『さしすけ』ってなんだよ   作:Ex falso quodlibet

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ハイキューのアニメを一気見したので初投稿です。


#22 燈

夏油の視界に映る景色が一瞬にして変わる。夏油が引き摺り込まれた空間は辺り一面に水が張られており、周囲には祚咫を中心として幾層にも連なった鳥居が同心円状に並んでいる。そして、祚咫の背後には一枚の鏡がふよふよと浮いていた。この領域は呪い、つまり負の感情で生成されたものであるにも関わらず、夏油にはどこか神秘的にすら感じられた。

 

「___水天(みかみ)天照(てんしょう)(きょう)

 

 

 

「術師の成長曲線ってのは必ずしも緩やかじゃねえ。確かな土壌と一握りのセンス、それに想像力。そんだけありゃ後は些細なキッカケで人は変わる。要は未来の少し強くなった自分を想像すんだよ。ま、そんな土壌もセンスもお前にあるとは思えねえがな」

 

 

 

祚咫は流れ出る汗を拭いながら、五条の言葉を思い返していた。

 

(自らの生得領域を現実世界に具現化・展開し、そこに自らの生得術式を付与することで生まれるもの———それが領域展開、呪術の最終到達地点。……生憎と、未来を想像するのは得意でね。どうだ、見てるか五条。俺もやっと、そっち側に行けたぞ)

 

(瓊弌の領域……!! これは不味い……いや待て、それよりも、私の『うずまき』はどこへ行った?)

 

領域に侵入してしまった夏油は焦燥感に駆られて思考を巡らす。が、対処法を見つけるまでもなく祚咫の領域は直ぐに解けた。恐らく呪力切れによるものだろうと夏油は推察する。ふ、と安心したのも束の間、呪霊のストックが消えた夏油は祚咫からの追撃を考慮して呪力で肉体を強化し、相対する祚咫は肩で息をしながら震える足を叩く。

 

「ぷはあっ、きっっっつ! 10秒にも満たない領域の展開、それがここまでとはな……!」

「…………」

 

(今ので呪力殆ど持ってかれた……! 焼き切れた術式が回復したとしても、術式を使えるのはあと2、3回って所か? やっぱとんでもねえ技だわ、領域展開。……そんでもって、アイツらを逃すなら夏油の呪霊のストックが消えた今しかねえな)

 

そこで思考を切り替えた祚咫は夏油に掴みかかると、夏油に飛びかかって締め技をし、そのまま美々子と菜々子に向けて声を上げた。

 

「ぐっ……!?」

そのまま大人しくしてろボンタン野郎。おい美々子、菜々子! 今の内にその老害共連れて避難しろ!」

「……なんで、私たちがこいつらなんかを……!」

「なんでもクソもねえよ! どんだけ嫌いな人間だとしても、目の前で死なれたら目覚めが悪いだろうが! そんだけだ!」

 

美々子と菜々子は拳を握り込み、唇を噛む。10秒か、1分か、はたまた1時間か。長くも短い思考の末、2人の少女は顔を見合わせた。

 

「……美々子、行こう」

「…………分かった。代わりに瓊弌、絶対、絶対死なないでね」

「はっ、とーぜん」

 

短い会話だった。それでも、祚咫と2人の姉妹の間には確かな信頼があった。美々子と菜々子に誘導されて行く村の人間を見送った祚咫は、彼の拘束を振り解いて距離を取った夏油を再び見据える。

 

「消えたのか? いや、確かに『うずまき』は発動した筈。私の手持ちに呪霊が一体もいないのがそのいい証拠だ。……であれば何故———」

 

夏油の疑問に呼応するように、ぷっと血を吐き出した祚咫が口を開く。

 

「……色々考えてるみてえだから教えてやるよ。術式の開示ってやつだ」

「!」

「俺の術式は『強化する』術式。この術式じゃあどう足掻いたって必中必殺にはなり得ない。だから、()()だけの領域を展開した。まあその分領域が展開されんのは早いよな。そんで、領域に付与した術式———つまり領域内における効果は、簡単に言えば弱化だ」

「弱化……瓊弌の術式反転か!」

「正解」

 

(御三家の文献を読んだ限り、領域に付与する術式は殆どの場合自らの生得術式だった。だが、例外として術式反転が付与された領域も過去に存在したらしい。そんな芸当が出来る奴なんているのかって、そん時は思ってたが……まさか、自分が出来るとはな)

 

「俺の術式、振作呪法が自分を強化するのなら、術式反転『貂墜(てんつい)』は仮想領域内においてのみ相手を弱化する。それが領域内で必中になったんだ。あとは分かるよな?」

 

つまり、引き摺り込んだ敵に呪力の漸次的な喪失や、術式効果の低下を促す。それが彼の領域の必中効果。

 

「……成る程、合点が行った。随分と、厄介なものを身につけたね」

 

夏油は自らの額からつう、と冷や汗が垂れるのを感じた。そう、夏油の『うずまき』はしっかりと発動しているし、祚咫に当たりもしている。

 

(ただ、瓊弌が何も感じない程に、私の術式の出力が落ちていただけ———!!)

