『さしすけ』ってなんだよ 作:Ex falso quodlibet
学祭で疲弊しているので初投稿です。
「……マジか」
「大マジ。元気ピンピンだよ」
主人公は遅れてやってくるってのは、どうやら正しいらしい。にしても遅すぎるとは思うが。禪院甚爾は大層驚いた様子だった。俺と戦ってた時でもあんなに驚いてはいなかったなと思い、ちょっとだけ悔しくなってしまう。
俺は五条に呼びかけようとするが、その表情を見て少しぎょっとしてしまった。恐らく、これは本能的なものだろう。それほどまでに、五条の様子は変だった。
「遅かったな、五条。…………風呂でも入ったか?」
「かもな。お前こそ、随分楽しそうじゃねえか。トマト祭りにでも行ってたか?」
「はっ、かもな」
数日会わなかっただけだと言うのにも関わらず、五条はそれまでの彼とは全くの変化を遂げていた。とは言っても、本当に変わったのはこの数十分ではあると思うが。
(男子3日会わざれば刮目して見よ、か)
「退がっとけ。あとは俺がやる」
「……悪い、マジで一歩も動けねえ」
「チッ、仕方ねえな」
五条は無限の応用を使って、俺を後ろに退がらせようとする。お、浮いた。疲労も出血も酷いため、気を抜けばすぐに意識がどこかにいってしまいそうではあるが、そうはいかない。まだやるべきことが残っているのだ。
「硝子は呼んでおいたから治してもらえ」
「……五条、俺から一つだけ頼み事がある」
「あ?」
「—————————」
俺のこの発言に対して、五条は納得がいっていない様子だった。
「…………そいつは、承諾しかねるな。大人しく退がっとけ」
「あべっ」
五条は俺を乱雑に地面に落とし、天逆鉾を構えたままの禪院甚爾に向き直った。痛ってえなおい。仮にも怪我人の俺をもうちょっと丁重に扱うとかないの? だがまぁ、今の五条に水を差すわけにもいかず、そんなことを考えながら、俺は化け物と化け物の戦いを観ることになった。
「さて、待たせたな」
(コイツ、なんで生きてる? 俺は確かに脳天をブッ刺したぞ。……まさか)
「……反転術式!!」
「正っ解!!」
五条は嬉しそうにとんとんと額を指で叩く。その表情は、どこか狂気じみてさえいた。
「オマエに喉ブチ抜かれた時反撃は諦めて、反転術式に全神経を注いだ。呪力は負の
(ペラペラと……。!! コイツ、ハイになってる……?)
「だが死に際で掴んだ、呪力の核心!!」
五条は高らかに声を上げる。まるで、初めて生を実感したかのように。
「オマエの敗因は俺を首チョンパしなかったことと、頭をブッ刺すのにあの呪具を使わなかったこと」
「……敗因?」
対する禪院甚爾は天逆鉾を握り直し、目の前の殺すべき存在を見据える。
「勝負はこれからだろ」
「あ゛ーーー? そうか? そうだな。そーかもなあ!!」
先手を取ったのは禪院甚爾だった。高速で移動し、後ろに倒れ込もうとする五条へ天逆鉾を振るう。だがそれは当たることはなかった。禪院甚爾が五条の存在を把握した時には、五条は既に放出するための呪力を溜め切っていた。
空中に逆さの状態で浮かぶ五条は、禪院甚爾に人差し指と中指を向ける。次の瞬間、放たれたのは赫い呪力の塊。反転術式によって生まれた正の
「術式反転」
「
際限がないと錯覚するほどに吹き飛ばされ、いくつかの建造物をブチ抜いてから漸く止まる。瓦礫がパラパラと降ってくる中、頭から血を流した禪院甚爾は、こんな状況でも上がっていた口角を少しだけ下げざるを得なかった。
「ハッ、化け物が」
五条は禪院甚爾の方を見つめながらも薄らと目を細め、恍惚とした表情を浮かべている。
そう。彼はもう、
(骨はイッてねえな。今の衝撃波?が無下限呪術、術式反転『赫』か……)
禪院甚爾は、自らの状態と五条の持つ手札を整理する。
(①“止める力”、ニュートラルな無下限呪術。②引き寄せる力、強化した無下限呪術『蒼』。そして③弾く力、術式反転『赫』)
だがそれら全てを整理した上で尚、彼の闘志が消えることはない。腹に巻いた呪霊から、新たな呪具———『
(———全て、問題なし)
(①止める力は元より、②引き寄せる力はリーチを得た今、逆鉾で掻き消すか俺の足でちぎれる。③弾く力はタイミングさえ外さなければ逆鉾を盾にしのげる)
