そんな話を聞かされたトレーナーと、ジンクスを破りたいサトノダイヤモンドのお話です

某所に投稿したものを微修正したものになります

1 / 1
現役中にトレーナーと抱き合ったウマ娘は、遠からず引退するというジンクスがあるらしい

 ──最近、トレセン学園でハグが流行っているらしい。

 それも学生間のじゃれつきではなく、トレーナーと担当ウマ娘の間で抱擁しあう事が。

 先日の合同ミーティングでその話を聞いた時は一体何を言っているんだと思ったが、どうも本当の話らしい。

 発端は、タイキシャトルだった。彼女と担当トレーナーが頻繁にハグしているのは周知の事実である。

 それと同時に、彼女はそれはもう強いウマ娘だった。レースを走ればほぼ負けなし、最強マイラーの二つ名をほしいままにしていた。

 

 それだけなら、まだ流行る理由にはならない。その次は、サイレンススズカだった。

 タイキシャトルと交友のある彼女もまた、トレーナーとのハグを日常的に行うようになった。

 そして彼女もまた、強いウマ娘である。今年の天皇賞(秋)の激走は記憶に新しい。

 後続に8馬身差をつけての大勝利。これで破竹の7連勝である。どうもハグするようになってから、すこぶる調子が良いようだった。

 これに関してはサイレンススズカのトレーナー本人が口を割ったため、間違いないだろう。

 

 ここで、ひとつの噂が流れるようになった。

「トレーナーとハグをしているウマ娘は、強くなるんじゃないか?」

 と。しかしこの段階では根拠のない噂話でしかなかった。タイキシャトルもサイレンススズカも、元々強いウマ娘である。

 決定的になったのは、去年の12月。ちょうど、先週のことだった。

 

 ハルウララが、有馬記念を征したのだ。

 

 先の二人と違って、ハルウララのレース成績は到底有馬記念で戦えるものとは思えなかった。

 G1レースこそ制しているものの、彼女のレースは全てダート、それも短距離とマイルのみ。

 芝の長距離レースを走れるとは誰も思っていなかった。だがしかし、彼女は勝った。

 その彼女が、勝利者インタビューでこう言ったのだ。

 

『トレーナーに毎日抱きしめてもらったから、いっぱい頑張れたんだ!』

 

 それをキッカケに、じわじわとトレセン学園内でハグが横行しはじめたらしい。

 俺は全然気づかなかった。それもそのはず、一部の娘を除けばみんな隠れてやっているからだ。

 羞恥心というのもあるし、トレーナーとウマ娘がそんなスキンシップをとってもいいのかという後ろめたさもあったらしい。

 その辺のライン引きに対しての学園の見解はどうなのかというと、

 

『許可っ! しかし担当に求められたときのみ、応えるように!』

 

 との事らしい。反応としては困惑しているトレーナーがほとんど、安心したような表情を浮かべている人も何人かいた。俺は当然、困惑する側。俺の担当──サトノダイヤモンドに知られたら、面倒なことになりそうな話だ。

 まあ、知られなければいい話だ。ダイヤには秘密にしておこう……。

 

 ・・・・・・

 

 そして、翌日。

 

「ハグしましょう、トレーナーさんっ!」

 

 面倒なことになった。

 どこから漏れたか、昨日の話はダイヤの耳に入ってしまったようだった。

 

「な、なんでそれを……」

 

「聞きましたよ、今日からウマ娘は担当トレーナーにお願いすればハグしてもらえるって!」

 

「……ちなみに、誰から聞いたの?」

 

「はい、キタちゃんからです!」

 

 俺は内心で頭を抱えた。確かにキタサンブラックなら、親友に隠したりすることはしないだろう。

 おまけに彼女もトレーナーと随分仲が良かったみたいだし……まあ、そういうことだろう。

 

「それに、破りたいジンクスもあるんです」

 

「ジンクス?」

 

「はい! 『現役中にトレーナーと抱き合ったウマ娘は、遠からず引退する』というジンクスがあると聞いています。

 実際、タイキシャトルさんは今年度での引退を表明しています」

 

「あー、うん……そう言われれば、そうだね」

 

 ちなみに引退理由は家庭に入るためである。トレーナー共々、アメリカに帰って実家の牧場を継ぐらしい。

 まあ日常的にハグする仲だったし、特に驚きはしなかった。

 うーん、でもこれ、ジンクスかなあ……? 

 

 ちらりとダイヤに視線をやると、期待に目を輝かせて俺を見ている。

 ハグしたい、と思ってくれるくらい慕われているのは純粋に嬉しい……嬉しいんだけど。

 していいのか? 流石にちょっとマズいんじゃないか? 