 

「褒め言葉として受け取っておくよ。……さて、と。お互い満身創痍だなァ、夏油。方や呪霊のストックはなく、方や術式は未だ焼き切れたまま。けど、これで分かりやすくなった。……地力勝負と行こうぜ」

 

それ以上の言葉は交わさないまま、祚咫と夏油は距離を詰めた。腕を伸ばせば手の届く位置にまで2人が近づくと、祚咫がゆっくりと拳を構えたのを見て、夏油も同様に拳を構えた。数秒の間があった後、互いに拳に呪力を篭めると、互いに踏み込み———。

 

 

 

 

「———は?」

「……呪力でガードしなければ、いつもはなんてことない威力のものでも、致命傷になり得るよ」

 

祚咫の脇腹が抉られた。抉られた箇所からは血がとめどなく溢れる。

 

(呪力を弾丸みてえに飛ばしやがった……!! だが何故んな芸当ができる……!? 呪霊はもう一体も…………。———そうか)

 

血を流しすぎたショックで祚咫はふらつくが、側の木を支えにしてなんとか体勢を立て直し、夏油を睨みつける。

 

「がはっ……、呪霊は全部、使い切ったんじゃねえのかよ……」

「ブラフというものを知らないのかい? 呪具を保管できる呪霊は特別だからね、残してあるよ」

 

(自らの呪力の塊を呪具だと呪霊に認識させ、超高速で吐き出させやがったのか……! だあああ、クッソ痛え!!)

 

「……形勢逆転だね。このまま死んだ振りをしていてくれるのなら、私はこれ以上君を傷つけはしないが、どうする?」

 

夏油はそう言いつつも、答えは既に出ているんだろうという、半ば諦観のようなものがあった。祚咫は濁流のように血が流れ出る脇腹を抑え、息も絶え絶えになりながらも、好戦的に笑って言う。

 

「……ハッ。バカ、言うなよ。げほ、俺の目の前で、うじうじされんのも気色が、悪りぃ。さっさと沈めるに、決まってんだろ……!」

「……そうか」

 

それを聞いた夏油は大仰に残念がった。そして彼はなるべく殺傷能力の低い呪具を呪霊から取り出し、攻撃を仕掛ける。避ける手段のない祚咫は防御しようとするが、当然間に合う筈もない。祚咫は夏油の攻撃をもろに喰らって吹っ飛ばされ、木にぶつかるとそのままずるずると座り込む。自分の足元に血と吐瀉物が混じった液体を吐き出した祚咫は、口の中に残る不快感に辟易しながら夏油の方を向いた。

 

「……げぼ!……時に夏油傑。はぁ、反転術式が何たるか、お前は分かるか?」

 

最早死に体と言って良い程の祚咫からの唐突の質問に、夏油は疑問符を浮かべる。

 

「……?」

「はぁ、反転術式の本質は、傷を治すことじゃねえ。反転術式の研究過程で、っぐ、俺たちはそれに思い至った。……反転術式も、呪いに過ぎない以上、便宜上そう言ってるだけで『治す』なんて大層なもんじゃねえんだってな。じゃあ何かって? これはあくまで俺たちの持論だが……」

 

そこまで言うと、祚咫は徐に懐から取り出した飴玉を口の中に入れ、がり、と噛み砕いた。

 

「何を……」

 

再び夏油が疑問を呈する前に、祚咫は駆け出す。そして彼は呪力の籠った拳を構えると、力強く右足を踏み出した。瞬間、夏油が感じたのは強烈な悪寒だった。

 

(ッ、これは……!)

 

 

 

 

 

———黒閃を狙って出せる術師は存在しない。それは例え特級術師であろうと、例に漏れることは決してない。だがその一方で、黒閃が出る確率というものも同時に存在する。黒閃が出やすい状態。黒閃が出やすい呪力量。

 

そして、黒閃が出やすい術師。

 

祚咫瓊弌は、禪院甚爾との戦いで黒閃を経験して以降、度々黒閃を生み出していた。何故なら黒い火花は、微笑む相手を選ばない。好意を寄せる異性に猛アタックをすれば成功することがあるように、自らの打撃と呪力との衝突の誤差を縮め続けることで、彼は黒閃の発生確率を上げていたのだ。

 

