15:戦火散る時
「くっ……ハァ……」
「レイヴン、その調子です! まずは一歩です!」
一人の少年が手すりに掴まりながら足を前に出す。ついこの前まで車椅子生活だった少年にとって、自分の足で歩くという行為は決して簡単なものではない。
例えこの行為が四度目であったとしても、やはり思い通りにならない手足を思い通りにするには、長い時間と多大な労力が必要なのである。
「まず、一歩……! うわっ!?」
「レイヴン!!」
上手く一歩を踏み出せず、621は倒れそうになる。その瞬間、車椅子が621の前に飛んできて、その柔らかなシートで621を受け止めた。
「わぷっ……ありがとう、エア」
「礼には及びません……私が、あなたをサポートしますから」
「礼くらい受け取ってくれよ。むず痒いじゃないか」
二人で笑い合いながら、もう一度歩くことに挑戦する。ゆっくりと一歩踏み出し、もう一歩――
「うわっと!? ……わぷっ」
「レイヴン、焦りは禁物です。文字通り、一歩ずつ進んでいくしかないでしょう」
「そうだよなあ……でも、ウォルターが来るまでに、歩けるようになりたいんだよなあ」
621とエアは、カーゴランチャーを用いて中央氷原に先回りした。そこでウォルターの指示に従って情報収集や依頼の処理をしながら、同時にこうしてリハビリもしている。
ウォルターは事前に手術の手配をしていたらしく、621は中央氷原に着いたらすぐに再手術を受けることとなった。おかげで四肢が動くようになり、いよいよもって普通の生活を送れるようになりかけている。
しかし、動くようになったばかりの手足を十全に動かすのは621とて無理であり、そのためエアが付きっ切りでリハビリをしているのだ。
「こっちに来て俺が歩いてたらウォルター、ビックリするだろうなあ」
「フフフ、きっと喜んでくれるでしょう」
「でもエアが喋れるようになったことの方が驚かれるかな?」
中央氷原の拠点に着いた後、そこに一つの荷物が届いた。差出人はカーラ。その中身はスピーカー。「あんたのツレのAIにプレゼントしてやりな」というメッセージ付きで送られてきたそれは、一見ただ人工知能との連動機能が付いているだけのスピーカーでしかなかった。
しかし、エアがスピーカーを調べてみたところ、このスピーカーは
以降、エアはこのスピーカーを621の車椅子に搭載し、621との声による対話を楽しむようになった。エアは「幸せな偶然もあったものです」と言っていたが、621としてはカーラに「お前正体を隠すつもりあるのか」とツッコまざるを得なかった。
そんなこんなで、今の621とエアは調査や依頼をこなしながら幸せな日常を送っている。ここにウォルターがいれば完璧なのだが――
「! レイヴン、メッセージが届いています。差出人は……ウォルターです!」
「本当に!? ウォルターは何て!?」
「『野暮用は片付いた。明日そちらに向かう』だそうです」
「やった! なら早く歩けるようにならないと!」
「頑張りましょう! レイヴン!」
こうして、かつてないほどやる気に満ちたリハビリは続くのだった。
◆◆◆◆◆◆
「621、すまない。遅くなった」
中央氷原の拠点の扉を開き、ウォルターが中に入る。
「ウォルター!」
「む……この声は、エアか?」
聞き覚えのない女性の声が聞こえてきたが、ウォルターはそれが誰のものなのか何となく想像がついた。
「一発で当てるとは……なぜわかったのです?」
「いや、この拠点に入れるのは俺と621とエアだけだろう」
「フフッ、それもそうでしたね」
ふとウォルターは部屋を見渡す。こういう時、真っ先に迎えに来るだろうあの子の姿が見えない。
「621はどうした?」
「レイヴンは既に眠っています。リハビリで疲れてしまったようです」
寝室を見れば、安らかな顔で眠る621がいた。
「あなたに歩けるところを見せるんだって、そう張り切ってましたよ」
「……そうか」
621が歩けるようになることに意欲的であることは、素直に嬉しい。
