『さしすけ』ってなんだよ 作:Ex falso quodlibet
腹痛と激闘を繰り広げているので初投稿です。
2007年、8月。
「いっくよー」
高専のとある中庭に、俺たち4人は集まっていた。硝子ちゃんがペンを、傑さんが消しゴムを五条に向けて投げる。すると、ペンは止まり、消しゴムだけが当たる。俺はその様子を五条の後ろから観察中だ。
「うん、いけるね」
「げ。何今の」
「術式対象の自動選択か?」
「そ。ま正確に言うと術式対象は俺だけど」
「はあ?」
んなことできんのか。マジでとんでもねえなお前。敵に回したくないランキング堂々の1位だよ。
「今までマニュアルでやってたのをオートマにした。呪力の強弱だけじゃなく、質量・速度・形状からも物体の危険度を選別できる。毒物なんかも選別出来ればいいんだけどそれはまだ難しいかな。でも、これなら最小限のリソースで無下限呪術をほぼ出しっぱにできる」
「出しっぱなしなんて脳が焼き切れるよ」
けど実際はそうなってない。となると……まさか。
「お前、反転術式もオートで使ってんのか?」
「正解。自己補完の範疇で反転術式も回し続ける。いつでも新鮮な脳をお届けだ」
「イカれてんなおい」
ただでさえ呪力の消費が激しい反転術式を回し続け、更に無下限呪術をオートで使用する、と。人間が出来ていい範囲をオーバーしてんぞ、それ。
「前からやってた掌印の省略は完璧。『赫』と『蒼』それぞれの複数同時発動もボチボチ。後の課題は領域と長距離の瞬間移動かな。高専を起点に障害物のないコースをあらかじめ引いておけば可能だと思うんだ。硝子、実験用のラット貸してよ」
「えー……」
そこで、俺は傑さんが殆ど会話に参加していないことに気づいた。傑さんを見れば、浮かない表情のまま下を向いている。
(悟は“最強”に成った)
「傑ちょっと痩せた? 大丈夫か?」
傑さんは五条に話しかけられて、慌てて視線を戻す。その時に、一瞬だけ俺の方を見たような気がした。
(任務も全て一人でこなす。瓊弌も階級が上がったことで様々な任務に連れ出されている。そして硝子は元々危険な任務で外に出ることはない。必然的に、私も一人になることが増えた)
「ただの夏バテさ、大丈夫」
「ソーメン食いすぎた?」
「……」
傑さんは取り繕うようにして会話を途切れさせた。俺と硝子ちゃんは2人の会話をぼんやりと眺めている。にしても五条、アイツ共感性とかそういうのねえのか。的外れにも程があんだろ。俺はそう思い、いつの間にか横へ来ていた硝子ちゃんに小声で相談する。
「ねえ硝子ちゃん。あれどう思う?」
「流石にナイ。……祚咫、夏油のこと良く見といてあげて。あの馬鹿は多分何も考えてないだろうから」
「了解。てか、そう言う硝子ちゃんもでしょ。ちゃんと休めてる? 隈、酷くなってるよ」
「……アンタも大概デリカシーないね」
「え? いって!……なんかごめん」
硝子ちゃんにケツを蹴られながら、再び傑さんを見る。俺は傑さんが何かしらのことで悩んでいるということは、表情から察せられた。けれど、俺はそこで様子見なんてするんじゃなく、もっと直接的に彼のことを気にするべきだったんだと、のちに知ることになる。
同日、夜。
「……また、あの夢」
そして再度、あの
(もう星漿体を護った時点で終わったんじゃねえのかよ、クソッ)
今度の夢は、1年と半年前に見たそれよりも随分と鮮明だった。それが嬉しいことかどうかはさておき。
雄が、死ぬ? いや、それだけじゃない。
「傑さんは、やっぱり人を殺している……」
しかも呪詛師だとかじゃない。確実に非術師、彼の言葉を借りるなら、術師の守るべき存在を大勢殺している。そんな未来が、やってくるだと?
