『さしすけ』ってなんだよ   作:Ex falso quodlibet

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最近ファンパレばっかりやっているので初投稿です。


#21 大不正解

「…………すぐる、さん」

 

額を親指でぽりぽりと掻きながら、夏油は周囲を見渡す。そして未だ硬直している村民に対して、笑って呼びかけた。

 

「皆さん、一度外へ出ましょうか」

 

 

夏油はこの騒動の元凶である呪物———両面宿儺の指を半ば奪うようにして村民から受け取り、それを呪霊に収納させた。

 

「瓊弌はここで待っていてくれ。直ぐに戻ってくるよ」

「ちょ、は、傑さん……?」

 

村の人々を小屋の外へ誘導し、そう言ってこちらを向いた夏油は、とても爽やかな笑顔をしていた。まるで何か吹っ切れてしまっているような。———まさか、トリガーが引かれちまったってのか?

 

「ま、待て傑さん。おい、待てよ———がはっ?!」

 

慌てて夏油の服の袖を掴む。すると彼はにこやかな表情のまま、鳩尾に拳を捩じ込んできた。それまでに蓄積していた痛みも相俟って俺の視界が明滅し、意識は朦朧とする。

 

(っ……踏ん張れ、俺! ここで気を失っちまったら、多分この人はもう戻って来ない……。誰も手の届かない、遠くの場所に行っちまう……! この人に人殺しをさせねえように、あの()が正夢にならねえように、これまで高専で鍛えてきたんだろうが……!!)

 

「ぐ、ううっ……が、あぁ!!」

「……」

 

俺は腰に提げた刀で自分の手を突き刺した。まあ気付け薬みたいなもんだ。足を強く踏み込み、今度は夏油の腕ごと握る。僅かに顔を歪めた夏油は訝しむようにこちらを見た。

 

「何をするんだい?」

「行かせ、ねえよ、どこにも……!」

「……ふぅ」

 

俺がそう言ってから数秒間の記憶はない。気がつけば、俺は小屋の外にいた。

 

「は、あっ……?」

 

何が起きたか、理解ができなかった。視線の先、俺の正面にはゆっくりと歩いてくる夏油がいる。と言うことは、俺はアイツに殴られて今ここにいると考えるべきだろうか。俺から数メートル離れたところで足を止めた夏油は口を開く。

 

「そこで寝ているんだ。その間に全て終わる」

「終わる、だと……。 何を、終わらせんだよ」

「そうだね。猿たちの命を、さ」

「猿ぅ……? お前まさか、アンタの後ろで怯えてる非術師のこと、言ってんのか……げほっ」

「それ以外に何があると言うんだ。さあ、ゆっくり休め。疲れているだろう?」

「ざ、けんな……!!」

 

夏油は無理矢理に会話を途切ると、視線は俺と合わせたまま、後ろ手に大きな呪霊を一体出すと、それに非術師を殺させようとした。

が、そんなことは俺がさせない。

 

「っおぉ、ラァッ!!」

 

『肉叢・廻』を使用して全力で駆け、そのままの速度を保ちながら呪霊の顔面に膝を減り込ませる。そうすれば呪霊は俺の攻撃の威力に耐え切れず消滅して行った。

 

「アンタら、今すぐ逃げろっ!!」

 

俺は村の人間にそう呼びかけるが、濃厚な死の気配ってやつを感じてしまったのだろうか。揃いも揃って足が竦んで動けないだの腰が抜けただの騒ぎやがる。チッ、仕方ない。今は住民の避難を優先して———。

 

「……おいおい、一般人を殺すのにそこまでの手勢が必要か? オーバーキルってやつだろ、そりゃ」

 

呪力の放出を感じて夏油の方を振り返れば、数多くの呪霊が夏油の背後から顔を覗かせていた。そして当の本人は、心底不愉快そうな顔をしている。

 

「……邪魔をするなよ、瓊弌」

「バカ言ってんじゃねえよ、傑さん。猿を殺すだあ? 弱者生存、強き者が弱き者を助ける社会! それこそがあるべき社会の姿だって、アンタはそう言ってたろ!?」

「昔の話だ、今は違う。弱者である猿共を殺し、強者である術師だけの世界を作るんだ」

「何言ってんのか、訳がわかんねえよ!! ンなことに何の意味もねえだろうが!」

「目的はある。理由もね。寧ろ大義ですらあるのさ」

「っ、アンタはっ……!」

 

夏油は最早聞く耳を持たない。普段から強情な奴ではあったが、こんなことになるのは初めてだ。俺が話が通じないもどかしさに歯噛みしていると、夏油は標的をこちらに変えた。向かってくる呪霊を捌きながら、夏油の言葉に耳を傾ける。