だが、その理由が自分であるというのが気に入らない。ウォルターとしては、全てが終わった後の621には、自分の下を離れて自由に生きて欲しいと思っている。
621はコーラルの現状やC兵器に心を痛めるくらいには純真な子だ。そんな子供が多くの強化人間を使い潰してきた自分なんかのところにいて良いわけがない。
「ウォルター? 難しい顔をしていますが、どうしたのですか?」
「! いや……」
驚いた。まさかエアに表情を読み取られるとは。
Cパルス変異波形は、確かに人間に非常に近い人格を持っている。しかし、どこまでいっても人間とは違う存在である。
だから、彼女が人間の表情の微妙な違いについて気付けるとは思っていなかった。
「エアは、俺たちの表情がわかるのか?」
「はい。前はあまり良く理解できてなかったのですが、レイヴンと一緒にいるようになってからは、あの人の表情を見て学んだんです」
「そうか……あいつの表情はコロコロ変わるからな。教材としてあれほど適しているものもあるまい」
「ええ、本当に。見ていて面白いです」
「だが、信じられるか? ここに来た当初は、あいつはいつも無表情だった。表情が変わることなんて全然なかった」
「そうだったのですか? それはまた、どうして──」
ああ、自分は一体何をやっているというのか。焼くつもりだった相手とこうも会話に花を咲かせるなんて。いい加減にしろ。思い上がるな。
そう理性は叫ぶのに、どうしてもこの安らぎが手離せない。自分のような人間には過ぎた安寧だと言うのに。これを享受すべきは621とエアだけなのに。
だから──
「あなたが再手術させたおかげで、あの人は表情を取り戻せたのですね。きっと彼も感謝していると思います」
──俺にそんなことを言うのは、やめてくれ。
◆◆◆◆◆◆
拠点にウォルターが来てから、621のリハビリに対するやる気は天元突破した。必ずやウォルターに自分の歩く姿を見せてやると意気込み、全力でリハビリに精を出すようになった。
621の気合いはとどまるところを知らず、あっという間に歩けるように──
「わぷっ」
「621、焦っても筋肉は追い付いてはくれない。まずは一歩ずつ、慎重に足を出すんだ」
──なれるほどリハビリは甘くはなかった。
バランスを崩した621をウォルターが支える。杖をついた老体とは思えぬしっかりした補助であった。
「おかしいなあ、気持ちではもう歩けてるのに……」
「気持ちで歩けるようになるなら、リハビリはいらない」
「そうですよ、レイヴン。焦る気持ちはわかりますが、焦ってどうにかなるものでもありません」
誰も乗っていない車椅子が独りでに621に近づいていき、彼の前で止まる。621は
「ウォルターも大丈夫ですか? 人間は老化と共に体力が低下すると聞きます。ここはやはり私が──」
「いや、いい。やりたくてやってるだけだ。心配は不要だ」
ウォルターはエアの提案をやんわりと断った。
エアとしては、もう既に杖をつくくらいには老いているウォルターをリハビリに関わらせるつもりは全く無かったのだが、しかし本人たっての希望ともなれば、無下にするわけにはいかなかった。
(でも、あなたの気持ちもわかります。やっぱり、愛しい人は自分の手で支えてあげたいですよね)
エアが人間であったなら、今頃うんうんと頷いていたであろう。車椅子の中で、621の体重を感じながらそうエアは共感していた。
だからエアは気付かない。ウォルターが621のリハビリに協力するのは、もちろんエアが思うような理由もあるのだが、それと同時に贖罪の意味もあるということに。こんな穏やかな生活に馴染もうとしてしまっている自分に、せめてもの罰を与えようとしていることに。
「621、暫く休め。リハビリを再開するのは――」
「! ウォルター、レイヴン宛にメッセージが届きました。大豊からの依頼のようです」
「そうか。そろそろ来るだろうとは思っていたが、漸くか」
全員でメッセージを確認。件名は“観測データ奪取”。依頼内容はアーキバスの調査ドローンから情報を奪うというもの。
(ついに、始まったか!)