 

「さあ、トレーナーさん! ジンクスを破って、末永く一緒に頑張りましょう!」

 

 年齢差、責任、家族、自制心、色々なものが頭の中をよぎった。

 しかしダイヤが俺にぎゅっと抱きついた瞬間、それらの全てが吹き飛んだ。

 どん、という衝撃と共に、柔らかい感触が思い切り押し付けられる。

 

「お、お……」

 

 おぱっ、おぱっ……オパオパ!? 

 衝撃で一瞬、思考に羽が生えて飛んでいった。当たっている。柔らかく大きく、存在感のあるものが。

 おまけに、すっごくいい匂いもする。いつもはふんわりと香る程度だったそれが、至近距離で鼻孔をくすぐる。

 これは夢か? 幻か? 幸福感と背徳感がごちゃまぜになって、目眩がしそうだった。

 

「……トレーナーさんの心臓、ドキドキしてますね」

 

「そりゃ、ドキドキもするよ。女の子とこんなにくっつくの、初めてだし……」

 

 そう返すので精一杯だった。大人として余裕を取り繕ったり、そんな器用なことは出来なかった。

 

「私も、はじめてです」

 

 ダイヤの表情は伺えない。

 

「大好きです、トレーナーさん」

 

 ダイヤがどんな気持ちで、俺にそう言ったのかもわからない。

 

 なんて返していいか分からなくって、俺は黙ってダイヤを抱きしめた。そうするとダイヤは腕の力を弱め、こちらに身を委ねてくれた。

 俺も、わからない。ダイヤに抱いている気持ちが親愛なのか、恋心なのか。それとも、もっと別の何かなのか。

 

 でも、一つだけハッキリしていることがある。

 

「俺も、ダイヤとできるだけ長く一緒にいたいよ。二人で一緒に、頑張りたい」

 

 大人として、トレーナーとして、こういうことは本人に言うべきではないのかもしれない。

 でも、どうしても抑えられなかった。俺はサトノダイヤモンドという女の子に──どうしようもなく灼かれていたから。

 

「……ずっと、一緒にいましょうね。そのためなら、どんなジンクスだって……破ってみせますから」

 

 それから、どれくらい抱き合っていただろうか。どちらともなく離れると、お互いに目を合わせる。

 ダイヤは紅くなった頬を手で抑えている。俺もきっと、同じような頬をしていることだろう。

 だって、燃えるように熱いのだから。

 

「ありがとうございます、トレーナーさん……これで改めて決心できました。

 私、これからも頑張ります。サトノとして。あなたのウマ娘として。

 だから……これから毎日、こうやってハグしてくださいね!」

 

「……えっ、毎日!?」

 

 俺は戦慄した。果たして、理性が保つだろうか……。

 毎回こんな濃密なスキンシップをしていたら、おかしくなってしまうんではないだろうか。

 でも……ダイヤの笑顔を見ると、断れなかった。いや、断る気になれなかった。

 それに、トレセン学園から許可も降りてるし……と、心の中で小さく言い訳をする。

 自分の中にある欲望に小さくない後ろめたさを覚えながら。

 

 ・・・・・・

 

 それから、しばらくの時が経ち。

 毎日抱き合った効果があったのかどうか分からないが、ダイヤの調子はすこぶる良く、凱旋門賞で圧巻の一着。

 その後フランス遠征に行った疲労も感じさせない走りで連戦連勝。まさにサトノの至宝と呼ばれるにふさわしい大活躍を果たしたのであった。

 そして、俺は──

 

「それでは改めて、サトノの至宝をよろしくお願いします」

 

「はい、お義父さん……」

 

 毎日毎日あんなハグをしておいて、そのまま済む関係で終わることが出来るはずもなく。

 結局、まあ、その……結論から言うと、サトノ家に婿入りすることになった。

 一応、節度は守った。ギリギリまで頑張った。ダイヤが卒業及び、引退するまでは。

 卒業当日に、お互い限界が来てしまった。それからはトントン拍子で事が進んでしまい。今日に至るわけである。

 まさか自分がこんなことになるなんて、トレーナーになった当時は思いもしなかった。

 思えば、契約の頃からダイヤには驚かされっぱなしだった。

 そう考えると、なんだか感慨深いものがあった。

 

 ダイヤの実家への挨拶を済ませ、二人並んで帰路につく。

 

「ふう、緊張した……」

 

「ふふふ、これであなたもサトノ家ですね」

 

「そうだな……これからは、ずっと一緒なんだな」

 

「はい、一番破りたいジンクスを破ることができました!」

 

「それって『現役中にトレーナーと抱き合ったウマ娘は、遠からず引退する』っていうやつ?」

 

「違います!」

 

 ダイヤは俺の前に立つと、おもむろに唇を奪ってくる。突然のことにあっけに取られていると、ダイヤは嬉しそうに笑った。

 

「『初恋は叶わない』っていうジンクスです!」

 

 その笑顔は、宝石のようにきらきらと輝いていた。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。