 

「瓊弌。君こそ分からないのかい? 本当に?」

「あ゛ぁ!?」

「少し特別な力を持っていると言う理由だけで、差別され、迫害され、凌辱される。理子ちゃんや、この少女たちが正にそうだ。……瓊弌、君だってそうだよ」

「ッ、そんな、ことは……」

 

夏油を否定することは出来なかった。何故なら、俺は夏油の言葉を理解できてしまっていて、夏油の言葉に思い当たる節があったからだ。

 

「君は目の前の人間を誰であろうと救おうとしているね。だが結果はどうだ? 命懸けで助け、救った結果が今の君だ」

「っ……」

 

夏油は治りかけの傷———殆どは村の奴らにやられたものだ———がつけられた俺の姿を悲嘆に満ちた目で見ながら、そう言う。俺はそれに何も言い返せない。

 

……けれど、まあ、それはそれとして。

 

「誰が君にそんな酷いことをした? そう、猿共だ。だから君にも分かるはずなんだ、猿はこの世界には必要がないと」

「…………」

 

俺は今単純に、この前髪野郎の言うことにとんでもなく腹が立っている。それに、これまでのバカ共のしょうもない言動だったり、多すぎる呪霊だったりにも。今の俺にとって、前髪野郎がどれだけ正しいだとかは、別にどうでもいい。俺は俺の怒りをぶつけるだけ。

つまりこれからやるのは、半ば八つ当たりってことだ。

 

「分かってくれたかい? ではそこを退いて———」

 

夏油が召喚した呪霊を、取り出した刀で再度斬り裂き、そのまま夏油に斬り掛かる。ワンチャンスを狙ったが、夏油はまた別の呪霊で防いでいた。

 

「瓊弌、君の理解力は良い方だと思っていたんだけれどね。私の思い違いだったかな?」

「……さっきから聞いてりゃ、ゴチャゴチャと……」

 

鍔迫り合いのような状態で、互いに力を入れる。先ほどからの夏油の舐めた発言に、俺は腑が煮え繰り返りそうだった。徐に刀をぐいっと押し込み、体勢を崩した夏油の鳩尾に蹴りを入れると、俺は叫んだ。

 

「主語がデケェんだよ、テメェは!!!」

「はっ?」

 

予想だにしない俺の返答に対して、夏油は素っ頓狂な声を出して固まった。

 

「強者だのあるべき社会の姿だの、上っ面だけのしょうもねえ御託うだうだと並べやがって! ンなもん、全部!!」

 

ずんずんと歩を進め、俺は拳を振り上げる。夏油は慌てたように呪霊を召喚するが、関係ねえ。

 

「テメェがテメェの行いを正当化する為の、ただの言い訳だろうがッ!!」

 

振作呪法『肉叢』———!

 

「オラァッ!!」

「ッ……!」

 

飛び上がって呪霊ごと夏油をブン殴る。が、何体かクッション代わりに呪霊を置いていたようで、呪霊を祓ったのみで夏油本人にダメージは入っていなかった。俺の反撃を想定していなかったのか、夏油は目を瞬かせている。

 

「強者が弱者に嬲られたぁ? ああ、確かに見たさ、経験したさ!! だが、それが本当にこの世界の全部だって、テメェは心の底から思ってんのかよ!?」

「っああ、思っているさ。だからこそ、私は非術師を鏖殺するんだ!」

 

逃げるように一度俺から距離を取った夏油は、人型の呪霊を数体出した。———2級かそれ以上だな。夏油のペースに持ち込ませたくはないが、俺の術式じゃあ時間がかかりすぎる。秒で祓うためには()()が要るか。

 

「術式昇華!」

 

(……瓊弌の術式昇華は、彼の生得術式そのものを強化し続けている状態だ。だから術式昇華と他の概念などの強化は並行して行えない。それに、どうせ使えるのは悟の術式だけだろう。そして、瓊弌では一度無下限を使うだけで膨大な呪力を消費する。呪力が切れたところを狙うのはそう難しい話ではないな)

 

「……とか、考えてんだろ?」

「!」

「俺が五条の術式しか使えねえと思ったか? バァカ、術式の昇華先に限界はねえ。つまり理論上、俺の術式は文字通り無限に術式をパクれるんだよ……!!」

 

『強化する』術式を生得術式そのものに作用させる。そしてその術式は振作呪法ではなく、別の術式なのだと、自分自身に錯覚させろ———!

