621が壁を守った結果“捕虜救出”が無くなったように、四度目のミッションは必ずしも今までと同じというわけではない。
「まっ待て! 落ち着け!」
それでも彼の命が狙われるのは確定事項のようだ。会計は組織のアキレス腱足り得るということか。
「いいか、私はヴェスパー部第七隊長。つまりは会計責任者でもあるということだ」
知っている。だから狙っているのだ。今回の解放戦線からの依頼内容は、「ヴェスパーの会計係であるスウィンバーンを排除することで、ヴェスパーの動きを鈍らせて欲しい」というもの。
壁が健在でもこうなってしまうとは。621ですらスウィンバーンに憐憫の情を抱いてしまう。
「部隊の入出金については私に管理権限がある」
パルスアーマーが切れるまで、5、4、3――
「見逃してくれれば、悪いようには――」
パイルバンカー、チャージ。ファイア。
「おあーっ!? 人の話は最後まで聞け! 教わらなかったのか!」
ウォルターからしっかり教わっている。しかし、傭兵たるもの、ミッション中の敵の戯言は全部無視すべしとも教わっている。故に慈悲はない。
「まっ……た、助けっ! おあーっ!!?」
一度好奇心から取引を受けて、
「目標の撃破を確認」
「ヴェスパー部隊にもあんな奴がいるとはな。人手不足は想像以上か……帰投しろ、621」
「了解」
傭兵は今日も依頼をこなすのみ。私情を持ち込むのはダムで最後なのだ。
◆◆◆◆◆◆
621が燃料基地を叩いてから、独立傭兵による封鎖機構の襲撃は飛躍的に増えた。封鎖機構を邪魔者と認識する621にとっては、これは良い傾向であった。
勿論、621自身も依頼で封鎖機構を叩いている。ついこの前も
封鎖機構としては、企業との抗争中に、突然独立傭兵たちによって横っ面を殴られた形になる。いくら封鎖機構が巨大な組織であるとはいえ、これは無視できない一撃となっただろう。
「621、それとエア。少し良いか?」
ウォルターが改まった顔で話しかけてきたのはそんな時だった。
「いいけど、どうかした?」
「私も大丈夫ですが……」
621とエアは揃って返事する。二人とも大丈夫そうであることを確認したウォルターは、二人をモニターの前に集めて話し始めた。
「……二人に、ある友人からの私的な依頼を頼みたい」
「私的な依頼ですか?」
「勿論、報酬は出る。そこは心配しなくていい」
訝しむようなエアの声に何を勘違いしたのか、ウォルターはそう付け加えた。
「それで、依頼っていうのは?」
621が質問すると、ウォルターはモニターに写真を映す。それは、海に半分浸かった巨大な都市の写真であった。
「お前たちには、ここを調査してもらいたい」
「ここは……」
「洋上都市“ザイレム”。かつて技研が作り上げたと言われている、大規模な市街地だ」
引きで取られたその写真には、地平の続く限り何処までもビル群が続いている様子が見られる。かなりの大規模都市であるようだ。
「これだけ巨大な都市を海の上に……ウォルター、なぜここを調査するのですか?」
エアの当然の疑問の声に対し、ウォルターが口を開く。
「未だ所在が掴めない集積コーラルだが、その手掛かりがここにあると友人たちは見ている」
最近は忘れがちであったが、そもそもこの三人の主目的は集積コーラルへの到達だ。しかし、その主目的は封鎖機構の妨害により進んでいないのが実情だった。
「封鎖機構は今、企業と独立傭兵への対応に注力している。奴らを出し抜き、手掛かりを得るタイミングは、ここを置いて他にはない」
「なるほど……」
エアもザイレム調査の重要性がわかったようで、納得したような声を上げた。
「具体的には、何をすれば良い?」
既に知っていることではあるが、会話をスムーズに進めるために621は一芝居打つ。果たしてウォルターは答え始めた。