違和感。
禪院甚爾に襲いかかるのは、違和感。
そして宙に浮く五条の眼を見て膨らんだ、違和感。
それを、禪院甚爾は無視した。勘定に入れる必要はないと、切り捨てた。
「いや、これで良い」
「殺す」
……ごめん、天内。俺は今、オマエのために怒ってない。誰も憎んじゃいない。
今はただただ、この世界が心地良い。
「天上天下、唯我独尊」
呪詛師の男は鎖に繋がれた呪具を遠心力を用いて振るってくる。鎖をまるで鞭のように扱い、正確に俺の下へと呪具を向けてきた。けれどそんなことには、さして興味はない。俺は右手の人差し指と中指の上に親指を乗せ、残りの二指は真っ直ぐに伸ばした。
……代々伝わる相伝術式のメリットは、予め先代の築いた術式の取説があること。デメリットは、術式の情報が漏れやすいこと。
アンタ、禪院の人間だろ。『蒼』も『赫』も、無下限呪術のことはよく知ってるわけだ。
だがコレは、五条家の中でもごく一部の人間しか知らない。順転と反転、それぞれの無限を衝突させることで生成される、仮想の質量を押し出す。
「
「むら———」
しかし、それを発動する寸前、予期せぬ邪魔が入る。
「五条! 殺すな!!!」
「!?」
声の主は瓊弌だった。ほんの少しだけそちらに意識が行ったことで、僅かながらに手元が狂う。そうして打ち出された俺の
結論として。
五条の坊が俺を殺すことは叶わず、左腕を損失させただけに留まった。
「ッ……」
自らの左腕が地面に落ちたのを認識した途端、俺は逃亡を謀った。負傷により速度は落ちているとはいえ、それでも常人のそれとは一線を画す速度で高専の敷地内を駆け抜ける。負傷した箇所を止血しながら、俺は考えた。
脳裏に過った、あの時の記憶と、抱き続けた違和感。星漿体も殺せず、あのガキにあそこまで時間を稼がれた。その段階で、『タダ働きなんてゴメンだね』と、いつもの俺ならトンズラこいてた。だが目の前には、覚醒した無下限呪術の使い手。恐らく現代最強となった術師。
否定したくなった、捩じ伏せてみたくなった。俺を否定した禪院家、呪術界、その頂点を。
自分を肯定するために、いつもの自分を曲げちまった。
その時点で、負けていた。
俺が今こうやって生きているのは、あのガキが五条の坊に呼び掛けて奴の手元が狂ったから。本来なら、俺の命はない。
「……
再び脳裏に過ったのは、捨てた筈の過去。生まれたばかりのガキを嬉しそうに抱く、もういない女。
「……自分も他人も尊ぶことのない、そう言う生き方を、選んだんだろうが」
俺の独白は誰に聞こえるわけもなく。その独白を置き去りにして、俺は呪術師のガキ共から逃げおおせた。
「逃げられたか。とっとと追って殺すか」
(止血はしているだろうが、完全にできるものではない。血痕から奴を追いかけて、殺す)
そう考えたところで、沖縄で見せた、純真無垢な天内理子の笑顔が五条の思考を遮った。
「……いや、アイツが逃げた以上、俺がこれ以上何かする必要はない。任務は星漿体の保護……失敗しちまったがな。取り敢えず、天内の遺体を回収しねえと」
ただ五条にも多少の不満はあった。虚式『茈』を打つ直前の、祚咫の行動だ。
(瓊弌があの時呼び掛けていなかったら確実に殺せていた。……どういうつもりか、後できっちり問いただしてやる)
五条はそこまで考えてから思考をリセットし、ゆっくりと地へと降り立つ。そして浅い息を繰り返す祚咫と、それを診察する家入の下へと歩いて行った。
「逃げた、か。良かった……すまん、五条……。でも、これで、少しは…………」
「おーい祚咫、しっかりしなよ。今治してあげるから」
「硝子、ソイツ頼んだ。俺は星漿体の回収に行ってくる」
「分かった。気をつけなよ」
「大丈夫、もうこれ以上の危機はねえさ」
祚咫はそれだけ呟いたのを最後に、五条と家入の会話が遠くなるのを感じながら、意識を闇へと落としていった。
勇者 YOASOBI(2023)
お気に入り300件突破致しました。誠にありがとうございます。
次回で懐玉編は終わりとなりますが、すぐ玉折編に入ろうかと考えていますので、お待ち下さいませ。
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