記憶通りの依頼内容に、
そしてこの依頼を機に封鎖機構は本格的企業勢力の排除に動き出し、ルビコンの戦火は拡大していくことになる。
(いよいよ戦いが激化し始めていく……四度目とはいえ、油断はできないな)
621にとって生き残るのは最低条件だ。生きていなければ、大切な人を守ることも、人とコーラルの共生を目指すこともできない。だから絶対に死ぬわけにはいかないのだ。
「早速準備してくる。エア、ガレージまでお願い」
「はい、お任せください」
「待て621。お前はリハビリ直後で疲れて――おい、621!」
車椅子は高速で、しかし621に負担をかけないようにガレージに急行する。さあ、仕事の時間だ。
◆◆◆◆◆◆
『メインシステム、戦闘モード起動』
漆黒のACが氷原に降り立つ。その軽量さ故に雪は殆ど舞い上がらない。
621は改めて自分のアセンブルと、今回
R-ARM UNIT:
L-ARM UNIT:
R-BACK UNIT:
L-BACK UNIT:
HEAD:HC-2000/BC SHADE EYE
CORE:NACHTREIHER/40E
ARMS:EL-TA-10 FIRMEZA
LEGS:
BOOSTER:IB-C03B: NGI 001
FCS:FC-008 TALBOT
GENERATOR:VP-20S
EXPANSION:ASSAULT ARMOR
アセンブルはOK。LEAPER4は問題ない。
621自身のコンディションもバッチリだ。何せあの後ウォルターによって強制的に休憩を取らされたのだ。問題などあるわけがない。
「ミッション開始だ。停泊しているドローンからアーキバスの観測データを抜き取っていけ」
崖上から作戦領域を眺める。今回の依頼のロケーションはヒアルマー採掘場。中央に大穴が空いた岩場だ。
ドローンは全部で4つ。一つは大穴の上に設けられた足場に。二つは大穴に沿うように張られた道路の途中と終端に。最後の一つは道の終点からさらに奥まったところに。
確認した621は、早速アサルトブーストでかっ飛んで行く。まずは道中のドローン一つ目。防衛しているのはMTにガードメカ、ミサイル砲台のみ、今更苦戦する相手ではない。
適当に殲滅してデータを回収。次に向かう。
次は中央の足場。周囲をヘリとミサイルMTに囲まれているが、ヘリはミサイルのマルチロックで処理。ミサイルMTはドローンを楯にすることで攻撃をさせない。ドローンを壊すのを恐れて攻撃できないMTたちを尻目に、悠々とデータを回収。次。
足場から直接アサルトブーストで道の終端を目指す。一歩間違えば穴に落ちかねない危険な飛び方だが、今のLEAPER4の巡行能力ならばそれも可能だ。到着したら周囲のMTとガードメカを殲滅。データ回収。次。
最奥部へ向かう。一番警備が手厚く、砲台やMTによる防衛線が引かれているが、両手マシンガン斉射で全て殲滅。レーダーに反応が無いのを確認してドローンにアクセス。データ回収。
621が四度目であったがために、データ回収自体は爆速で終わったのだった。
「そこのAC! 我々の調査拠点で何をしている!」
「出払っていた部隊が戻ってきたか……? 構わん、迎撃しろ」
向かってくるはMT四機を懸架した大型ヘリと、BAWS製四脚MTだ。まずはヘリの対処。片方にミサイルを撃ちながら両手のマシンガンを撃ちまくる。ヘリはあっという間に穴だらけになり、墜落。MTを巻き込んで爆散した。
次いで、二機目にはグレネードを発射。榴弾による爆発はヘリとMT全機を巻き込んで焼き払い、こちらも全滅。
残るは四脚MTのみ。四脚MTは火力と耐久力こそ脅威だが、旋回性能が低く、今のLEAPER4にはついていけない。だから621は四脚MTの周りをグルグル回りながらマシンガンをばら撒く。
結果、多少時間がかかったが無傷で四脚MTを撃破した。
「G13 レイヴンに伝達! 貴様の襲撃を受け、アーキバス調査部隊が本部と観測データの受け渡しを開始した! 現場に急行し、それを阻止してもらいたい!」
G6 レッドからの通信。記憶通りの展開だ。ならば、ここからが本番。アサルトブーストで受け渡し地点に急ぐ。道中の敵は全て無視。最短経路を飛行してゆく。
「AC! 報告にあった独立傭兵か!」
「観測データが何件か抜かれている! 生きて帰すな!」
受け渡し地点に到着。四脚MTを始めとした戦力が一斉に射撃してくる。だが621はほどほどにしか反撃しない。今は回避を最優先。それがここでの最適解だ。
「待て! なんだこの音は?」
上空に巨大な影。記憶通り、奴が来た。それは先端部から幾重ものレーザーを放ち、地上を焼き払う。
「上空から……攻撃!?」
「うわあああ!?」
アーキバスMT部隊の断末魔が通信に響くが、無視。今回のアセンブルはあれを最速で落とすためのもの。そのためには余計なことに気を取られるわけにはいかない。