「コーラルに関する情報を秘匿するためか、ザイレムは全体がECMフォグに覆われている。友人が先んじて飛ばした調査ドローンも、消息を絶った」
ウォルターは621と
「そこで、お前たちの仕事だ。調査の障害となるECMフォグ制御装置を、全て停止してくれ」
ウォルターの依頼。集積コーラルへの確かな一歩に対して、二人は二つ返事で了解したのだった。
◆◆◆◆◆◆
今回もヘリにいる内にアセンブルを確認。
R-ARM UNIT:
L-ARM UNIT:
R-BACK UNIT:
L-BACK UNIT:
HEAD:HC-2000/BC SHADE EYE
CORE:CC-2000 ORBITER
ARMS:VP-46D
LEGS:VP-422
BOOSTER:ALULA/21E
FCS:FC-008 TALBOT
GENERATOR:VP-20C
EXPANSION:ASSAULT ARMOR
問題無し。両手重リニアライフルによる中、遠距離構成。どうせ今回も最後には
「ECMフォグを無効化するまでは、俺との通信はできなくなる。だが、エア。お前の『交信』なら621に届くんだな?」
「はい。私の『交信』ならば、ECMによって邪魔されることはありません」
「そうか。ならば、今回のオペレートはお前に任せる。621を頼んだぞ」
「お任せください。私が、レイヴンをサポートしますから」
エアの方も気合十分だ。今回はウォルターとの通信がECMで遮断されるため、エアが一人でオペレートしなければならない。
三度目までとは違って、エアが一人でオペレートした経験はグリッド086での三回しかない。
だから自然とエアも緊張する。何処かその声は不安に揺れているように感じられた。
「大丈夫だよ、エア」
「レイヴン?」
だから621は、声をかける。彼女が不安になっているなら、自分が支えてあげたい。傭兵とオペレーターはお互い支えあってこそだ。
「グリッドではしっかりできてたじゃん。だから、今回も絶対大丈夫。自信を持って!」
「レイヴン……ありがとう」
エアの声色がいつもの調子に戻る。これならば、問題なくオペレートできるだろう。
「……二人とも、準備はい…な? そろ…ろ作戦…域に到達……」
「! ザイレムが近いようです。レイヴン、準備を」
「ああ、了解」
隙間からヘリの中に入ってきたECMにより、ウォルターとLEAPER4の通信が遮断されかけている。いよいよ作戦領域が近いのだろう。
「到着しました。レイヴン、投下します」
ヘリが開き、LEAPER4を投下。黒い人型は半分沈んだ道路の上に降り立ち、水飛沫を上げた。
『メインシステム、戦闘モード起動』
「ミッション開始です」
◆◆◆◆◆◆
「ウォルターの友人が先行させたドローンは、目印としてビーコンを置いていったようです。レイヴン、これを辿っていきましょう」
「ああ。これはわかりやすくて助かるな」
記憶通り、ドローンはちゃんとビーコンを置いていってくれてるようだ。四度目なので無くても行けるのだが、しかし目印があると安心感が違う。
「見つけ次第マーカーを置いていきます。迷ったら一度立ち戻ってみてください」
「了解。ありがとう」
それにエアのサポートもあるのだ。今回は簡単な仕事になりそうだ。
「レイヴン、あそこにビーコンがあります」
「えっ? 見えないけど」
「私は変異波形なので、モニターの1ドットの差も認識できるのです。あの色彩値は間違いなくビーコンです」
「お、おう」
行ってみると本当にビーコンがあった。四度目なはずの621よりも遥かに早い発見であった。
「レイヴン、次のビーコンを見つけました」
「えっ」
まだビーコンに向かっている途中だが。
気合いが入りまくった全力のエアならば、強化人間ですら知覚不可能な遠距離でもビーコンを認識できるらしい。