このままでは、迎えるのは絶対にバッドエンドだ。そんなことはなんとかして避けなければいけないと、俺は1人ベッドで拳を握った。
3年生になってから、私たち4人が揃うことは少なくなっていった。
「悪い、明日任務入ってるわ」
「ごめん傑さん、俺も明日任務なんだ。ったく、階級上がった途端に直ぐ単独任務バカみてえに押しつけやがって……。ホント上層部ってクソだわ」
「私? あー、明日は高専にいなきゃいけない日なんだよね」
その夏は忙しかった。昨年頻発した災害の影響もあったのだろう、蛆のように呪霊が湧いた。
祓う、取り込む。その繰り返し。
祓う。
取り込む。
皆は知らない、呪霊の味。
吐瀉物を処理した、雑巾を丸飲みしている様な。
祓う。
取り込む。
誰の為に?
あの日から、自分に言い聞かせている。私が見たものは何も珍しくない、周知の醜悪。知った上で私は、術師として人々を救う選択をしてきたはずだ。
ブレるな。
強者としての責任を果たせ。
自動販売機が設置された休憩所内にて、夏油はベンチに腰掛けている。その様子は幽鬼じみてすらいた。
「あ!! 夏油さん!!」
「灰原……」
「お疲れ様です!!」
そんな夏油の前に現れたのは灰原雄。呪術高専の2年生、つまり夏油の1つ下だ。相も変わらず呪術師は人手不足であるため、夏油の後輩は灰原と灰原の同級生の七海、そして1年の伊地知だけだ。そんな数少ない後輩を、彼は非常に気にかけていた。
「何か飲むか?」
「えぇ!? 悪いですよ、コーラで!!!」
「フフッ……」
裏表のない性格というのを、夏油は微笑ましく感じると共に、少し羨ましくも感じる。
「明日の任務、結構遠出なんですよ」
「そうか、お土産頼むよ」
「了解です!! 甘いのとしょっぱいの、どっちがいいですか?」
「悟も食べるかもしれないから甘いのかな」
そこで一度言葉を切ると、灰原には顔を向けないまま問いかけた。
「……灰原。呪術師やっていけそうか?辛くないか?」
灰原は不思議そうな顔をしていたが、数秒考えてから答える。
「そー……ですね。自分はあまり物事を深く考えない性質なので、自分にできることを精一杯頑張るのは、気持ちが良いです」
自信を持ってそう言う灰原に、夏油は同級生の姿を重ねる。夏油とは対照的な灰原が、どこか眩しく思えてしまい、夏油はふいっと目を逸らす。
「———そうか。そうだな」
夏油は自嘲的に笑う。そんな彼の下に、2人目の来訪者が現れた。
「君が夏油君?」
ゴツゴツゴツ、と厚い底の靴を鳴らしてやってきたのは、ノースリーブの衣装を纏った金髪の女性だった。
「どんな女が、好みかな?」
間が良いのか悪いのか、祚咫もその場に同席していた。尤も、盗み聞きという形であるが。
(…………飲み物買いに自販機コーナー来たら、なんかすげえ話してんだけど。呪力からの脱却? 分別と受容? 人類の進化? 意味分かんねえ。けど。夏油と金髪姐さんが話してる内容は2割も理解出来ねえけど)
ここで無理矢理にでも話の腰を折らなければ、夏油が遠くに行ってしまいそうな、そんな予感が祚咫にはした。彼は努めて陽気に2人の間に割って入る。
「へいへいへーい、何してんのさお2人さん」
「……瓊弌」
「おお、君が祚咫君か! お噂は予々! どんな女が好み〜?」
「は? エロい女。……んで傑さん、誰この人」
初対面で他人に性癖を聞くような奴はまともな筈がないと祚咫は予想するが、ある意味で彼の予想は正しかったようだ。
「
(……まさかの特級ときたか。予想の斜め上を行ったな。五条や夏油と同じ、術師のカーストにおいてそのトップに立つ者)
「好み聞かれたんだから答えて何が悪いんだよ。自分の性癖には従わなきゃダメだろ」
「はあ、全く……」
「あっはっはっ!! 正直な男は嫌いじゃないよ! 因みに私はどう?」
「ノーコメントで。上司は守備範囲外っすわ」
「おや、残念」
九十九は態とらしくがっかりとした様子を見せる。彼女を一瞥した祚咫は、それまで浮かべていた貼り付けたような笑みのまま、九十九に話しかけた。
「所で、九十九由基特級術師」
「九十九で良いよ」
「じゃあ九十九さん。———あんまウチの副大将誑かすの、やめてもらってもいいですか」