 

「———『黒鳥操術』!!」

 

俺がそう唱え右手を前に出した途端、それに呼応するように俺の後方から大量の烏が猛スピードで夏油へと向かう。

 

(これは、冥さんの———!?)

 

夏油が驚いたような表情を見せる。まさか俺がこれを使えるとは思っていなかったのだろう。

この術式は冥冥さんの術式で、烏に自死を強制する縛りを結ばせることで強力な一撃を生み出すものだ。流石の彼女も術式を他人に教えることを躊躇していたが、一年分の給料ブチ込んだら渋々教えてくれた。黒鳥操術で呪霊を祓い切ると、仮想領域を展開し再び刀を構える。

 

「……テメェの言う通り、俺はこの目で見て、この身で味わって来たよ。強者が弱者に数の暴力で踏み躙られる様ってやつをな」

「っならば……」

 

けれど。

 

「けど! その逆もまた然りだ!! 半端な力を持った強者が徒に弱者を蹂躙し、自分自身の力に溺れていくのも、俺は見て来た!! テメェはそれを一度も見たことはねえって言えんのか、アァ?!!」

「それ、は」

 

夏油は言葉に詰まる。お前の言うことは、きっと正しいんだろう。でも、それは正しいだけで、真実じゃないはずだ。この世にゃ良い術師も悪い術師も、良い非術師も悪い非術師もいる。そんな当たり前のことをお前は、本当に分からないって?

 

「巫山戯たこと吐かしてんじゃねえぞ、夏油傑! これまでテメェが救ってきた非術師は、テメェのダチは、テメェの親は!! 本当に、テメェらを踏み躙るようなクズだって言うのかよ!!!」

 

夏油の足が止まった。そこを狙い澄まして足下へと攻撃を仕掛けるが、流石は特級と言ったところか。咄嗟ながらも正確な呪力操作と体術で避けられた。

 

(だが、悪くねえ。だってお前今悩んだろ。その一瞬が命取りになり得るってのは、お前が散々言ってたことだぜ)

 

これほど感情的になっていると言うのに、自分でも驚くくらいに、頭は冷静だった。自分が今どうすれば良いのかが、鮮明に分かる。

 

「物事を一面的に捉えて、それが社会の真理だって決めつけて!! それで何が解決するってんだよ!!」

 

夏油が召喚した呪霊をばっさばっさと祓って行く。黒鳥操術、或いは無下限呪術は未だ扱いに慣れていない。さっきは夏油が油断していたこともあってなんとかなったが、これ以上使うとデカい隙を晒しかねない。やめておくべきか。

夏油へ猛攻を仕掛けながら、自分の身体を一瞥する。出血は酷いが、反転術式で傷自体は殆ど修復した。それに不幸中の幸いと言うべきか、呪力はまだまだ残っている。そして俺の怒りも、当然収まりそうにはない。

 

「お前、術師だけの世界を作るために、非術師を全員殺すんだろ!? そうすりゃ平和な世界が訪れるって、それマジで言ってんのか!?」

「っ、そうだ! 猿共に生きる権利はない!」

「ならテメェは本ッ当に大馬鹿だよ!! 非術師を全員消したとして、その次に生まれるのは術師間の差別だ! テメェや五条のような力を持った術師が、潔高や『窓』のような力を持たない術師を虐げる!!」

 

そうなってしまえば社会の縮図は今のそれに元通りになるに違いないというのに。それとも何か? 今度は力を持たない術師を殺すとでも言うのだろうか?

 

「我々がそんなことをするわけがないだろう! 術師を傷つけ、殺した所で何の意味もない!!」

「じゃあテメェがこれからやろうとしてることにも意味はねえんだよ!!」

「……!!」

 

理解力が本当に低いのは、果たしてどちらか。ああ、夏油は理解していない訳じゃない。全て理解していて尚、そこから目を背けているだけか。

 

「まだ分かんねえのか!! 弱者を殺したって何も生まれないんだよ! 残った人間の中でまた同じような状況になるだけなんだ!! そうしてテメェが篩にかけ続けた結果、どこへ行き着くと思う?! 人間社会の崩壊だ!!」

「ッ……!!」

「それに、テメェ1人でどうにかなるくらいならなァ、もうとっくのとうにこの世界はもっとマシなもんになってるってんだよ!!」

「…………さい……」

 

俺の口からは夏油を責め立てる言葉が湯水のように溢れ出る。俯いてボソボソと喋る夏油は隙だらけだった。呪力を足に廻し思い切り蹴り飛ばすと、夏油はざざざ、と後退し、靴と地面の摩擦で止まった。

 