「レイヴン、次を見つけました」
「いや、早くない?」
まだ一つ目のビーコンにすら辿り着いていないのに。ここまでくると軽くホラーである。
「いや、本当に凄いな。こんな一瞬で……」
「ウォルターがいない分は、私が全力で補います。だからレイヴンは、安心してミッションに臨んでください」
「あ、ありがとう」
エアのその心遣いは天にも昇るほど嬉しいが、それはそれとしてこうも早いと――
「レイヴン、次はあそこに──」
「レイヴン、左方向にビーコン──」
「レイヴン、次は──」
「レイヴン──」
──
「エア」
「なんでしょうか?」
「俺いる?」
それは621が感じた嘘偽りの無い本音であった。自分がビーコンを探す必要なんて全くない。ただエアが示した方向に向かえばそこにビーコンがある。
こんな楽な仕事、自分じゃなくても余裕で達成できる。多分ラミーですら迷わない。
これ俺じゃなくても良くね? 実情はどうあれ、そう考えてしまうのも無理はなかった。
「何を言っているのです! レイヴン! あなたがいるからこそ、私はこんなにも頑張れるのです!」
「あ、そうなの? それならいいんだけど……」
嬉しいような小っ恥ずかしいような。そんな感情から顔を赤く染める。さっきまで手持ち無沙汰で不貞腐れていたのが嘘のように、心の中に歓喜が満ち溢れていく。
「まあ、エアが俺じゃなきゃって言うからには、やっぱりこれは俺じゃなきゃできない仕事なんだろうな」
621は甘かった。こと、エアに関することでは特に。日々の勉強によって身に付き始めていた思慮深さは何処へやら、あまりにもクソボケな発言をかましてしまう。
「そうです! この仕事を成し遂げられるのはあなただけです! レイヴン!」
しかし、それを止める人間は、今は誰もいないのであった。
◆◆◆◆◆◆
「レイヴン、見えました。一つ目のECMフォグ制御装置です」
見えてないけど。喉から出かかったその言葉を呑み込み、示された地点に向かう。そこには、防衛用のドローンに囲まれた制御装置があった。
「漸く俺の仕事か!」
ここまで良いとこなしだったので、自然身体に力が籠る。張り切ってドローンを破壊――
「いえ……この程度のプロテクトなら、ハックして自爆させることができるかもしれません」
「えっ」
直後、制御装置を囲んでいたドローンたちは、全機ほぼ同時に爆発した。
「いけました。レイヴン、これで安全です」
「あっはい」
621は再び思う。俺いる?
◆◆◆◆◆◆
「レイヴン、二つ目の制御装置です。マーカーに示します」
二つ目の制御装置も、エアによってあっさりと発見された。全力のエアはあまりにも優秀すぎる。621はここまで何もしていない。
621は微妙な表情を浮かべながら制御装置に近づく。
『不明な侵襲を確認。恒常化プロセスA』
都市全体に放送が響き渡り、停止していた防衛兵器が作動した。それは空飛ぶ円盤のような見た目の兵器だ。やたらちょこまかと動き、以前の周回でも苦戦させられた記憶がある。
「あれは……ザイレムの防衛兵器のようです。機体情報が見つからない……レイヴン、あなたの経験が頼りです」
「了解、今度こそ俺の仕事だな!」
漸く回ってきた本領発揮の機会に、レイヴンが張り切る。今度こそ戦闘員としての実力を──
「いえ……これは、一か所から一元管理されている? ならば、そこのシステムを乗っ取れば……」
「エア?」
一瞬頭の中から何かが抜けていく感覚がする。そしてその一瞬後、621に向かっていた防衛兵器たちは、急に621を守るようにその周囲に静止した。
「やりました、レイヴン。システムを書き換えて、防衛兵器を味方に付けました」
「お、おう」
「これで安全に探索できますね、レイヴン」
(……俺いる?)
