿勢を保っているようだ。

 

(……外にいるってことは、アイツ上に飛ばしたのか。随分遠くに飛ばしやがってあの野郎)

 

「っ、痛う……!」

 

瓦礫を支えにして立ちあがろうとするが、少し力を入れただけで全身が痛む。戦いの中で撃たれた所を庇おうとし過ぎたせいか、他の部位にも影響が出てしまったらしい。

 

(クソ、マジで痛え。こりゃもう逝ったな、グッバイマイオルガン。他も色々とやられちまったっぽいが———まだ、ギリ動ける)

 

脳味噌はまだ動く。なら、呪力を練ることは可能なはずだ。呪力を特に傷が深い所に集中的に回して、瓦礫という椅子から立ち上がる。

 

(俺の術式———振作呪法は禪院甚爾相手じゃ何も通用しなかった。けど、それにはまだ()がある。そう言っていたのは五条だった)

 

禪院甚爾は呪力を持たないため、残穢から探ることもできない。禪院甚爾が星漿体ではなく俺を狙っていることを祈って、足を引き摺りながら歩き出した。

 

(その()ってのを聞きたがったが、当の五条はもう死んじまった。なら自分で考えるしかねえ。五条が言ってた『特大ヒント』は、術式の対象。なら今まで俺が術式の対象にしてきたものを考えてみよう。

俺の肉体の一部もしくは全体。複数の呪具。呪具ではない単純な武器や武具。そして、空間。———待て、()()?)

 

校舎から少し離れた所にある石畳に着いた所で、足を止めた。考えたことを端から口に出すように、言葉を紡いでいく。

 

「よく考えろ、最初の3つはどれも物質だ。俺の術式が直接的に干渉しているんだろう。だから強化できんのは分かる。だが、空間はどうだ?」

 

(時間とともに物体を規定する基礎的な概念。それが哲学世界における空間の定義だ)

 

「知らず知らずのうちに術式の対象にしていたが、何故俺はそんなあやふやなもんを強化できる?……もしかして」

 

五条、そう言うことか? もし、俺の考えが正しければ。

 

「……そう言うことなら、もしかしたらもしかするかもな」

 

(骨は何本も折れたし、多分臓器も一個ダメになった。一歩足を踏み出そうとするだけで身体中に激痛が走る。出血は酷く、このままじゃ確実に出血多量で死ぬだろう。脳だけは元気だが、長くは続かないと思う。肝心の呪力は薨星宮内の戦闘でほぼ使い切った。それに精神も死にかけ。———つまり)

 

「……ははっ。絶好調だ」

 

 

 

「よお」

「なんだ、生きてたか」

 

祚咫にとって運の良いことに、禪院甚爾は薨星宮が位置する座標から殆ど動いていなかった。地面に空いた大きな穴から覗ける複雑怪奇な建物が、その良い証拠だ。

 

「お陰様でね。お前は何してんだ、星漿体はもう良いのか?」

「テメェをここで完全に殺しとかねえと、後々面倒になりそうなんでな。探してたとこだ」

「そうかい」

 

(これは認められたってことで良いのか? また複雑な気分だな)

 

「奇遇だな、俺もだよ。さっき新技を思いついた所でね、お前に試し撃ちしようと思ったって訳さ」

「さっきみてえな玩具(おもちゃ)をか? なら良い加減やめとけ、流石にもう興醒めだ」

「そんなこと言うなよ。まあ、贅沢者には贅沢者らしく、それらしいもん見せてやっから」

 

祚咫が発動しようとするのは、これまで見せた技のどれでもない、全く新しい技。これまでの呪術における常識を打ち破るもの。

 

「そも、俺の術式は振作呪法。強化する術式だ。その対象は自らの肉体から手に持つ呪具、果ては空間と多岐に渡る」

 

(……術式の開示か。奥の手ってわけだ)

 

俄に行われた術式の開示に、禪院甚爾は警戒心を強める。目の前の相手は大した実力ではない。しかし、今の祚咫は何をしてくるか分からないという不気味さが、禪院甚爾にはあった。

 

「だが、俺はまだ知らない。術式の限界ってやつを。術式の対象になり得る範囲ってのがどこまでなのか、実際に試したことはない。

……先の2つが物質的なものに対して、後者は概念的なものだ。つまりどう言うことか分かるか、禪院甚爾」

「……さあ」

 

会話は続けながらも、禪院甚爾はゆっくりと重心を低く落とし、どんな状況になっても即座に動けるように準備をする。対する祚咫には、どこか浮ついたようなにやけ面がついて離れない。それが一層不気味さを加速させた。

 

「俺の術式は、概念にも干渉できるってこった。それが可能なら、術式の幅はぐっと広がる」

 

(さて、鬼が出るか蛇が出るか。今日の運勢占いと行こうか)

 

「振作呪法の真髄。それは()()の強化」

 

「即ち、自らの術式そのものの強化だ」

「…………」

 

禪院甚爾は動かない。有事の時の為に、一瞬たりとも隙を晒そうとはしない。

 

「ま、百聞は一見に如かずだ。見せてやるよ」

 

ごくごく自然に、当然に。社会人が朝起きて、モーニングコーヒーを飲むように。人が今際の際に、火事場の馬鹿力を発揮するように。

祚咫は、そのお(まじな)いを唱えた。

 

「———術式昇華(しょうか)

 

「『無下限(むかげん)呪術(じゅじゅつ)』」




ゴールデンタイムラバー  スキマスイッチ(2009)

お待たせ致しました。今話のラストを書きたいがためにあーでもないこーでもないと頭を悩ませておりました。次話もできるだけ早く皆様の下にお届けできるよう頑張りますので、応援等宜しくお願い致します。

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