その場の雰囲気が変わる。俄かに祚咫の纏う呪力が溢れた。先程までの笑みや陽気な態度はどこかへ消え、祚咫の目つきは厳しいものとなっていた。
「……へえ。と言うと?」
「おい、瓊弌」
夏油が祚咫を制止しようとするが、彼は当然の如く無視をする。
「アンタと傑さんが何話してたか大して興味はねえけど、少なくとも良くない話だってのはわかったよ」
「良くない話だなんてとんでもない。夏油君には、ただ私の相談相手になってもらっていただけだよ」
九十九は未だ態度を変えない。飽くまでも自分自身の考えは正しいと思っているからだ。だからこそ、祚咫が彼女に好感情を持つことは能わなかった。
「———なら、非術師の殺害を勧めることも、その相談の内って認識で合ってんのか?」
出現させた刀を左手に握り、嫌悪感を滲ませた切っ先を九十九へと向ける。その刀を、僅かながらに震えさせながら。
「———随分と、耳が良いんだね」
「どーも」
「……悪いけど、君と今ここで戦う気はないよ。間違って殺してしまっては、五条君や夏油君に申し訳が立たないからね」
九十九からすれば軽い牽制、ひょっとすれば冗談のつもりなのだろう。しかし、もし戦闘になれば祚咫が蹂躙されることは必定だと理解していた。それほどまでに、九十九由基という女は強力な存在であった。祚咫は思わず後退りをする。
「ッ……」
「さて、ここまで嫌われてしまっては仕方ない。私はこれで帰るとするよ」
そんな祚咫の様子を一目してから、やれやれ、と肩を竦めて九十九は立ち上がった。
「それじゃあね。ほんとは五条君にも挨拶したかったけど、間が悪かったようだ」
ヘルメットとゴーグルを装着した九十九は自前のバイクのエンジンをかけ、それに跨る。
「これからは特級同士、3人仲良くしよう。あ、あと祚咫君もね!」
「本当にそう思ってんなら他人に変な思想押し付けないで下さい。ウチの可愛い傑ちゃんが余計なこと覚えたらどうするんですか?!」
「……」
先程までの一触即発な雰囲気はどこへやら、祚咫と九十九は明るく言葉を交わしていた。夏油はその様子を見て、ため息を吐いてから祚咫の頭に拳をぶつけた。
「あでっ!」
「悟には私から言っておきます」
「はっはっは!! 面白いねえ祚咫君!……あ、そうだ」
九十九は大きく笑ってから、不意に夏油へと視線を合わせた。祚咫は頭を摩りながら夏油を見つめる。
「星漿体のことは気にしなくて良い。恐らくあの時もう一人の星漿体がいたんだろう、天元は安定しているよ」
「…………でしょうね」
「星漿体は元気かい?」
「……ここの瓊弌と付き人も併せて暮らしてます。元気に過ごしてますよ」
夏油に指を差された祚咫は、どうして良いかわからないまま、なんとなくぺこりと頭を下げた。
「そうか、それは何よりだ。よければ今度お話ししてみたいけれど……どうだい? 祚咫君」
「菓子折りたんまり用意したら考えます」
「任せなさい。特上のを準備しようじゃないか」
そう言ってバイクのエンジンを噴かすと、九十九は軽快な速度で高専を去って行った。
「あ、好み聞いてねえ」
九十九由基特級術師が去ると、一般道に面した高専の出入口には私と瓊弌の2人だけになった。瓊弌は大仰に息を吐いて、私の方を向いた。
「はあ、やあっと行ったか。ったく、厄介な人もいたもんだな、傑さん」
「……そうだな」
「……ひでぇツラしてんなあ。桃鉄やりすぎじゃねえの?」
「……かもな」
瓊弌はケラケラと笑う。そんな彼の冗句に合わせることも出来ずに、私は道路を眺めていた。
「…………」
瓊弌は再度息を吐く。そして私の顔を無理矢理に瓊弌と突き合わせるようにすると、1つデコピンをした。
「つっ……」
「考えすぎなんだよ、傑さんは」
「……」
私は反射的に額を抑えながら、瓊弌の方を見る。それは私を叱責するものではあったが、彼の声色は優しかった。
「禪院甚爾とやりあった辺りからか? 隠しちゃあいたが、ずっとなんか変だったぞ」
「バレてるか」
自分でも分かるほどに薄く笑う。最後に腹から笑ったのは、いつだったか。
「なんとなくはな。これでも2年半一緒にいるんだぜ?」
「それもそうだな」