◆◆◆◆◆◆
結局、621は一度も戦闘することなく三つ目の制御装置の位置を知ることとなった。三つ目の制御装置の座標を撃墜された調査ドローンから抜き出すところは同じだったのだが、その後の防衛兵器の襲撃も全てエアが対処した。
円盤型の防衛兵器は、そこで現れた人型防衛兵器に全て撃墜されてしまったが、お蔭でLEAPER4には一切の傷がついていない。
「そう言えば、レイヴン」
「うん? 何だ?」
三つ目の制御装置に向かう道中で、エアが話しかけた。
「ウォルター抜きで、二人だけのミッションも久しぶりでしょうか」
「ああ、そうだな」
グリッド086以降、全てのミッションでエアとウォルターによるダブルサポート体勢で戦ってきた。
なので、二人きりでの出撃は本当に久しぶりだったりするのだ。
「……制御装置も逃げはしないでしょう。ウォルターには悪いですが、ゆっくり探してください。レイヴン」
エアの言葉に、621は苦笑してしまう。どうしてこうも自分のオペレーターは可愛いのか。三度も同じセリフを聞いたはずなのに、毎回こうも嬉しくなってしまう。ニヤけそうになる顔を必死に整え、621は言葉を紡ぐ。
「いいのか? エア。あんまり遅くなったらウォルターが怒るかもだよ?」
「うっ……それは嫌ですが……でも、たまには二人きりで過ごしたいとは思わないのですか!?」
思わずエアが声を荒らげる。だが、621の答えは決まっていた。
「そりゃあ勿論たまには二人きりになりたいけど、今じゃなくてもいいだろう? だって、人とコーラルの共生が達成されれば、きっと二人きりの時間なんていくらでも作れるからさ」
さも何でもないことのように、621はそう語った。その答えがあまりにも予想外だったもので、エアは撃沈。コックピットに響く声が、一人分だけになる。
「あれ? エア?」
「……」
「エア? どうした?」
「…………」
「エアー?」
「………………はっ!? ももも、申し訳ございません!! レイヴン!! み、ミッション中に上の空になるなんて、オペレーターに有るまじき失態!! わわわ、私が、あなたをサポートします!!!」
突然響く大声。噛み噛みで音量調整も思いっきりミスっているそれは、まさに音響兵器そのもの。だが、そんなエアに対して、621は嫌な顔一つせずに満面の笑顔を見せた。
「うん。ありがとう、エア」
◆◆◆◆◆◆
そんなこんなで惚気ているうちに、いつの間にか最後の制御装置に辿り着いていたようだ。
「これを停止させれば……」
「はい。ウォルターとの通信も復旧するはずです」
621は制御装置にアクセスする。一応今まで受けてきたミッションは、三度目とほぼ同じ。ということは、ウォルターとの通信の前に、
アレの気取った声を聞くのは嫌だが……本当に嫌だが、やらねば進まない。覚悟を決めて、制御装置を停止させる。すると暫くのザーという音の後に、通信が繋がった。
「62…聞こえ…か? 聞こえるか?」
「ウォルター!」
心底安心した。アレの声を聞かずに済むというだけで、これほどまでに嬉しいとは。
(ウォルターが出たってことは、この後は封鎖機構との戦いか。まあ、今のアセンはそうなったとしても戦えるようにはしてある)
そんなことを考えていると、ヘリコプター特有のローターが回る音が聞こえてきた。音のする方を見れば、そこには封鎖機構の大型武装ヘリ。忘れもしないそいつが、こちらを睨みつけていた。
「621、封鎖機構と、
(ん?)
今通信で非常に気になることを言われた気がする。一機のAC。それは、もしかして――
「レイヴン! こちらに急接近する機影を確認!」
大型ヘリに後ろから接近する影がある。それはヘリのすぐ上に取り付いた。そして、そいつから赤い光が漏れ始め――
「敵性反応、ACです!」
真紅の爆発によりヘリコプターを撃墜しながら現れたのは、赤色に塗装された全身BASHOフレームのAC。間違いない。
「あれは……ACネーム、“アストヒク”。搭乗者はルビコン解放戦線総司令、『帥父』サム・ドルマヤンです!」
「何だと……621、やむを得ん。迎撃しろ」
自身と同じ、波形との交信者。そうなったかもしれないIFの自分が、そこにいた。
スウィンバーン
壁が健在なら暗殺ミッション発生しないと思った? 残念! 会計係なんてアキレス腱を解放戦線が放っておくはずがなかったのだ!
621
俺いる?
エア
久しぶりの二人きりで気合が入りすぎた結果、大暴走。もうあいつ一人でいいんじゃないかな。飽くまでこれはエアちゃんのテンションが最高潮に達したがゆえにできたことなので、次回以降ではここまでのことはできない……はず。
ウォルター
この世界線ではエアの存在を認識しているので、殆どのミッションがダブルオペレーターになってます。まさかそれがこんな暴走を引き起こすことになるとは……
ということで無人洋上都市調査。本当は最後まで行きたかったけど、余燼おじいちゃんが結構難産だったので一区切り。
次回はVSドルマヤン。フロムゲーの老人は、いくら強さを盛ってもよいものとされてますので……