(確かに黒閃を狙って出せる術師はいねえ。けど、狙って出せなくとも、確率を上げることは出来る。———例えば、振作呪法で『黒閃が出る確率』を強化する。つまり、打撃と呪力の衝突の誤差を限りなく0.0000001秒にまで近づける、とかな)

 

「黒、閃ッ!!!」

 

黒く光った呪力は、夏油が呪力で肉体をカバーするよりも先に彼の肉体に吸い込まれて行った。祚咫の呪力が完全に底をついていたのを確認した夏油は、大量の血を吐き出しながら驚愕している。

 

「ガハッ……?! ッバカな……! 確かにあの時、瓊弌の呪力は完全に……!」

「反転術式の本質。それは対象の肉体の情報を負傷する前の状態にまで戻し、再び戦わせるっつー呪いだ」

「くそ、なんて奴ッ……!」

「俺らが研究やってたことなんて知ってたか? 知らねえよな、知る訳ねえよな! テメェはいつからか、俺たちを避けてたんだもんな! だから俺の領域だって分かんねえんだよ!!」

「チィッ……!」

 

本来、夏油は近接戦闘に於いて祚咫と五分。だが、黒閃によってボルテージが上がっている状態の祚咫には到底敵わない。夏油はあらゆる反撃の手を封じられ、一方的に殴られ続けた。

 

「1人になることが増えたぁ? いいや違うね。夏油、テメェが勝手に1人になってただけなんだよ!」

「……ッそんな、ことは———!」

「あるんだよ。テメェはあの日から、一歩も前に進めちゃいねえんだ! 俺も、五条も、黒井さんも、理子だって!! 皆前に進んでる!」

 

ぎりり、と祚咫は拳を引いた。

 

「なのにお前はいつまでッ……」

 

———大きい一撃が来る。夏油の第六感が警鐘を鳴らす。夏油は慌てて呪力で両腕を強化した上で、両腕をクロスさせて防御体勢を取る。対する祚咫はその防御を物ともせず、夏油に拳をぶつけた。

 

「そこで足踏みしてんだッ!!!」

「……がっ……!!」

 

黒い火花が再び爆ぜる。勢いを殺し切れずに後退した夏油はそのまま倒れ込んだ。両腕は先程の攻撃で痺れて動かず、ガラ空きとなった夏油の顔面に、祚咫はもう一発拳を叩き込む。胸倉を掴んだ祚咫は間髪入れずに夏油の額に頭突きをした。ごしゃり、と鈍い音がすれば、祚咫は額をつけたまま夏油に向かって叫んだ。

 

「っぐうっ……?!」

「お前がどこの誰を見てんだか知ったこっちゃねえがな。今お前の目の前にいんのは俺だ! 余所見してねえで、目ェかっ開いてこっち見ろや!!」

 

夏油はずっと、幻影(禪院甚爾)を追っている。今この瞬間も、夏油は祚咫に似ても似つかない面影を幻影(禪院甚爾)と重ねていた。そんな夏油が、祚咫の言葉に反論の余地を持つ筈もない。祚咫に胸倉を掴まれたままの夏油は、彼に促されるようにして立ち上がった。

 

「はぁ、はあっ……」

「……夏油」

「……ッ!!」

「歯ァ、食いしばれッ……!」

 

祚咫は其処彼処から血を流す夏油を一瞥し、そこで会話を途切った。祚咫は呪力を肉体の一部に集中させて、全力で振り抜く。迸った呪力は、彼の足の軌跡を追って夏油の腹へと深く沈んで行った。

 

そして、術式が、昇華する。

 

「『星の怒り(ボンバイエ)』———!!!」

 

彼の呪詞と共に生じたのは、落雷すらを想起させる轟音だった。仮想の質量を以って響かせた祚咫の打撃は、森の木々を薙ぎ倒しながら夏油を村の外まで吹き飛ばした。

 

「……げほッ……今、のは……」

 

村の畦道に落下した夏油は、起きた現象に理解が及ばないまま地面に横たわる。対する祚咫は夏油の姿が見えなくなったのを確認すると、夏油と決着をつけるために殆ど感覚のない身体を動かした。折れた足を引き摺り、抉られた脇腹を抑えながら。ゆっくりと、それでいて確かに、祚咫は彼の下へと歩みを進めた。

 

 

 

逃げる体力も抵抗する呪力も残されていない夏油は、己の死期を悟る。そしてその場に座り込んだまま、祚咫の到着を待つことしか出来なかった。非術師を殺そうとした———重大な呪術規定違反を犯した夏油にとって、祚咫が彼の下へと来るまでの時間は、処刑台を登っているような感覚があった。

 

 

 

どれくらいの時間が経っただろうか、漸く夏油の下へと辿り着いた祚咫は、乱れた息を整える。祚咫は口元をぐいっと拭うと口を開こうとしたが、先に言葉を発したのは夏油の方だった。