徐に硝子から貰ったであろう煙草を胸元から取り出し、吸う?と私に問いかける。私が首を横に振ると、瓊弌はあっそ、と言って紫煙を上らせ始めた。
「五条も前に言ってたけど、意味だとか責任だとか、傑さんは真面目すぎるんだよ。確かに強者としての責任は大事だし、呪術師の生きる意味ってのも同じくらい大事だろうさ」
まっじい、と愚痴を溢しながら瓊弌は話を続ける。なら吸わなければ良いじゃないか、と口に出すのはなんとなく憚られた。
「けど、それに執着して目の前の簡単なことを忘れちまっちゃあ、本末転倒もいいとこだろ。俺たちはさ、何で呪術師なんて酔狂なもんやってんだ?」
それが私への問いだと気づくのに、少し時間がかかった。慌てて思考回路を回し、返答する。
「……呪いが見えないことで困ってる人たちを助ける、ため?」
「そうじゃん? 傑さんもよく言ってたでしょ、術師ってのは非術師を守るために在るんだー、って」
こんな簡単な問いにすら確証を持って答えられていないということに、私はどこか虚しくなってしまった。
「……けれど、分からないんだ」
「ん?」
「非術師を見下す私と、それを否定する私が同時に存在している。……どちらが本当の私か、分からないんだよ」
藁にも縋るような思いだったのかもしれない。私が瓊弌を見つめていると、瓊弌はけろりと答えた。
「しーらね」
「……は?」
「九十九さんがお前になんて言ったかは、イマイチ聞き取れなかったんだけどさ。んなもん、俺らみたいなガキに簡単に理解できるもんなの?」
「いや、それは」
瓊弌からの予期しない問いに当惑した私を見て、瓊弌は言い淀んでから口を開く。
「……ウチの代はさあ、他人の事見れてねえ奴ばっかりなんだって。五条は言わずもがなだし、硝子ちゃんだって大して他人に興味ないでしょ。そんな環境じゃあ、気づいてもらえるもんも気づかれねえわな」
「……瓊弌には、私の苦悩が分かるのか」
「だーから分かんないってば。アイツらよりほんの少しだけ他人を気にしてるだけだよ。傑さんがどんなことで悩んでるのかとか、これからどう動こうとしてるのかとか、そんなもんは分かりゃしない」
瓊弌はそこで会話を区切ると、いつの間にか短くなった煙草の火を靴底で消してから、笑って言った。
「だって俺らって、どこまで行っても他人じゃんか」
「……!」
「だから結局、言いたいこととかがあんなら、口に出すしかねえのさ」
「…………そう、だな」
恐らく、瓊弌は深く考えて発言しているわけではないのだろう。けれど彼の言葉は、少なくとも今の私には酷く響いた。
「そうだ、今週末飯行こうぜ。その日ならみんな任務無かったはずだしさ。その時に愚痴大会でも開こう。……どした、鳩が豆鉄砲食ったような顔して」
「……いや、なんでもないよ。良いね、行こうか」
「おっしゃ。んじゃ行きたい場所考えといてくれ」
「ふふ、任されたよ」
久々に4人全員が揃う時間が設けられたらしい。瓊弌の言う通り、少し自分の思いというものを曝け出しても良いのかもしれない。そんなことを考えながらその日を楽しみにして、私は瓊弌と別れた。
———けれど、その日がやってくることはなかったんだ。
"青春病" 藤井風(2020)
星漿体である天内理子とその世話係の黒井里美は、現在保護観察という名目の下主人公と共に暮らしています。なので主人公は既に高専内の寮にはいません。何れその話はどこかでしたいと考えています。
今更ながらですが、アンケートを締め切らさせていただきました。沢山の投票、誠にありがとうございます。また新たなアンケートを設置させていただきましたので、宜しければご投票下さいませ。
じわじわと投稿間隔が広がりつつあることに危機感を覚えています。なんとかして以前のような投稿頻度に戻したいものです。長くなって申し訳ありませんでした。
0編は要りますか?
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いる
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いらない
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どっちでも