「そんなことも想像出来ねえくらい、テメェは馬鹿だったのか?! なら俺もテメェを過大評価してたみてえだなァ!!」

「……うるさい」

 

切っ先を夏油へ向け、あらん限りの力で叫ぶ。夏油、分からせてやる。お前が掲げたもん如き、大したことないんだってな。

 

「テメェの大義なんざ、所詮は俺に論破されちまう程度のもんなんだ!!」

「うるさい!!!」

 

漸く夏油はこちらを見た。夏油の顔は、ついさっき俺に見せた穏やかな表情から一転して、悲痛に歪んでいた。

 

「君に何が分かる?! 私の苦しみが、悩みが、辛さが、君に分かるって言うんだ!!」

「…………」

「私だって死ぬほど考えた!! でも分からない! どうすれば良いのか、分からないんだよ!! もう袋小路なんだ! 私の本質が、術師という人間レースのゴールが、この世界が!!……もう、何も分からなくなってしまったんだ」

 

段々とか細くなっていく、夏油の声。その声は震えている。

 

「……それで辿り着いた答えが、非術師の鏖殺か」

「そうだ! そうすれば、この腐った社会が良くなると! 私にとって大事な人間が皆救われると、そう信じたからだ!! 私が、私がこの世界を、正さなければいけないんだ……!!」

 

俺の発言にそう返した夏油は、ぎゅうと拳を握った。まるで何かを決心したような、そんな様子だった。

 

「…………夏油、お前は」

「だから、退けよ。瓊弌!」

 

俺の言葉を遮って、突如として夏油から呪力が溢れる。その呪力は、五条の『茈』に勝るとも劣らないほどのものだった。……決心したのは、これか。

 

「……おいおい、マジか」

「これが今私に出せる最大出力だ。———呪霊操術・極ノ番」

 

思わず俺は驚嘆の言葉を漏らす。夏油が極ノ番を解放したからだ。

———極ノ番とは。それぞれの生得術式における、領域展開を除いた奥義のことである。まあ要するにクソ強いってことだ。夏油は五条と違って領域の展開を会得していない。だからこれは、夏油にとってのリーサルウェポン。

 

「正気か……? んなレベルの呪力を放出したらここら一帯消し飛ぶぞ!!」

「だからなんだ? それでそこの猿共が死ぬと言うのであれば寧ろ一石二鳥じゃあないか」

「っ、テメェって奴は……!」

 

(あそこまで呪力が凝縮されちまった以上、あの術式は殆ど発動されたようなもんだ。夏油()にもう、止まる気はない……!!)

 

夏油の呪力が加速度的に増幅されていく中で、俺は必死に脳味噌を動かす。

 

(どうする? まだ呪力はある。『茈』なら相殺出来るか……? いや駄目だ、この距離で『茈』と夏油の極ノ番が衝突すればそれこそ余波でこの村が失くなる。じゃあ五条の領域———ナシに決まってる。非術師だけじゃなく、下手すりゃ夏油も俺も廃人になりかねない。何かないのか? 相殺するんじゃなく、奴の術式の威力を完全に消すような一手は……!)

 

そこまで考えて、はっと思い至った。一つだけ、あると。

 

(……だが賭けになる。失敗すれば俺も、非術師も、美々子と菜々子も纏めて死ぬ)

 

どれだけ練習しても、終ぞ成功しなかった大技。ここで()()をするのは余りに無鉄砲だろう。けれど、他に選択肢はない。

 

「……はぁ、ったく。高専(ここ)に来てから、博打ばっかりだな」

 

頭をガシガシと掻きむしって、そう自嘲する。が、心なしか感情は昂っていた。どうやら俺はとことんガキらしい。覚えたての言葉をそこかしこで自慢気に言いふらすような、そんなガキ。俺は挑戦的に笑って、夏油を見据えた。

 

「特別だ、見せてやるよ。呪術戦における、その極致ってやつを———!!」

 

印を結ぶ。と言っても未完成なものだ、従って印も簡単なものでいい。刀を地面に突き刺して、それから刃を思い切り握るだけ。当然だが握った掌からは真っ赤な血が流れる。そしてその血が刃を伝い、地面に触れた時。

俺の()()は、発動される。

 

(瓊弌は何を……ッ、まさか———)

 

夏油は俺のやろうとしていることに気づいたようで、すぐさま術式をぶっ放した。

———だが、遅え。

 

「極ノ番『うずまき』!!」

「領域、展開___」

 

夏油の極ノ番が俺を襲う瞬間。

 

世界が、切り替わった。




大不正解  back number(2018)

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