 

「瓊、弌」

「…………なんだ」

「……わたしは。私は、どうすれば、良かったんだろうな。何処で、道を間違えたんだろうな」

「んなもん、俺が知るかよ」

「……そう、だったな」

 

夏油は哀しそうに笑う。そんな夏油を見た祚咫は、隠そうともしない不快感を滲ませた表情で溜め息を吐いてから口を開いた。

 

「……夏油。お前は、とことん馬鹿だよ。何てったって、散々拡大解釈をする癖に、肝心な時だけ主語が小せえんだから」

「……何を、言ってるんだい?」

「自覚がねえのが、尚更クソムカつくんだよ、ボケが。私がなんとかしなければとか、私にはそうする義務がある、とかよぉ。自分が自分がって、そういうのは俺が大っ嫌いな言葉なんだよ」

 

祚咫の肉体はとうに限界を迎えている。だが、足下が覚束ずに倒れても、痛みで発狂しそうになっても尚、祚咫は何度でも立ち上がる。祚咫は、親指を自分に向けてビッと立てると、叫んだ。目の前の大馬鹿者に、呪いを吐くために。

 

「俺たちが、いるだろうが!!!!」

 

 

 

 

「いつまでテメェ一人で戦ってる気だよ?! 俺が、潔高が、建人が、雄が、夜蛾先生が、硝子ちゃんが、五条が!! みんながいるじゃねえか!! なのになんでテメェは何も俺たちに言わねえんだ!」

「っ、違うんだ。君たちに、私の使命を、背負わせる訳には———」

「ンなもん、背負わせろよ! 一緒に!!!」

「!!」

 

この苦しみは、誰にも理解されることはない。自分は、自分だけが孤独である。夏油の思考は、何処までも独り善がりだった。

 

「『君に私の苦しみが分かるか』だぁ? 知る訳ねェだろ!!! 当たり前だ、俺たちはテメェじゃねえんだからな! だからテメェから打ち明けねえ限り、何一つ分かりゃしねえんだよ!!」

 

夏油の誰にも言えない悩みは、誰にでも悩みを打ち明けられる祚咫にとって、何一つ理解の及ばないものだった。だからこそ、祚咫は理不尽とも取られかねない感情を夏油にぶつけていた。

 

「呪術師なんてのは、今日同じ釜の飯を食った仲間が次の日には物言わぬ肉塊になっちまう職業だ! でも、だからといって自分の裡を曝け出しちゃいけない理由はどこにもない! そうだろう?!」

 

祚咫はそこまで言うと、夏油の胸に顔を埋める。

 

「だからさ、頼ってくれよ……」

「……瓊弌……」

「アンタがいねえと、俺たちは『最強』じゃねえんだよ……」

「さい、きょう」

 

———じゃあこれからは、俺たち4人揃って初めて『最強』だな!

 

いつかの青い春を思い出した夏油は、目を瞬かせた。

 

「アンタは本当の自分がどっちか悩んでる。けど、二律背反で何が悪いんだ。どっちもお前なら、それを肯定してやりゃ良いじゃねえか。どっちかしか選べねえなんて、誰が決めたんだよ」

「だが、それでは」

「それではなんだ? まさか俺たちに迷惑がかかるとでも言いてえのか?」

「……そうだ」

 

夏油が苦虫を噛み潰したような表情で肯定の意を唱えると、祚咫はそれを乾いた笑顔で笑い飛ばし、夏油に手を差し伸べた。

 

「別に、そんなもんいくらでもかけろよ。俺たち、友達だろうが」

「……!!」

「だから、アンタはもっと、周りを見るべき、だっつー、の…………」

 

最後まで言葉を連ねきれないまま、とうとう意識を失った祚咫はどさりと崩れ落ちた。夏油は慌てて脈を確認するが、浅い呼吸を繰り返す祚咫を見てほっと安堵する。それと同時に夏油の目に入り込んだのは、祚咫に促されて避難した村の人間だった。

 

「…………」

 

醜悪な非術師。夏油傑が、猿と罵る人々。そんな彼らを再度追いかけて皆殺しにするのは、夏油にとっては至極簡単なことだった。例え夏油が、呪霊を全て失っていてもだ。

 

けれど、今の彼に、それはできそうになかった。

 

「……ふ、はははっ」

 

憑き物が落ちたような笑顔を見せた夏油は、祚咫の側に座る。そして画面に罅が入った携帯を取り出すと、補助監督へ連絡を入れた。

 

「こんな所で寝てしまっては風邪を引くよ、瓊弌」

 

長い長い、夜が明けた。




燈  崎山蒼志(2023)

次回、懐玉・玉折編最終話です。

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