「レイヴン! 上から狙われています!」
「ああ、わかっている」
「わかっているならなぜ高台に上がるのですか!? 狙ってくださいと言ってるようなものですよ!?」
そう、今のLEAPER4はあえて高台に昇っている。その姿は黒い塗装も相俟って非常に目立つ。空を飛ぶあいつ――惑星強襲艦からも見えているだろう。
「621、ACの推力では奴の高度には辿り着けない。ここは身を隠すべきだ」
それは621もわかっている。強襲艦は初めの内はACの届かない高度から攻撃を仕掛け、その後対地戦力のMT、LC部隊を投下する。投下されたそいつらを全滅させたら、強襲艦は重い腰を上げて自ら621を排除しにかかり、その高度を落として直接攻撃してくる。そこを突いて強襲艦に飛び乗り、艦橋を破壊。ダメージが伝播して強襲艦は爆散。それが
しかし、四度目の鴉にはもっと効率的な殺し方が見えている。今からそれを実践するのだ。
予定通り強襲艦の底部が開き、対地戦力を投下。MTやLCが降下してくる。
(今だ)
その瞬間にLEAPER4は跳躍。降下中のLCの一機に近づく。そして――
「悪いね」
「ぐおっ!? 俺を踏み台にした!?」
――そいつを踏みつけてさらに跳躍。軽量逆関節の跳躍力と、
「そんな方法が……だが、いいぞ、621。そのまま艦橋を――」
「いや、もっと効率良く
621は強襲艦のメインブースターを視界に収めると、グレネードで爆撃。二発の榴弾はちょうど強襲艦のブースターの
すると当然、推力のバランスが崩れ、強襲艦は左に曲がりながら落ちていくことになる。生き残ったブースターのせいで強引に曲げられた強襲艦の向かう先、それは――
「あれは……強襲艦がこっちに落ちてくるぞ!」
「まずいぞ! 総員、退避しろ!」
――さっきまで621が戦っていた場所。つまりは対地戦力が降下した場所だ。バランスを崩した強襲艦は減速することができず、そのまま地上部隊に突っ込んでいく。
LCはその機動力でなんとか逃げ切ることができたが、MTは逃げ切れずに潰される。
「あの傭兵……! よくもやってくれたな!」
「待て! 熱くなるな! 陣形を組みなおせ!」
生き残ったLCたちが立て直しを図るが、そんなことはさせない。621は墜落した強襲艦の艦橋にグレネードを発射。艦橋と、
三度の傭兵人生で、621は強襲艦の構造を完璧に把握していた。ならば、狙って動力系の誘爆を起こすことなど朝飯前だ。
「なるほど、誘爆に巻き込む気か。621、退避しろ。お前まで巻き込まれる必要はない」
「言われなくとも」
LEAPER4はアサルトブーストを起動し、全速力で離脱。
「退避! 退避しろぉ!!」
「強襲艦が爆発するぞ!」
LCも遅れて逃げようとするが、もう遅い。彼らが逃げる前に強襲艦は大爆発を起こし、青い爆炎が一帯を包む。LCたちはその光の中に飲み込まれ、消し炭になっていった。
「敵性反応消滅、周囲に増援は確認できません」
「……ひとまず脅威は去ったか」
封鎖機構の戦力は全滅。ミッション完了だ。だが、この後起こることを知っている621は、見つかりづらいような物陰にLEAPER4を隠す。
「強襲艦に執行部隊……封鎖圏内では本来運用されない戦力だが……特例の派遣か、あるいは……待て! あれは……!」
物思いに耽るウォルター。だが、それを中断させる出来事が起きた。突如として周囲が暗くなる。否。暗くなったわけではない。巨大な物体によって光が遮られているのだ。621は物陰から
『ルビコンに不法侵入した全ての勢力に告ぐ。ただちに武装解除し、封鎖圏外へと退去せよ』
空を通過するのは、無数の強襲艦。流石の621でも、これは無理だと思うほどの多勢。
『これ以上の進駐は惑星封鎖機構への宣戦布告と見做し、例外なく排除対象とする。繰り返す。例外はない』
無数のドローンを随伴させ、ルビコン全域を目指して飛行していく。その威容は621ですら圧倒されるものであった。
「この……艦隊は……」
「惑星強襲艦隊……惑星封鎖に不都合なファクターを消すための掃除屋。本来は封鎖前の掃除に使われるものだが、まさか封鎖済みのルビコンに駆り出されるとは……」
エアの疑問にウォルターが答える。本来運用されないはずの戦力が運用されている。それが示すのはたった一つの事実。
「どうやら派手にやり過ぎたようだ。企業も、俺たちもな」
621は空を睨みつける。彼らに恨みは無いが、邪魔するようなら容赦はしない。
621
自分の足で歩み始めたい猟犬。戦闘中だけクレバーになりすぎでは?
エア
ウォルター
なんでこの人曇らせるつもりがなくても勝手に曇るの?
ということでChapter3開始。封鎖機構が参戦し、本格的に戦火が拡大していきます。621はこの先生きのこれるか! え? 四周目だから余裕だろって? それを言っちゃあおしまいよ。
次回は燃料基地襲撃。エクドロモイ以外はほぼカットになると思います。